はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2012.07.28
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テーマ: 家庭菜園(62051)
カテゴリ: ネギ
  • 110くじょう.JPG




昨年の九条ネギの在庫
ネギ坊主の種蒔きした苗 消滅したので 在庫は0
ネギ坊主の残っているネギ       在庫は10本くらい

10本のネギさん それぞれ分ケツして かなり大きくなってきている
12月31日 1本の収穫
01月04日 5本の収穫
01月30日 2本の収穫
02月06日 2本の収穫 で お終い


種まきをしよう


畑をみたら 九条ネギ m08-1本とm20に1本 合計で2本あった これは 種用

03月27日 hcで九条ネギの苗 2個を購入 これも畑に植えよう
04月03日 苗の2個は 家のプランターでしばらく育てておこう
04月10日 畑の葱坊主が どんどん出てきている
04月17日 苗も無事  ネギ坊主も元気
04月24日 そのごはok
05月08日 在庫のネギはまあまあ 元気である
05月22日 ネギ坊主の種を収穫した 乾燥させて 種まきしよう
06月05日 種を乾燥したさせてから 種まきした  在庫のネギも植え替えとした22本
06月12日 プランターの苗も畑に移動した 20本くらい畑に植えた

ネギ坊主も種を収穫し種まき

06月12日 発芽してきている  数はたくさん無数にある  生き残りは20本くらい?
07月10日 畑に移動した m07の畑の畝に植えた

追加の種まき
07月10日 庭で種まきをした プランターで2個に残りの種をばら撒いておいた
07月17日 発芽してきている


干しネギの購入 20本
09月04日 hcで安売りの99円で10本のネギ 苗を2つ購入してm-06の畑に植えた


九条ネギの在庫
ネギ坊主の2本の分  畑の在庫のネギ10本は m-07の畝に植え替えした
m20の1本の分   畑のm08の畝に移動 これは成長中 20本
苗 20本      プランターで栽培中のは畑に移動した m-07に10本
ネギ坊主の種     庭で種まきをして発芽した 10本 これもm-07に移動
第二弾の種まき    発芽した  20本くらいを期待 サイズは松葉くらい もうなし
干しネギ       20本をm-06に植えつけた  残ったのは6本くらい

全部で 合計10+20++10+10+6=56本くらいになりそう 
これを12月に収穫する??
松葉サイズの20本は無理 その後に育てるとする

56本の在庫
08月05日 雑草とりをしておいた ネギさん無事である
09月28日 土寄せをしておいた
10月16日 九条ネギ 追肥してやや大きくなりだした  元気である 在庫は56本
10月23日 まあまあ 順調に成長している   小さい苗もすこしは生長しているようだ
11月20日 籾殻をかけておく これで根っ子が白くなってくれるはず
11月27日 まあまあ成長してくれている
12月04日 籾殻がたっぶりなので やわらかくなりつつある

ネギの苗  まったく小さい20本
10月23日にみたら すこしは大きくなりだしているみたい ?? かな  ??
11月06日 残りの小さい苗も畑に移動した これで生育もよくなるはず  ???
11月20日 なんとか畑に残っているが 小さいまま
12月04日 こちらは そのまま 特に変化はなし

九条ネギ  あとは12月の末まで 待つのみ 収穫は1月から

01月04日 九条ネギも収穫した 根っ子が白い いい感じになっている 小さいが
01月15日 つづいて少しを収穫しておいた
01月22日 残りもほとんど収穫した  残りはわづか
01月29日 すこし収穫した
02月05日 すこし収穫した
02月12日 すこし収穫した
02月19日 すこし収穫した
02月26日 すこし収穫した
03月04日 これでお終い

九条ネギ 収穫は終わり





今年の九条ネギの在庫
これから また 残りを来年用として 育てよう

m07 50本くらい残っている
m08 12本くらいの小さい苗
g-10にも1本ネギがあった
家の庭で小さい中が10本

合計73本  これをこれから育てていこう

04月01日 m-08-30本のネギ坊主さんかできてきているぞ
04月08日 m-07-30本のには ネギ坊主はついていない
05月03日 m-07のネギにも ネギ坊主がたくさんついてきた ネギ坊主を収穫しておく
05月20日 全部のネギのネギ坊主をどんどんCUT/CUT/CUT
06月10日 ネギ坊主がまだまだ出てきているが cut/cut/cut
07月22日 その後のも 九条ネギは元気である  さすがに九条ネギ 元気だなあ

もう ネギさん 固く固くなってきている
下仁田ネギは元気はないけど
九条ネギは元気そのもの  見た目も元気だ 分ケツも盛んなり

この1本のネギ もうかなりの数に増えてきている 凄いパワーなり






東日本大震災 3月11日発生
07月28日は 既に504日後となった

武田さんのブログ


諸行無常の科学的解釈・・・なぜ鐘の音は鐘に戻らないのか?

世の中には当たり前のように見えて実に不思議なことが多いものである。マイナス40℃の氷を暖めてマイナス20℃にする時、氷を暖めるので氷の一部が融けるような気がするが、不思議なことに氷は0℃(融点)にならないと融けない。これは奇妙な現象などで小学校で融点を学ぶが、日本人のほとんどが温暖化騒動で「氷は温度が上がったら融ける」という宣伝に引っかかった。

地球は平らと思っていた頃、朝、東から昇った太陽は西に沈む。西に沈んだのだから次の日は西から昇るように思うのだが、不思議なことに毎日太陽は東から昇る。いったい、いつの間に西から東に行ったのだろう? その回答は「太陽は毎朝、東の土から出来て、西に沈み土に戻る」というものだった。人間は最初に間違う(地球は平ら)と、結論も間違う(太陽は土から出来る)ものであることがわかる。
・・・かくのごとく人間の知恵ははかない・・・
お寺の鐘を叩くと、その鐘の音は不思議なことに四方八方に広がり、決して戻ることはない。なぜ鐘の音は再び鐘に帰ってこないのだろうか? なぜ川を流れるものは絶えず上流から下流に流れ、とどまることを知らないのだろうか?

今の人間はお金のことばかり考えているけれど、昔は自然との距離が近かったから、自然の中に実に不思議なことが多いのに気がついていた。その一つが「諸行無常」だ。人間は誕生し、成長し、全盛期を迎え、やがて衰えて死ぬ。それは人間ばかりではなく、他の生物も、川も山も何もかも誕生して成長し、やがて死を迎える。なんで「ジッとして」いなのだろうか?

この世にはジッとしているものはない。どれもこれも変化する。樹木を見ると元気よく新芽をだしているのだから、そのまま10年ぐらいは変わらなくても良いのに、慌ただしく紅葉し、落葉する。なんと気ぜわしく、もったいないのだろうか?

人間社会も科学も何の意味があるのかわからないが、「進歩、革新、新しいこと」とうるさい。科学が人間を幸福にしてくれることなど無い。もし科学が幸福にしてくれるということと、科学が進歩するということを組み合わせると、人類は絶滅の直前にしか幸福にならない。なぜなら、人類が絶滅の寸前がもっとも科学が進歩してるときであるし、その人類から見ると1000年前の人は科学技術が遅れていたために「不幸」であると言うことになるからだ。

なぜ、進歩も変化も無駄であることを知っていて、進歩や変化を求めるのだろうか? なぜ、あらゆるこの世のものは諸行無常なのであろうか? それは今から147億年前、ビッグバンという事件によって時間が出来たからだ。そしてその時間は過去から未来にしか流れないので、その時間の流れに遅れまいとすべてのものは変化してやまない。

実はこの世に生まれたものはすべて「ジッとしていること」はできない。鐘の音は「その場にとどまっている」ことは不可能で、どちらかに行かなければならない。つまり鐘の音はお寺の中に留まっているということ自体が宇宙の力を受けて不可能なのだ。

人間も必ず歳を取る。どんなに若く見える人でもいつまでも赤ちゃんのような肌を持っている人はいないし、90才になれば体の自由は若い頃のように効かない。生物は日々、体を入れ替えることが出来るのだから、変わらなくても良いように見えるが、そうはいかないのだ。

「エントロピー増大の原理」と言っても良いし、「時間は止まらない」と表現してもよい。平家物語(仏教)のように「諸行無常」でも良い。とにかく止まっていられない!という一大欠点が私たちを悩ましているのだ。

毎日を止まるとストレスがたまる。毎日、過度に動くと辛い。私たちは宇宙の動きに従って、「適切な変化」を強いられている。しかし、それはとても良いことでもある。私は「昨日も晴れ」と書くことがあるが、過去は流れていくので、悪いことは思い出さないですむ。昨日がどんなに土砂降りでも「晴れ」と思えば、二度と再び昨日は来ないので、土砂降りは晴れになる。

あまり長い間の変化も予想すると頭が痛くなる。だから、今日一日ぐらいが良い。それが私の「今日も朝」だ。私の人生は昨日で終わったかと思ったら、今日も朝が来た。それなら今日一日ぐらいはまた頑張るか!という具合である。長期的目的はたてない。変化は変幻自在であって、どうなるか予想もつかない。30年前は携帯電話もなければ、ほとんどクーラーすらなかった。地球が温暖化するなどということは全くなく、私の知り合いは「寒冷化に強い作物」の研究をしていた。

進歩は良くもあり、悪いくもある。変化はせざるを得ないが、良いとばかりは限らない。でもそれが人間、生き物、そしてこの宇宙に住むものの定めだ。

20年前、私は川にも山にも、誕生があり、成長、繁栄があり、衰退と死があるのに気がつき、愕然としたことがある。人間だけではない。それが私たちに時の大切さ、今の大切さを教えてくれる。(平成24年5月2日)

なるほど

はた坊






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最終更新日  2012.07.28 03:32:46
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