はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2013.08.22
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カテゴリ: バセリ  山椒
  • さんしょう.JPG






2011年
山椒 増やそうと株分け

サシメして どんどん増やしたが
途中で 全部が もとのもくあみ
全部 枯れてしまった

もとの 1本になりつつある


2012年

07月29日 今年も山椒は元気だなあ  虫がいたがピンセットで撤去した

山椒 増やして分は枯れてしまっている


まあ ええか だなあ


2013年
今年も 山椒は元の1本のみとなっている

増やした分は 全部 枯れている
狭い庭では 雑草にかこまれて 消滅してしまう

これは ネギさんも 同じ
苗を育てても 夏に 雑草にまけてしまい 全部 消滅してしまう
小さい苗は 雑草にまける

山椒も 雑草に弱い まあ 手入れしなければ みんな 同じだなあ

03月10日 芽らしいのが 出てきている
03月20日 気が付くと 葉が出てきている  春だなあ


山椒  元の1本  これは いつもとおり 元気で葉が出てきている


2002年に見つけた庭のニラの間に生えてきた山椒の木
植木鉢に移動して育てているのでこれで12年目となる 
鳥が運んできてくれた山椒の木である

山椒は 鳥の好物

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山椒は日本原産、花椒は中国原産で、同じミカン科だが種類が異なる

08月21日 猛暑で 参照も水が不足 枯れそうになってきている
が 水をやっているので なんとか 持っている

猛暑で 山椒も 大変だなあ   日焼けしている
猛暑だと 野菜も 果樹も 日焼けするらしい





東日本大震災 3月11日発生
8月22日は 既に894日後となった   阪神大震災は、1月17日で発生から18年

武田さんのブログ


【普通の歴史】3-1 一等国の時代・・・第一次世界大戦

「daiitijitaisentdyno.348-(13:37).mp3」をダウンロード

(このシリーズは、最初に思想や先入観を持って歴史を見るのではなく、歴史を知ってから、その後に思想を作るようにしています。まだ私の心には明治維新から戦争までの一定の考えは確定していません。)

日露戦争が終わって朝鮮を併合した1910年までの日本は特に歴史的解釈に迷うところはない。ヨーロッパの植民地にならないように懸命だった。

日本が朝鮮を併合したのが1910年で、明治維新が1868年だから約40年。その後の日本の動きを見ても、おおよそ40年ぐらい経つと、最初の目的を達したり、第二段階に入ったりするようだ。

1910年から40年後の1950年には日本は敗戦し、軍事国家から普通の国家に戻った。それから40年後には経済成長が終わり、バブルが崩壊している。おそらく2030年にはまた新しい日本の時代が始まるだろう。明治維新から日本は大きく分けると次のようになっている。

明治維新から独立まで   40年 (1910年まで)
先進国のまねをした時代  40年 (1950年まで)
高度成長の時代      40年 (1990年まで)
環境ボケの時代      40年 (2030年まで)
・・・・・・

日露戦争がおわったころの日本は、少しの不満を抱えながらそれでも順調な日々を過ごしていたが、遠くセルビアでオーストリアの皇太子が暗殺されたことで戦争が始まる。つまりは第一次世界大戦である。

遠いヨーロッパで起こった事件だから日本も知らない顔をしていればそれもできたけれど、「力をつけた日本」だから、「参戦する」ということになり、イギリス側についてドイツを攻めた。

後に、日本の松岡外相がヒットラーにあって同盟を結んだことから、何となく日本とドイツは親しい関係にあったと錯覚している人が多いけれど、第一次世界大戦では日本はドイツと戦い、中国の青島やドイツが占領していた太平洋の島を全部、奪い取った。

さらに、上海事変のところでもう一度、出てくるかも知れないが、上海事変で中国に日本と戦うことを勧め、訓練したのもドイツである。つまり、日本はドイツと1915年ぐらいから1937年ぐらいまでの22年間は敵対していて、第二次世界大戦の少し前にドイツと急接近したに過ぎない。だからヒットラーが影で日本人を嫌っていたというのも頷けることだ。

第一次世界大戦はドイツとオーストリー帝国の敗北となり、日本はさらに国際的な立場を強め、中国への進出を加速していく。その典型的な外交が対支21箇条の要求と言われる武力を背景にした日本の中国に対する要求だった。

すでに清は辛亥革命の翌年の1912年に滅亡しているので、第一次世界大戦の時には中国は群雄割拠の時代で、代表的な政府は中華民国という状態だった。だから、中国の青島で日本軍とドイツ軍が戦ったのだが、中国軍が出てくるということは無かった。

日本にいると、日本の中で日本と関係の無い国同士が戦うなどということもありえないが、世界では多くあることだった。

また、第一次世界大戦で日本はドイツに勝って戦勝国となり、講和会議では白人諸国と並ぶことができた。つまり、日本は1920年にはついに「独立を勝ち得たばかりではなく、ヨーロッパやアメリカと同じ事ができる」という段階に来たのである。その時には、ヨーロッパやアメリカは「お手本」であり、「極悪非道な国」とは見なしていなかった。

日本は偉くなったのだ。今でもヨーロッパやアメリカを学ぶ風潮があり、知識人にその傾向が強いが、いわゆる反日日本人の人たちと同じ考えの人が1920年に「我々も偉くなった」と喜んだのである。偉くなってヨーロッパと同じ事をした、それが後に失敗の原因になる。

(平成25年8月18日)武田邦彦


ふむふむ

はた坊





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最終更新日  2013.08.22 02:06:56
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