読書備忘帖

読書備忘帖

2010.05.22
XML
大漢和辞典の大修館が近年「あじあブックス」という渋い叢書を刊行しているが、本著はシリーズの中でも入門編と言える内容、近代黎明期の八人の漢学者の相貌を描くことによって、日本人にとって漢学とは如何なる学問であったのかということを懐かしく再現する良書である。冒頭、中国語論と訓読論の対立を描くが、奥野信太郎が訓読の徳用を述べた文章に肯んずること頻りである。露伴の水滸伝も紅楼夢にしても我が国の訓読の持つ蛮勇な無頓着な力に拠るものであった、と。つまり、自在な文学を保障する訓読の伝統であったことを述べるのである。さて、一人目の根本通明の写真にまずは感嘆せざるを得ない。明治29年帝大教授の就任式の訓示では、「東洋の漢学は、このわしと共に滅ぶ。汝等はわしの眼の球の黒いうちに十分に謹んで講義を聴いておくがよい」と言ったという。毎朝必ず1時に起き、和服に鉄扇という出で立ちで講義に望んだという。次は、中島敦の祖父中島撫山生涯一学究として地方の師弟の訓育に徹した。次は漢詩という器に恋の情緒を吹き込もうとした浪漫的漢文学者中野逍遥、洋学界の重鎮でありながらも生涯漢学の徳用を主張し続けた中村敬宇、和漢洋三学という日本にしか出来ない学問を模索した桂湖村、古儒者の風韻を持した最後の人小柳司気太、そしてかの宮島詠二、『字源』の簡野道明、錚々たる人物が並び、その生涯を追うだけでも大きな意気のようなものが読者の身に芽ぐみ始めるのではないか。儒者貧乏、儒者の糞意地、という懐かしい言葉があった。東洋の小さな島国に於いて、漢学は実践面に於いても徳義に於いても、一つの立派な姿に生長していたことに改めて感動する。B

漢学者はいかに生きたか





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.06.11 02:37:27


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: