色色ココロ

色色ココロ

May 20, 2008
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5月に入ってすぐ、実家の母が倒れました。


その時点では、原因もわからないので、「意識が戻った時にそばにいてあげたい」と思い、夫に連絡を取り、とりあえず大急ぎで荷物をまとめて駅に向かいました。

ちょうど駅に着いて切符を買ったところで病院から携帯に電話がありました。
「今お父様に説明したところですが・・・・」と始まった先生からの電話は、
・検査の結果、脳梗塞だったこと
・発見が遅れたため、かなり範囲が広く、今は呼びかけにかすかに反応する程度だが、今後の回復が望めないこと
・今後、頭の腫れがひどくなった場合手術をするかどうか。ただし、手術をしても今以上の回復は望めない。むしろ全身麻酔をするからリスクが大きすぎるということ
・脳の呼吸器関係がやられた場合、呼吸器をつけて延命措置をとるかどうか。ただし、呼吸器は一旦付けたら自発呼吸がもどるまではずせないが、今の状況は、一旦呼吸が止まったら自発呼吸が戻る可能性は極めて低い。つまり呼吸器を付けたらたぶんそのままでずっと植物状態になる



夫にも泣きながら電話しました。
電車の中でもずっと泣いていました。
福山駅に到着するまで、ずいぶん長く感じました。


お母さん、早すぎる、早すぎるよ。
まだまだ聞きたいことがいっぱいあるのに。
もっともっとしてあげたいことがたくさんあるのに。
いつももっと優しい言葉をかけてあげればよかった。
親不幸な私を許してね。

こんなことばっかり考えてました。

10時過ぎに福山に着いたのですが、叔父が迎えに来てくれていて、母はICUにいて、とりあえず父や弟、叔父叔母などは一旦帰るよう促されたようで家にいたので家に向かいました。
これはつまり、まずまず命の危機は脱したから帰るように言われた、と解釈してよさそうな状況でした。



次の日、面会時間は12時から一時間と夕方一時間半だけでしたが、朝から病院で待機。先生からもう一度詳しい説明も聞きました。
ICUの面会時間は短くて、しかも抵抗力が弱った患者さんが感染するのを防ぐため、一人ずつしか中に入れません。

その時の母は、やはり呼びかけに時々反応するように目を開けたり、たまにうなずいたりする程度でした。看護士さんの話では、「反応があるように見えても実際は目はほとんど見えてないだろうし、声は聴こえても誰かわかっているかどうかわからない」ということでした。

でも、反応があれば嬉しいから、最初泣いてばかりでしたが、思いつくまま、たくさんたくさん話しかけました。

その後、母は8日間ICUにいたのですが、その間、みんなで交代で中に入っては、こんな反応だった、と報告し合い、ちょっとでもいい反応の時はすごく喜んだりしていたのでした。

孫が来てから、手を握る力が強くなり、さらに今までより確実に声かけに反応するようになってきたのです。話しかけるとそれにあわせるように「ふん、ふん」とうなずいたり。
母の容体は、健康な時からすれば絶望的な状況なのに、そういう時のちょっとした反応や回復の兆しというのはすごく嬉しいものでした。それだけでものすごく心が明るくなりました。
でも、先生に、まだ頭の腫れが引かないうちは油断できない状況だと言われ、シュンとなったり・・・。ほんのちょっとしたことで一喜一憂の繰り返しでした。


私は連休最終日、一旦、子ども達と金沢に戻り、それからまたすぐに福山に行きました。

意識がどの程度はっきりしているのかわかりませんが、その頃になると母はずっと目を開けていて、かなりこちらの話しかけにうなずいたり、微笑んだりして、話の内容もわかるようになってきていました。

それから間もなく、一般病室へ。
食事もするようになって来ました。


正直、ここまで回復するとは思っていませんでした。

よく脳梗塞は発見が早ければ、薬だけで治る、とか、リハビリで社会復帰、と聞きますが(長嶋監督やその他テレビでもよく脳梗塞から復帰した人が出てますね。)、母の場合は発見がそれほど早くはなかったので、最初の「今以上の回復は望めない」という先生の説明と、梗塞部分が写ったMRIの写真と、母の状態から、たぶん私たち家族や親戚や母の友人など面会に来てくださった方々の誰もがここまで回復するとは思っていなかったのではないでしょうか。

今は、言語障害と右半身麻痺が残ってはいるものの、こちらの話しかけはほとんど理解して反応があり、リハビリをがんばる毎日です。ご飯も左手を使ってスプーンで食べられるようになりました。

母に会いに行ったら、ぺちゃくちゃいっぱいおしゃべりをしています。
倒れてからの話を聞かせると、そんなに長い間入院しているのかと驚いた表情をします。どうやらICUにいた頃のことはほとんど覚えていないようです。眠っていた感覚なんでしょうね。

楽しい話や面白い話をして母を笑わせるのがもっかの私の楽しみです。やっぱり孫の話が嬉しそう。おいしいものも早く食べたいね。すぐに食べられるようになるよ。

しばらくしたら一旦、言語のリハビリの専門家がいる病院に転院する予定になっています。


親が倒れたり、って、まだまだ先のことと思っていたことが、急に現実となり、かなり長い間頭の中でなかなか受け入れることができない毎日でした。

なぜ?
早すぎる・・。

でも、幸い、回復の望みが見えてきて自分の心にも希望の光が差してきたおかげで、今は、母にとっても父にとっても、本当の意味で、私たちが支えにならなければ、と現実的に考えられるようになって来ました。

気持ちに余裕が出てきたから、金沢と福山の往復も、スピッツ聴いたり本を読んだりして過ごすようになって来ました。
福山に新しいスイーツのお店がたくさんできててそこで夫や子ども達にお土産を買ったり(実は自分が一番食べたい^^;)、途中の大阪で551の豚饅を買ったり、いつもと変わらない感覚(?)も戻ってきました。

もう大丈夫です(^^)。

ご心配をおかけした方々、ありがとうございました。
今までとは生活はちょっと変わる面もあるけど、私は今までどおりなので、これからもどうぞよろしくね。





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Last updated  May 21, 2008 01:13:17 AM
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