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手術の方法として再建手術を考慮し、皮膚のみを残し全ての乳腺を取り除く方法、4分の3を切除する方法、全ての胸を切除する方法と3つの選択があり、一番安全なのは全ての胸を切除する方法という、お話でした。
初めから全て切除しても仕方ないと思っていましたが温存の可能性もあるのでは?と少し考えた時もあり、現実に全摘出には一瞬、抵抗がありましたが、この先温存したことによる心配の方が負担に思い全摘出をお願いしました。
片方の胸がなくても、目も見え、歩け、人間として生きて行くには、なんの支障もなく、乳がんの場合胸を切除する、そうする事で女性の一部を失くすという事に対しての抵抗は思ったよりも少なかったです。以前から女性として生きるというよりは、人間らしく生きたいと考えていたので、胸を切除するという事は周りが考える程、私にとっては、たいした問題ではありませんでした。
全ての抗がん剤治療が終わり、約3週間後に手術を行いました。
手術の前日主人と先生に手術方法の説明と抗がん剤の効果が高いという話を聞き主人は初めてほっとしたと言いました。
手術の日を目標に治療をし、手術は信頼する先生にお任せしていたので、少し緊張はしましたが、それほど怖くはなかったです。
世の中には手術もできず、ずっとガンと闘っていらっしゃる患者さんも沢山いると思うのです。そう思えば手術ができるということは、幸せな事だと思う反面、病気と闘うという事は自分に負けずに闘うという事で自分を試されている、と思いました。
手術日は先生が病室まで迎えに来てくれて、先生、主人、母、私の四人でエレベーターに乗り、手術室まで歩いて行きました。待合室で主人、母と別れ先生と部屋へ入りましたが、近所のコンビニでも買い物に行くように、相変わらずヘラヘラしながら、主人と母に「行ってきます」と手を振り別れました。手術室には先生や看護師の方々がたくさんいて、部屋がいくつにも別れていて、興味深々でキョロキョロしながら歩いて行きました。
不思議と不安な気持ちはなく、「やっとここまで来た」と思いました。
麻酔科の先生が麻酔の注射をすると、一瞬で意識がなくなりました。
手術が終わり人工呼吸器をはずす瞬間に目が覚めて少し苦しかったですが、意識はすぐにはっきりし目を開けると先生が「もう終わったからね」と言ってくれて、「早かったなぁ」と思いました。
術後、朝まで、動いてはいけないという指示があり、手術の痛みというよりは、動けない事による腰の痛みが酷く、何度も看護師さんに身体をずらしてもらいましたが、一晩がすごく長く、 腰が痛い以外に何も考えられませんでした。
朝方早めに体を起こす許可をもらい、やっとベットに座る事ができ、朝食のパンも食べられ、その後は廊下を散歩したりして、身体を軽く動かしました。
術後初めて歩く時には、体のバランスがおかしく、まっすぐ歩いていないような気がしました。
初めて傷を見た時は術前、先生から、どんな傷跡になるのか写真を見せてもらっていたので、それと同じく、とてもキレイに縫われていて、どうやったら、こんなにピッタリ縫えるのだろうと、後で先生に聞いてみようか?そんな事を考えていました。先生や看護師の方々が、すごく深刻な顔をして沈黙している事に気づき、現実に引き戻されたような感じでした。他の人は自分の傷跡を見て、どう感じるのだろう?泣いて過ごすのだろうか?自分は肉体に執着が無さすぎるのだろうか?とか、そんな事を考えました。
入院生活はリハビリをしたり、軽い筋トレをしたり院内を散歩したり、本を読んだりして過ごしました。
病棟の看護師さんも、とても親切で良くしていただきました。
術後、右胸は無くなりましたが、無くしたものに囚われるのは、つまらないと思い、周りは私の精神状態を心配しましたが、自分は治療も手術も終わった事の、喜びと先生への感謝の気持ちで、そんな事は問題ではありませんでしたし、今もその気持ちは変わりません。
術後の病理検査の結果では、右胸4分の3とリンパに転移していたガンは胸の部分に2ミリ程度のガンが二つ残っていた状態だったそうです。傷の痛みも、ひきつれもほとんどなく、両手を上げてストレッチもでき、自分は痛みに弱いと思っていましたが、鈍感で傷の痛みを感じないのだろうか?と思うほど、順調に回復しました。
術後再建手術の話を先生から聞き、母も「再建手術をしていただいたら?」と言いましたが、無事に手術も終わり、ガンがあった部分を取り除いていただき、これ以上何かを望むのは、なんだか気が引けるような気もしましたし、もう一度手術をするのも考えられず、無くて当たり前という状況を覚悟していたので、当時は再建手術については全く考えていませんでした。
しかし、先日、先生から医療の進歩と詳しい話を聞き、母や主人に話した所「まだ先は長いし年をとると温泉などに行くのが楽しみになったりするから、できる時に手術をしていただいたら?」と言われ、術後何度か温泉へも行きましたが、元の状態に戻せるなら、そうしていただこうかなぁと、前向きに考えてみようと思うようになりました。
先生がおっしゃるには、術後3年くらいのうちに再発がなく傷も安定すれば手術はできるという話だったので、その時がきたらお願いしようと考えるようになりました。
退院後の治療として12月からホルモン療法が始まりました。
最初は抗がん剤と同じく副作用の事ばかり気にかかり、抵抗がありました。
飲み始めて2週間くらいすると、頭がもやもやしたり、イライラが強くなったりして、このままこの状態が続くのだろうか?と不安になりましたが、1か月を過ぎると気持ちも安定し今現在では、ごく、たまに、のぼせや、頭痛、イライラがありますが、慣れてきました。コレステロール値が上がると聞き、体重が増えると薬の効きも悪くなるそうで、朝晩犬を連れて30分ずつウオーキングをしています。
抗がん剤による副作用で足が痺れていたり、冷えを感じたりしていましたが、1年経った頃には、痺れもよくなりましたが、治療後1年以上も体に影響が残るとは、本当に強い薬だった、のだと思い知らされました。
退院後、少し時間が経った頃、張りつめていた気持ちが緩み、治療時には考えもしなかった事を思うようになりました。
何故ガンなんだろう、何故私はガンになったんだろう、ガンという罰を受けるほど、そんなに悪い事をしてきたのだろうか?などなど次から次へと抑圧していた感情が噴出してきた時期もありました。治療中は必死で、いかに心に余裕がなかったか解りました。
当たり前ですが、気持ちも天気と同じで晴れる日もあれば雨の日もあります。
心が重い日は無気力な気持ちになったり、意外と気持ちが荒んでいたんだ、という事に気づいたりして、そういう自分と毎日向かい合うのが苦しかった時期もありました。
苦しい時は愛犬を連れてひたすら歩きました。以前から辛い事や悲しい事があると、歩く癖があり、歩く事で曲がった気持ちを自分の中心にもどし、マイナスな考えも、その時は消え、いつも通り過ごせるのです。落ち込むというよりは、正直な自分の気持ちと向き合った日々でした。治療中も寝込んでしまうと余計辛くなるような気がして、ほとんど起きて過ごし犬の散歩も欠かしませんでした。
しかし、家にばかりいて、だんだんと人に会うのも、話をするのも億劫になり、このままじゃいけないと思い仕事をする事にしました。昨年8月から今年1月までの短期の仕事を始め、1年以上仕事から離れていましたが、何とか復帰でき充実した日々を送っています。