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今日は2時間目と3時間目の間の25分休みに読み聞かせをするお当番でした。図書ボランティアがウチの小学校に発足してからかれこれ15年ほど。色々ありながらも結構活発に活動しています。25分休みに1年生が50人ほど。それと宣伝していたのでうちの娘とその友だち。2人で読みました。もう一人の人はイソップ物語から、「ライオンとネズミ」わたしは梅雨のシーズンと言うこともあり木曽秀夫さんの「まさか?のかさ」(サンリード)何のことはないナンセンス絵本ですが、最初ざわざわしていた子どもたちがし~んとなって、かさが色々な形になっていくのを面白がってみていました。休み時間の読み聞かせは軽い、どちらかというと楽しい題材を選ぶことが多いです。こんなに「面白いだけの本」も、沢山あるんだなあと言うことを知って欲しいなあと思って。図書ボランティアのほかのお母さんには「お笑い担当」と思われているかも(^_^;)。
2008/06/25
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東北の地震から一週間が経ちました。わたしは阪神大震災の被災者でした。めちゃくちゃな揺れ、大切な生まれ育った街の変わり果てた姿、今まで当たり前だった全てのことが覆された毎日でした。1週間後に大阪の友だちの家に5才と3才だった子どもたちをつれてお風呂を借りに行きました。阪急神戸線が動いていなかったので宝塚まで主人に車で送ってもらってそこから阪急線に乗って豊中の友だちの家まで行きました。お風呂は気持ちよくて、友だちと喋るのも本当に楽しかったです。帰り、どう見ても風呂上がりのめちゃめちゃ被災者の3人連れで電車に乗っていると向こう側からサラリーマン風の男性2人の会話が聞こえてきました。「地震、大変やったなあ」大変やった・・・・もう、過去形なんや・・・・・・・水もガスも出ず、洗濯も料理もままならず勿論幼稚園もなくて新聞もテレビも地震のことばかりで見覚えのある名前が亡くなられた方のリストの中に見つけられる日々。いったいこれからどうなるんだろう?「明日」を信じて生きていくことが出来るようになるのかな?不安と悲しみの毎日のすぐ隣の市ではもう地震は過去形なんだ・・・・・結構ショックだったことですが、同時に、自分たちがしっかりしようとも思いました。今まで自分がそうだったようにどんなにみんなが支えてくれてもやっぱりこの場所を立て直すのはこの場所に住んでいる人たちでしかないんだろう。それは、当たり前のことなんだと。地震のニュースはなくなっていってもきっと色んな傷跡はいつまでも残っていく。それを一生懸命埋めていこうとする人びとがたくさんいる。あの頃のことは決して忘れないけれどでも、あの震えるような恐怖、絶望は色んな人たちとの復興の過程で、希望へと変わってきたように思います。(言っちゃいけないって言われるけれど)被災地の方々頑張って下さい!!!
2008/06/21
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教養委員になってくじ引きをひいたら見事選考委員を引き当ててしまいました。これだけはやりたくない委員なのですがまあ、何事も修行!経験!と思い、来年度役員決定まで頑張ります。選考委員経験者の友だちも何が苦痛と言って「あの人はこうこうだからダメ」「あの人って実は問題があるんだよ・・」みたいな聞きたくない色んな人の評判を聞かされるのがとっても嫌だったと言ってました。だいたい、くじ引きで決まって対して顔も広くない普通の委員が色んな人のうわさ話を持ち寄ってもどうしようもないわけです。その人にどの役員が向いているのか、お互いの相性はどうなのか・・・そんなこと、やってみなくてはわからない訳なのです。動き出すのは2学期からですが意識を高めるため?なのか今学期に一応顔合わせをすることになりました。わたしは役員経験者でもありますし選考委員としてのスタンスは 何となく自分なりに考えています。こういう言い方をすると抵抗がありますが「役員(いわゆる執行部)は基本的にPTA会員であれば誰でも出来ます」ただ、自分がやろうと思っていただけるかどうか。やる気がなければ無理だろうなあとは思います。その課程をお手伝いするのが選考委員かなと。手続きとしては2学期半ばに推薦・立候補のアンケートを採り、それに従って声をかけていくというのが基本ですが実際にはなかなか名前も挙がりにくいようです。現役員や選考委員が「この人はどうだろう」と、名前を挙げることもあるでしょう。とにかくその人達一人一人とお話をしてやろうという気になっていただくこと。役員の必要性、出来るだけ色々な方に役員を経験して欲しいことなどを誠意を持ってお話しすること・・・それが選考委員の役割かなあ・・・・と思っています。気持ちよく、普通に、選考活動が出来るよう、まずは委員同士の意志統一が出来たらいいなあ。
2008/06/20
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ラストフレンズ、とっても話題になっていますねえ。全く見ずに、今になってフジテレビの戦略にはまり、再放送をだだだだ~~っと見せてもらっています。上野樹里ちゃんと瑛太くんの演技がとっても良いのとなかなかそれぞれのキャラクターが背景も含めてちゃんと描かれているので人気になったのかなあ?長沢まさみちゃんも、いかにもなイラッと来る演技で、これはやっぱり上手いと言うんだろうなあと思います。この話の中で長沢まさみの受けるDVが幹になっていると思いますが、加害者の恋人(錦戸くん)の背景もしっかりあって、単なるボーリョク男には描かれていない。だからこそ、恋人も殴られながらも彼の寂しさがわかりなかなか離れていけないところも、上手に描いてるなあと思います。でも、逆に言えばちょっと美化されているというか、「彼も苦しんでいたけれど悪いひとじゃなかったの~」「彼も傷ついていたの~」みたいな結論だとちょっと違うなあと思うのです。(特に死ぬって所が、何だか、それで済むのかよ!と思う・・・)私の中高時代の同級生は3年前にDVで殴り殺されました。高校の時からずっと追いかけていたミュージシャンに彼に家庭があることを承知でずっとついていき仕事のパートナーのような形になりましたが彼と結婚することは出来ずでもずっと一緒に住んでいたようです。私も彼女と一緒に彼のコンサートなどに行っていたのですが、私はやっぱりあっという間に違うことに心が行くようになり彼女とは一緒になることはなくなっていました。彼女が亡くなって1年後の同窓会で彼女の大親友がお墓に参ったこと、一人っ子だった彼女の年老いた両親の手紙などをみんなに聞かせてくれたのですがそのとき、とても印象的だったこと。彼女の親友は、彼を悪く言うことはなかったのです。むしろ、彼に同情しているようにすら(絶対にそうは言わなかったけれど)感じられました。裁判でも一切弁明せず全ての罪を受け容れて服役している彼。しかし、そのような裁判では詳細がわからずご両親は自分の娘の死の理由が知りたいと民事訴訟を検討しているといっていました。そのことに関して多分2人の色々なこと全てを知っているだろう親友は「彼女にも本当に色々なことがあり、心を病んでいた。勿論、殴った方が悪いけれど色々なことが表に出ると、ご両親も傷つかれると思う。」というのです。DVというと、鬼のような旦那とか弱い女性のようなイメージを持っています。勿論誰でも殴るバカ男もたくさんいるのだろうけれどそれぞれの不幸な出会い、タイミング、状況でそういうサイクルに落ち込んでしまうことも多いのかもしれません。だから、「殴られる女の人にも原因がある」なんて(例えそういう場合があるにせよ)トンデモ意見が出ることもあるのです。(確かにドラマを見ていてもイライラすることがある・・・・さっさと逃げろよ!とか。)殴る彼も第三者からはとても魅力のある人間であることもあるのでしょう。最近の大きな事件でも犯人の孤独な状況、大変な生活、家庭環境などがこれでもかと報道され何処か、加害者の情状酌量を認めさせてしまうような心境にさせられることがあります。結局、「本当に悪い人なんていない」なんていう、とっても陳腐な結論になってしまうのかもしれません。だからこそ、「罪は罪」として、認めさせなければいけないのだと思います。どんな悲惨な育ちをしていようが、どういう状況にいようが、人のかけがえのない命を絶ってしまったこと。相手をとんでもない恐怖に陥れてしまったこと。大きな傷を与えてしまったこと。その一点において全ての人が裁かれるべきなのではないでしょうか。本当はいい人だとか、向こうにも悪いところがあったとか、勿論聞いてあげることは必要だけれどしたことはしたこととしてしっかり受け止めさせることが必要だと思いました。どんなに愛があっても殴ったらアカンと言うことです。(でも私そういえばちょっと体罰賛成派だったなあ・・・)もとい、人間性を否定するような暴力は絶対にアカンと言うことです。どんなに寂しい生い立ちだろうが、彼女に悪いところがあろうが彼女を殴る権利はないと言うことです。今は「デートDV]と言うものが言われており、交際相手の居る女子高校生の34%(2007年ウィメンズネット・こうべ調査)20代の女性の23%(2006年内閣府調査)が交際相手から身体的暴力、大声で怒鳴る・無視・束縛・メールチェックなどの精神的暴力、避妊しない・セックスの強制などの性的暴力を受けているという調査もあります。私の違う友だちは長い間ご主人の恫喝に悩んでいましたが「こんな事を見せていて、娘が同じように彼から怒鳴られるようになったら」と思うと勇気がでて、ご主人と徹底的に話し合って良い方向に行っていると言っています。私も男の子と女の子と両方の親として色々な愛の形があるだろうし、色々な関わり合いがあるだろうけれど故意に傷つけたらアカンし、傷つけられる時は逃げないとアカンと。教えていこうと思っています。
2008/06/19
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またまた空けるよねえ・・・・・フェイドアウトかと思いました。10日ほど前、私たち夫婦の恩人とも言える方が亡くなりました。私たちは大学時代あるボランティア活動をしていましたが特に主人は学生の指導に当たられるその方にとても影響を受けて、卒業論文をその方の協力の下に書きました。(ハンディキャップ児の指導についてのようなものだったと思います)卒業してからもその方のお呼びがあれば協力させていただきその方が長を勤める所の研修なども請け負っていましたし、年に1・2回は2人で飲みにも言っていました。私は活動がその人とは重ならず、直接指導を受けることはなかったのですが主人を通してお話は聞いていました。夏休みじゅう、学生を指導してずっとキャンプ場におられ毎晩のように学生達を飲みに連れて行って人生を語られ、葬儀は彼の指導を受けた元ボランティア達であふれかえり棺はキャンプソングで送られました。でも・・・・・その方はあまりにお仕事を、学生達の育成を大切にしすぎて私たちが卒業してしばらくした頃、離婚されました。その前から息子さんはずっと家の中で暴れていて主人は何度か相談にも乗り、おうちの中の穴ぼこ(暴れた跡)も見てきました。その後息子さんも社会人になられ、元奥さんが引き取られた2人の娘さんも社会人になり、その方がいよいよ危ないと言うとき、久しぶりに顔を合わせてきょうだいはお互い、顔がわからなかったそうです。離婚された後、本当に憑かれたように学生の育成に取り組まれ、酒量も増えられて、何度も体をこわされ主人が言うにはまるで死に急ぐように不摂生の後の入院をくり返しやっと還暦を迎えた時の訃報でした。たくさんの大学生をボランティア活動を通じて育ててこられたことは本当に素晴らしいことです。入院されて、いよいよかと言うときにはその、元ボランティア達がシフトを組んで泊まり込みまでしたそうです。でも、だからこそ、自分の体を大切にして欲しかった。ご家族が本当にお父さんを必要としていたときだけでもおうちを優先させてあげて欲しかった。子どもさん達は最後まで元学生達で溢れていたお通夜、葬儀をどう見ていたのかな。早すぎる死を悼みつつ。
2008/06/17
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