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セッションを受けられたTさま親子(中学生の女の子とお母様)からそれぞれご感想を頂きました。感想を掲載することを快諾してくださりありがとうございます。 『首から背中にかけてのひどい凝りはずいぶん楽になりました。横になって、目を閉じますと、脳の上部?が なくなってしまったぐらいの軽さを感じます。常にどす黒い雨雲の下で生きているような感覚がかなり軽減されました。』 『人が怖くて、傷つきたくないから自分を守るためってずっと逃げてて、逃げていれば自分は安全だからって「自分が我慢すれば問題は起こらず平和だ」と考えて過ごしてました。でもやっぱり辛くて、やりたい事がやれなくて、でも周りの人はそれをやってて、それが悔しくて悔しくて、嫉妬ばかりでここから抜け出したくてたまりませんでした。今回のセッションを受けて、今まで怖くて逃げ回っていた事から、「大丈夫 だよ」って思えて、なんだかとても楽しいです!今までのよくない習慣から抜け出そうと強く思いました。』今回のお二人が受けられたメールセッションは「脳クリーニング・リーディング解放ワーク」です。今年に入り名称も変更しましたが、中身も以前に比べてグレードアップしています。新たに「脳リーディング」を取り入れ、脳のほかにも全身のエネルギー状態を見てリーディングしており、脳やインナーチャイルドに繋がりながら、より深い解放を目指しています。http://hiroengel.wix.com/healer-hiroengel ひろえんじぇるのホームページ
2015.02.26

さっき心屋さんのブログで、自分に価値が無いと思っていた女性が、これまで必死に頑張って頑張って勉強して、努力してきて、そんな女性がとあるきっかけで、ありのままの自分でいいんだ、と感じたという記事を読んだ。http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-11991572505.htmlこれを読んで、うっ・・・ときた。私もずっと自分に価値が無いと思い込み、頑張っても頑張っても報われず、という事を繰り返してきた。そんな中、19歳で精神世界に出会い、心理学が好きになり、スピリチュアルなことが大好きな自分に気が付いた。当然のように周りには変な目で見られ、バカにされることもあったけど、魂の底から求めるような感覚があり、もう好きで好きでたまらなくて、もっと成長したくて、もっと知りたくて・・・今に至っている。今こうしてヒーラーとして仕事をさせていただいて、本当にやりがいがある。ふと、上記の心屋さんの記事を読み、ありのままの私って・・・と考えた。スピなことで頑張っていない自分。ありのままの自分。成長成長って頑張っていない自分・・・。私は数日前にブログ記事で、「何故か親に絶対に褒めてもらえない」と書いた。ん?待てよ?心屋さんの記事の人は、親に認めてもらうために必死で勉強して・・・とあった。でも、私は何をしても褒められなかったけど、親は、小さい頃からのありのままの私をそのまま「娘」として受け入れていたのではないか?と。どんなに親に認めて褒めてもらおうとしても、頑として褒めない認めない、頑なな親だけど、逆に言うと頑張らない自分でも「娘」として受け入れていた親という事になる。小さい頃からの私のまま、そのままを「私」だと認識していた・・・?そうだよね。別に親に嫌われている訳じゃない。ただ、偉いことをしても褒められなかっただけ。夫もそうだ。私がスピが好きで、どんなに気づこうが、学ぼうが、そこの部分だけはスルーしている。私の本気で好きで頑張っているスピ好きな部分を、見ていないんだ、この人は。 という事は、頑張っている私じゃない部分を受け入れているんだ。特別なことが出来るわけじゃない。最近になってちょっと料理が上達したくらいで、部屋も結構散らかってるし(笑)、子供とも平気でケンカする。携帯ゲームも取り合いする。 家の中では毎日部屋着ですごし、出かけるとき以外はすっぴん。私の「自分で価値があると思っている部分」を認めていない人、もしくはその部分を知らない人は、ある意味、飾りのない私を受け入れてるってことか!ずっと、この人たち、どうなの??って思ってたけど(笑)、いやいやいや。すごいじゃないの~!なんかびっくり。休日いつまでもパジャマを着ている私でも、そのまんまを私として見てくれてるわけだ。しかも嫌うことなく。私がスピ好きと知らないで、ヒーラーであることも知らないで一緒にランチしたあの人も、私が飾り切れていない私の部分と付き合ってくれて、話をして笑ってくれていたんだー!なんか目からうろこ。私、受け入れられていないと思ってた人に、実はそのまんまの私で受け入れられていたのかな。これがパッカンなのか!?スピが大好きで、そんな私の話を真剣に聞いてくれる友達は、ものすごく大事な友達!どうやったら問題を解決できるかをいつも考えている私に付き合ってくれる大事な友達。その他にも、こんな面を持った私を、ダメダメな私な部分と思ってる私を受け入れてくれる人もいるってことを知ったのでしたー!なんかびっくりだ~!
2015.02.19
「なんでも仙人」の小冊子で 「夫に知り合いの夫婦が離婚したという話をしたくてうずうずした」という話を読んだ。うずうずしつつも、そんなうわさ好きな感じの自分を責めたようだけど、なんでも仙人はと堪え方が違う。何故そんな話をしたくなるかというと、夫に「私はこの人と違って離婚しないでいるのよ」というアピールらしく、そうするのは、夫に認めてほしいからだ、と。夫に認めてもらうとどうなるかというと、嬉しくて家事をがんばれるし、料理も張りきっちゃう、だったかな。自分が嬉しくなることで、家族にも笑顔が向き、結果として皆がいい方向になる。これが根っこにあるという。人の根源は「愛」であり、一件ネガティブな発言でも、こうひも解いていくと愛から発生しているとあった。これを読んでとても感動したし、何かから解放された気がする。姑とはいろいろあったんだけど、夫の母が私に対して「嫌味」ともとれる発言を繰り返してきたことを思い出し、その多くは舅の前だった。確か数年前にブログで書いたんだけど、娘の高校の入学式に姑が付いてきて、そりゃーもう、ニコニコだった。校長先生の話になると、私を始め他の親御さんもビシッと背筋が伸びていたのに、姑だけは何故かそこで居眠りをし、一人頭で大きな円を描いていた。それでも、礼や拍手ではハッと起きて、ニコニコしていた。そんな突っ込みどころ満載の「なんか可愛いな」と思っていた姑は、舅が迎えに来ると一変した。私をはじめ、他の親御さんは、子供にいろいろ言って緊張させるからせっかくの入学式でもあんなに緊張で固い表情なんだ、だから「悪い親」なんだと車の中で力説。「なんだそれ??」と思いつつ、むかついたけど黙ってた。舅は人の悪口とかごちゃごちゃいう人じゃない。姑の話も返事もせずにただ聞いていたというか、無視して運転してた。この時も思ったけど、姑は承認欲求があるんだな、と。小さい頃から苦労したという話は聞いていたけど、多くは「こんなに頑張ってきた」というものだった。私はずっと、この姑に反発していた。でも、やっぱり「こんなに頑張っているのに、どうして認めてくれないの?」というのを舅に分かってもらいたいんだな。と今朝娘を送りながらふと思っていた。私が嫌い云々じゃなくて。はじめの、「夫に噂話をしたかった」人の話もそうだけど、比較対象になる人がいることで自分をアピールできるんだよね。だから、私を比較対象にすることで、舅に自分が如何に立派で頑張って来たかわかってほしいのだ。承認欲求だよね。姑も、舅に自分のこれまでの頑張りを私と比較することで分かってもらって、「本当によくやってくれてありがとう」と言われたい。そうなるともっと家事をがんばるぞ!と思えるから。根っこは「愛」かぁ。そうだよね。これを自分で気が付くと、噂話を夫にしたいとかは無くなるとあった。「私はうわさ好きなのか・・・」と自分を責めるよりも、本当の根っこの自分の「愛」に気が付くといいのよね。こんな感じの姑を目の前で見せられてる私は、、、そうなんだよね。自分を認めてあげることなんだよね。もっと、もっと、もっと。人に認めてもらうために、他の人を引き合いにして、誰かに認めてもらうために何十年も回り道して嫌な人になってまですることはない。自分が自分を認めないから人にも認めてもらえないんだし。鏡だよね。もっと自分を優しい目で見ていいよねと思ったのでした。http://www.thd-web.jp/site/nandemosennin/books_etc.html
2015.02.18

24時間自動ブロック解除。ずーっと好評いただいておりますTさまより感想を頂きました。 1月の初めに24時間ブロック解除をお願いしました。 自分の内面で色々と気付きがあり、以前なら、すごくこだわったり悩んだりしていた事がおこっても何も感じず?気付かない?で過ぎていたり・・・ 私ってこんなに鈍感?だったのかなと後で思ったりしています。 何がどんな風に効果が出ているのか分かりませんが、変化しています。Tさま。ありがとうございました
2015.02.16

「立春が過ぎてから楽になった」ある方のブログに書いてあり、そういえばそうだなー!と思ったのでした。確かに、長年あった何故か朝起きると怖いという感覚も無くなり、淡々と「今日やることは、これとこれで~」なんて楽に思う様になりました。今朝もラク~に起きて、あるアニメを見ようとテレビを付けた。チャンネルがアニメのチャンネルじゃなくて、一瞬情報番組が映った。その瞬間、頭ではなく体が反応した。胃の辺りがズーンと重だるくなる感覚。劣等感のような、「怖い」という感覚。すぐにチャンネルを変えた。あー。やっぱりそうなんだ。テレビって、ある周波数が流れているって聞いてたけど、これホントかも。特に朝の情報番組に多い。ローカルとか関係ないかも。そしてとくに、あのイスラムの画像からは、ものすごいものが流れているとすぐに分かったので、絶対に視ないようにしていた。あの映像が流れている間だけ酷い頭痛になる人もいるらしいね。視なくて良かったー!実は昔からこの感覚があった。本当に小さい頃から感じてきた。朝の情報番組が掛かると、鉛のようなものが自分の中に流れ込んでくる感覚があった。これって自分だけかと思ってた。車通勤するようになってから、FMラジオを付けると、同じように胃のあたりにズーンとくる。この感覚って 「劣等感」 からくるものだと思ってた。私が劣ってるから、こんなズーンとくるのかと。だから私って駄目だな と思ってた。ずっと。やっぱりAM,・FMに限らず、私は放送というものからそれをキャッチする。ただ、教育テレビは殆ど感じないけど。だから、朝は軽快なクラシックCD等を聴いてます。受けたズーンというものは、引っこ抜いてポイ。そしてその後に光を入れる。それでOK! (光はイメージでOK ) 立春を過ぎたあたりから、朝から軽快に過ごせる自分を感じ、明らかに世の中の波動が変わったと思うのですが、TVなどはそれと裏腹に、より重くなってますね。だって、今朝受けたあの一瞬だけののズーンも、以前よりかなり大きかったもん 今朝、朝日を浴びながら、雪の上で遊ぶスズメたちを見ながらのひとりの朝食。 軽快なクラシックを流し、なんて優雅で贅沢なんだと思った。目にするもの、耳にするもの、感じるものは、これまでのように無知だったからこそ強引に入ってくるのではなく、選べるんだという事。大事な一日の始まりの朝こそ、重い周波数を流して・・・という思惑を知り、ニュースぐらいは大人として見ておきなさいという変な常識も蹴り、新聞もやめました。自分の波長を大切にしていきましょっ
2015.02.09

先日子供と話をしていると、自分の両親のことを思い出した。私が両親に対して最近気が付いたことは、「私を認めてほしかった」という心の奥にあった感情。これは意外だった。どんなことかというと、思えば「ひろはすごいなー。よくやったな!」という言葉を聞いたことが無い。父に会うと無意識に、褒められようとしている私。家庭内や子供の喜びごとがあると、一緒に喜んでくれるかと期待するも、渋い顔をする。むしろ逆に心配されたりして、心のもやもやが溜まる私。どうして誉めないんだろう。むしろ逆のことを言う。ハッキリ思ったことないけど、ずーっとこうだったことに気が付いた。私の結婚当初、たまに会っていた母もそうだった。私ではなく妹を褒め、なんとか私の粗を探しているようにも思えた。長い間ここで考えはストップしていたのだけど、先日子供と話をするうちに、あぶりでてきた。私は3歳で両親が離婚し、その後継母と新しい兄、そして妹が出来、継母の妹らに散々いたぶられて笑われて育った。実の母はその行為をするきっかけを作り、父は見て見ぬふりをしていた。私は自分が結婚して子供を産んだら、絶対に親のような無責任な真似をしないと決めたんだ。だから「私はあなたたちのような家庭は作りません!」と身をもって両親に宣言していたようなもので。結婚したての頃は母もよくうちに来ては自分の家の自慢をして何故か私に説教をしてせいせいした顔をして帰って行ったけど、子供が大きくなるにつれ、連絡を取ると迷惑そうだった。父は、新しい奥さんの孫を褒めまくり、私の子供に会いたがらない。孫って目に入れてもいたくないほど可愛くて、会いたくてたまらないものじゃないの??そう思ったけど、どうも違う気がする。表向き、何故か欠点を探しては「心配」している素振りはあるけど。これは母も同じかな。父は少し前まで私と会っても目も合わそうとはしなかった。不思議だった。何故だろうと考えた。実は私の両親は、幼いころから私の祖父母たちから良い扱いを受けて育っていない。虐待に近かったのかな。そんな二人が一緒になったのだ。だから、父も母も私によく自分の悲惨な子供時代の話をした。父は祖父に復讐をし、母は未だに祖母を許していないと言う。自分の実家に戻らないことが復讐だと言っていた。父も母も、「被害者」のままでいたいのだ。それよりも「加害者」になりたくないのだ。私のことを認めてしまったら、自ずと自分たちの過去の過ちを認めることになる。自分が「加害者」であることを認めなくてはならなくなる。私は、両親が出来なかった、手放さずに子供を育てる、という事をしてきた。本当に手をかけて育てたと思う。赤ちゃんの頃は、布おむつで育て、断乳はせず、誰にも預かってもらうこともせずに、必死に育てた。ほとんど一人で。夫は仕事で忙しく、毎晩遅かったので、本当に一人だった。紙おむつは良くないと聞いたらその通りにし、断乳もせず、毎晩添い寝して、見守る育児を徹底的に実践し、子供の興味の芽を摘むことはせず、手を上げず、毎晩一時間おきに起こされても頑張って頑張って笑顔で育てた。それでも私は元々苦労が顔に出ないタイプだから、解ってもらえなかったけどね。 いつも私の体は疲れが残っている感じがしていて、それでも親なんだから、と頑張った。頑張りすぎたぐらいだ。手抜き、息抜きは、ほとんどしなかった。引っ越したばかりで友達もいなかったし、大変だったなぁ。これだもん。父も母も、私から遠のくワケよ(笑)私の話を聞いたら、絶対に自分の非を認めなくてはならなくなるから。そして今。 私も子供に対して、「加害者」になりたくないから、面倒くさいと思っても、ぐうたらな母と思われるのが嫌で、無理してでも車の送迎をする、というのもあると思う。これじゃあ子供自身が「何故かわからないけど息が詰まる」よね。 しかも、私は「無理」している訳だから、子供に「ありがとう」を当然のように要求する。「ありがとう」を言わないなんて、もってのほか。 私も両親と一緒で、子供に対して「加害者」になりたくなくて、そうなりたくないから疲れてても辛くても、頑張ってきた、というのもあるかもしれない。こう見ると、気づかなかったけど私はものすごい頑張り屋さん だわ。両親に会いたいとか、そうゆう気持ちはもう無くなったかと思ったけど、ちゃっかりこんな形で「認めて」ほしくて、両親からすると「復讐」に見えたのかもね。肩ひじ張って、頑張ってる姿を、「あなたたちは、私をこんな風に手をかけて育てなかったよね」と。無言のメッセージだね。無意識だけど、確かにそう。だから両親は私を何が何でも不自然すぎるほどに認めたくないのかなと思う。私は復讐するつもりはなく、認めて、解ってほしかったんだけどなぁ。それぞれ復讐を果たした父や母は、そう捉えるのかな。両親も親に認めてほしかったんだな。私が中学の頃貧乏で、持ち物も服もロクなものを持ってなかったことで随分とからかわれたから、子供にはそんな思いはさせたくない!と思っていたので、欲しいものは買い与えた。何でもかんでもではないけどね。なるべく希望を叶えるように、必死だったよ。私は不必要な我慢は必要ないと思うし、子供でも本当に欲しいものは手にしていいと思うから。(お金が無くて我慢というのはアリだけどね)おもちゃ屋さんに並んで買ってあげたりとか、最新のものを与えたりとかしたよ。今回子供の話を聞いて、私が両親に対して思っていることや、気が付いたことを子供に話し、謝った。すると、子供の心に何故かずっとあったモヤモヤしたものが晴れたようだ。完璧にはなれないけど、無意識とはいえ、私頑張ってきたんだなーと本当に思った。ご苦労様。自分で自分に言いたい。私はめっちゃ頑張ってきた!ってね。こんな連鎖は私で終わらせる。
2015.02.09

数年前のはなし。一人で札幌駅に隣接するデパートへ買い物に行った。買い物を一通り済ませ、駐車場に向かうために急いでエスカレーターを登った。こちらでは暗黙のマナーとして、皆左側に寄って立ち、右側は急ぐ人の為に開けている。私は急いでいたので、エスカレーターの右側を駆け上がった。そのエスカレーターには、大学生らしき男の子と、その前にデパートの中なのにサングラスをかけたおじいさんだけがエスカレーターに乗っていた。おじいさんの横を通り過ぎると、コラーーーーーーッ!腹の底からの物凄い声!振り返ると、サングラス越しにおじいさんがこちらを睨んでいる。その後ろの大学生の男の子、目をまんまるくしてものすごくびっくりしている。私だって、生まれて初めて髪の毛が立つ という経験をした瞬間。多分大学生のお兄ちゃんも髪の毛総立ちだったはず。 私何か悪いことしたのか???このじいさんに失礼なことをしたのか?じいさんにはぶつかってないぞ?とか、一瞬のうちに色んなことを考えたけど、出した言葉は、「びっくりしたぁぁぁー!!」とだけは言っておいた。結構大きめの声で。また怒鳴られてもなんだし。 思えばエレベーターを昇る瞬間に、その数日前に新聞で読んだ、片側を開けてエスカレーターを登ることを良しとしない、どこかのおじいさんの投稿が頭をよぎったんだよね。正月に録画していた、お笑い番組でテンダラーが、「コラーおじさん」をネタでやっていたので、思い出したのでした。全く同じだった コラーおじさんって、どこでもいるのね。
2015.02.09

先日子供と話をしていると、自分の両親のことを思い出した。私が両親に対して最近気が付いたことは、「私を認めてほしかった」という心の奥にあった感情。これは意外だった。どんなことかというと、思えば「ひろはすごいなー。よくやったな!」という言葉を聞いたことが無い。父に会うと無意識に、褒められようとしている私。家庭内や子供の喜びごとがあると、一緒に喜んでくれるかと期待するも、渋い顔をする。むしろ逆に心配されたりして、心のもやもやが溜まる私。どうして誉めないんだろう。むしろ逆のことを言う。ハッキリ思ったことないけど、ずーっとこうだったことに気が付いた。私の結婚当初、たまに会っていた母もそうだった。私ではなく妹を褒め、なんとか私の粗を探しているようにも思えた。長い間ここで考えはストップしていたのだけど、先日子供と話をするうちに、あぶりでてきた。私は3歳で両親が離婚し、その後継母と新しい兄、そして妹が出来、継母の妹らに散々いたぶられて笑われて育った。実の母はその行為をするきっかけを作り、父は見て見ぬふりをしていた。私は自分が結婚して子供を産んだら、絶対に親のような無責任な真似をしないと決めたんだ。だから「私はあなたたちのような家庭は作りません!」と身をもって両親に宣言していたようなもので。結婚したての頃は母もよくうちに来ては自分の家の自慢をして何故か私に説教をしてせいせいした顔をして帰って行ったけど、子供が大きくなるにつれ、連絡を取ると迷惑そうだった。父は、新しい奥さんの孫を褒めまくり、私の子供に会いたがらない。孫って目に入れてもいたくないほど可愛くて、会いたくてたまらないものじゃないの??そう思ったけど、どうも違う気がする。表向き、何故か欠点を探しては「心配」している素振りはあるけど。これは母も同じかな。父は少し前まで私と会っても目も合わそうとはしなかった。不思議だった。何故だろうと考えた。実は私の両親は、幼いころから私の祖父母たちから良い扱いを受けて育っていない。虐待に近かったのかな。そんな二人が一緒になったのだ。だから、父も母も私によく自分の悲惨な子供時代の話をした。父は祖父に復讐をし、母は未だに祖母を許していないと言う。自分の実家に戻らないことが復讐だと言っていた。父も母も、「被害者」のままでいたいのだ。それよりも「加害者」になりたくないのだ。私のことを認めてしまったら、自ずと自分たちの過去の過ちを認めることになる。自分が「加害者」であることを認めなくてはならなくなる。私は、両親が出来なかった、手放さずに子供を育てる、という事をしてきた。本当に手をかけて育てたと思う。赤ちゃんの頃は、布おむつで育て、断乳はせず、誰にも預かってもらうこともせずに、必死に育てた。ほとんど一人で。夫は仕事で忙しく、毎晩遅かったので、本当に一人だった。紙おむつは良くないと聞いたらその通りにし、断乳もせず、毎晩添い寝して、見守る育児を徹底的に実践し、子供の興味の芽を摘むことはせず、手を上げず、毎晩一時間おきに起こされても頑張って頑張って笑顔で育てた。それでも私は元々苦労が顔に出ないタイプだから、解ってもらえなかったけどね。 いつも私の体は疲れが残っている感じがしていて、それでも親なんだから、と頑張った。頑張りすぎたぐらいだ。手抜き、息抜きは、ほとんどしなかった。引っ越したばかりで友達もいなかったし、大変だったなぁ。これだもん。父も母も、私から遠のくワケよ(笑)私の話を聞いたら、絶対に自分の非を認めなくてはならなくなるから。そして今。 私も子供に対して、「加害者」になりたくないから、面倒くさいと思っても、ぐうたらな母と思われるのが嫌で、無理してでも車の送迎をする、というのもあると思う。これじゃあ子供自身が「何故かわからないけど息が詰まる」よね。 しかも、私は「無理」している訳だから、子供に「ありがとう」を当然のように要求する。「ありがとう」を言わないなんて、もってのほか。 私も両親と一緒で、子供に対して「加害者」になりたくなくて、そうなりたくないから疲れてても辛くても、頑張ってきた、というのもあるかもしれない。こう見ると、気づかなかったけど私はものすごい頑張り屋さん だわ。両親に会いたいとか、そうゆう気持ちはもう無くなったかと思ったけど、ちゃっかりこんな形で「認めて」ほしくて、両親からすると「復讐」に見えたのかもね。肩ひじ張って、頑張ってる姿を、「あなたたちは、私をこんな風に手をかけて育てなかったよね」と。無言のメッセージだね。無意識だけど、確かにそう。だから両親は私を何が何でも不自然すぎるほどに認めたくないのかなと思う。私は復讐するつもりはなく、認めて、解ってほしかったんだけどなぁ。それぞれ復讐を果たした父や母は、そう捉えるのかな。両親も親に認めてほしかったんだな。私が中学の頃貧乏で、持ち物も服もロクなものを持ってなかったことで随分とからかわれたから、子供にはそんな思いはさせたくない!と思っていたので、欲しいものは買い与えた。何でもかんでもではないけどね。なるべく希望を叶えるように、必死だったよ。私は不必要な我慢は必要ないと思うし、子供でも本当に欲しいものは手にしていいと思うから。(お金が無くて我慢というのはアリだけどね)おもちゃ屋さんに並んで買ってあげたりとか、最新のものを与えたりとかしたよ。今回子供の話を聞いて、私が両親に対して思っていることや、気が付いたことを子供に話し、謝った。すると、子供の心に何故かずっとあったモヤモヤしたものが晴れたようだ。完璧にはなれないけど、無意識とはいえ、私頑張ってきたんだなーと本当に思った。ご苦労様。自分で自分に言いたい。私はめっちゃ頑張ってきた!ってね。こんな連鎖は私で終わらせる。
2015.02.03
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