はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2013.12.25
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ハト
日本では 神社にたくさんいるが
畑でも バタバタと 飛んでいる
貸農園でも 住んでいるハトもいる

休耕田もおおいので ハトが うろうろ 

netでみると 歴史はかなり古い

飼育史
ハトはおおよそ10000年から6000年ほど前の新石器時代に飼育動物化されたと考えられている。ハトは人里に近い土地で営巣する動物であり、洞窟や崖、そして泥や石で造られた初期人間の住居に巣を作っていた。当時中東において栽培が始まったコムギやオオムギなどもハトの食料として好適であった。こうしてハトと人間の距離がちぢまったのち、ハトの飼育化がはじまった。

紀元前2900年ごろにシュメールのシュルッパクにて起こった大洪水はシュメルの洪水神話として後世に残され、『ギルガメシュ叙事詩』や旧約聖書のノアの方舟の話の原型となったが、『ギルガメシュ叙事詩』においてすでに陸地を探すためにハトをはなした話が記載されており、このころにはハトが飼育されていた証拠とも考えられている。紀元前4500年ごろのイラクのアルパチャにおいてハトのテラコッタの像が出土しており、ハトが宗教上重要視されていたことをものがたっている。

ローマ帝国においてはハトは宗教上重要な意味を持つ一方、肥育されて食用としても盛んに用いられた


カワラバト(ドバト)  ハトはまた、通信用の伝書鳩としても古代から盛んに使用された

電話が発明されたため ハトは失業となった

失業したハトは 畑で 生き延びている



東日本大震災 3月11日発生
12月25日は 既に2年と9か月と14日後となった   阪神大震災は、1月17日で発生から18年
どちらも想定外ということで 既成概念の見直しが必要 武田さんのコメントを参考にしている


武田さんのブログ


「何を言った」より「誰が言った」という社会


後にそれは偏見であったことがわかるのだが、かつて女性と話をしていると、相手が自分の言っている内容はほとんど聞いていないで、様子を見ていることに嫌になったことがあったし、女性と話をしていて、時には「誰が言った」ということだけに関心があってがっかりしたことも記憶している。

最近では、たとえば「原発の廃棄物を片づけてから原発の再開を考えるべきだ」というのは何10年も前から多くの人が言っているのに、小泉元首相が言ったというと、みんなが「小泉さんが言ったことは正しいか?」という議論を始める。

つまり、「何を言った」というより「誰が言った」に極度に注目していることを意味している。もちろん、人間社会だから「誰が」も重要だが、程度を超えているように思う。私たちはもう少し慎重に、「言った人」ではなく「言ったこと」に注目すべきではないだろうか?

そうしてよく考えてみると、女性にそういう傾向があると思ったのは間違いで、男性でもほとんど同じで、「言ったこと」に反応する人はほとんどいない。議論の目的が「真実を知りたい」というのではなく、「誰かをバッシングしたり、ほめたりする」というための材料として「情報」を受け取っているからのようだ。

「誰が」というのを強調すると、学歴とか、学閥、地位、男女、結婚しているかなどその人の「状態」などが「内容」にかぶってくる。そうすると、さらに詮索が始まり、「そう言っているけど、実は」などとなりさらに複雑になる。



若いころから私は話をしている相手が、どのような生い立ちなのか、どこの学校を出たのかほとんど興味を示さず、聞かないことにしている。ときどき「少しは調べなさいよ」と言われることもあるけれど、その人の言うことや行動だけに注目してそのまま自分で考えたほうが良く分かる気がする。

このような考え方の延長だと思うけれど、私は「空気」というのが嫌いで、空気というのは「あの人は偉い人だ」とか、「あの人の考えはこうだ」というように「人」に中心があり、「その人が今、どういう意見を持っているか」というのは言葉でしか伝わらない。

「空気を読む」限り、自分の力を上回ることはできないし、先入観をさらに深めることになるだけのように思う。

ネット上に多く見られる「バッシング」もまた内容より「人」にその牙を向けているように思う。それは特定の人の口をふさいだり、活動を制限したりすることを考えれば、できの悪い秘密保護法よりさらに社会的に大きな害をもたらすと思う。

明るい社会とは「誰が」というのをできるだけ減らして、「どんな内容」に注目することだろう。

(平成25年12月22日)武田邦彦

ふむふむ

はた坊





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最終更新日  2013.12.25 01:50:22
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