ひきこもりテツのページ

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2018/02/25
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カテゴリ: 鉄分補給



この間、運用に就いてきた車両は、

名車 181系から

                             三鷹
東京地下駅乗り入れ A-A基準だけが取り柄の 183系

                             三鷹
電気釜の顔をした 横軽協調用の189系

                           場所失念
JR時代になってからの E351系

                            八王子

と続き、いよいよ今春「スーパーあずさ」のE351系をすべて置き換える形で、
E353系が本格デビューします。

思えば、181系が「あずさ」から完全撤退したのが1975年秋ですから、す
でに40年以上経過しているわけですが、ひきこもりテツ の地元の路線を走る
特急として、今でいう「撮り鉄」の最初の被写体であったのが、181系でした。


長ナノ「あさま」との共通運用化でクハ180が「あずさ」に!

1975年春、181系最後の牙城のひとつ、長野運転所の「あざま」が189系化され
共通運用だった「あずさ」だけが残ることになりました。
1973年、あずさの受け持ちが「とき」の新潟運転所から長野に移ってからは「あさま」
と共通化されたことで、10両編成は維持されたものの食堂車がなくなり、上り方の先頭
車が横軽通過(EF63連結)のための クハ180になってしまいました。

当然、181系(旧151系)オリジナルの先頭車といえば、自連カバーをつけたままの
クハ181が「本流」でありますから、被写体としてはクハ181が先頭になる下り列車
がターゲットとなります。

とはいえ、このときすでに「あずさ」の半数以上の列車が183系化されていましたから
身体(と三脚)は「新宿方向」を向いていても、後追いや手持ちではクハ180も撮って
はいましたけど・・・

ハザ2両連結の181系
1975年3月の公社時刻表です。
グリーン車マークが2つ並んでいるほうが181系です。



​​運用列車は下記の通りで、所要3編成でした。いずれも夜間は長ナノ、西ミツ駐泊。
なお6001M、6018Mは季節列車の6000番台設定ですが、運転実績ほとんどなか
ったようで、当時泥沼化していた労使関係の悪化により深夜早朝の検修、乗務の要員
を確保しえなかったため幻のスジだったそうです。
​​

​               松 本    新 宿
    ​
 4M    10:00 → 13:30 
    11M    17:39 ← 14:00
    16M    18:15 → 21:45

6001M  10:21   ←   6:40 
      6M    11:00 → 14:33 
    13M   18:39 ← 15:00
6018M    19:22 → 22:52

     5M    12:45   ←   9:00
     8M     13:40   → 17:12
    15M    21:44   ←   18:00



​「こだま」の片鱗が残っていた ロングスカート、帯なしの クハ181​

当然、181系(旧151系)オリジナルの先頭車といえば、自連カバーをつけたままの
クハ181が「本流」でありますから、被写体としてはクハ181が先頭になる下り列車
がターゲットとなります。

1975年3月の改正以降、長ナノには5両のクハ181が配置されていました。
 クハ181- 1、2、3、5、11、107

車番からもわかるように、このうち若番4両は、クハ26→クハ151を経てきた、生粋の
「こだま」としてデビューした車、11も、サンロクトオ改正の12両化を期に増備された
弟分です。
彼らは、こだま はもちろん、つばめ、富士、はと などのヘッドマークを誇らしげに掲げ
て新幹線開業前の東海道本線を疾駆した経験を持つ超エリート車両でした。
​​
今なら博物館入り級のものが何気にホームに置いてあった・・・
                   1975,2 岡山駅(485系に使用していた頃)

ひきこもりテツ が撮りテツを始めた直後に高校受験のため休戦を強いられ(SL終焉まで)
再開した直後の1975年秋には「あずさ」から181系が撤退してしまいましたので、
最後の最後まで運用についていた、1、5、11だけが辛うじて被写体になっていました。

クハ181-1


栄光のトップナンバーです。スカートは短くされ、横帯も入っているので100番台
っぽくなっていますが、ボンネット上の換気口がなく、前照灯下の外気取入グリルが
1つしかないという、最初の6両だけの特徴をもっています。
四角い熱線デフロスターがついているのは、1~4だけでした。おそらく東海道から
撤退した時期が早かったから寒地対策として施行されたのだと思います。

クハ181-1 は生まれ故郷の​ 川崎重工兵庫工場 ​で保存されています。
近年 誕生時の クハ260001 に復元ざれたそうです。

クハ181-5


帯なしロングスカートです。
あずさへの運用にあたり中央東線のトンネル断面(架線高)の関係でちょ
ん切られてしまって屋根上の前灯がないのが玉にキズですが、こだま型
らしさが残っていた車の1つです。
なお、スカートの穴(タイフォン)が丸いのはロングスカートのまま
終焉を迎えた車では、この5だけでした。

クハ181-11

これも帯なし、ロングスカートです。
上掲の5よりも、ヘッドライトがやや大きいように見えますが、これは
ライトケースの縁ががシルバーに塗られているためで、お目目ぱっちり
でこれがクハのオリジナルだそうです。

以上3枚 三鷹ー武蔵境 1975年撮影


なお、クハ181-11は、鉄道ピクトリアル№766の記事での分類表
や、ネット上での写真を拝見すると、自連カバーが赤一色で塗りつぶされ
ているはずなのですが、鉄道ピクトリアル№766では、181系最終日
の下り方に連結された写真では赤とグレーと塗り分けられている写真が
掲載されていて それが上掲写真と同じくややいびつな塗り分けであった
ことから クハ181-11 と同定できたしだいです。




ボンネット特急の世界へようこそ
ひきこもりテツは、かつて、「ボンネット特急の世界へようこそ」とい
う、クロ151様の 151~181系の記事に薫陶を受けておりました
し、鉄道ピクトリアルの特集記事を執筆された氏の記事を食い入るように
読んでいたものです。
上記3両の車号も、ピンボケ写真やろくに記録も取らずにただシャッター
を押して撮り貯めてきただけの「ずぼらテツ」としては、上掲写真の
「車号鑑定」にあたっても大いに参考にさせていただいたものです。


次回はもう少し181系「あずさ」の写真をアップして、わずかながら
「あさま」、「とき」にも言及してまいります。
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Last updated  2018/02/26 08:00:34 PM
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