PR
キーワードサーチ
フリーページ
カレンダー
コメント新着
ジジが、我が家に 来たのは、
5年くらい前で あったようだ。
娘が、勝手に、どこからか、もらってきたのだ。
夕食の用意をしていたら、
仕事から 帰って来た娘が、いつまでも、玄関の所にいる。
そして、玄関で、ニャー、ニャー、と、いう 泣き声がする。
台所にいた私は、娘が、ふざけて、
「ただいまー」というのを、
「ニャー。ニャー。」と 言ったと 思い、
「おかえり。」と言う代わりに、
「にゃー。にゃー。」と、ネコ語で、答えた。
その当時、娘は、時々、ふざけて、
ニャー、ニャー、と、言っていたので、
また、そうなのだろう。と、
玄関での
「ニャー、ニャー、ニャー。」に、
こちらも、
「にゃー。にゃー。にゃー。」と、答える。
「ニャー、ニャー、ニャー、」
「にゃー、にゃー、にゃー、」
「ニャー、ニャー、ニャー、」
「にゃー、にゃー、にゃー。」
「ニャー、ニャー、ニャー。」
「にゃー、にゃー、にゃー。」
と、「ニャー、」 「にゃー、」 の応酬。
いつまでも 玄関にいるので、
今度は、日本語で、
「なに やってるの。」 と、玄関に行ったら、
「ニャー」は、ネコの泣き声のマネ ではなくて、
籐のバスケットの中に 黒い子猫が入っていて、
本物のネコの声 だったのだ。
娘、
「夫婦げんかしているから、ネコもらってきた。」と、言う。、
ネコがいれば、ネコに 関心が移り、
夫婦げんかしなくなると思ったのかもしれない。
まあ、ケンカするほど、仲が良い。ともいわれるけれど、
子供にとっては、親のケンカは、耐え難いものなのかもしれない。
そういうことで、ジジが、我が家に 来たのである。
その後、
夫婦げんかは、どうなったかと いうと、
あまたの危機がありながらも、あまり、変わらなくて、
娘から、ケンカするなら、
「もう 一匹 ネコ もらってくるから、」 と、
親は、脅され続けているのである。
先住のジャックもいるのに、
それでもって、
遅ればせながら、この頃、
己の画一的すぎる考え方の 変更を 模索している。
アメリカ人 デール・カーネギー氏の ベストセラー本
「人を動かす」の中に、
相手の「誤りを指摘しない」ということが 述べられている。
この考え方には、驚いた。
夫婦でも、相手の過ちを指摘しない。なんて、
封建時代の日本の「女大学」と、共通するものではないか。
夫が、カラスを、「白い」 と言えば、
妻も、「そうでございます。白いです。」と、答えなさい。というのが、
日本の戦前の女子教育。
まさか、
そういう方法が、夫婦円満のコツであると、
合理主義、男女同権 思考の アメリカ人から、言われるとは、
摩訶不思議。
ということで、
ジジは、夫婦げんかの 緩和の役割を担って、我が家に 来たのでした。