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山さんの刑事部屋
1
『ごまめの歯ぎしり』
登場人物表
玖我 美零(二九)女性。地方FMのDJ。
捌木 拾生(二一)男性。大学生。
参河 百恵(三二)女性。ディレクター。
陸奥 千早(二三)女性。新人DJ。
伍藤(四五)男性。ミキサー。
壱原(五〇)男性。プロデューサ―。
漆澤 萬里(?)男性。バンドヴォーカル。
●中華居酒屋・個室
チェーン店より高級寄りの内装。
六~八人掛けの掘りごたつ席。
卓上には六~八人分の飲食の形跡。
まだ宴の途中だが席には二人だけ。
一番奥の壁際に玖我美零(みれい)。
その対面斜めに捌木拾生(ひろう)。
会話もなく宙ぶらりんな空気が漂う。
自分の手元に目を落とす美零。
気の抜けたビールから視線を拾生へ。
殻付きの海老チリに箸を入れる拾生。
海老の殻を箸で剥く繊細な指先。
拾生、視線に気づき顔を上げる。
気まずさを愛想笑いで誤魔化す美零。
拾生の整った唇に一瞬、微笑の影。
それは捉える間もなく夢のように消え。
再び作業に没頭する拾生。
温いビールを慌てて飲み干す美零。
美零「・・・遅いなあ」
独り言と語り掛けの中間の響き。
美零「後から行った方が先に帰ってくるとか、
どれだけ仕事早いんだよ、私」
熟れていないお道化口調。
拾生「ありがとうございます」
美零「ん」
拾生「気を遣ってくださって」
箸に集中しながらも真摯な声音。
美零「あ、いや、気を遣うとかそんなんじゃ。
でも退屈させたら申し訳ないし・・・って、
それが気を遣うってことか、アハハ」
わざとらしい笑いと手扇ぎ。
美零「それにしても遅いわー。ウチもだけど
そっちのメンバーも」
拾生「作戦会議、じゃないですか」
美零「作戦・・・ああ、よくあるやつ。誰が
誰にアタックするとか、後方支援よろしく
とか。そういう、ね」
完全に殻を剥かれ白い肉を晒す海老。
それにチリソースをたっぷり搦めて。
優雅に食す姿に目を奪われる美零。
美零「器用だね」
拾生「親が箸使いには厳しかったから」
唇の端に僅かに付いた赤が妖しい。
拾生「それに構造さえ理解していれば、解体
するのは意外と簡単なんですよ」
紙ナプキンで唇を拭う。
美零「へー、流石は医学部」
拾生「医学部は他の連中、僕は文学部です」
美零「あ、そうだっけ。ごめん、こういう場
に馴れてなくて。人の話、ちゃんと聞けて
なかったよ。年長者なのに最低だ」
緊張を紛らす酒はもう空。
美零「おかわり・・・は飲み過ぎかな」
拾生「一緒に頼みましょう」
絶好のタイミングで女性店員登場。
四つのグラスを盆に載せて。
店員「ドラゴンハイボール四、お待たせしま
した」
置き場所を目で探す店員。
拾生「ああ、ここでいいですよ」
拾生の目の前にスペースが。
拾生「あと注文お願いします。烏龍茶一つと、
美零さんは?」
美零「あ、私ジンジャーエールで」
グラスを置いて下がる店員。
後ろ髪を引かれるように視線を残して。
美零「いいの? 作戦会議」
拾生「何がですか」
美零「主戦力がこんな所で戦力外の相手して
いて」
自虐的に聞こえないよう軽い口調。
少し不自然な間が生まれる。
拾生「・・・<探偵>って遊び」
美零「え」
拾生「僕だけいつも捕まらなかった」
急に変わった話題に美零困惑。
拾生「近所の子はみんな年上。それにうちの
母が外遊びを嫌って。ピアニストになって
ほしかったらしいんです。指を怪我すると
いけないって」
美零「・・・そうなんだ」
拾生「それでも小学生だから我慢できるわけ
ないですよ。こっそり上級生に頼んで仲間
に入れてもらって。楽しかったな、泥棒役
になってきゃあきゃあ逃げ回るの」
美零「・・・・・・」
拾生「嫌でもいつかは気がつきますよ。誰も
本気で僕を捕まえる気がないこと」
美零「・・・ごまめ?」
拾生「戦力外だった、ずっと」
端正な横顔に掛ける言葉を探す美零。
美零「拾生くん・・・」
拾生「そう言えば、映画お好きですよね」
急に弾んだ口調にまたも翻弄。
美零「まあ、うん。でも何で知って・・・」
問いには答えずメロディを口遊む拾生。
某スパイ映画の主題曲。
拾生「美零さん的にはどうなんですか、この
シリーズ」
美零「途中までは観てる。今年のはまだ」
拾生「一作目は?」
美零「好きだよ。一番スパイ映画らしいから。
2以降はどっちかと言うとアクション映画
だね」
拾生「熱く語り出しそう」
美零「語るよー。もう何度もリピってるし」
拾生「じゃあこれ、分かります?」
何処からか取り出したボールペン。
手近の四つのグラスの上にかざす。
ノック部を押すと噴き出す液体。
一つのグラスの酒に溶け込んで。
美零「ちょ、何して・・・」
拾生、唇に指を当てて内緒ポーズ。
悪戯っ子の表情。
拾生「僕も一仕事してこよう。誰が当たりか
後で教えてくださいね」
風のように退室する拾生。
入れ違いに帰って来る女性二人。
参河(みかわ)と陸奥(むつ)。
すれ違う拾生を気にも留めずに。
参河「めんごめんご。放置プレイして」
陸奥「お一人ですか? 男の子たちは?」
美零「・・・仕事」
陸奥「仕事?」
美零「違う違う。同じ事情、たぶん」
参河「自然の呼び声か。女も男もそこんとこ
平等だな。ね、むっちゃん」
陸奥「なんで私に振るんですかあ」
参河「お、酒来てる」
陸奥「全部同じだから紹興酒サワーかな」
参河「ウチのロゼ、来てないじゃん」
そこに戻る男子大学生トリオ。
揃って個性なき韓流意識フェイス。
参河「その辺に店員いなかった?」
男A「何かバタバタしてたっす。人手足りて
ねーって感じ」
参河「マジかよ。呼出ボタンも無いし」
愚痴りながら廊下を覗く参河。
参河「もー、君らヘルプ入ってこい!」
男B「みーちゃん、パワハラすぎー」
男C「俺は下でこき使われたいですけど」
参河「いやいや、医者になっとけよ」
陸奥「お先に頂戴しまーす」
美零の隣でグラスを手にする陸奥。
美零「あ、それ・・・」
陸奥「霜月祭とFMみやびのコラボ成功を祝
して、かんぱーい」
止める間もなく喉に注ぎ込む。
陸奥「うわっ、甘っ!」
驚いて思わず出る低音ボイス。
手に手にグラスを取る男子たち。
男A「え? こんなもんじゃね?」
男B「普通だよな」
男C「ちょっと味見いいですか」
男B「お前、うまいこと言って間接・・・」
陸奥の酒を試した男子、顔を歪める。
男C「これ、苦情入れた方がいいわ」
参河「ん、お姉さんの出番かい?」
男B「先生、お願いします」
陸奥「あーもう、口直し!」
男A「あ、俺が口つけたやつ・・・」
陸奥「いいの、一々細かいなあ」
ハプニングにも盛り上がる一同。
蚊帳の外の美零、何とも言えない表情。
●カラオケ店・個室
十人向けの部屋に先刻の面々。
席次は崩れて思い思いのポジションに。
脳を揺さぶる音と光の暴力。
扉からもモニターからも離れた一隅。
一人デンモクに目を落とす美零。
ひたすら曲を探しているふり。
拾生「カドっていいですよね」
美零「わ、びっくりした・・・」
美零の隣にいつしか拾生。
拾生「僕もこういう場所が一番落ち着くな」
美零「・・・君って空気みたい」
言ってしまって失言に気づく。
美零「あ、違うの。悪い意味じゃなくて」
拾生「分かってますって」
美零の側に少し身を寄せる拾生。
ますます隅に縮こまる美零。
拾生「ぺてん師と空気男」
美零「は?」
拾生「言ってみたかっただけ」
美零「年上をからかわないで」
肘で拾生を軽く押し戻す。
美零「それにさっきの。悪戯にしてもライン
越えてるんじゃない?」
拾生「ただのシロップだから。あ、空気悪く
しちゃいました?」
美零「・・・テンション上がってたけど」
拾生「場を笑顔に出来たなら何より」
部屋前方に目をやる美零。
歌う陸奥を盛り上げる二人の男子。
もう一人の男子は参河の隣で密着。
くっつきすぎてチョップを食らう。
拾生「歌わないんですか」
美零「歌わないよ」
拾生「さっきから熱心に吟味してるのに」
美零「拾生くんこそ歌ったら。私が採点して
あげるよ」
余裕を見せようとする美零。
拾生「それいいですね」
美零の体の方に手を伸ばす拾生。
思わず首をすくめる美零。
拾生「お借りします」
拾生の手に移ったデンモク。
ボカロ曲のアウトロがフェードアウト。
アイドル並みの熱演に陸奥紅潮。
参河「M・U・T・U、むっちゃん!」
陸奥「参河さん昭和すぎぃ!」
男A「いいじゃんいいじゃん。昭和エモイし。
次、参河さん行ってよ」
男B「M・I・K・A・・・何だっけ」
男C「ミカワ! オイ! ミカワ!」
参河「しゃあねえなあ・・・」
馬鹿騒ぎの隙を縫って流れる尺八。
異質な空気に凍りつく一同。
陸奥「なにこれ? 入れたの誰?」
一斉に部屋の後方を向く一同。
マイクを握らされた美零が立ち尽くす。
救いを求めるように辺りを見回すが。
またも空気のように消えた拾生。
アカペラパートが虚しく過ぎて。
参河「ま、まさかの・・・」
陸奥「DJミレイ!」
一転、ファンキーなイントロ。
冷えた空気を再び盛り上げる。
調子のいい男子たちもノリノリ。
唇を噛み腹を決める美零。
美零「この世はもうじきおしまいだ♪」
●ターミナル駅・吹き抜け上階・夜
通路の腰壁に寄りかかる美零。
下を行き交う乗客の頭頂を見下ろして。
美零「もう驚かないよ」
拾生、いつの間にか隣で同じ姿勢。
拾生「面白いですか?」
美零「何が?」
拾生「他人のつむじの観察」
美零「面白いよ。みんな肩肘張って生きてる
くせに、オツムのてっぺんは呆れるくらい
無防備。今ここから私が飛び降りたら何人
巻き添え食らうんだろ」
拾生「何だかやさぐれてる」
美零「そりゃ、あんなテロ仕掛けられちゃね」
拾生「今度こそ凍りつかせちゃった?」
美零「アホみたいに盛り上がって、野坂昭如
メドレーに突入した」
美零、反転して腰壁に背を凭せかける。
美零「今ごろ三次会もタケナワじゃないかな。
それとも各々よろしくやってるかも」
横目で拾生を見て。
美零「でさ、君の悪戯って何が目的?」
拾生「・・・美零さんはどう思いますか」
拾生、人波から目を離さずに。
美零「結果を見届けない所を見ると、自分の
愉しみのためじゃない。解るのはそれだけ」
拾生「半分正解。自分のためでもあるから。
これが僕なりの参加の仕方なんで」
美零「遊びの続きってわけ?」
拾生「二度とごまめにならないように」
美零、体を傾けて拾生を見る。
美零「残り半分の理由って、私?」
拾生「さあ、どうでしょう・・・」
拾生、体を傾けて視線を受け止める。
美零「学祭の企画で会ったのが初めてだよね。
その割に粘着しすぎじゃない?」
拾生「美零さんから見ればね。僕は違う」
一歩下がって仰々しくお辞儀。
拾生「『ラチチュードゼロ・レディオ』いつも
拝聴してます」
美零「あ・・・。それはそれは、どうも」
思わずお辞儀で返す美零。
美零「でも意外。学生さんが平日の真っ昼間
の番組、チェックしてくれてるなんて」
ふと何かに気づいて。
美零「ああ、それで映画好きって・・・」
拾生「カラオケの選曲も」
美零「言われてみれば触れたこと有ったかも。
でも、遠い昔ひと言ふた言のレベルだよ」
拾生「勤勉なリスナーでしょう?」
美零「頭が下がります。・・・でも、そうか。
ああー、皮肉だなあ・・・」
思わず睫毛を伏せる美零。
美零「終わるんだよ、あの番組。次の改編で」
そのまま腰壁に沿って腰を落とす。
美零「陸奥ちゃんいたでしょ、あの可愛い子。
春から彼女の番組が始まるから、引き続き
よろしくお願いします」
拾生「・・・納得してます?」
美零「へ?」
並んで横に腰を下ろしている拾生。
拾生「それ、美零さんの本心ですか」
美零「・・・本心って言うかさ、正直ホッと
してる面もあるんだ」
拾生「・・・・・・」
美零「人前で喋るの、本当は得意じゃないの。
笑っちゃうでしょ」
拾生「・・・・・・」
美零「この仕事しかしてこなかった癖して、
今さら何だよって自分でも思う」
拾生「・・・・・・」
美零「けどさ、もういっぱいいっぱいなんだ。
心にも無いことキラキラした声で話すの。
顔も知らないリスナーの昼ごはんなんか、
ぶっちゃけ興味ないし」
拾生「・・・・・・」
美零「同僚にもイライラしてばっか。仮にも
サブカル方面で売ってるいい年したオヤジ
が『勝手にしやがれ』も観たことないとか、
有り得んでしょ」
拾生「・・・・・・」
美零「給湯室のシンクに飲み終わった湯呑み
積み上げて誰が洗うかチキンレースするん
じゃねーよ、とか」
拾生「・・・やっぱりやさぐれてる」
美零、我に返って耳まで紅く。
美零「ど、どうしちゃったんだろ私・・・。
ごめん、酔っ払いの戯言と思って忘れて」
俯いて吐き出すように。
拾生「でも、すごく心地よかったです」
美零「もう、変なフォローはいいから」
拾生「春まで、今の感じで行きませんか」
美零、ゆっくり顔を上げる。
美零「・・・また担ごうとしてない?」
拾生「全然。どうせ終わるなら誰に忖度する
必要も無いですし。生の美零さんを電波に
乗せてみましょうよ。せめてワンコーナー
だけでも・・・」
しばらく考え込む美零。
美零「・・・歯ぎしり」
拾生「はい?」
美零「歯ぎしり・・・ごまめの、歯ぎしり」
灯りがついたような美零の表情。
美零「いいと思わない? コーナーの名前」
その時、美零の目の前に止まる足。
男「ちょっと。困るよ、こんな所で座り込ん
でちゃ」
しかめっ面で見下ろす警備員。
美零「あ、すみません。場所移そうか、拾生
くん・・・」
顔を向けた隣には誰の姿も無い。
呆然とする美零に咳払いする警備員。
駅の人波は無関心に流れ続ける。
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