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~~~~~~~~~~~【最初に】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回のブログはかなりダークなので、読まれないほうがいいかもしれません
読まれる方は、お気をつけて。。。
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14日に佐世保で起きた事件によって亡くなられたお二人のご冥福をお祈りいたします
そして、巻き込まれてしまった人たち(とくに子どもさん)の心に深い傷が残りませんように・・・
佐世保で起きた「銃乱射事件」
容疑者の自殺という結末で幕を閉じましたが・・・
新聞やテレビの報道によると、容疑者は数年前から職にも就かず、引きこもり状態で奇行を繰り返していたらしい
そうしたことから、銃を持っていることを心配・不安視する声も近隣では上がっていたらしい
容疑者が「何らかの精神病を患っていた」かどうかはわからない
でも、これでまた「心に病を持つ者」に対する世間の目は冷たくなるのだろう
2001年6月8日
大阪教育大附属池田小学校で起きた事件のことを思い出した
あの時容疑者は「精神異常者」を装って?いて、刑事責任の有無や、精神障害者に対するさまざまな問題点が論議されたのだった
その当時の私は、結婚したばかりで自分が「心の病」を持つなど考えてもいなかったから「障害者」に対する周りの目 というものをそこまで意識していなかった
それよりも、奪われてしまった幼い命がかわいそうでならなかった
私が教育実習のときに受け持ったのも1年生の子どもだった
可愛くて、愛らしくて、その無邪気さが愛おしかった
そんな子どもたちの尊い命が、一人の人間の歪んだ思いにより奪われたのが悲しかった
亡くなった子どもたちと、実習の時に受け持った子どもたちとが重なって見えた
今は、今回の事件でいろんな想いをしているであろう「心の病を持つ人」のことを考えている
私も離婚してから働いていない
週に一度は精神科に行きお薬も常用している
近所の人たちは私をどう見るだろうか?
「いっそ精神病院に入院させて欲しい」と思うだろうか?
両親も同じ思いなのだろうか?
14日は怖かったし、次の日が子どもの「クリスマス発表会」でもあったので、ニュース速報だけを聞いて寝てしまった
昨日は「発表会」のせいでバタバタしていたせいもあり、「容疑者が自殺」ということだけを知った
そしてさっき新聞で事件の詳細を知った
私は苦しくなって、悲しくなって、安定剤を飲んでみた
それでも治まらなくて、軽く自傷をしながら少しずつ書いている
こういう公の場に文章を残していいのかどうかわからないけれど、書くことで心が落ち着くかもしれないと思ったから
今回のような事件だけに限らず、人が亡くなったり、理不尽にも命を奪われたりする話を聞くと、苦しくなる
「私が死ねばよかったのに」と思う
「私が死んでいれば、その人は死なずにすんだかもしれないのに」って・・・
そして「生きててもいいのかな?いけないよね。こんな私が生きていたらいけないよね」って思いが頭の中を巡る
きっとこれがうつ病で最も気をつけなければいけないといわれている「自殺念慮」というものなのだろう
「死にたい」とは思わない
でも「生きていたい」とも思えない
病気や今回のような事件などで、生きたくても生きられない人がいる一方で
私のように「生きていたいと思えない」人間もいる
そんな人たちからしたら私は「贅沢な人間」だろうな
「だったら、あなたの命を頂戴」と言われるだろうな
それでも構わないよ
私の命で、誰か本当に生きたい人の命が助かるのなら、それでいいよ
骨髄バンクにも、臓器提供にも登録しているし。
一度、本気で死を考えた時、主治医に頼んだことがあったんだ
「今から薬を飲んで死ぬから、使える臓器は全て使って」って
でも主治医の答えは「薬で死んだら腎臓や肝臓は薬によって機能が停止しているから使えないよ」だった
「じゃぁ、心肺は大丈夫でしょ」
「心肺移植は難しくて、この辺じゃできないから、多分無理だよ」
「じゃぁ、角膜は?それなら使える?」
「どうかな?自殺だったら検死に回されるだろうから、無理だよ・・・」
そこまで聞いて絶望的な気持ちになったのを覚えている
「私は死んですら、何の役にも立てない」と
生きて役に立つことができないのなら、せめて死んで役に立ちたかった
それも無理なんだ・・・
私の存在意義は一体なんだろう?
なぜここにいないといけないのだろう?
なぜ、命は一人に一つしかなくて、あげることはできないのだろう?
私なんかより、もっともっと、世の中に役に立つ人が亡くなって
何もできない私が生きているなんておかしいよ
命を粗末にしている と言われたら返す言葉もみつからない
でも、ただ漫然と日々を過ごしているだけの人間に、一体何の価値があるというのだろう?
子どもの世話もまともに見れない、自分の調子を優先して相手をしてやらない
一緒に遊んでいても、自分の都合で怒ったり、時には怒鳴ったり、、、、
母親としてすら、存在している価値がない
そんな私が生きていていいはずがないよ
ごめんなさい
社会に出て、まじめに生きているみなさん、ごめんなさい
Yahoo!ニュースより 2008年08月23日
「特別な」人 2008年07月10日
私の罪 2008年05月17日
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