はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2012.05.26
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テーマ: 家庭菜園(62049)
カテゴリ: 落花生
  • 110らっかせい.JPG








昨年の落花生
種は購入したが 植え付けは4月か5月くらい

04月03日 hcでの種を1つ買っておいた
04月17日 庭でpotに種まきをした
05月05日 やっと発芽した
05月15日 畑のg-10のほうに移動して植え付けした 20個
05月22日 無事に畑で定着している  なんとかなるだろう ok
06月22日 花も開花して どんどん咲いている
07月24日 まあまあ無事に生育している 雑草とりをしておく

08月28日 雑草の中で 落花生 黄色の花をつけている 
09月04日 間違って雑草をとっていたら落花生 実ができていた okだなあ
10月10日 収穫はちかいな 後はタマネギさんに場所をゆずろう
10月30日 残りを全部を収穫した まあまあ実がついていた ok

落花生も 今年も植え付けは20個
雑草とりしているが 雑草に負けている
残っているのは10本くらいに減っている

10月30日には収穫した  まあまあの収穫であった
11月06日 実は乾燥させている まあまあ





今年の落花生
04月29日 庭でpotに種まきをした

05月19日 まだ2本だけ 遅いなあ
05月22日 やっと3本目の発芽 ゆくりゆくり


全部が発芽したら  畑に移動しよう


東日本大震災 3月11日発生
05月26日は 既に441日後となった




子どもに贈る国土(2) 年金のつけを贈る

私たちはどのような日本国を子どもに贈ろうとしているのか? その第一回目は「原発の電気はもらうけれど、核廃棄物は子どもに贈る」ということをしている現状を示しました。このように「自分たちがしたこと」を正面から見てみると、先回、保安院が2006年に「原発を安全にする」という作業を必死に妨害したことを非難しましたが、自分たちも同じようなものかも知れません

第2回目の今回は、「年金」というものを始めた私たちの世代が、次の世代にそのツケを回そうとして必死になっていることを整理しました。
・・・・・・・・・
1961年以前は「公務員や軍人恩給」のような特殊な年金はありましたが、国民全体を対象とした年金はありませんでした。でも、社会が「大家族、家長制度」から「小家族」に変化していく中、それまでのように「家族で老人を見る」というのがだんだん困難になり、社会制度としての年金が必要となり、「揺りかごから墓場まで」というコピーが使われるようになります。

でも、この言葉は「年金をもらう人」の立場を表現したもので、「年金を取り扱う人」のものではありませんでした。厚生省の年金課長の回顧録が話題になっているように、年金を取り扱う方の役人から見ると、年金とは次のようなものだったのです。
1) 国民から膨大なお金が集まる、
2) お金は金庫に入れておくことはできない、
3) 誰かに貸し出すことになる、
4) それは考えられないほどの権力(利権)である、
5) 社会保険庁の長官は日銀総裁と同じような権限を持つ、
6) 年金のお金があれば天下り団体はいくらでも作れる、
7) 年金を納めている人に40年後の返すときには、お金の価値がなくなっているから、運用は失敗しても成功しても同じになるから真剣にやる必要は無い、

年金制度を始めた当時の厚生省がこのように考えていたのは、回顧録をはじめとして多くの証拠がありますし、このように考えなければならない理由もあったのです(相手の立場に立つ)。

厚生省は、当時、日本国民は次のように思っていると推察していました。
1) 嫁姑などの関係から国民は大家族を望んでいない、
2) 夫婦単位の小家族なら国が年金を用意するしかない、
3) 年金制度を整えず、個人に老後の預金を呼びかけても、実際にはやらない人が多く、行き倒れの老人が増えて社会が混乱する、
4) 40年の間にはインフレや社会情勢の変化があるから、「自分で積み立てた年金を自分がもらう」というシステム(積立型)は破綻するけれど、国民は「今の老人のために、今の若者がお金を出す(賦課型)」ことには抵抗があるだろう、
5) 政治的にも国民の票を失うから賦課型は採用されない、
6) いったん、積立型でスタートし、それが破綻したら賦課型に変える。でも賦課型も若者が減るので破綻するから、最後は消費税のようなもので年金を運営せざるを得ない、
7) 従って1960年から2000年までの第一期は、「年金というものを日本社会に導入する」、「年金の支給を開始する」、「年金が破綻する」、「家族の形態が大家族から小家族に変わる」、「老人問題が顕在化する」ことを覚悟しよう。

年金という問題だけでも、「受け取る側」と「事務をする側」ではずいぶん違って見えることがわかります。でも、このような矛盾を1950年代(年金が始まったのは1961年)に十分にしておかなかったので、私たちの子どもから見た年金は次のようになったのです。
1) 親の世代が年金制度を始めた、
2) 親の世代が自分たちで年金を払い、自分たちで受け取ると言っていた、
3) でも最初からその気は無く800兆円積み立てるといって30兆円しか残っていない、
4) そこでこれまでの50年間(1960年から2010年まで)をチャラにして、我々子ども達が大勢の親の世代を養うことになった、
5) それでも足りなければ消費税を充てると言い出しているが、消費が多い子どもの世代に頼るということだ。

私たち大人の世代が、800兆円(試算によってはもう少し少ないという人もいるが本質は同じ)を食いつぶし、次世代に養ってもらおうとしている事実を直視し、年金受給年齢を上げ、これまでの罪を何らかの方法で購う必要があると思う。それが社会保険庁の犯罪であっても私たちの世代がしたことには違いが無いからだ。 (平成24年5月24日)

これぞ 大問題だ

はた坊






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最終更新日  2012.05.26 01:11:16
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