はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2009.01.29
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テーマ: 家庭菜園(62048)
カテゴリ: うり  すいか

ネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???

メロン マクワウリ 


1.メロンの古里とその名の由来
太古、大陸の移動と共に移動したメロン 
 プリタニカの国際大百科事典によりますと、メロンはイランからトランスコーカシア地方原産の植物と書かれていますが、それは単なる一説に過ぎません。百科事典が語る真実・事実とは、所詮、「間違いではないが、真実の全てでもない」のです。

 現在では、東アフリカやインドなどを原産地とする多くの説があり、中には、A.ベケーナー(1880~1930年)の大陸移動説を基に、大昔、まだアフリカ東南部とインド半島がと連なっていた大陸移動前の地域が原産地だと言う説もあります。

 有力な一つの説としては、東アフリカ地域が原産地で、それがその北部地域・アビシニア高原、エジプトで栽培化され、中近東から中央アジアへ広がり、一方、地中海を渡ってヨーロッパへと伝播しと考えています。



 一方、最近インドにもう一つの原産地があり、ここから東南アジア北部を経由して、中国西南部へ分布したとする、メロン原産地二元説が唱えられています。この説は東アジアのメロン(東洋系メロン)成立を説明するのに説得力があります。なお、インドとアフリカ東部とが、太古の時代に連なっていたとする大陸移動説は、インドとアフリカと言ったかけ離れた地域に、独自にメロン原産地が成立する理由を説明するに便利です。

 ところで、東洋系メロンとしてはマクワウリ、シロウリなどが有名です。この東洋系メロンの原産地としてインド、中国、朝鮮半島を挙げる人もいますが、異説もあります。エジプト、中近東からシルクロードを東進して中国に至ったとする考え方です。この考え方の方が多数派かも知れません。

2)日本もメロンの原産地?
 メロンの原産地はインド、アフリカの二カ所よりも、さらに多元的な地域との説もあります。その理由として、(1)同一植物にしては、様々な形がありすぎ、(2)歴史的にもきわめて古い時代から、既にメロンが栽培され、広く知られていること。例えば、古代エジプトやギリシア・ローマ時代や、紀元前13世紀の中国の記録にも残されています。また、(3)砂漠や極端な寒冷地を除いた地球全域で栽培されていること。そして(4)最後に野生種に近い性質を持った雑草メロンが、世界各地で見られること、などが挙げられています。

 実は、雑草メロンは、日本でも瀬戸内海や九州北部など西日本の離れ島の畑に雑草として生えています。これら雑草メロンに共通する特性としては、(1)人間とのかかわりが深く野性化できない、(2)温室で栽培しても果実はウズラからアヒルの卵大にしかならない、(3)開花後20日頃までの果実は強烈に苦い、(3)種子に休眠時期がある、(4)ツル枯病に強いなどがあります。なかでも、(5)原始型である両性花しかつけない変り者の雑草メロンが6系統も見つかりました。これだけをとり上げれば、日本も原産地の一つかと思われるほどの珍しいものです。

 ところで、雑草メロンと言うのは、「栽培植物との共存下で、初めてその生育と繁殖が完結できる植物の一群」と言う雑草の定義にあてはまるメロンのことで、栽培メロンの仲間の一つの祖先と考えられます。また、現在のメロンと交配しても自由に雑種ができます。ただし、アフリカ大陸に存在する雑草メロンの中には、栽培メロンの仲間とは交雑できない同属異種の野性ウリがたくさんあります。そんな点では、アフリカはさすがに本家とも言えます。

 この様な事を総合的に考えますと、どうやら雑草メロンは、イネと共に、考古学的時代に日本に渡ってきた帰化植物だつた様ですね。

3)ヨーロッパにおけるメロン栽培の歴史は神話の時代から
ヨーロッパでのメロン栽培の歴史は古く、中近東・古代エジプトの壁画、記録にメロンが登場しますし、古代ギリシア、ローマ時代には既に作物として栽培されていました。中温乾燥の地中海地方はメロンの栽培に適して早くから普及したのですが、その後、14~16世紀に入ると本来あまり適さないヨーロッパ各地へも広がって行きました。例えば、イギリスでは不適な風土を克服するため、温室栽培専用の「アールスメロン(網目メロンの一種)」を作り上げました。イギリスで一大発展を遂げた温室メロンは、明治中期の日本に入り、日本のアールス系温室メロンの先祖となりました。

 この様にして、現在の西洋系メロンの原型、(1)果皮に深い溝が出来きコブ状の突起のある「カンタロープ」や(2)果実の大きな晩生種の「冬メロン」、(3)果面にネットが出来、甘味が強く香りのある「網目(ネット)メロン」などが出来上がったのです。一方、アメリカへは16世紀に網目メロンがヨーロッパから持ち込まれ、雨が少なく生育に適した西海岸・カリフォルニア州に定着し、露地メロンとして発達しました。

4)日本への伝来 メロンが来た道

 中国の古書に東洋系メロン、すなわち、マクワウリやシロウリの記録を探しますと、まずは、前13世紀の『爾雅』にウリが登場します。また『礼記』『詩経』といった古典にも記録はありますが、中国最古(6世紀前半)の農業技術書であります北魏の『斎民要術』には、「長安で作られる瓜は美味しいので有名・・」とあり、マクワウリやシロウリの栽培法などに関する詳しい記述があります。この頃までに、中国ではマクワウリやシロウリなど東洋系メロンは重要な作物になっていたのです。

 一方、日本におけるウリの歴史は考古学時代に始まります。すなわち、わが国に稲作が始まった頃、弥生時代の、今から2,000年も前の遺跡から、例えば、奈良県唐古遺跡や新潟県千種遺跡などから、マクワウリの炭化した種子が、多くの土器などと共に発見されています。この様に、日本では有史以前から東洋系メロンであるウリが栽培されていたのです。特に、雑草メロンと呼ばれるグループの植物が各地で栽培されていました。もっとも苦みの強いこの雑草メロンは食用と言うよりは薬用に利用したようです。 

5)記録にみる日本の東洋系メロン・ウリ類
 文献的に日本のウリの歴史を検討しますと、最も古い記録は古事記(712年)に始まります。あの倭建(ヤマトタケル)命の熊曽(クマソ)征伐の話の中で、「熟瓜(ホゾチ)の様に・・」との比喩があります。また、『万葉集』(753年)では山上憶良の有名な「瓜食めば子等思ほゆ‥‥」の歌があります。なお、当時のウリとはマクワウリを意味しました。

平安時代に入りますと、「和名抄」には瓜の名の付く作物として、瓜を初め括桜(カラスウリ)、青瓜、斑瓜、白瓜、黄瓜(キウリ)、熟瓜(ホソチウリ)、寒瓜、冬瓜が取り上げられています。また、延喜式(藤原、928年)にも胡瓜(キュウリ)、熟瓜(ホソチウリ=真桑瓜)などの名前が見られます。



6)西洋系メロンのデビュー
   果物の女王の登場
 明治時代に入ると、勧業寮などの官吏によって、他の多くの新作物・野菜などと一緒に、いわゆる温室メロンと呼ばれる西洋系の網メロンがイギリスやフランスから導入されました。特に、福羽逸人氏の試作、栽培技術の工夫・改良の努力は特記するものがあります。続いて露地メロンも日本に入ってきました。民間でも大正の初期からは栽培が始まりました。この様にした英・米で発達した温室メロンや露地メロンの多くの品種が日本の青果・果物界に登場するようになったのです。

 現在、一般的になってきました網目メロン、その逸品「アールス・フェボリット」は、大正14年(1925)に日本に渡ってきています。産地はイギリスで、温室メロンとしてH・ワードが作出し、カーター商会から発表されたのが1895年(明治28)です。その30年ほど後に日本に導入され、高級青果の女王として、果物界に君臨するに至りました。

 温室メロンはマスク(芳香をもつの意味)メロンとも呼ばれ、高級果物として高度な技術で栽培されています。また、露地メロンはマクワウリともかけ合わせて、日本の風土や日本人好みに合わせて改良し、現在のような大きさ、形、色、食味などの違う、さまざまな網目(ネット)メロンやネットなしメロンが作り出されたのです。また、本来的には雨を嫌うメロンですが、ビニールハウスやトンネルなど、資材や栽培技術の向上によって、美味しいメロンが年中食べられるようになりました。

7)マクワウリの名前の由来
マクワウリの名前は、応神天皇の時代に朝鮮からウリが伝わって来た時に、名前も共に伝わってきたと言います。朝鮮半島ではマクワをチャメと呼びますが、これはチャム(本当の)とオイ(瓜)の複合語です。すなわち、本当の瓜と言う意味でそこから日本では真瓜(マクワ)と呼んだのです。するとマクワウリとせずマクワと呼ぶのが正しいでしょう。ウリにウリを付けると重複しますから。

 一方、岐阜県本巣郡真桑村で古く荘園時代から栽培され、味の良いのでダンダン有名になり、豊臣・徳川時代には全国的に名を売り、真桑村のウリ、マクワウリ(真桑瓜)になったとの説もあります。

3)日本古来の東洋系メロン・ウリの仲間とその特性
(1) 真桑瓜(ウクワウリ)、甜瓜(アマウリ)
古くは、熟瓜(ホソチ)と呼ばれるインド原産のウリ科の一年草で植物です。蔓性で花は黄色、雌雄異花であり、果実は円柱状楕円体で、長さ12~16センチ、直径7~9センチ程度となります。果皮は黄緑色で縦に薄い色の縞があり、肉質は多汁質で一種の香気があり、甘いです。江戸時代までは甜瓜と呼んでいましたが、明治になって岐阜県真桑村で良質の品種を産出したので、この名が付きました。果実の表面が黄金色の金マクワと、緑色の地に銀色の縞がある銀マクワなどが知られています。

 昭和20~30年代頃は、マクワウリは大変なご馳走で、年に数度、お目にかかれる程度の物でした。種の回りが甘いので、種までしゃぶったものです。一般的に、甘露とも呼び、今のメロン以上の貴重品でした。近年、ナツメロ消費で人気が出で、食べてみましたが、ガッカリしました。昔の記憶が間違っているのか、舌が肥えすぎたのか、あの時代の甘露は幻と成ってしまいました。


などなど  色々


はた坊





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最終更新日  2009.01.29 01:03:14 コメントを書く


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