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今日は、結婚記念日だった。早いもので11回目だ。何も変わっていない様に思ったがやはり子供が三人生まれ、主人ともすっかり家族になり(空気のような存在と言うか・・いて当たり前と言う感じだろうか。)秋田に移り住み、私もやっぱり歳をとっている(笑)・・。こうして歳を重ね、少しづつ何かが変わってきているのだろう。家族みんなに感謝の気持ちでいっぱいだ。今、幸せに暮らしているのが本当に嬉しい。今日は、家族でお友達のお寿司屋さんでご飯を食べた。美味しかった♪あと、週末にビックリしたニュースがあった。実家から電話で父が家に帰ってきたと言うのだ!手術してくれた病院から2週間ほど前に、言葉のリハビリをやってくれるという病院を紹介してもらい転院したばかりだったが、先週一時帰宅という形で帰ったらそれまで病院内を歩いてばかりいたのが落ち着いて歩き回らなくなったのだ。しかし、今度は「家に帰りたい」と言って眠れなくなってしまったらしい。そこで先生は「一時退院して記憶が少しでも戻って落ち着いてからのリハビリでも遅くないと思うので帰ってみましょう。」と言う事になったらしい。帰宅した父は、本当に落ち着いてトイレも一人でいくし、孫の一人とお風呂も入るらしい。私も電話で話したが、ちゃんとわかっているようだった。とにかく、良かった!退院なんて何年後かなぁ・・と思っていたので本当にビックリした。倒れてから約三ヶ月。実家の皆には長かったかもしれないが、すごい回復力だと思う。順調に記憶が戻る事を祈ってしまう。「パパ、頑張れ!!」
Mar 31, 2002
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今日は、春休みに入っていたお兄ちゃんの登校日。先生の離任式がある。新しい教科書も貰ってくる。最近、喉が痛いと言って朝起きるのが辛そうだったお兄ちゃんはパパちゃんにちゃんと起こしてもらい(私でないとこがいいでしょ!?笑)頑張って行った。おとといから一年以上ぶりの生理に苦しんでいる私はBABYとお兄ちゃんを病院に連れて行きたかったのだがとてもじゃないけど長い時間待っていられそうに無かったのだ。鼻水で苦しんでいるBABY、喉が痛くて病院に行きたいと言っていたお兄ちゃん・・本当にごめんね。さっき、娘を保育園に送ったついでに病院の受付だけはしてきた。番号を見たら116と117。その時は11番の人までが診察を受けていた。あぁ・・やっぱお昼近くにならないと診てもらえそうに無いな。お兄ちゃんは10時30分ごろ放課の予定。もうそろそろ帰ってくる頃だ。帰って来て一息ついたら出かける事にしよう。総合病院って何でこんなに混むのかなぁ。他の病院に行けば良いのにと思った人もいると思うがそこの耳鼻科の先生がお友達なので他の病院に行く気が起きないのだ。お友達だからって順番はやくしてもらえるとか言うのはないのだが、その先生だと子供が安心して受診してもらえる。私も安心だ。お兄ちゃんは1歳の頃からずっと中耳炎に悩まされてきた。秋田に来る前は、良い病院が見つからず嫌な思いも何回もした。ある病院では、お兄ちゃんが診察の時に泣いて暴れたので先生が怒り出し「こんな子供は初めてだ!もういい!」と一方的に診察拒否された。私はビックリしたのと同時に怒りが込み上げ「ウチの子だけですか?こんなに泣くのは?他の子供は泣かないのですか?」と聞いた(怒鳴った)。そうしたら「そうです。こんな子は他にいません。」ときっぱり言われた。「わかりました。もういいです!」小さな子供が、耳を見られたり鼻を開かれたりして泣くのは珍しい事じゃないのに!!すぐに病院を出たが怒りがおさまらないままいつも行っていた小さなスーパーに寄った。そこでこんな思いをしたとお店の人に話すと「あぁ、あそこの先生いつもそうなんだよ。ウチの子も言われた。」だって!あのうそつきめぇぇぇ!その近所には耳鼻科がそこしかなかったのでみんなあそこに行くしかなかった。他にも私のように嫌な思いをした人が絶対にいる!と思い医師会に抗議の電話をかけた。医師会の人に話を聞いてもらって少し気持ちが落ち着いた。こんなことがあったので、私も子供も耳鼻科に行くのが怖くなってしまったのだ。秋田に来て一番最初に仲良くなったお友達に「いい耳鼻科ある?」って聞いたら「あぁ、ウチのダンナ耳鼻科よ。」って!それからお兄ちゃんが学校に入るまで毎月のように通っていました。「小学校に行くようになったら来なくてよくなるよ。」と言われたたが本当にその通りに学校行くようになり耳が痛いと言わなくなった。だから、今日は久しぶりの耳鼻科だ。さーて、行ってくる事にしよう!!
Mar 29, 2002
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なかなか忙しい毎日だったので今日はちょっと日記はお休みして私のストレス解消法?!を・・・。私は若い頃からマニキュアが大好きで高校生の頃進路で悩んだ時に幼稚園の先生or保母さん(今は保育士って言うのよね。)か、ネイルに関係したお仕事のどちらにしようかと本気で思ってました。その頃は今ほどネイルアートの世界ってメジャーでなかったので皆に言っても「なにそれ?仕事になるの?」って感じだった。それぐらい大好きだったのでマニキュアは、本当にたくさんもっていた。いろんな色混ぜて使ったり・・。今は、子供がいるのでなかなか思う様にはいかないけれど夜中子供達が寝静まったらコソコソとやってます。これが、私のストレス解消!!ネイルアートなんてたいそうな事は出来ないけれど・・・。クリームを塗って手から指、爪をマッサージしてベースコートを塗り、次の日着る服を考えて色を決めて爪の先から塗っていく。納得いくまでには三回は重ね塗りをする。これでOK!と思ったら簡単なネイルシールを貼ったりたまに小さな花を描いたりしてトップコートを塗って仕上げる。簡単だけどこれをやると本当に気持ちがスッキリするのだ。次の日必ず娘は気がついて「ママちゃん、ちゅめきれー!」と誉めてくれる。「つけ爪?」と聞かれるほど長くしているので赤ちゃんがいるのに・・・。と思われているかもしれないがこれだけはやめられない。この爪でも家事はちゃんと出来るしBABYを傷つけた事も無い。だから・・・許してぇ。って思います。(笑)ちなみに今は、ベビーピンクのネイルにラメ入りのトップコートを塗ったので春らしい爪になっています。それから・・・。高校生の時悩んだ進路だけど。結局、幼い頃からの夢だった保母さんになる為に短大に進学しました。そして、希望通り保母さんになりました。(^^;;) エヘヘ・・
Mar 26, 2002
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ここの所忙しくてまたまた日記の更新が出来ないぃぃ!さて、秋田に帰るのに新幹線か飛行機か悩んでしまった。新幹線なら娘達は運賃が必要無いので(自由席の場合)安いが約4時間かかる。飛行機なら1時間で行けるが娘の料金子供一人分が必要。運賃の差は約8千円。うーんん・・。まだ一人でお座りできないBABYを連れての4時間・・しかも自由席が混んでいたら肩身の狭い思いをしないといけない。実家のみんなに聞いたら揃って飛行機を薦められた。やっぱ、飛行機にすることにした。楽な方楽な方にひかれてしまう私であった。(笑)そこで早速携帯でアクセス。すごい簡単にチケットが予約できてしまうのに驚いてしまった。本当に便利になったものだ。おかげでちょっと安くなったし!帰る当日は、従兄弟の高校生の男の子が荷物持ちをしてくれた。羽田まで行ってくれるのは本当に有り難かった。夜7時半の出発の便だったので早めに羽田に向かい夕飯を食べることにした。チェックインを済ませて早速夕飯を食べにレストランへ。ちょうど、BABYも寝てくれたのでゆっくりと食べることが出来た。従兄弟にちょこっとのお小遣いを渡してバイバイして余裕を持ってレストランを出たつもりが手荷物チェックで時間がかかってしまいあと10分ぐらいで出発の時間に!!慌てなくても待っていてくれるのはわかっているのだが、やっぱり走ってしまう。乗るゲートまでが、遠かった!やっとの思いでたどり着くとまだまだ並んでいる人がいるぐらいだったのでホッとした。しかし、走ったおかげで席に着く頃には汗がつつーっと・・。汗をぬぐい、一息つくとすかさずキレイなお姉さんが「おもちゃは何にしましょうか?」と籠を持って来た。娘はポケモンの小さなポーチを選んだ。「赤ちゃんにもどうぞ。」と笑顔で言ってくれたのでタオル地の小さな飛行機を貰った。娘は前回飛行機に乗った時に離陸前に寝てしまい着陸しても寝ていたので今回も空の上では寝てくれると思っていたが、「ノドかわいちゃった。じゅーしゅ(ジュース)は?」「これ(貰ったポーチ)に大切なもの入れていい?」「ママちゃんお菓子ないの?」もううるさい事うるさい事・・・。ジュースが来てやっとおとなしくなった。飛行機の1時間は本当にあっという間だ。荷物もあるし席も後ろの方だったのでみんなが出てから席を立った。到着ロビーには、パパちゃんが来ていた。娘は嬉しそうに飛びついていた。私もなんだかホッとした。私はすっかり秋田の人になったなぁと実感する。一緒に降りてきたおばちゃん達の秋田弁が妙に心地良い。楽しい6日間だった。
Mar 23, 2002
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夜7時に何か一品持ち寄りの集合だった。中学からの友達(クラブ仲間)との集まり。普通なら結婚してそれぞれバラバラになり会う事も少なくなるのだろうけれどこの仲間達は違うのだ。結婚していない子が多いせいもあるが、とにかく仲がいい。遠くに行ってしまったのは、私ぐらいなので月に一度は必ず会っているらしい。大抵が、今回も集まった友達の家に集合する。そこの家族は、娘二人・猫一匹・そしてとっても良いダンナ様がいる。なんで良いダンナ様かというと、料理が上手でいつも私たちご馳走してくれるのだ。私たちが騒いでいるその先でニコニコしながら美味しい料理を作って次々出してくれる。もうこれが最高に美味しい!!なーんだ、料理目当てなのねぇ。って思った?(笑)イヤイヤそれだけじゃなくって、普通女の子の中に男の人がいると弾む話もイマイチになることってあるでしょ。それがないのよ。このダンナ様は・・・。ニコニコ(いや、ニヤニヤ)して聞いていて時々鋭い突っ込みを入れてくる。これがおかしい。ウチのパパちゃんも一緒に行く事があるがやはり違和感が無いみたい。今回は忙しくて用意が出来ないので一品持ち寄りということになったのだ。私は弟にカツサンドを作ってもらい持って行った。いつものように楽しかった♪けど、上の娘が寝てしまい起きた時に珍しく機嫌が悪く「もう帰るぅぅ!」と泣き止まないので早い時間だったが帰る事にした。スキー帰りに夫婦で寄ってくれていた友達の車で送ってもらう。歩いてもそんなに距離はないのだがさすがの私も娘二人を抱えて帰る事は出来なかった・・・。案の定、次の日娘は発熱!!朝からぐったりして起きてもすぐ寝てしまう。心配だったが、薬を飲んで寝たのが良かったらしくその日の夜には従兄弟達とキャーキャー言いながら遊んでいた。明日はもう帰る日になってしまった。続きは明日・・・。
Mar 20, 2002
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結婚式の次の日は、上の娘の四歳の誕生日だった。なのに・・なのに・・パパちゃんは昨日の日記に書いたように起きてこない!昼過ぎにお風呂に入ると言って起きてきたが、お風呂から出るとまたすぐに寝てしまった。そうとう重症だ。きっとまた、何も食べずに呑んでばかりいたのだろう。その日、息子と二人で帰る予定なのだがなかなか起きないパパちゃんの姿に息子は「もう今日帰れないんじゃない?」とやや嬉しそうに言ってきた。帰れない=従兄弟ともっと遊べる・・息子にとって嬉しい事だ!「だめだめ、帰るよ!もうすぐ、パパ起きるから。」いつ起きてきて「帰る」と言い出すかわからなかったので結局父のお見舞いに行けなくなってしまった。やっと、起き出して帰り支度を始めたのが夕方4時過ぎ・・。東京を出る時は、5時になろうとしていた。私のせいでこれだけ遅くなったのなら、もう大変な怒りようだったと思うが自分が酔っ払ってしまったのだから誰にも文句が言えない。言葉少なく渋々と帰っていった・・。きっと着くのは、夜中・・いや朝方になるかもしれない。ちょっと心配だったので着いたら連絡するようにメールを送る。携帯のメール機能など使った事の無いパパちゃんなので返事が帰ってくるわけも無かった。やっぱり、携帯が鳴る。「今、栃木あたりだぁ。夕飯食べてる。着いたらまた電話する。」さて、娘の誕生日。私の従兄弟の大学生の女の子がケーキを焼いてきてくれた。今、その子私の実家のレストラン(・・と言うより洋食屋さん)を父が倒れてから手伝ってくれているのだ。スポンジだけ家で焼いてきて、仕上げをしたいからと台所に立っていた。娘はその子の事、大好きで「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」とついて歩いている。いちご大好きの娘は、たくさんのいちごを見て大興奮!!!よかったねぇ・・。夕飯の後、みんなで美味しく頂きました。手作りのケーキは、やっぱり美味しい♪♪次の日は、5月に結婚するお友達の披露宴での出し物(余興?笑)を何にするかを決める為に集まる事になっていた。それが、7時集合だったので昼間は父の様子を見に行った。右半身の麻痺が残り歩けるようになるかどうかわからないと言われていたが手術後一ヶ月ほどで歩き始めた父は今は歩く事が自分の仕事のように病院内をグルグル一日歩いているらしい。頭の方が、まだハッキリとしなくて・・。変な言い方だが元気のいい痴呆症の様だ。母の名も孫の名も出てこないらしい。娘二人を連れて病室に行くと父は歩きに行っていなかった。一周して戻ってきた父に「来たよ!ほら、子供も連れてきたよ!」と言うと上の娘を抱きしめ、オイオイと泣き出してしまった。突然泣き出したジジちゃんに娘はビックリした様子だったが嫌がらずにニコニコしていた。下の娘のことも膝の上に抱きハッキリしない言葉だったが「可愛いなぁ・・」と言っていた。その後、娘と手をつなぎながらまた歩き始めた父。そんな姿を見て、なんだか涙が出そうになった。命が助かって本当に良かった。きっと、いつか元の父に戻ってくれる。そう信じたい。つづきは明日・・。
Mar 19, 2002
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行ってきました。帰ってきました。随分ごぶさたしてしまいました。すみません!まずは、東京の友達の結婚式の話。当日は子供三人パパちゃんに預け出かけてきました。その日は実家の弟夫婦と子供達はレスリングの試合(子供三人の内男の子二人が高田道場に通ってます。)の為早朝から留守。母は、父の看病の為病院。パパちゃん頼る人無し。(笑)どうするかと思ったら、もう一人の弟が、奥さんと子供(女の子二人)を連れて来てくれた。私の弟達の子供は皆同じぐらいの年齢なのでとっても仲良しなのでウチの子達も東京に行くのがとっても楽しみなのです。さて、披露宴は都内の某ホテルでした。久々に着飾って電車に乗ってのお出かけウキウキしちゃいました。秋田に来てからいつも車での移動ばかりで・・・。新しい路線が出来ていたり、人の流れになぜかついていけなくなってる自分にビックリで!(笑)ホテルに着いて受付をし、その日友達三人でスピーチをする事になっていたので会場係の人と簡単な打ち合わせ。ホッとした所で花嫁と御対面!すっごい可愛い♪♪もともと可愛い子なので期待していたのですが期待以上の可愛らしさ!同じ歳とは思えないわぁ・・と思いながら席につきました。披露宴が始まって美味しい料理を楽しんでいると私たちの出番が・・。定番の「未来予想図Ⅱ」を歌いながら二人のことをナレーションで紹介して歌の二番の時にバルーンで花束を作り花嫁にプレゼントしました。このバルーンが友達の特技でなかなか好評だったのです。無事成功してホッとしたぁーー!!二次会は渋谷。披露宴が終わってから時間があったので実家に帰りパパちゃんと子供達と一緒に行く事にした。実家に帰ると試合を終えて帰ってきていたので子供が8人!!賑やかなこと!!他にも親戚が父の見舞いの帰りによってくれていてなんだかお正月のようだった。(笑)お兄ちゃんは、従兄弟達と遊んでいたいというので置いていく事になり娘達の支度をする。パパちゃんも久々のスーツだ。春らしくピンクのネクタイを新調したが皆から「宗男みたいなネクタイ。いんちきそう。」と言われる。(笑)電車ですぐなのにパパちゃんが、タクシーで行こうと言い出し、迎えに来た友達と一緒にタクシーで会場に。花嫁は、実はパパちゃんと大学の同級生。私とは高校の同級生なのだ。これは偶然ではなく、この友達がいなかったら私たち夫婦は出会っていなかったのだ。会場には、パパちゃんの友達もたくさん!私もほとんどの人を知っているのでとっても楽しかった!そして・・ビンゴの景品がすごかった!リラクゼーションチェア(たぶんマッサージ椅子)カーナビ・DVD・・・等など。いい賞品がいっぱいだった。私は、チェキが大当り!!でも、チェキのフイルムって高いのねぇ。ま、現像代・フイルム代合わせるとそんなものかな?その場で写真が見れるのも楽しいしね。大切に使わせてもらおう!その日は三次会は、実家の近所の居酒屋にしてくれたのでパパちゃんは着替えて先に行き、私は子供達をお風呂に入れて寝かしつけてから行きました・・。母に、一応お願いして・・。(^^;;) エヘヘ・・。朝方4時ぐらいまで大騒ぎでした。私はそんなに酔っ払っていなかったけどパパちゃんはカナリきていて次の日息子と二人で車で帰るのに夕方までダウンしてました。(笑)続きは明日・・
Mar 18, 2002
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ちょっと忙しすぎです・・・。日記の更新も出来ない日々。皆さんへのレスもつけられない!!本当にごめんなさい。m(__)m何が忙しいかというと・・BABYの鼻水がなかなか止まらないので耳鼻科。BABYの先月受け忘れたツ反とBCG。上の子二人の歯医者。お兄ちゃんの眼科。(視力低下の為、毎月通ってる。)例の席替え事件のその後、先生に会ってくる。年度末の為、新入生・卒業生の歓送迎会の準備。(町内の行事)その他・・・・。明日から東京の実家に一週間ほど行くのでその準備。実は10日に友人の結婚式の為、私の服から子供の服の準備。などなど・・。もう、目の廻る忙しさだったのです。東京から帰ったら、ゆっくり日記もレスも書けると思うのでもうしばらく待ってて下さい!それでは、これから荷造りが待ってます。BABYのBCG接種にも行かないと・・・。ε- (^、^; はぁ~~
Mar 8, 2002
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日記、ずっと書けなくて・・・。実は子供から風邪をしっかりもらってしまってダウンでした。今はだいぶ良くなってこうしてPCの前にゆっくり座れるようになりました。さて、行ってきました。懇談会!!!仲の良いお友達が、最初に言い出してくれて・・・。でもやっぱり先生ねぇ。上手い事言って、正当化してる。先生の言った事はこんなことだった。( )内は私の思った事。*アンケートを書かせたのは三学期の最後なので楽しく過ごしたいから希望を聞いた。(まぁ、そうだと思ってました。)*嫌いな人を書かせたのではなく苦手な人を書かせた。(嫌いと苦手の違いを小学二年生が理解できるか???私もその違いがよく分からない。)*苦手な人がいてもなかなか言い出せない子がいる。(だったら違う方法もあったのでは??)*苦手な子を苦手と言える子になって欲しい。(なんかおかしくないか?だからってアンケートなの??)*決して強制的に書かせたわけではない。実際書いた子は5人だけ。(ウチの息子は、先生が書けって言ってた。話をちゃんと聞いていなかったのか・・・。理解力不足か・・・。)大体こんな事を言っていた。一応「誤解を招くような事をしてすみませんでした。」って言ったけど決して謝ってないし悪い事をしたと思っていない。なんか、言い出したそのお友達が変な事言い出したみたいな雰囲気になってしまったの。そこで私も意見を言った。ウチの息子の例を取って話をしたが・・ことごとくかわされた。時間が無く、中途半端な形で終わったので今日連絡帳にまた話がしたいと書いて息子に持たせた。その返事がこうだった。『席替えの件ですが、本当にご心配をおかけしました。いろいろなかんがえがあるのだなと私もあらためて勉強になりました。ただ、わかって頂きたいのは嫌いという否定的な考えではなく、前向きに解決できる苦手意識であればそれをなくし(いくらかやわらげ)楽しく三年に送り出したいという思いがあったということです。書いて救われた子供がいるのも事実です。書く事についてぜったいというとらえ方をされたのであれば本当に悪かったと思いますが、気になる事を書いてくれればという思いでした。すみませんでした。』んんー・・。何を言っても自分は正しいと思ってる先生だからもう言っても無駄なのかなぁ?
Mar 2, 2002
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