Live & Die for HIPHOP

自己主張の国



前、日本の車の中でたまたまラジオをつけていて、こんな話を聞いたことを覚えてる。「近代の日本は「声の出ない」文化だ。誰かがエレベーターに乗り遅れても、「乗ります!」といってかけよってくる人がいない。」上手く説明できないけど、こんな内容だったとおもう。日本人は、ちょっとの会話をすることで見知らぬ人とかかわりを持つことを避けているようだ。このシチュエーションなら、間違いなく日本では次のエレベーターを待つだろう。地下鉄のとなりに座った見知らぬ人と天気の話をすることもしないだろう。それがいいかどうかは別として、日本人はそういうのに慣れているから、そっちのほうが居心地はいいのかもしれない。これはあくまで、アメリカと日本の違いの話。

大学で生活していると、ルームメイトという、とんでもなく生活の全てを知られてしまうような存在と共同生活をする。ここで日本人のいけないのは、嫌だと思うことをすぐにその場で自分の言葉で言えないことだ。だけど、そうしているうちに相手はそれを当たり前と思うようになる。例えば細かいけど、夜中に電話するなとか人のもの勝手に使うなとか、まあいろいろあるけども、日本人はそれを言わない。いい人のふりをしたいのか、嫌だと言う事は相手を傷つけることだと思うのか、日本人の気質がそうするのかはわからないけど、そのままでは必ず大きな壁にぶちあたる。

さて、こういう場合誰が悪いのかというと、夜中に電話をし続けたルームメイトではない。もちろん、日本人の感覚からして人が寝てるのに夜中に電話をするとは何事だとなるけれど、こっちの人はそういうことから言わなくてはわからないのだ。わかっててやる奴もいるけど、「何も言わないのならいいんだな」って思うのが普通だ。だけど、生活にかかわることなら遠慮して居ちゃ駄目だ。そう、日本人は遠慮しすぎなのだ。ここは自己主張の国。いかに小さな生活でも、主張がなければ誰にも気づかれない。気づかれないことでまたストレスをためる。だけど、主張しない限り何も変わらない。受け入れてもらえるかどうかは相手が決めることだ。

アメリカが自己主張の国というのはどこから見ても明らかだろう。政治でも芸術でも日常でも、まずは主張があって、そこがスタートラインだ。彼らはそれを臆さない。YESもNOも言えないで、いてもいなくても同じような人間にはなりなくないからだ。それはいいようにも悪いようにも作用する。主張が強すぎる人は人の意見を聞かないし、ものごとを決めるのに自分を基準とする。だから時々おかしな発端の喧嘩も見るし、どう考えても間違ってるやつもいる。

私は日本人の慎み深いところが本当に大好きだし、自分もここにいるからってそれを失いたくないと思う。でも、主張がない人間はつまらない。どっちも持ってるのが一番いいということで、このページは終わりにしたいと思います(笑)!!

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