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「八重の桜」 は、
いわゆる、会津弁 満載で、
標準語になれてしまった地元でも、聞き取りにくいところもある。
まあ、埼玉県生まれの、弟の嫁さんは、
会津に来て、祖母の話す言葉が、何を言っているのか、
外国語のようで、まったく、分からなかった。と、いうから、
そんなもんだべ。
と、そこで、
またまた、疑問が、わいた。
昔は、階級制、 士 農 工 商、
先祖が、農民の私は、祖母の 純然たる会津弁で育った。
そして、農村の言葉は、会津の商人階級の言葉とも、違う。
同じ、会津育ちでも、家人と 私の 言葉使いも 違う。
「そうだべした。」 とか、「そうだげんじょ。」 などと
農家育ちの私が、連発する言葉を、町育ちの 家人は 使わない。
何故だろう。
こんなに狭い会津盆地で、
と、そこで、
もしかしたら、
士族階級は、庶民とは、言葉使いが 違っていたのかもしれない。
会津士族には、江戸の言葉使いが 交じっていたのかもれない。
何故なら、
江戸に、会津の江戸屋敷があり、殿様や、その家族、奥方様は江戸で暮らし、
また、江戸詰め家老も いたのであるから、
そして、日新館で、論語の素読などで、
教育を受けていたのである。
論語に、「べした」は、使われていない。
士族は、「そうだべした」 などとは、言わず、
「そうであろう。」 と、言っていたのかもしれない。
「ならぬことは、ならぬべした。」 とは 言わず、
「ならぬことは、ならぬものです。」 と 言っていたのだろう。
ということで、 「武士の言葉 会津」 で ネット検索したら、
興味深い記事を、見つけた。
昔のほうが、教育が しっかりしていた。
こんなに 素晴らしい 含蓄のある教えが あったなんて、
地元にいて、まったく、知らなかった。
今の教育に、喝を入れたいくらいである。
暇で、関心のある方は、少々長い文ですが、読んで下さい。