はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2013.08.23
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カテゴリ: いちご
  • いちご.JPG










昨年のイチゴ

苗はm-20に20個くらい 庭に10個くらい
03月18日 m-20のは雑草だらけ 雑草をとっておく が 苗は小さいまま
03月18日 庭の苗も小さい が 追肥しておいた
苗の手入れは ほとんど なし で苗は小さいままだあ
04月29日 ようやく花が咲いてきている  実も もうすぐだなあ
なんとか イチゴも花が咲いている  実は もうすぐ できそうだ
05月17日 いちご 実がついているが 赤くなると虫の餌になる
05月20日 赤くなっているのがあるので すぐに収穫しておいた

06月02日 3回目の収穫をしておく 

庭のイチゴもすこし赤くなってきている  こちらも食べてしまおう
06月30日 雑草とりしてイチゴの苗の蔓を伸ばしておくとする

蔓から 新しいイチゴの苗を作ろう

で しばよく 様子をみていたが 猛暑が続いて 
苗は 消滅  あらあら で 消えてしまった

残ったのは 1本のみ
これが 来年用のいちごの苗となってしまった
まあ ええか これで 頑張ろう




今年のいちご
苗をみてみたら 2-3本はあるみたい


03月17日 残っているいちごは やっぱし1本だけ
で これを petボトルにいれておいた

03月29日 庭の2本もpetにいれておいた


結果は

同じようにしても 畑のは枯れて 庭のは無事
やはり 畑は水が不足して 風がつよく 1週間見れない
庭のは 毎日みて 水をやっているので無事に

苗の間は 庭で育てないとダメだなあ

で 苗も不足しているので50円の安売りの苗をかってきて
庭で もういちど 育てている
04月08日 50円の苗 6本 買ってきて 庭で植えている
04月14日 いちご 庭の苗 花が咲いてきている
04月21日 実がつくかどうか 花は咲いているが ???

まあ 実ができればよいが 1つでもok
あまり 期待しないで 様子見

petのいちごの方が元気がある
実がそろそろ つきそう
05月03日 petのいちご  畑で1本  庭で2本  合計3本
05月06日 庭のいちご ブランターで6本の苗がある

小さい実がついているが 赤くなるかな  ????
05月18日 実が赤くなっているが 虫が 先に食っている

あらあら 虫に食われている

次から 袋をかけよう

そのご いちごの苗つくり
07月15日 庭のいちご すこし苗が増えてきている
07月31日 その後も いちご 無事に育っている
08月22日 いちご 苗は 無事  まあまあ

庭で いちごの苗をすこし増やしておこう
畑のは 雑草に負けてしまっている 消滅している

庭ての苗 すこし ふやして 来年に備えておこう







東日本大震災 3月11日発生
8月23日は 既に895日後となった   阪神大震災は、1月17日で発生から18年

武田さんのブログ


 【普通の歴史】3-2 一等国の時代・・・満州国建国の背景

「mansyu01tdyno.337-(14:12).mp3」をダウンロード

満州国の建国から、上海事変、南京事変、そして日中戦争になるところが、近代日本の歴史や中国との関係で一番、難しい。そこでまずは「本質だけを書き、できるだけ詳細に入らない」ことを心がけたい。言えば「木を見て森を見ない」ということにならないようにする。

その理由は、日露戦争までは侵略戦争かどうかはほとんど問題は無いし(日本が独立しただけ)、第一次世界大戦は日本が参戦したと言っても主戦場はヨーロッパで日本はついでに参戦したにすぎないからだ.

つまり、
1) 日清戦争     明治中期で単なる戦争
2) 日露戦争     防衛戦争で日本の生死がかかっていた
3) 第一次世界大戦  ついでの戦争
       (日本が完全に独立して一等国入り)
だったが、その後の戦争、
4) 満州国建国、
5) 上海・南京事変から日中戦争
6) 大東亜戦争
は少なくとも見かけは日本が戦争をしかけたように見えるので、「歴史認識」に大きな違いが出てくるからだ. つまり、日露戦争、第一次世界大戦は日本にとって「受け身の戦争」だったが、満州国建国からは日本の「積極的戦争」のように見える。

だから、この時期の本質を見極めることがとても大切になる.ゆっくり整理しながら進みたい.

・・・・・・・・・

「満州」というのは中国の万里の長城の北、朝鮮の北にある。万里の長城の北ということは「中国ではない」ということを示している。これがまた日本の近代史にも大きな影響を与えた。

もし、日本と中国の関係が難しくなったときに中国を支配していたのは「外国の人=満州民族」だった。清(その当時は「後金」といったが)が中国を侵略したのは、ちょうど徳川幕府ができた頃で、それまで中国の王朝だった明(みん)を追い出して外国人の政権を作った。

つまり、日本では「清」という国は中国の国とされているが、清は満州の国で中国は占領されていた状態だった。でも、200年以上、首都を北京に移していたのでもともとの国の満州はすっかり寂れていたい。

そしてロシアが満州に進出すると「祖国を明け渡す」という形で満州はロシアが支配するようになった。

一方、そのころの日本は日露戦争に勝ち、朝鮮を併合し、第一次世界大戦でドイツを東アジアと太平洋から追い出し、ヨーロッパ国家と同じく「世界の一等国」になった。

そのころの世界の一等国は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、ロシアというところだったので、日本もイギリスやドイツをまねて行動をするようになったし、日本人も「せっかく一等国になったのだから、一等国のように振る舞うこと」を求めた。

当時の世界の一等国の標準的な振る舞いは、
1)海外に植民地を持つこと、
2)軍備を整えて常に他国との優位性を保つ、
3)自国に有利であれば他国を占領し、植民地か属国にする、
ということだった。

すでに植民地を多く持つイギリス、オランダ、スペイン、ポルトガル、アメリカ、フランスはどちらかというと「植民地の死守」をして、ドイツ、日本のような「遅れてきた国家」はなんとかして他の国と同じように支配権を広げようとした。

そんなとき、つまり日本が一等国になり、台湾、朝鮮、千島列島、南洋諸島を占領して「頑張っていた頃」、「願ってもない話」が飛び込んでくる。

それが「滅びつつある清の皇帝が、中国から引き揚げて満州帝国を作り、その皇帝になりたいと言っている」ということだった。すでに清は滅び、次の皇帝になるはずだった溥儀は、中華民国の蒋介石の軍隊が歴代の清の皇帝・・・それはまさに自分の父祖であったのだが・・・の墓が爆破され、その骨が飛び散るのにショックを受けて父祖の地の満州に新しい国を建国したいと願った。

一等国になり、イギリスやアメリカと同じように振る舞おうとしていた日本は、満州国を建国し、溥儀氏を皇帝に治め、日本の影響を満州にも及ぼしたいと考えた。この考えは後にアーリア人や反日日本人に否定されるが、私は普通の考えのように思う。

ここまでの日本の歴史の整理では、満州国の建国に日本が力を出したのは、ヨーロッパ、アメリカの当時の政治から言えば、むしろ控えめのように見える。この問題はもう一度、検討する予定。

また、満州帝国建国の歴史の話になると、張作霖の爆死など「事件の発端」について年号や経緯を覚えさせられるが、むしろ私たち歴史家ではない人にとって大切なのは個々の事件ではなく、満州帝国ができ、日本が実質的に運営したという事実を理解することだと思う。

(平成25年8月20日)武田邦彦


ふむふむ

はた坊





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最終更新日  2013.08.23 01:33:39
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