●受賞理由(公的ニュースソースでは未確認)
・航空自衛隊の創設、育成に貢献した
・源田実(当時参議院議員:自民党国防部会長)にアメリカ政府が叙勲したバランスを考慮して、ルメイにも勲章を授与した
・源田実がルメイ叙勲を強く推した。



ここで「源田実(敬称略)」という名前が出てくる。奇しくも本日は命日(90年死去)である。源田実は海軍参謀として真珠湾、ミッドウェーを戦い、戦争末期には松山で第343航空隊を創設、戦後は防衛庁航空幕僚監部装備部長、航空自衛隊航空団司令、空将、航空幕僚長を歴任し、1962(昭和37)年からは参議院議員を4期務めた。
1958~9(昭和33~34)年の第1次FX(次期主力戦闘機)選定にも関わるが、選定をめぐって汚職事件が起きたことでも戦後政治史に特記される。当初「グラマンF11F-1Fスーパータイガー」に内定していたのが白紙に戻され、最終的にロッキードF104C(日本仕様はJ)に決定したのである。さて、書きたいことはいろいろとある。航空自衛隊の戦闘機はそれまで米軍から供与されたF86F(ゴジラ第一作でロケット弾を撃つのがこれ)とF86Dだった。それに代わる
新型戦闘機は、もはや供与ではなく購入(ライセンス生産による導入)であり、180機もの発注は、米国政府もメーカーも、また日本の代理店やライセンス生産メーカーにも垂涎の大型商談と目されただろう。ドイツやイタリアもF104を購入したが、日本の調達機数は最大であり、以後も日本はサウジアラビアと並んで常に最新鋭戦闘機を大量導入する世界でも希な国になっている。
その「調達路線」を拓いたのが第一次FX選定だった。ではルメイはそれにどのように絡んだのか。

ルメイの経歴を調べると、1957(昭和32)年に空軍副参謀総長、1961(昭和36)年には空軍参謀総長に昇格し、1963(昭和38)年4月には来日して空自を視察している。その1ヶ月前には日本製F-104による初の飛行隊が編成されたばかりだっ
た。空軍参謀は米国のFX選定の中心であり、当然、同盟国である日本の空軍整備にも関係する。それは「日本の空軍」に大きな権力を行使する立場にあった源田にも言えることだった。
つまり、ここでルメイと源田とがくっきりと重なり合うことになる。



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