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なんだか近頃、特に春分前までですが、バンパイア系の人が日本全国何処でも大騒ぎという感じがしておりました。 私はオリジナルコードカット(マイナスコードカット)やプラスのコードカットをさせて頂いているのですが、私のところに来て下さる方の殆どが、バンパイア系さげまん・さげ男からマイナスコードを繋がれて、太くて頑丈なエネルギーコードを繋がれ、エネルギーを吸われて攻撃を受け、フラフラになった人が多いです。 何度もここに書いてきたように、このような強力なバンパイア系さげまん・さげ男に狙われるのは、決まってあげまん・あげ男が多いです。 私の考案したコードカットは強力なので、すごく効果があります。同じ契約内容(コードを繋ぐ理由)では、マイナスコードを繋げないので。ただ、相手がバンパイア系の場合、なんとしてでもエネルギーを奪いたい、攻撃したい、潰してやりたい、という思いが強く、なんとしてでも!と、あの手この手でコードを繋ぐ理由を探して粗探しするんです。だからこそのプラスのコードカットでもあるんですが。 そして、とうとうコードが繋げなくなると、どうなるかというと、意識エネルギーを送るんですよね。寝ている間に送るとか、いきなりバンパイア系の人の顔が頭に浮かぶとか、夢に出てきて気持ちが悪いとかあるんです。 これがね、もう数えきれないほどにこうゆう事例がありまして。この場合にお勧めしているのが、私が考案した「引っこ抜く」という作業です。 http://ameblo.jp/hiroengel/entry-12225364865.html こちらに詳しく載っておりますので参考にしてください。 そして、「自分でできるコードカットの方法」をセッションを受けていただいた方にお伝えしているのですが、ご自身でコードをカットしようとすると、コードが頑丈で跳ね返ってしまい、コードがカットできない、という方や、剣でカットするのですが、その剣が折れてしまう、という方もおられます。 この場合、(よく見えているなぁと感心しますが)無理にコードをカットしなくていいです。それだけ頑丈なコードなのですね。なのでこの場合は私の方に依頼をしていただけましたら、コードを繋ぐにあたっての契約書の内容を見て、それを破棄したうえでコードをカットさせていただきます。 私の作ったこのセッションを、真似された挙句、奪われそうになりましたが、ハッキリ言います。これは誰でも出来るものではないんです。自分でできるコードカットは誰でも出来ますが、私がやっていることは、すごくコツがいるのと、ある私流のやり方があるんですね。 精神も鍛錬されていないといけないとも思いますし、クリアな心でしないといけないものです。見よう見まねで真似しを、お金儲けの為奪われるなんて、絶対に許せることではないんです。案の定、私の真似をして奪おうとしている人は、めちゃくちゃで見えているんだかどうかもかなり怪しかったですが。 それにしても、バンパイア系の騒ぎ様は、すごかったです。この仕事をしているから尚更、あちこちから聞くんです。何をそんなにあせっているの?とばかりに、しつこくて、絶縁してもしつこく来られたり、何度も連絡して来たりと、異常なくらいにしつこい全国のバンパイア系の焦りっぷりが見れました。 バンパイア系は時に、あげまんのフリをしますが(笑)、前回の記事のコメントでも大いに沸いたように、あげまん・あげ男って、自分をまず責めるんですよ。自罰的なんです。 なので、何か攻撃されたら、「あれ?私が何かしたのかな?」とまず自分を振り返るんです。これが特徴です。 なので、あげまんのふりをして奪う機会を狙っているバンパイア系さげまん・さげ男は、まず攻撃します。騒動をでっち上げて作り出すことも平気。相手を潰すために、嘘も平気でつくこともできます。 自罰的で自分をまず責める傾向があるあげまん・あげ男を攻撃するなんて、お手のものです。ないことをあったことにして処刑すればいいんですから。その為には用意周到に周りに嘘をばら撒いて、自分の味方を確保するんです。 圧倒的にさげまんの方が人数が多いですから、それが本当であろうが嘘であろうが、確かめるなんてことはせずに一方的に責め立てますよ~。 そうやって周囲からあげまんを孤立させ、酷い扱いを集団でし、エネルギーを奪ったり、その人の作ったものや大事なものを奪うんです。 これはお手のものですね。今回私を3か月以上にわたって攻撃した毒親関連専門の自称あげまんヒーラーは、薄汚い男を利用して私を誹謗中傷させましたが、こんなのもお手のものです。自分の親が彼女にしてきた同じ手を、私にやってきたんですもん。 てっきり私は彼女はあげまんから元あげまんになった人、と思っていましたが、違いました。それに衝撃を受けました。今更ですが。はじめから奪うつもりでこの機会を待ちながら、私にピッタリついていたんだ!と解りました。 涼さんからのコメントです。(前回の記事) 凄いです。 うん。 被害者経験を繰り返した人の反応行動ではないですもんね。 私が 悪いのかも…私が 勘違いしたかも……↑こういうの 全くないんですよ?そして、タフですね~ヘーキですよ 無傷不死身。 根っからの加害者そのものですよねー普通、人のものを奪うなんて、どんな手順でやるのか、わかりませんでしょう? 相手が凹むように効果的に叩き 戦意をなくして、大人しく泣き寝入りするようやるなんて、 幼少から 「みーつけた!これ欲しいー盗ってやる!」ってチャレンジ訓練積んでなきゃ こんなにできないでしょう? 自己正当化の巧妙さも、ブレひとつなく大したもんだわー。 熟練技? 心臓ばくばくじゃないですか?普通なら。オレオレ詐偽なんかも、図太さの王様。 堂々と行動移せますからねえ。 傾向が似てるわけで 犯罪予備軍とさえ思いますよ。 狙われるのは、自罰的な思考の人ですね、きっと。 攻め倒せば、必ず折れる、こいつは、やり込められる、と思うんでしょうね。 確かにそうだから。 心の純粋な人は、悪人に全部読まれてるんですよね。チョロイ奴と、見下ろされてる。そういうことですよ。だから、研究しないと って思うんです。 護身術ですよ。 必要です。 怒ってはいけない、とか、争ったら同じ次元になるとか、 人は言いますが、カンケーないです。自分1人守れないで、愛を語って何が成し遂げられるんでしょう? 自分に降りかかる理不尽に何も言えない、この臆病な弱さを 優しさだと思うのは、違う。 生きる甘さです。そう思います。ひろさんは 凄かったですよ! 搾取被害に遭うあげまんさんに、そういう人が増えて欲しいです。モラハラ人間は、餌になる人間がいなくなれば、 自分に向き合うしかないでしょう。 このコメントに震えました。特に、この部分。 怒ってはいけない、とか、争ったら同じ次元になるとか、人は言いますが、カンケーないです。 自分1人守れないで、愛を語って何が成し遂げられるんでしょう? 自分に降りかかる理不尽に何も言えない、この臆病な弱さを 優しさだと思うのは、違う。 生きる甘さです。そう思います。 ここが。私も本当にそう思うんです。争いがいけないとか、どうだとか。こうゆう考えの人多いと思うんですが、自分一人の身を守れないで、何が「愛」だ、なんですよ。 綺麗ごと言うな!なんです。臆病な弱さをやさしさと思うのは違う、と。 同感です!!! 争ってはいけない、相手と同じ次元になるから争うなとか、そんなこと言ってられないくらいな攻撃だったんです。 私は、泣き寝入りはしたくなかった。そして、多くの人の中に呪縛のように入れられている、良い人じゃないといけないという意識とか、そんなものに拘っていたら、私は自分すら守れなかったんです。 相手の仲間の記事を読む機会があり、そこには前にも書いたように、私を罵倒してバカにして、言葉のミスを探して間違いを笑うような、そんな場でした。 しかも、今回の混乱を大きくするきっかけの年配女性の記事には、タイトルが「加害者」とあり、名指しこそしていないものの、私を加害者としており、「たどたどしい慣れない難しい言葉を必死にに使っている」だったかな。そんな感じの言葉がありました。その仲間のコメントには私が自己愛みたいな書き方をされていました。これを読んで、ああ、治らない人ってこうゆうのなんだ、と思った。加害者は自分の癖によく堂々と、と呆れました。 ああ。そう言うだろうね。そうゆう連中だもんね・・・でも傷ついている自分がいました。 バンパイア系ってね、人の弱点を見抜くのが得意なんですよ。鼻が利くんです。なのでまさに私のウィークポイントは、「バカのくせに背伸びしている」と思われることでした。 良い機会なので、彼女の仲間たちのエネルギーをじっくり感じて・・・とここまで前回は書きました。どうせなら克服してやろうと。彼らの記事を読んだ後、明らかに私には沢山のマイナスコードが繋がっていることを感じました。私にとってあの人たちの記事を見に行くのは、自ら撃たれに行くようなことだったのです。 そして、あえてそのままにしてじっくり感じてみました。身体はどんな感じ?・・・みぞおちの辺りが苦しい。心はどんな感じ?・・・・すごく悲しいし、ずっと周りの大人たちから攻撃されてきたことを思い出す。なんか怖い、と。 みぞおちを感じると、そこには大きな丸い塊を感じます。リーディングすると、コールラビという野菜のような、表面が黄土色になったものでした。 画像をお借りしました。 それを感じて引っこ抜いてみます。そして手のひらに乗せて感じてみました。すると、継母やその妹や家族にバカにされて、叩かれて、無視されて、噂を流されて笑われている自分がいました。 何をしても馬鹿にされ、罵倒されていた時期が長かった。同じようなエネルギーは、20代の頃も、主婦となってママ友たちとの間にもありました。 ずっとあったのが、訳の分からないことでずっと馬鹿にされて笑われて、やることなすこと貶されてきたことでした。 そのエネルギーを感じ、自分に質問しました。 「これ、まだいるの?」と。いつまで私はこんな様な「お前はバカで恥ずかしくてどうしようもないやつだ」という意地悪な人たちから付けられたレッテルを持っているんだろう。 どんなに本を読んでも、自分なりに人を研究しても、ずっと付きまとってきた擦り付けられたレッテル。 私はこの引っこ抜いたコールラビみたいな塊を、手放しました。何をするにしても「馬鹿の癖に」って思われないかな、っていつも思ってた。だから、これでも発言や記事も慎重でした。突っつかれないようにね。 でも、今回の件で久しぶりに罵倒をされたことで、いらないものを手放すことが出来たんです。だから私は、もう「馬鹿って思われないかな」と変に構えたり、カッコつけようとしなくてもいい。そのまんまでいいんだなってやっと思えたんです。 これが、今回の件で私が得たことかな。これはね、デカい。こんなデカい事が無かったらできなかったかもね。気づかなかったかも。 馬鹿にされたり、罵倒されることは沢山あったんだけどね、でも、大きな人間ほどそんなことはしないんですよ。 むしろ、コンプレックスの塊の人の方が、その痛みを知っているからなのか、攻撃してきますね。ウィークポイントを狙って。 昔から感じていたんです。大人なのに幼い攻撃や、厭らしい発言をする人って、一見偉そうなのにレベルが低いというのをずっと感じてきました。 だからずっと、心の底からは「この野郎!」って思えなかった。なんか知らないけど許してた。さげまんの言うことを全部本気にしていない自分もいたんだよね。解っていたのかもね。相手の愚かさや小ささを。 そして、もう数えきれないほどのさげまん・さげ男に散々私の弱点を見抜かれて、痛い部分を攻撃されてきた(= 防御壁に穴をあけられた) なので、自分はバカなんだなって思うようになったんだよね。どこに行ってもさげまんはいるから。 だからね、戦っていいと思うんだ。自分の為に。同じ次元になるとかそんなこと言ってないでさ。 人はいろんなことを言うよ。今回で解ったもん。でもね、これはあげまん・あげ男だけに私が見せているものだから。多くのあげまん・あげ男は、理不尽な攻撃を沢山受けているの。でもさ、もう我慢しないで自分を出していいと思う。 そしてね、そんな自分にぴったりの、その課題を克服するには、実は目の前の問題が一番がピッタリあっているんだと思う。だからこそ、逃げたらダメなのよ。逃げたって雪だるまみたいになって大きくなってくるから。 だったら、そこを克服したら絶対にギフトがあるんだし、克服することで魂が一回り大きくなるからさ。するとステージが上がるの。周りの人間もより素晴らしい人になる。 だって見てよ。今の私のところにイイネとかコメントしてくれる人。凄い人ばっかりだよ。その凄い人がさ、私の為に助けてくれたの。本当にありがとう。 皆勇気出してね。自分を守って、付けられた嘘のレッテルを剥して手放して、本当の解放された自分らしく進んでね。 *ちょっとバタバタしててメールやコメントの返信が遅れがちになるので、ご了承ください♪
2017.03.28

色んなことがありすぎて嵐の様ですが、春分までは浄化が凄い と聞いていたので、期待してました。 先日、家族で久しぶりのお出かけの帰り道で、ふと空を見上げると、こんな雲が。 「なんかあの雲、龍みたい」と思い、そっと写真を撮りました。 すると、こうなって・・・ こうなって・・・あれれれ?なんかどんどん本物の龍みたいに・・・ 顔が!口が!目が! 角?が!鱗が! 車の助手席から写していたんですが、こうゆう事には懐疑的な夫も(笑)、見やすい角度で運転してくれました。家族みんなで、龍雲だ~!と。 で、極めつけはこれです。上がはじめの頃で、どんどん下のようになっていったんです。 辺りには似たような雲は無い状態。これは春分の日の前日、3月19日の写真です。 何かで読んだんですが、春分の日を境に「地を這う獣のような人」 と 「空を飛ぶような人」に分かれるんだそうです。(この言葉を知ったのが確か写真を撮る前日)どうやらそのサインのようです。 昔から、幼少の頃から私はリアルな龍雲を見ます。しかも要所要所で。 今回も年末からいろんな事がありました。 ・私が言ってない「〇〇に「いいね」をするな」と言いふらしている」という公開処刑・友人に事実無根だらけの嘘だらけの内容のメッセージを送られて裏で手を回される・セッションメニューやあげまんに関する気付きを真似され、奪われそうになる・相手の仲間の薄気味の悪い男から誹謗中傷の記事を書き続けられたり、脅しを受ける・私の記事やコメントの一部の写真を撮って掲載されて、如何に私が酷い事をしているのかという内容が嘘だらけの内容を書かれ加害者とされる。・私が相手の女性と仲間にサイキックアタックをしていると書かれる・私のセッションはヒーラーのルイさんの真似をしている、泥棒と書かれる・以前私が彼女に無償でやったインナーチャイルドリーディングワークを勝手にそのまま真似されて相手のメニューに加わっていた・私宛にくるIDのないコメントは全て私が自作自演でやっていると書かれる。・私又はコメントしてくれる人のなりすましをあちらの仲間にされ、罵倒される文を公開される。・仲間の男性の記事のコメントにいろいろなりすましをされる・『ひろえんじぇるを潰してやりたい』「あのヒーラーまじで潰してやりたいわ!」と仲間の男性の私への誹謗中傷の記事のコメントに書かれる。誰が書いたかは一目瞭然。 こんなもんじゃないです。まだまだ!あります。実はまだ黙っていることもありますし。これ以上されたら(もう既に散々ですが)もっと出します。 私以外にも被害者がいるんです。きっと私が一番被害がひどいんでしょうけどね。一人でバンパイア系さげまん・さげ男4人分なので。 並べたら凄い数です。異常な数です。 ここまでされて、相手にしない、無視をする、反撃しない、というのは無理というものです。しかも、これだけされて相手の言う嘘で一つも本当の事が無いんですから!(当然です!) どうしてここまでされるんだろう。そう考えていたとき、昨日コメントが来ました。 「同じことを繰り返す」 やってることは毒親と同じようですね。「お前が先に悪いことしたから、私は怒ってるんだ。だからお前の大切なものを取り上げるんだ。おまえのせいなんだ。」「お前はこんなに悪いことしたんだから、こういうことをされても仕方ないんだ。黙ってろ。」実際、子供は何も悪いことをしていなくても、親が基準をコロコロ変えたり、でっち上げで子供に罪悪感を植えつける。その後はやりたい放題で子供をストレス解消の捌け口とする。たいていの子供は、「自分が悪い子だからこんなことされるんだ」と思い込んでしまう。そして親は周囲に、「うちの子供は親の言うこと聞かないで悪いことばかりして暴れて困ってる」などと印象操作で虐待を正当化。自分は被害者と言いつつ、第三者や司法の介入は嫌がる。でっち上げがばれても、反省や謝罪は一切しない。もし毒親育ちであったのなら、その親と同じようなことをしているように見えます。 読んで、うわ!その通り!と思い、何度も何度も繰り返し読みました。そうだわ。相手は自分の親にされたことと同じことを私にしているんだ!と。しかも、その仲間の分を入れると4人分なわけです。 どうして会ったことも話をしたことも無い接点ゼロだった向こうの仲間の男性が?という理由もこれなんだろうな。どうもこのような攻撃は私が初めてではないようだし。 彼女、彼女の仲間がかつて自分の親にされたことを私にぶつけている訳です。しかも、自分たちが散々陰でやっていることを私がやった、としているんですよね。 育ててくれたご両親が酷かったとしても、どんなに虐待を受けたとしても、実は大半の方は自分の子供には同じような目には合わせないと頑張っておられるんですね。私もその一人です。 だけど、中には自分がされたことと全く同じことを、自分の子供や他人にする場合があるんですね。これは全体の2割だそうですが。 だからなんですよね。あの異常さは。謝罪は一切ないです。私に対し、自分の親と同じことをしてきたというのに。目一杯の攻撃をね。 それどころか、今あちらは必死に同情を誘う記事を書いています。仲間の男性が「もうブログを書かない」と宣言していたので。一人では私を攻撃できないのでしょう。バンパイア系さげまんは、一人では何もできないのです。直ぐに仲間を作り、仲間にいろいろさせるのが特徴でもあります。 「軒を貸して母屋を取られる」ってことわざありますよね。困ってそうなので、ちょっと貸してあげた、初めは喜んでいたのに段々当たり前になって、自分こそが主人のよう周りに見せて、この家は 私のものだ !の敵意に変わっていて家主が追い出される。 こんなコメントもいただきました。(一部ですが)凄いです。これ、知らなかったです。まさに、困っていると思ってセッションを無償でやってあげて、気が付いたら同じものが向こうのメニューにあった!ということがありました。セッションメニューについての被害や未遂はこれだけではなく、まだまだたくさんありますが。 私ね、色んなことをされて、ここまで攻撃されてね、私がこの経験で得たものは 自分を何が何でも信じないといけない というものなんです。 あちらの記事には必要なとき以外滅多に見に行かないのですが、見に行くとめまいがしそうなくらいに私の知らない私が悪事をしていることになって加害者とされています。 頭がグワングワンになりそうなんですよ。あげつらって悪口三昧なので。(実は自分たちのことなんでしょうけどね) この、私を嘲笑い、バカにし、完全に悪者で加害者とされているコメントや記事を読むなかで、感じました。じっくりと苦しいながらも感じてみました。 この波動、エネルギー、久ぶりでした。そして昔はすごく怖かったことを思い出しました。子どもの頃から、何かにつけて同じようなエネルギーを浴びてきました。 頭が悪い、バカ、体系をバカにされる(普通体型なのに) などなどやることなすこと罵倒と馬鹿にされていた幼少期と、その後の大人になってからのさげまん達に一斉に馬鹿にされたり仲間外れにされるという、訳の分からないものでした。 あの蔑みのエネルギーの中で私は自分自身を信じることが出来ず、自分ほど信用の出来ない人間はいないと自分自身を思っていました。悪い事はしていないのに。私が何かを思って発言しても、「はぁ!?」と言われて私だけバカにされるとか、普通の人の体験には無いものが私にはあったんですね。明らかにおかしいというものがあったのです。理不尽の極みでした。自分を信用できないようにされることは、苦労されているあげまんさんに共通するものです。 彼女やその仲間のコメントや記事を読んで、それと全く同じだな、と。今の自分の感覚で、そのエネルギーと波動を感じることで、いろいろ見えてきました。 かなり長くなったので、この続きは今度にします。 長いのに読んでくれてありがとうございました。
2017.03.25
娘との話しの中で、私が自分のエネルギーを自分で使い切っていない、むしろ、そのエネルギーを人の為にと身を削る自分がいる、ということに気が付いたのです。そうなんです。確かにそんな私がいるかも。そして、あげまんさんに限って、そうした私の行為に遠慮されて、さげまんに限って「もっとよこせ」とくるんですよ。でね、無理に身を削って奉仕をすることが癖になりつつ、自分の中になんかこう胸のあたりの苦しさみたいのがあって、それでもいい人・優しい人を辞めなかったんですね。で、そんな自分のイメージを見てみたんです。すると、「長蛇の列の遊園地の入り口手前ど真ん中で立ち止まる私」が見えたんですね。私は譲っているつもりなんですよ。みんなが喜んでくれると思って。この映像の中の私は、みんなより先に私が遊園地に入場するのは申し訳ない、私ごときが、という気持ちなんです。だけど、周囲の私を追い越していく人たちは、「じゃまだ、どけ!」と、私が譲ったということにも全く関係なくて、我先に遊園地に入りたい、というものでした。譲ってあげているのに、邪魔者扱い。譲って当然。という映像の中では沢山のさげまんがいました。この映像を見て、すごく胸が苦しかった。で、ここで自分のインナーチャイルドを出すと、インナーチャイルドはすごく悲しんでるんです。自分の譲ってあげたいという思いが伝わらないのと、本当に自分はそうしたいのか、本当は自分も誰よりも先に遊園地に入りたいという葛藤。でも、私ごときが皆を差し置いて・・・という気持ちで押しつぶされそうになっていました。この映像を手放すと、インナーチャイルドは一気に苦しみだして。というのも、胸が苦しそう。これはトラウマなんですね。ひっこ抜いて見ると、これは、小学生の頃。教壇に置いてある箱に入ったものを一人一個取りなさい、と言われ、皆我先にそれを取るんですが、私はみんなを押しの置けてそれを取ることに躊躇していると、「じゃまだ!どけ!」と怒鳴られ、結局カスみたいな、誰もが要らないというものを私が最後に掴むんですね。こんな思い出のトラウマ。モヤモヤした真っ黒な塊で出てきたんです。これを取りました。そういえば、そんなことあったなー。沢山。感謝してもらえない。(特にサゲ)自分のエネルギーを自分で使うことに対する躊躇。そんな物が出てきたのでした。このトラウマを取ると、インナーチャイルドは一気に元気になりました。すると次の映像では、私が観察魔wになって、動物園の動物を徹底的に観察しているんです。好きなだけ観察して好きな行動をしているというものなんです。これでいいんでしょうね。身を削るんじゃなくて、自分の好きに生きる。身を削っているという認識は無かったんだけど、今思えばさげまん・さげ男が寄ってたかってきたように思うし、周りはさげまんだらけで、どんなに親切をしても、親切をする私が馬鹿にされていたな、と。今は沢山のあげまんさんとお付き合いがありますが、本当にあげまんさんは良い人が多くて、「私~~しますよ~」と言っても、「いえいえ、良いんです。ありがとうございます^^」という人が多いんですよ。でも、ヒーラーになってから、少しずつ自分のやりたいようにやってきたし、記事も好き放題に書いてきたんです。かえってその方が良いのかもよ?と娘に言われ、ホントそうだよなーと思ったのでした。身を削らず、自分の好きに生きる。自分のエネルギーは自分で使う。これなんでしょうね。
2017.03.23
「自分が無い」という言葉。よく使われるし、よく聞く言葉だし、私も何気に遣ってきたけど。よーく考えてみたら、自分が無いってどうゆうこと?と疑問に思った。誰かの言う事ばかりを取り入れたり、人の真似ばかりをして「自分が無い」という場合、実はチョイスするものはこの世の中には無限にある。そのどれかを選んでいる訳だから、選ぶというものにも個性があるんじゃないかと。だったら自分が無いではないんじゃないの?と疑問になったのだ。そして、独自性。これは自分で作り出していく。個性ということかなと。例えば私のセッションメニュー。セッションをしていて、リーディングなどで、あ、これが必要なんじゃないかな、とか、これを見てみようか!と閃く。それをセッションメニューにしてきたんですね。なので独自性なんです。オリジナルコードカット(マイナスのコードカット)では、これをやったらどうだろう、と閃き、そして出来上がったものです。プラスのコードカットは、以前から疑問に思っていた、酷いことをされたのに、ある人をどうしても嫌いになれない、ということからプラスのコードというものがあるんじゃないかと試しにカットして、その効果に気づきメニュー化したものです。何れも効果が絶大です。これはバンパイア系さげまんからマイナスコードを繋がれるあげまんさんの為に作成したものです。ここで「自分が無い」とは何ぞや?の答え。「自分が無い」とは、自分で作り出すことや、気付きを得ること、掘り下げることのできない、結局は人の作ったもので勝負していくということなんじゃないか、という結論に至りました。私は自分で考えたセッションメニューを奪われそうになりました。そして、あげまん・さげまんに対する気付きなども、丸ごと奪われそうになりました。今回は、私のエネルギーを奪われるのではなく、私があげまん救済のために考えたものを丸ごと奪われそうになったのです。私はこれを死守しました。何が何でも渡さない、と。特にコードカットです。嘘の情報を流され、私がある人の悪口を言って「いいねをするな」と言いふらしている、と公表されました。全くの事実無根ですが。その前に、裏で手を回され、私がやっていないことをやったかのようにメッセージで流されました。結果としてメニューは奪われなかったわけですが、どうしてそんなことをするんだろうと考えました。そんなことをするのなら、自分で考えたらいいのに、と。いつもアンテナを伸ばして、どうしてこうなるんだろう。どうしてこんな人がいるんだろうとか、いろんな疑問をとことん考えたりしなかったのかなと、思いました。どうして丸ごと奪おうとするんだろう、と。どうしてか。それは自分で作り出すことが出来ないからです。いつも自分を見つめ、目の前の問題から逃げずに自分に嘘をつかないで、とことん追求し、心が綺麗な状態に努力して持っていっている場合、波動は軽くなります。自分を成長させたい。自分の魂を成長させたいといつも考え、真摯に向き合うと、辛いけど、でも乗り越えた時、必ずステップアップして景色が変わり、波動が変わるんです。波動が変わると、これまでの人と合わなくなる事があります。ずっと同じ場所でぐるぐると同じようなことを繰り返し、問題が雪だるま式になったような人とは、波動が合わなくなります。このような人は、いつも問題から逃げています。何か起こると逃げる、又は誰かのせいにするんです。自分の内奥を見つめることが出来ない。何故なら、人のせいにしたり、罪を擦り付けたりすることで、心に罪が宿るから。そんな汚れた自分の心を見つめるなんて、恐怖でしかないから。このような人をリーディングすると、分厚い層のようになっているのが見えます。バームクーヘンのような分厚い層。これは見つめずに人のせいにして攻撃してきた罪の層。ぶ厚い層でいっぱいいっぱいで狭くなった心は、自分の罪の意識から逃げ回り、その代り他の誰かを代用にして、鏡のように写しこんで責めて罵倒します。ここまで来るとこの人の頭の中は、人を小ばかにすることしかないのです。私のかつての継母家族がそうでした。すごくレベルが低くて劣等感が凄いのに、太った人や、ちょっと見栄えが変わった人を見るとすぐにバカにして笑うんです。自分より低いと認定した人間を嘲笑って、ひと時の安堵を得るのです。劣等感の塊なので、人を馬鹿にして攻撃することでホッとして興奮して安堵するんです。一瞬だけどね。人生というものは、逃げずにとことんまっすぐ自分に向き合えば、幸せにできています。どんどんステップアップするように、どんどん幸せになっていくのです。逃げ回ると、人生は面白いもので、問題が雪だるま式に大きくなってやってきます。必ず。例えば、人との争い事や、人の悩みや愚痴のようなものを聞くことがこの上なく嫌な人がいるとします。この場合、向き合わずにそれを避けて逃げていると、そのような人物がやたらと目の前に現れたり、どこに行っても転職しても同じようなタイプがいるんです。だからこれは、向き合え!逃げるな!ということなのに、また逃げる。すると、そのようなものに目がいってしまう。辟易してもうやめてよ!!となる。人生は、逃げたら雪だるまのように大きくなってやってくるんです。たまに今回の問題を見るのが嫌でたまらない、と仰る人がいます。私だって好き好んでやってないですが。でもね、向き合わないとならないことだってあるんですね。何も悪い事をしていないからこそ。見たくなければ見なけれないいのに、多分気になるんでしょう。実はこれは目につくようになっているのです。そうゆうものです。魂レベルが高いあげまんは、魂レベルが高いだけあって、その辺を魂で解っている様です。皆向き合っているから。そう。逃げたら損なんです。それを魂でよーくわかっているんです。向き合うと、そこには罪の意識があるかもしれない。それでも軽くなるためには、向き合って消化しないといけない。罪の意識があるのなら、謝罪してスッキリするとかね。だからこそ、魂レベルの高いあげまんは悪い事をしたらきちんと謝るんです。そうして又ステップアップしていく。そうやって、自分の心の罪と感じているものや、重荷を認識してスッキリさせていく。すると、バームクーヘンの一枚がペロンとめくれて、その分心が広くなる。簡単なようで出来ないですね。一度罪を作り、人を騙したり、人を陥れると、謝ることや見つめること自体が恐怖に感じるので。だから言い訳を重ね、自分に嘘をつき続ける。あいつが悪いんだ、あいつのせいで、と。そうやってバームクーヘンの様に罪の層が厚くなり、心が狭くなっていく。逃げ回って逃げ回って、苦しくて、苦しくて、そしてヒーラーに助けを乞う。その時の言葉は、誰かのせいにして完全に被害者になっていることが多いです。でもね、この自分で作ったバームクーヘンのような自分の罪の層は、ヒーラーが魔法の様にパッと解消するんじゃないんだよ。ちゃんと自分で向き合って、素直になって、手放して、罪の意識をなくしていくことなんだよ。バームクーヘンのようになってしまった自分の中の罪の層は、あまりにも怖くて怖くて、向き合うことが何よりも恐怖でしかない。こうやって、一層さげまん・さげ男になっていく。実は苦しめているのは、自分なんだよ。そして、人を陥れたり、人を攻撃して、そして怖くてたまらないから、仲間を増やして、仲間が来てくれる間はいい気になって調子に乗って人を更に攻撃して楽しむ。ひと時の儚い楽しみ。直ぐに儚く消えていく。このバームクーヘンのような心の罪の層が出来る前に、ひとつひとつ片づけ、向き合い、悪いなと思ったら自分の中を見つめたり、実際に謝罪や反省をしていくと、心が軽くなる。解放される。人を思いやる余裕が出る。いつも自分を見つめて自分の心が軽くなると、腹の底からの歓喜のエネルギーが湧き出て、閃きが多くなるですよ。いつも何事があってもすぐに向き合う癖がついているから、常に成長しているし、心が軽い。波動が軽い。だから良いことを引き寄せる。だからなんです。あげまんは魂レベルが高いんだ、というのは。これ、誰も言ってないですよ?多分私が初めてだと思う。幼少から苦労されているあげまんと、幼少から苦労されている上に罪というバームクーヘンの層を持って問題から逃げ回ったさげまんのセッションを依頼するときの言い分は一見似ている。でもね、波動に出るよね当然。あげまんとさげまんは、全く違う。その後どうやって生きたかなんだよね。全部自己責任なの。どんなに育ててくれた親が酷くても、自分の心に嘘をつかずに、反省したり、向き合っている人とは全然違うんだよ。結果として、私はセッションメニューを取らせなかった。あげまん・さげまんの気付きも、丸ごと取り上げられなかった。私、守ったからね。向こうの目的は、私をやってもいないことを言って公表して追放し、全部奪う事だったのだと思う。でも私は食い下がった。絶対に負けるか!と。それは物凄い書かれ様で、バカにされ、気が付くと私がやったという嘘の項目が日々増えて行き、仲間の男性の脅しも日々続いていったんですね。挙句、私がヒーラーのルイさんのセッションを盗んだ と書かれたんですね。私が考えたセッションメニューなのに。誰の真似もしていないのに。ルイさん本人はどう思われているのか私にはわかりませんが。余程私から全部を奪えなかったことが悔しかったのでしょう。仲間の男性のブログのコメントで『ひろえんじぇるを潰しにいく』『このヒーラーマジで潰したいわ』とありました。消したかったんでしょうね。そうあったもんなぁ。あれは誰が書いたのか私の中で一目瞭然でした。よほど悔しかったんでしょうね。他にもそれはまあ上手く読む人に如何に私が酷いのかを公表するかのようにされました。この三か月以上の間に。たくさんたくさん・・・です。自分でも凄い強いと思う。それに、沢山のあげまんさんが見方をしてくれました。コメント欄で、向こうのやつらに叩かれても、なりすましされても、それでも私を応援してくれました。あのやり方は、本当に酷いです。ああやって論って、私のところにコメントをさせなくしたかったのでしょう。事実無根の内容のメッセージを私の友人に送りつけた様に、私から仲間を取って行こうとしたのでしょう。自分自身を見つめることのできない、そこから逃げ回り、人に罪を擦り付けて攻撃し、心の罪のバームクーヘンが分厚くて苦しくて苦しくてもがいているんです。何が怖いって、自分の心を見つめることなんですから。その苦しいものから逃れているんです。きっと、ずっとそのままでしょう。この記事を読んでも、自分を見つめないでしょう。それどころか、重箱の隅を突いて嘲笑うんでしょう。そうやって生きていく。どんどん罪を増やしながら、どんどん狭くなる心の中で逃げ回るんです。そんなの幸せなはずがない。本当に苦しいものは、自分が向き合わないと取れないんですよ?そうやって、罪を増やしていくんでしょう。それもまた、人の人生であり、ここまで来たら回復不能なのかもしれません。自分の心に真正面から向き合う勇気が無い限り、ね。こんな人ばっかりだからなぁ。傷をなめ合いながら誤魔化しながら、幸せをアピールしながら生きていくのでしょう。本物の幸せは、本当に心が軽くなり、歓喜の腹の底からのエネルギーを出す時なんです。あれは、魂からの喜びです。だからなんですよ?あげまん・あげ男が世に出した素晴らしいものが多いのは。
2017.03.18
ちょっと間が空いてしまいました。皆さんお元気ですか?ちょっと思う事があったので記事にしてみようかと思います。私は昔、もっと強くなろうとして、よく自分と合わない人たちと仲良くなろうとしてきたことがあったなぁと思い出していました。今思えば正反対の人達なんですけどね。そうやって、自分を合わない環境に置いて、スパルタでもするかのように。そのくせ、その人たちにプライベートで「一緒に~~行かない?」って誘われたらどうしよう!って思う矛盾した自分がいたりして(笑)その怖い環境を打破するには、怖い環境に居ながらにして乗り越える!という感じでいました。そんな無理なことしなくてもいいのにね。むしろそんなことをする方が本来の自分らしさから遠ざかるのに。その人たちの方が先に「私とは合わない」って気づかれるんですが。そんな自分をもっと責め、まだまだ人づきあいがうまくできない自分を情けなく思い、周りの人たちのようにテンションを高くして喋るんですけど、後になって疲れる~~!!そして、自分のそうした態度を反省会のように思い出しては、「ああ、はずかしい。」とやっていたものです。確実に浮いていたっていうのに(笑)そんなことを繰り返し繰り返し、気が付けば変な噂を流されて。この場合、誰が噂を流したのかわかるんですが、こいつだ!って思うのに、そのまま付き合っていたり。日々いろんな方のセッションをさせて頂くと、本当にあげまんの人って同じなんだって思います。色んなお話を教えてもらう中、本当にあげまん・さげまんの違いが如実にに解ってっきます。さげまんって、大勢で群れて、ピラミッドの上の人を崇め、ルールに従って動きます。現状の悩み、深い悩みなどは見ないようにしていきますし、自分自身を見つめる作業も嫌いです。あげまんから元あげまん(さげまん)になったケースでも、そうなりますね。自分自身の深い部分を見たくなくなるんでしょうね。いや、見れなくなる。元あげまんとなると、余程の波動の粗さになってしまうので、いろいろやらかすし、そんな自分を見つめたくなくて逃げるんですよ。その代り、それを他の人に擦り付けて見るんですね。何度も言う様に、投影性同一視ですね。なのでこの場合、バンパイア系さげまんのように、ギャンギャン人に向かって攻撃的に何かを言うとしたら、全部自分の事を言ってるということになりますね~。これは本当に面白い位に当てはまりますよ(^-^)深く見れば見るほど、観察するほどにそうです。「わたしは~~をされた!!!」 = 実は自分がやってきたこと、陰でやったこと、なんですね(笑)それを擦り付けられた方は「へ??何のこと?」と、訳が分からないのですが。前頭葉が壊れておかしくなった人(自己愛性人格障害)は、ものの見事にそうゆう形でさらけ出すのは共通していますね。投影性同一視ってすごいです。これほど自分を見つめないというのも凄いなと思います。だからこそ、深い部分では自分の罪深さを知っている。だから余計に自分を深く見つめたくなくなるという悪循環です。これが元あげまんがあげまんに戻りづらくなる所以(ゆえん)ですね。ちゃんと見分けていく必要性は重要です。あげまん程、こう言ったバンパイア系さげまん(自己愛)に狙われやすいので。あげまんの人は、実はひとりが好きだし、家でずーっと過ごしていてもOKという人が意外にも多いんです。私もですけど(笑)大勢の人との付き合いも苦手ですし、物事を掘り下げて考えることも実は好きなんですね。ただ、サゲ常識がはびこっているこの世の中ですので、それが常識となっているので、サゲ常識が何なのかを洗いなおして、自分の目線で常識というものを見つめなおす、ということをしてもいいんじゃないか、むしろそれが必要なんじゃないかと思います。サゲ常識を自分に当てはめて、自分は社交的じゃない、自分は敏感すぎる、自分はうまく人間関係が作ることが出来ない・・など、実は悩まなくても良いことで悩んでいるということが結構あります。これがどんどんわかっていくと、かなり解放されると思いますし、より自分の事が好きになれると思います。この辺もどんどん今後書いていこうかなと思います。
2017.03.09

こんばんは~♪ こちら北海道は雪解けが進んで、乾いた路面部分が多くなって来ました。 さて、先日の雛祭りでは、大学生の娘がこれを作ってくれました。 モザイク寿司だそうです。 なかなかおいしかったです。 そうそう、前回の記事で、起きる直前に緑の虎の夢を見たと書きました。 あの後、緑の目の虎で探すと、これが出てきました。 画像をお借りしています。 びっくりしました。 そうそう。全くこれと同じなんです。 夢の中の虎は、虎なんだけど、ズングリムックリしていて、飛び出した緑の目が特徴でした。 私にすごく懐いて、虎爺は大きいので私は懐にいるんですね。 私を見てニコっと喜んでいるんです。 虎爺(ホーヤ)は財神でもあり、健康祈願の神でもあるそうです。 ちなみに虎爺は台湾で有名なんだそうです。 いつもそうなんですが、意味深な夢は目覚める直前に見ます。 今夜の晩御飯は娘が貧血の私のために、鉄分たっぷりのおかずをたくさん作ってくれました。
2017.03.06
三月は誕生月なので好きです♪最近思うことを書こうかなーと思います。私の真剣な記事の殆どは「あげまん・さげまん」についてです。これは、どうしても伝えた方が良いと思うから書かせてもらっています。最近特に思うんですが、あげまんって、成長しようと思う気持ちが強いなぁと。いつも前を向いていて、気持ちもまっすぐで、優しく、いろんな角度から物事を見ようとしている人が多く、今回の私のゴタゴタも、多くのあげまんさんは「検証」を自分なりに重ねて考えてくれたんですね。(どちらが論点がずれているとか多くの方が検証してくれました)偏った考えが無いようにされている人が多いです。そうゆう所とか、べったりしない所とか、人に依存しないように気を付けられている人も多く、しかも物事をまっすぐに見ているなと感じるのです。なのでいつもいつも同じところでぐるぐると留まっている人が少ないんですね。相談の度に同じ言葉を言う、その人の家族や誰かの悪口を私はずーっと聞いて、あまりに大変そうと思うから、解決策を沢山考えて、更に話を聞いて・・・とやっていると、散々話を聞いてもらって満足したのか、「私、別に変わるつもりないんだよね~!」と言われ、まるで私が凄い悪者?お節介?というニュアンスで言われて、「えー・・・」と傷つく。そしてしばらくしたらまた同じ内容で「ちょっと聞いて~」とくる。こうゆうことが何度も何度も人が変わってもあり、さすがに解決しようとする私が変なのかな?と思う様になってきました。結局、何年たっても同じ悩み、同じ愚痴というのは、その人は解決するつもりはなく、ただ愚痴っているだけ、という時間の無駄だったんだなーと今なら思います。これはまさに「さげまんの特徴」ですね。しかし、私がヒーラーになって多くのあげまんさんにセッションをすると、殆どの人がガンガン解決して前に進もうとされているのです。なので嬉しくなって、私自身もどんどんもっと見えるように工夫・発見し、もっと感じられるようになろうと、「もっとできるはず」という信念でやってきました。やはりあげまん・あげ男さんは魂レベルが高いだけあって、同じ場所にずっといるような事はせず、解決の糸口を見つけると、どんどん進まれる方が非常に多いです。なので、「魂の成長を求めるあげまん」と、「現状維持の変わる気が無いさげまん」という真逆の存在なのです。先日、たまたま見たテレビで、都会の女性が便利屋さんの女性を一時間〇千円で借りて「お友達」として来てもらう、というものがありました。レンタルフレンドってやつなのかな。というのも、そこを利用する理由は他の人には心を開けないからだそうです。この中で、便利屋さんを呼んだ一人の女性が「一人になったら、どうしても自分を見つめなくちゃいけないじゃないですか」と仰っていたのが凄く印象的でした。それにいい悪いは無いんですが、結局そこなんだ、と。むしろ私は自分をひたすら見つめて、とことん見つめて答えを出していくのがめっちゃ好きなので。この時に、これまでの歴代の友人たちが、悩みがあるのに解決しようとしない、むしろ解決のお手伝いをしようと、ある程度吐き出せてスッキリしたら 「やめて」 という、の意味が解ったというか、ああ、これがさげまんなのかな?と思ったのでした。さげまんが8~9割いるこの世の中。世の中はサゲ常識がはびこっているんですよね。それなのに、真逆のあげまんがこのサゲ常識に必死に合わせようとも、どうもうまくいかないし、バカらしい。でもそんなことを言ってる人は誰もいない・・・自分がおかしいんだ!となってしまっている人がものすごく多い気がするんです。あげまんは数が少ないですから。例えばよく、「目の前の人は自分の鏡」なんて言葉がありますが、攻撃してくる人を鏡と考えたら、あげまんとさげまんでは解釈が変わると思うんです。攻撃してくる人が凄く嫉妬深くて、粘着質で、人をいつも羨んで、いつも誰かと比較しては劣等感又は優越感を持つ、という優劣意識に支配されている人がいるとして。あげまんが「この人は私の鏡なんだ」と思えば、誰だってそんな部分多かれ少なかれあるじゃないですか。小さい嫉妬なら誰でもあります。比較して苦しむというのも誰でもあります。全くの0という人は居ないんじゃないかな。人間だし。この場合、むしろあげまんの自分が相手の鏡になっているケース(投影性同一視)が多いです。ということで、この鏡論は、「周りが悪者」ということにして、自分の現状を変えようとしない、自分の欠点を見つめられない、変わる気が全くない、投影して攻撃する傾向があるというさげまん・さげ男に適用されるべきものということじゃないのかなーと思います。ね?そう思うでしょ?あげまんはむしろ、自分をもっともっと褒めるべきだと思います。だって、さげまん・さげ男からの多くの攻撃を受けてきた人が本当に多いと思いますが、攻撃を受けながらも、自分のどこがおかしいのかをいつも見つめようとして取り組むのがあげまんなんです。(この特性を見抜いてなのか、反省しろ!とガンガンさげまん・さげ男は攻撃してきますが。自分たちは一切反省をしないのに。)それなのに、いつも人を攻撃したい、人を責めたい、自分の事を見つめたくないという特徴のさげまんがデカい顔をしているんですよ。如何にさげまん・さげ男は精神的に幼いのかを知っていただけたでしょうか。あげまんは、自分をもっと褒めると良いです。私ってすごいなー。私ってこんな能力があったんだ!と発見してくると、どんどんあげまんエネルギーが高まります。そうすると、自分に自信が付きますし、周りにあげまん・あげ男が多く集まってきます。これは本当です。今回の私のゴタゴタで、沢山のあげまん・あげ男さんが励まし、助けてくれました。何度も言ってしまいますが、こんなことは初めてでした。これまでは、助けられたことは殆ど記憶にない程なんです。何故なら、いつもさげまん・さげ男に攻撃され、誤解され、噂を流されて、みんな(さげまん・さげ男)が白い目で私を見えるんですね。(周りがさげまん・さげ男だらけだったからです)これをされると、何が正しいのか、何が間違っているのか訳が分からなくなりそうになります。私がこうしてあげまん・あげ男さんに伝える立場にいるから、まず私が強くなっていなくちゃいけないんですね(笑)なので、自分の事を疑ったことは今回の件では一度もなかったです。あんなにゴタゴタがあった中でも、ここから得られる気付きというものをアンテナを立てて捜していました。お陰様でものすごい収穫がありました。恐らくこれからどんどん気づきが湧きあがってくると思います。話しは変わって夢の話です。私は人から攻撃を受けるとき、いつも蜂の夢を見るのですが、やはり大きな蜂が出てきましたが、刺されることは無かったんですね。(十数年前に三人組に攻撃を受けた時は、三匹のスズメバチに刺される夢を見ました。夢なのにすごく痛かった)今回は二匹の大きな蜂が家の中にいるんですが、一匹を寒い外に出すんです。もう一匹は弱りつつも家の中に残ったままでした。それが一月の時点での夢。先月の夢では、家の中に残っている蜂を夢の中で見つけるんですが、カラッカラになって死んでいました。そして、数日前の朝の起きる直前の夢では、大きなトラが私のことを興味深そうに見ているんです。トラはネコ科なので、猫が喜ぶような感じでシャシャッと手を動かすと、嬉しそうに寄ってきて、気が付くと側にいるんですが、このトラが大きいんですよ。実物大なので、顔も1メートル以上ありますし、身体も数メートルあります。オスの寅で緑色の目が特徴なんですが、すごく喜んでいて、私はトラの懐にいるんですよね。ヒーラーになる少し前の夢では、私はお釈迦様のように木の下に座っているんです。そこに、模様の無いメスの白虎が来るんですが、私がその体を撫でると、トラの模様が入るんですね。気が付くと、何百頭もの模様の無い白虎が順番待ちで並んでいる、という夢を見ました。これはあげまんに関連している気がします。あ、そういえば以前、起きている状態でどの次元から来たかわからないけど、大きなトラがやってきたこともあったなぁ。すごく懐いていて可愛かったけど、デカかった(笑)ああゆう存在(龍とか)が来る時って、平べったい六角形の板状のものをピョンピョン踏みながら来るんだけど、あれってなんだろう。知ってる人いますか?私はトラに縁があるのかも~。動物占いでは統率力のあるライオンですが(笑)読んでくれてありがとうございます。
2017.03.01
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