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2012年12月04日
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カテゴリ: サッカー



今季限りで現役引退を決め、現在、記者会見中だ。


Jリーグ草創期からゴンの愛称でサッカーファンを魅了。


代表選手としても、カズと共に日本サッカー界を支えた男が、引退する事を決めた。


現役にこだわりピッチに立ち続けたが、体はしんどかっただろう。


元日本代表で、日本サッカー界の発展期を強烈な個性と多くのゴールで沸かしたゴン中山。


今季、札幌でのシーズン終了後、現役続投か引退かの結論を保留していた。


先程から始まった引退会見の場で、悩み抜いた心中を明かすことになりそうだ。


私と同じ45歳!!


現役プロ生活19年に、幕を閉じる。


ゴン中山の登場は、世間の注目を集めた。


Jリーグ発足が決まり、日本代表としてW杯初出場を目指した94年米国大会アジア予選。


カズ、ラモス、井原と一緒に、日の丸を背負い、がむしゃらに貪欲にゴールを目指した。


その姿は、サッカーファンだけじゃなく多くの人々の関心を呼んだ。


W杯切符を逃した「ドーハの悲劇」。。。


失点シーンで倒れ崩れる姿は、20年近くたった今でも流される。


Jリーグ元年の翌年94年からジュビロ磐田のストライカーとしてJリーグに参入。


抜群の得点力と、知名度で見るものを魅了した。


たくさんの「ゴンゴール」に、ファンは酔いしれた。


得点王2度(98年、00年)は当時史上初めて。


98年には4試合連続ハットトリックでギネス記録にも認定。


J通算157ゴールは、いまだ誰にも破られていない歴代1位だ。


一方で度重なるけがと手術の連続で、何度も離脱を繰り返した。


膝、足首、腰、股関節。。。


それでも、いつだってピッチに舞い戻ってきた。


徐々に出場機会を減らしてきた09年、ジュビロ磐田を退団。


引退の選択肢も頭に入れながら、複数のオファーの中から当時J2の札幌を新天地に選んだ。


1年目こそ逃したが、2年でJ1に昇格。


今季は11月24日の横浜戦で後半45分から途中出場を果たした。


得点にこそ絡まなかったものの、45歳2カ月1日でJ1最年長記録を樹立。


1092日ぶりのJ1の舞台だった。


この札幌ドームでの試合は、私の生徒も見に行っていた。


うらやましい限りだ。


本当にお疲れ様でした。


私の年齢でアスリートを続けること。。。


どれだけ大変な事か。。。


いつか指導者として戻って来てほしいですね!!





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最終更新日  2012年12月04日 16時18分11秒
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