はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2009.01.27
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テーマ: 家庭菜園(62050)
カテゴリ: ごぼう

ネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???


ゴボウ 牛蒡(牛房)


1.ゴボウの古里とその名の由来
1)ゴボウ事始め キクと兄弟のゴボウは中国渡来
ゴボウは、日本を代表する国花・キクと同じ、被子植物門・双子葉植物綱・キキョウ目・キク科の植物です。キク科の仲間にはキク(食用菊)を筆頭に、シュンギク、レタス、フキ、スイゼンジナ、ヤマゴボウ、アーチチョーク、カルドン、キクイモ、モミジガサ、サルシファイ、エンダイブ、チコリ、ツワブキなどがあります。

 キク科ゴボウ属の植物は、ヨーロッパからアジアにかけて、6種類存在します。しかし、葉柄や根部を食用に出来るのは一種類だけです。ゴボウの野生種は欧州北部、シベリア、中国東北部に広く分布しますが、食用として利用しているのは、日本だけです。ただし、日本では自生していません。 

 ゴボウを初めて利用したのは中国人ですが、食用と言うよりも薬用が主でした。中国・明の本草学の大家・李時珍が編集した医学書の古典・「本草綱目(李時珍:1590年)」によりますと、ゴボウの種子、根、葉を薬用として利用するため、薬草として栽培されていました。。中国人は殆ど食べなかったようですし、今も食べません。本草綱目に登場するゴボウは、枝別れした根(岐根)の多い原始的な物でした。なお、本草(ホンゾウ)とは、本来は薬の素となる草の意味ですが、中国では広く植物、動物、鉱物からの医薬品を指し、医学の事を意味します。 


 日本には、中国から朝鮮半島経由で薬草として渡来したものと思われます。平安時代の「本草和名(918年)」や「倭名類聚抄(927~930年)」にキタキス(岐多岐須)と言う名前でゴボウが初登場します。当時も主として薬用に使われていました。平安初期の法令集であり、習慣や規則、諸国の産物などを記録した「延喜式(905~927年)」には、宮廷で食されている食用作物として、ゴボウの名前は出ていません。しかし平安中期の「類聚雑要抄」の中には、宮廷の献立としてゴボウを用いた記述が登場しています。すなわち、元永元年(1118年)の9月2日、鳥羽天皇が宇治の平等院に行幸された際の御膳に、干物五杯の中の一つとしてゴボウの名があります。この頃から野菜として利用され始めたようです。

 なお、ゴボウは漢字では牛蒡と表記します。この文字の読み、「ごぼう」は呉音から来ています。この事からゴボウが中国の「呉」の時代に、栽培種が渡来したとの推測もありますが、しかし、最近の考古学調査では、縄文初期の貝塚からゴボウの存在が確認されており、渡来はかなり古いものと推定されます。

 一方、成田山新勝寺に伝わる伝説によりますと、平安時代の天慶3年(940年)に、藤原秀郷が関東で反乱(平將門の乱と言う)を起こした平將門を討った時、その戦勝宴にゴボウが出されたとのことです。用いたゴボウは、直根の周り53cm、長さ75.8cm、重さ3.75kgもある巨大な物でした。

 江戸時代になるとゴボウは庶民にとって重要な野菜の一つに成っり、東北から九州まで広く地域で栽培され、多くの調理法の記録も残っています。「本朝食鑑」(1695年:人見必大)によりますと、「ゴボウは全国どこにでもある。根の大きいものは太さが大根ほどもあり、長いものは、鞭か竹筒のようで、長さが二、三尺にもなる。京洛の鞍馬、八幡の村里に産するものが最も良いとされるが、武州の忍の郷、岩槻の産も江東(東関東)では一番よいもので、京洛産のものにひけをとらない」とあり、盛んに食べられていたことがわかります。また、栽培法については、宮崎安貞の「農業全書(1696年)」に詳しく記載されています。

 日本では庶民の食べ物となったゴボウですが、外国では嫌われています。貝原益軒の「大和本草(1709年)」でも「日本では上等な野菜であるゴボウも中国ではあまり食べない」とあります。また、文政4年(1821年)、日本に来ていたドイツ人医師シーボルトが日本のゴボウを故国オランダに持ち帰り、ライデン地方に伝えました。しかし如何に調理をしても美味しくなく、ついに匙を投げたと言う話もあります。

3)ゴボウの読み方 あなたは幾つ読めますか
 岐多岐須、馬蕗、旨蕗、悪実、鼠粘、牛菜、牛房と並ぶと、何んの事か、分かりますか。これは全てゴボウの別名です。各々の読み方は、キタキス、ウマフブキ(馬蕗、旨蕗)、アクジキ(悪実と書いてゴボウとも読ませます)、ソネン(鼠粘)、牛菜などとも言われます。悪実と書いてゴボウなんて、判じものですね。また、古くは、ゴボウの形が牛の尾に似ている処から、牛房(牛の尾の意味)とも書きました。延喜18年(918年)に深江輔仁が書いた「本草和名」に「悪実(アクジツ)、一名を牛蒡、一名を鼠粘草、和名を岐多伊須(キタイス)、一名を宇末布々岐(ウマフブキ)」と出ています。悪実は果実に対する漢名です。宇末布々岐というのは、馬蕗(ウマブキ)を意味します。葉がフキに似ていて、馬が好んで食べた事に由来します。 

2.ゴボウの生態とその特性
1) タフでドライな現代娘 ゴボウ
 ゴボウはキク科の2年生草本で、春に種を蒔くと、翌年の夏に花茎を1~1.5mほど伸びて、その上にアザミに似た丸い紫色の花を咲かせます。中には僅かですが白い花を着ける品種もあります。花は、管状花で直径が4cmほどの大きさです。葉は長い葉柄を持っていて、根元から生えます。心臓形の大きな葉の裏には、柔らかい綿毛が密生しています。根が真っ直ぐに伸び、長さは40~150cm程度で品種によって大きく異なります。

 ゴボウには、細長い長根種や、太く短い短根種、葉を食用にする葉ゴボウなどがあります。ゴボウの生育適温は20~25度で、3度以下になりますと葉は枯れますが、枯死することはありません。耐寒・耐暑・耐干性があり、タフな植物です。強い光線を好む植物で、乾燥には強いが、浸水・過湿には弱いので、排水のよい火山性土や砂質土で栽培されます。なお、ゴボウは根の形状や収穫の便利さからも、火山性土や砂質土で栽培されますが、実は粘質土の方が味や香りの良い物が出来ます。 


 ゴボウの品種は、根の長大な滝の川群と短い大浦群に大別されます。これを歴史的に見ますと、昔のゴボウは根の直径が10~15cm、長さ80~100cmの物や長さが60cm程度しかなく、直径が20cmもあるなど、どちらかと言うと太くて短いものでした。それが、その後、細長くなっていき、現在の代表的品種・滝野川(常磐大長、東京大長、新倉、堀川)の様な品種になりました。しかし、これからは、人手不足に対応した機械収穫や核家族化(消費単位の小量化・ミニパック化)、食の外部化(カット野菜、加工野菜の流通)に促され、短根が望まれる様になるでしょう。

ゴボウの可食部は直根、すなわち肥大根と呼ばれる主根です。直根は熟度が過ぎますと、空洞(ス入り)になります。空洞になると、一般的には嫌われますが、空洞の大きな大浦などは、これを利用して、肉詰め用として使います。巨大な堀川と言う品種は、秋に種を蒔いて、移植2年栽培でわざわざ太くし、空洞を作ります。そして、その中空に肉などを詰める特殊料理に使われます。

 この様な堀川ゴボウや大浦ゴボウは、先に述べた様に、畑に一年寝かせて太くして、収穫します。希に11~12月頃、八百屋の店頭に並ぶ事があります。一度、ピーマンの肉詰め同様、ゴボウの肉詰めに挑戦してみては如何ですか。

(1) ゴボウの代表選手は滝の川一族


(2) 最古の品種 大浦ゴボウは文化財
 大浦ゴボウは最も古い品種で、大浦村(千葉県八日市大浦地区)で栽培されてきました。早生で太く短いタイプの品種で、根の中ほどが膨らみ、芯に大きな空洞が生じます。京都の堀川ゴボウは同系統の品種で、根を充分肥大させ、芯部の空洞部に詰め物をして利用します。

(3) 関西ゴボウの代表選手・堀川ゴボウはゴミ箱育ち
 京都の正月料理に欠かせない野菜として珍重されているのが堀川ゴボウです。普通、ゴボウと言えば細長いものと思いがちですが、この堀川ゴボウは直径が10cmにもなります。中は空洞になっていますが、表皮は厚くて柔らかく、味も香りも良いです。

 堀川ゴボウの成立は、今から400年ほど前、豊臣秀吉の時代に遡ります。秀吉は天正15年(1587年)に、京都に聚楽第を建て、一時は甥の秀次を住まわせました。しかし、秀次を追放、自殺させた後に壊されてしまいました。跡に残ったのは周囲に巡らされた掘だけです。何時しか、この掘りに付近の住民がゴミを捨てるようになり、掘りはゴミで一杯になりました。偶然その中にゴボウの屑があり、それが春に芽を出し、冬を越して巨大なゴボウに生長しました。これを見た農民が越年のゴボウを作ったのが始まりと言います。土中で2~3年かけてジックリ育てるため、肉質も締まり、香気が高いのが特徴です。現在では、一部の農家が契約栽培を行っているだけで、すっかり高級品になりました。

(4) 葉ゴボウも亦、ゴボウ 青いのに白いと言う白茎ゴボウ
 ゴボウの葉は心臓型で、長さ23~27cm、 幅18~22 cm、葉身は緑色ですが、品種によって濃淡があのます。裏には白綿毛があって、やや白く見えます。葉柄は角張った丸型で、太くて硬く、中空になっています。一般には食用にしませんが、葉ゴボウ用の品種は柔らかく、食べれます。例えば、江戸時代から存在する葉ゴボウ品種・越前白茎の味を、宮崎安貞(農業全書:1696)は、茎葉の若いものはニラの様な味がする、と書いています。また、早生白茎も、茎葉を食用にします。ところで、ゴボウの葉には、ビタミンC、精油などを含んでいます。

 葉ゴボウ用の品種は、白茎と呼ばれます。一般に、ゴボウの葉柄の下の部分が、赤褐色に着色した物を赤茎と呼びます。硬くて、食用には不向きです。それに対して、着色がないものは普通青色ですが、これを白茎と呼んでいます。葉ゴボウはこの白茎品種を利用しています。若い根と葉柄を食べるために栽培された福井県大野地方の越前白茎ゴボウが有名です。ある意味では、葉ゴボウは品種というより利用法です、越前白茎、萩、大和白茎のように専用の品種もありますが、早生系の品種も葉ゴボウ用に使われます。

3.ゴボウの生産の推移と産地
1) 生産の推移と産地
 農林省累年統計表によりますと、1905年(明治38年)、日露戦争の当時、ゴボウの作付面積は10,800haで、生産量は124,000tほどでした。その後、年による変動があり、戦中、戦後の食糧難の時代は漸減しましたが、全体としては増加の傾向にあり、1963年(昭和38年)に、作付面積19,700百ha、生産量337,000tと、ピークに達しました。その後、高度成長期の食生活の変化に伴い、、多くの日本型野菜と同様に漸減しています。最近は作付面積14,500ha、生産量260,000t前後で推移しています。1988年はそれぞれ14,700百ha、253,000tでした。

 一時は消費量が減って栽培も減少しましたが、最近は繊維質が見直されて、人気が戻りつつあります。どちらかと言うと、西日本で多く食べられている野菜です。

などなど  色々


はた坊





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最終更新日  2009.01.27 00:55:51 コメントを書く


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