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2004年3月28日深夜、待望の娘が誕生しました。

今思えば妊娠初期からあまり順調とはいえない滑り出し。
切迫早産が続き出血はもちろん安定期に入ってからも尿タンパクや
糖が下りて妊娠糖尿病の検査もしました。
そして後期に入りついに苦痛の入院生活となります。
29週になった頃でした。
原因は切迫早産と妊娠中毒症。
お腹の張りがひどく子宮口が開きかけていました。

危うさも分かりませんでした。
たまごクラブを読んでも後期に入りお腹が張るのは陣痛の準備…
書かれている言葉をそのまま受け止め気にもしていなかった日々。
実は入院する少し前から指先にピリピリという痺れと眼華閃発の症状が現れていました。
そして浮腫と高血圧。
これがまぎれもなく妊娠中毒症の症状だったのです。
そしてある日検診に行きそのまま入院となりました。
病室に車椅子で連れて行かれ点滴をつながれトイレ以外はほぼ寝たきりの生活。
昼夜問わずの拷問の様な見回りを耐え、毎回管理された食事を取り何とか症状を食い止めようとしましたが上手くいきませんでした。
それが3週間過ぎた頃でした。
ある日容体が一転し、NICUのある大学病院へ転送そして緊急帝王切開となりました。

その日はよく晴れた日曜日でした。
夫は運良く側におり救急車の後を追い大学病院へ……
実家の両親も駆けつけ、慌ただしく深夜のオペとなりました。
私の体は上手く妊娠に適応出来ず、もう限界に達していたのです。
オペ室へ運ばれて全身麻酔をかけられ気づいたのは全部終わった後でした。

夫が側に立ち主治医からは赤ちゃん元気ですよとか何とか声をかけて貰ったのをうっすら覚えています。
病室へ戻ると義両親も駆けつけてくれていました。

そして初めて娘の顔を見たのがそれから二日後でした。





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最終更新日  2007.01.18 18:31:42
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