はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2009.01.16
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テーマ: 家庭菜園(62051)

ネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???


かぼちゃ、カボチャ、南京


1.カボチャ事始め
1)カボチャの今、昔、
   中国野菜でない南瓜(なんきん)と呼ばれるカボチャ
カボチャは、別名、南瓜(ナンキン)とも言い、中国原産の野菜の様に思っている方もいますが、原産地は南アメリカ大陸で、コロンブスが新大陸からバレイショやタバコと共に、ヨーロッパへ持ち帰ったものです。

 この時代に伝わったカボチャは、今では日本カボチャと呼ばれ、明治以降、特に近年、栽培の主流となった西洋カボチャと区別されています。なお、先に述べたソーメンカボチャは、これらと別なペポカボチャというグループに属しています。


コロンブスが訪れる前のアメリカ大陸は、豊かな自然と豊富な農産物に恵まれた平和な国でした。私たちが今、味わっているバレイショ、トマト、カボチャ、トウモロコシ、トウガラシ、インゲンマメ、サッマイモ、タバコ、リマ豆、ラッカセイ、パイナップル、イチゴなどは、アメリカ大陸に住む人々によって作物化され、作られていました。

 例えば、ヨーロッパの人々がアメリカ大陸に移住して行った時、彼らが勝手にインデアンと読んだ人々は、既に、トウモロコシを植え、その間にインゲンマメを蒔いていたのです。大きく育ったトウモロコシの茎に、インゲンマメの蔓が巻き付き、トウモロコシが収穫される頃、美しいインゲンの花が咲き誇り、豊に莢を膨らませていました。そんな光景が見られたのです。作物の特性を上手に利用した栽培技術を、インデアンと呼ばれた人々は行っていました。

3)五十年で地球を一回りして来たカボチャ
   ポルトガル人が献上したカボチャ
 コロンブスがカボチャをヨーロッパに持ち帰られた後、僅か50年足らずの天文17年(1549)に、日本にカボチャは到来しました。ポルトガル人が豊後(大分県)の戦国大名・大友宗麟に貿易の許可を求めた時、引出物としてカボチャを献上しています。すなわち、カボチャを日本に初めて紹介したのは、ポルトガル人でした。

 その後、江戸時代の間に、まず大分から長崎に、そして九州一円(17世紀初期)で栽培されるようになり、それから京(17世紀後期から18世紀初期)から江戸(18世紀初等)に広まりました。この様に西から東に順次栽培が拡大する中で、出羽の国(秋田県)のみが異なり、飛び地の様に、江戸初期(元和年間:1615~1624)からカボチャが栽培されています。それは秋高歓庵と言う人が、筑紫(北九州地方)から出羽(秋田県)の国に種を持参し、広めたためと言われています。

4)カボチャの戸籍を調べると
幾つもの名前を持つカボチャ
現在は忘れ去られましたが、カボチャを古くはアコダウリとかナンバンウリとも呼んでいました。南蛮人(ポルトガル・スペイン人)がもたらした瓜との意味で、カボチャの伝来の経緯をよく現しているように思われます。島津藩が編纂した成形図説(1804)でもカボチャは、ボウブラと呼ばれ、それがポルトガル語のAbobra、Aboboraに由来すると記載されています。


2.カボチャの仲間とその特徴

    日本、西洋、ペポカボチャ
日本カボチャはヘタの断面が五角形で肩がが盛り上がって菊の花の様な形(菊座)になり、表面に溝やこぶが生じます。一般には小型で肉質は粘質です。

西洋カボチャはヘタの断面は円形で、果実の表面は平滑で、中型から大型の紡錘形をしています。肉質は粉質です。

ペポカボチャは飾りカボチャとかおもちゃカボチヤとも言われ、観賞用のものや枕形で煮ると果肉がソーメン状になるソーメンカボチャなどがあります。

2)日本カホチャと呼ばれるアメリカ渡来のカボチャ


 三毛門型のカボチャは寒い地方でも十分育ち、かっては会津(福島県)等で盛んに作られていました。「会津早生」と呼ばれるカボチヤは小型で品質も最上ですが、外観品質が余りパツトしないため、市場で評価されず、忘れ去られつつあります。

 「菊座」のカボチャと「居留木橋(チリメン)」とを両親にする「黒皮」カボチャは、宮崎など西南暖地で作られ、煮上がりの見栄えの良さが買われて、高級料理用に使われています。

白皮(白菊座)」カボチャは暑さに強く、肉質は緻密かつ粘質で、食味は甘く、美味しく、人気の高いカボチャです。

3)新規参入した西洋カボチャ
    「まさかり」「カステラ」て、何の名?
 西洋カボチャは、明治初期に、北海道開拓使によって導入がなされ、品種試験の結果、「ハツパード」と「デリシャス」が選ばれました。これが西洋カボチャの始まりです。なお、日本以外でも北欧など寒冷・冷涼な国々(高緯度地域)で作られています。

 「ハッパード」は「まさかりカボチャ」と名付けられ、戦前まで広く栽培されていました。貯蔵性の高い、大型のカボチャで、その果皮は非常に硬く、まさかりで割ったところから、「まさかりカボチャ」との違名が付きました。完熟した果実は粉質で食味は最高です。しかし、未熟ものはカボチャ独特の臭いが強く、食味も劣ります。食えた物では有りません。この「ハッパード」を改良したのが「栗カボチャ」です。早どりして野菜的に調理されます。

 一方、「デリシャス」カボチャは、「カステラカボチャ」とも呼ばれ、やや粘質ですが、甘味も強く、美味しいカボチャです。その改良種が「栗饅カボチャ」で、食味が良いので、かっては北海道中で広く作られていました。

 これら西洋カボチャの血を引く現代の主役達は「えびす」であり、「みやこ」であり、「あかずきん」等です。 

4)おもちゃカボチャに乾杯
ズッキーニてキュウリではありません
 ペポカボチャは、観賞用、飼料用、野菜用に利用されています。

金糸瓜カボチャは、別名をソーメンカボチャとか糸カボチャと呼ばれます。その名の通り、完熟した果実を煮ると、果肉がソーメン状になり、三杯酢で食べます。

 ホウズキ形のテーブルクィーンは、綿肉(種の回りの柔らかい果肉)を抜いて、もっぱら肉詰め用に使われます。また、ゴジラの様に全身イボイボのクルツクネックやまるでバナナの様なピンクバナナも変わったカボチャでしょう。

 ズッキーニは果実がまるでキュウリの様に長棍棒状のカボチャです。キュウリと同様に未熟な状態で収穫し、利用します。イタリアでは、スパゲティにこのズッキーニとトマトのソースを愛用します。今度、イタ飯(イタリア料理)を食べに行った時にでも、ソース指定でスパゲティを注文して見て下さい。 

3.カボチャの利用法・ア・ラ・カルト

1)冬至のカボチャ
   金メダル級のカボチャ善哉
 冬至にカボチャ入りの善哉(お汁粉)を食べる習慣は、何時頃から出来たのでしょう。昔の人の知恵に感心する事例の一つが、この冬のさなかに食べる、カボチャとアズキの組合せです。今と違って野菜の少ない時代、しかも冬場のビタミン補給に苦労した時代、健康を維持するために、ビタミンAとCのタップリ含まれたカボチャとビタミンB1やミネラル、食物繊維を多く含むアズキを、冬に食べる意義は大変大きかったのです。昔から、「冬至にカボチャを食べて、風邪を防ごう」と言いました。実は、カボチャにタップリ入っているビタミンAは、粘膜や皮膚の抵抗力を高めますので、風邪の予防になるのです。

2)カボチャは野菜と言うよりも肉なのです。
    肉の様に熟成が必要なカボチャ
 昔から農家では、いや、町でもお婆さん達は、秋に取れたカボチャを、風通しの良い日陰に並べて、乾燥しました。これは今風に言うと、キュアリング(熟成)処理です。こうすることにより、カボチャの外皮は厚くなり、貯蔵性が増します。ちょうど、肉も熟成し、腐りかけたのが美味しいのと同じです。 

 カボチャはキュアリングの温度が高いほど、含まれるでんぷんが分解し、糖分に急速に変わります。そのため、取れ立ての粉質で甘味のない、モサモサした感じのカボチャから、やや粘質で甘味があるカボチャに変わるのです。高い温度でキュアリング処理を行ったカボチャほど、低温で貯蔵しても糖分の増加が多いです。 

 すると、取れ立てのカボチャを早く、美味しく食べたいならば、35度ぐらいの高温で、7~10日程度、キュアリング処理を行い、後は冷蔵庫で食べる時まで貯蔵します。すると、甘味の充分に乗った、カボチャにありつけるのです。逆に、冬至まで、ユックリ貯蔵するつもりなら、キュアリングも20~25度程度で10日ほど行い、その後、10度程度で貯蔵すると60~70日程度は保ちます。 

 具体的に話を進めますと、カボチャを25℃で13日間キュアリングし、10℃で貯蔵すると、ほぼ1カ月で食べごろになり、2カ月以上経つと、段々と水分が多くなり、いわゆる水カボチャとなります。その間、カボチャ(果肉)の中では、でんぷんが分解し、糖と水に変わっています。



3)カボチャが示す「おたべマーク」
 でんぷんと糖の量が等量になる頃(1~2カ月)、最も美味しく、その時の果肉色は赤みを帯びた黄色となります。これが言うならば、カボチャのお食べマークです。さらに、貯蔵期間(2カ月以上)を延ばすと、溜った糖分が分解し、水と炭酸ガスになります。そのため、水分が急激に高まり、水分過剰の水カボチャとなるのです。お食べ、お食べとカボチャがマークを出している間に、食べて欲しいものです。

 そして完熟したカボチャこそカボチャであり、美味しさの決め手です。では、完熟カボチャを見極めるポイントはと言いますと、第一にヘタを見ることです。ヘタが乾き、コルク状になり、縦にヒビが入っている物がよいカボチャです。また、皮が硬く充実し、大きさの割に重いものほど良いと言えます。



5)カボチャの利用法、アラ・カルト
    カボチャの種を食って、夜も元気
カボチャ種は、ヒマワリやスイカなどの種子と同様に、高蛋白・高脂肪でミネラルに富む、栄養食、健康食でした。 

 しかも、カボチャの種には、金時豆やアズキと同様に、微量要素の亜鉛が豊富に含まれています。亜鉛の絶好の供給源です。人間にとって亜鉛欠乏は、皮膚に障害を起こす一方、人の舌の味蕾、味を感じる部分の機能低下をもたらと言われています。いわゆる味音痴になります。また、精子の製造能力が低下するとも言われています。不妊症や夜のサービス低下(性欲低下)につながります。種を食べて種(精子)を作るとは自然界もシャレたことをするものです。

 現代の人々は、カボチャの果実のみを食べていますが、カボチャの種子はもちろん、花も根も食べれます。実際に、古代のメキシコ人は果肉が薄く、繊維が多く、水っぽいミキスタカボチャは主として、果肉は捨て、種を食べていました。雄花も野菜として煮て食べたり、フライにして食べていたようです。日本カボチャや西洋カボチャの、成熟した物は煮たり、焼いたり、蒸したりして食べたようですが、野生のカボチャの太い根も食用にしていました。まさに、食べれる物なら何でも利用していたのです。そして、種の回りの綿肉は洗浄用に使っていたのです。奥さん達、どうでしょう、地球に、自然に対する優しさが求められている今、合成洗剤をわが家から追放し、カボチャの綿肉で食器洗いを試みては、いかがでしょうか


などなど  色々


はた坊





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最終更新日  2009.01.16 04:37:14 コメント(2) | コメントを書く


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