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今年は、ゴーヤのなりが、おそいけど、
それなりに、ウメの木に垂れ下がって、食べられるようになった。
種は、昨年、自家採取したものである。
ウメの木の根元に植えて、ウメの木を支柱代りにすると、
支柱を立てる手間が省けて、便利である。
姉から見れば、こういう手抜き、いい加減なやり方は、我慢できない見っともない方法であろう。 が、手間がかからず、ゴーヤが食べられる便利な方法である。
そうしたら、去年のカボチャのこぼれ種でもあったのだろうか、
ウメの木の近くにカボチャが芽を出したと思っていたら、
いつの間にか、カボチャのツルが、地面を這わないで、
ゴーヤに負けじと、
ウメの木によじ登り、ゴーヤの実と一緒に、ウメの枝から垂れ下がっているのである。

このカボチャのように、
張り合い、マネをする、ということは、
植物、動物のみならず、生物全般のDNAに組み込まれているのだろうか。
ゆえに、人間界のファッションの流行という現象も起こるのだろう。
カボチャでさえ、ゴーヤのマネをするのだから、
人間が、世の中の流行に無関心でいられるはずがないのである。
世の中の、「流行する、はやる。はやらせる。」ということが、なんとなく分かったような気分になった。