◆ラテン旦那と大和撫子妻◆

“Me”が開いた希望の扉

ニューヨーク州から派遣された各セラピスト達が、
入れ替わり立ち代り週4日(月、水、金、土)と我が家へと出向いて来てくれる。

時間は各1時間。  
まず始めは4種類のセラピーが必要との事でした。(Part2参照)



スピーチのセラピーだけは週3回です。
約半年間のセラピーの間に、様々な出来事がありましたが、
心に強く残った事だけを抜粋して書いていきたいと思います。



セラピーの合間に、脳波やMRI、血液(鉛の有無や、DNA等)、
聴覚、等の身体的な事を検査しました。


MRIの時は、腕に注射をした途端に、半分白目をむいて、
私に必死にしがみつきながら後ろに倒れて行くNicoleの姿を目の当たりにして、

私はショックで泣いてしまいました。

こんな辛い思いをさせてしまって、ごめんなさいと...。



聴覚は未だ2歳そこそこで、
しかも言葉が話せないのにどうやって調べるのか、とても興味がありました。


透け透けのガラス張りの小部屋に私とNicoleが入って、
Nicoleの耳にイヤホンを装着します。

あの当時人気だったバーニーのテーマソングが聞こえてきたら、
箱の中に積み木をコロンと、入れていくものでした。

ちょっと戸惑いましたが、無事終了。


それらのTESTは全て異常無しという事が,後で確認されました。



******************



先ずチャイニーズアメリカン(中国系アメリカ人)のスピーチセラピスト、
Debbieが一番初めにNicoleに教え込んだのが


“Me"という言葉。


“自分”を意識させてからではないと、何事も始まらないと言う訳です。

さて、その“Me" ですがDebbieはどうやって教え込んで行ったのでしょうか?




*************************




DebbieはNicoleにおもちゃで遊ばせながら、時々そのおもちゃに手をかけて
Nicoleの関心を呼んでから、言葉を話すように促します。


おもちゃに手を掛けられたNicoleは、当然反発します。


するとDebbieはすかさず自分の胸に手を当てて


“Me!"

と言いながら、そのおもちゃを自分の方へと引き寄せます。


そんな事を何度も何度も繰り返します。

子供の興味関心のある事を利用して教える訳です。
そのタイミングも絶妙です。

当初その意図が理解出来なかったNicoleは、
何度も反抗をしてDebbieに当り散らしました。


それでもDebbieは凛として、
「散らかしたおもちゃを拾うように」とか、

大人しく言うことを聞くように、(落ち着いて聞く耳を持つように)

何度も解り易く、ゆっくりと言い聞かせます。


Nicoleに対して自分がボスであると言う事を、自然に示して行くのです。

今までの私だったら、Nicole同様に、
自分も子供と一緒に取り乱しながら、対処していたでしょう。。。
教える側は、いつでも毅然としていなくてはならない。
そんな態度を、私はセラピスト達から学びました。



時には怒り狂って暴れるNicoleの上に、
セラピスト達が覆い被さる様にして両手を押さえつけて、

Nicoleが落ち着くまで押さえつける事もしばしばでした。

戦場さながらの修羅場の様な状態です。


正に身体を張ってのセラピーです。




私はセラピスト達の了承を得て、
全ての経過を、部屋の隅からセラピーの邪魔にならないように
観察する事にしました。

そして一部始終をノートにメモを取りながら、注意深くその様子を観察しました。


そうこうするうちに、
何度も何度もDebbieが示した“Me"のサインを繰り返した後、

ついにNicoleはおもちゃ欲しさに、


“Me!"と言って胸に手を当てたのです!



その時は、Debbieも私も抱き合いながら、飛び上がって喜びました。


私は初めてNicoleが、 意味を持った言葉をしゃべった。
という事実に痛く感動してしまい、涙が後を絶ちませんでしたが、


身体がわなわなと震えて、
頭の中がボ~~~ッとして涙だけが流れ続け、暫くの間言葉が出ませんでした。



大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
私にとってあの時の感動と言うのは、


まるでヘレン.ケラーが初めて


“Water" を理解した時のそれと一緒な位の出来事だったんです!



DebbieはNicoleを抱きしめて、最上級の褒め言葉で褒めて上げました。


この褒め言葉ですが、後でDebbieが私に英語の様々な褒め言葉集という、
テキストを渡してくれました。


そこには、

“Fantastic!" “Super!" “Wonderful!" “Outstanding!"等など、

単語だけのものが紙2~3ページに渡って書いてあり、

その他にも具体的な褒め言葉(センテンス)、


“I Know you can do it!"

“You did a wounderful job!" etc......


と、それも5~6ページ分ずらりと並べられていました。


褒める時はなるべく“Good"だけじゃなくて、
色々な言い方で、具体的に褒めてあげて下さい。と教えられました。

なるほど、そうすればそれだけ語彙も増えるし、
言葉の訓練にもなると言う訳ですね。


もうセラピストのやる事一つ一つが、宝物のように感じました。

だから私は無我夢中で、彼等のやる事全てを吸収しようって必死でした。



“Me"を覚えてからのNicoleの成長振りは、目を見張るものがありました。


まるで切れていた回路を接続したかのように、【急にスイッチが入った。】
という感じでした。


その後スラスラと“More", “Gimmie(Give me)"等の言葉の他に
家族構成の名前、比較、反対語、etc.....


と順調に次々と習得して行きました。



セラピスト達はいつも、ちょっと大きめの布製のバッグに、
その日のセラピーの内容に合わせて、
様々なおもちゃを詰めてやって来ました。

それらを使ってものの見事に、反対語、比較、と複雑なセンテンスまでも、
ものの見事に教え込んで行きました。


セラピーに使ったおもちゃも全部メモをして、

どこで買ったのか購入先も聞いて、後にそれらを実際に買いに行って、
必ず家でNicoleと復習をしました。



何せ、次も控えてたしね(笑)。



「私もやりた~~~い!」
という、長女Jenniferの要求をセラピストは快く受け入れてくれて、
Jenも時々セラピーに特別参加をして、以前の修羅場とは打って変わっての
いつも笑いが絶えないような、とても楽しいセラピーでした。



終わると必ずDebbieのお手製の、綺麗なステッカーブックを出して来ます。

そこには表紙に、Debbieの見事なレタリングの字で、
「NICOLE」と書いてあり、毎回セラピーが終わると、

色とりどりのキラキラ光る沢山のステッカーシートを
バッグの中から取り出してNicoleに選ばせ、
それをペタペタと貼り付けていきます。

ご褒美のキャンディーもついでに貰って、Nicoleは大満足です。



日が経つにつれて、
段々色々なステッカーが増えていくのが楽しみになって行きました。






次にスペシャルエデュケーションのPattyです。



彼女がセラピストになった背景には、一人息子のNicolasが、
Autism(自閉症)だったから。と言う事実がありました。

だから、彼女は私の心の内というのを、とても理解してくれ、
親身に相談に乗ってくれました。

彼女とのセラピーは、Debbieのと近い所はありましたが、
身体を動かすセラピーでした。

例えば、
でんぐり返りや、庭でシャボン玉をしたり、歌ったりダンスをしたり、
と言う風にです。

Pattyは当時妊娠中だったのにもかかわらず、結構激しく身体を動かすので
私の方がハラハラしたものでした。(笑)



そうやって、楽しくセラピーを受けていたにも拘らず、
実は私の心の中にはいつでも、もやもやと、

口に出したくはないけれど、
でも心の中では凄く気になっていた事。がありました。


それは、Nicoleが自閉症なんじゃないか?って言う不安。


私もそう疑問に思った事と、何度か人に指摘をされたこともあったからです。

強く思い始めた理由としては、自閉症の特徴で、
パズルが得意だったり数字に強かったり、
と言うのが当てはまったからと言う事と、

コミュニケーションが持てない、好き嫌いが激しい、言葉が遅い、
という事でした。



そういう訳で、人には言えずに不安の中、自閉症に関する本や、
記事を手当たり次第に読んでいた私は、耐え切れなくなって、
ついにPattyとAndrewにその事を打ち明けました。


するとAndrewはちょっと怒った風にしてこう言いました。


「どうしてそんな風に考えるのですか?
誰かが貴方にそういう事を言ったのですか?」


私は彼らに、自分が今までNicoleがこんな風になってしまったのは、
きっと私が妊娠中に、赤ちゃんにとって良くない事をしたからだ。
私が間違った躾をして来たからだ。
と、自責の念に駆られ続けていた。と言うことも話しました。



それを聞いたAndrewは優しい目で、


「Hitomi,自分を責めるのは止めて下さい。

現在、何でこのような幼児の発達に関連する様々な問題が起きるのか、
今の科学をもってしても、解明されていないのです。

今貴方はNicoleを、闇の中から救い出そうと、必死じゃないですか!
そんな事に余計なエネルギーを取られないで、セラピーに全力投球しましょう!」


そう言って、
母親なのに、微妙に揺れ動きする不安定な私を立ち直らせるかのように、
激励してくれました。


そして、彼の目から見て100%Nicoleは自閉症では無いと、
太鼓判をも押してくれました。



理由は人懐こい事と、人と関わりを持ちたがる事、よくふざけて遊ぶ事等が、
最大のポイントだったそうです。

そして、どうして自閉症が起きてしまうのかも、
原因は解らないと言っていました。


それからは雑念は避けて、私が治してやるんだ!という自信を持って、
セラピーを受ける事に専念しました。




*******************




ファミリー セラピー(ファミリー トレーニング)の中で、
私がAndrewから言い渡された、「宿題」と言うのがあります。


それは、Nicoleが反抗をしたり、かんしゃくを起こしたら、
必ず直ぐにTime out(お仕置き)の処置を取る事。

その内容は、どこか部屋の隅(安全な場所に限る)にNicoleを移動させて、
犬じゃないですけど、その場に“よし”、が出るまで居させる事です。


そして泣いたり、叫んだりしているのが収まって落ち着いてから、
一体どうして叱られたのか,その理由を言って聞かせる。と言うものでした。



私達が良くやってしまいがちな、
唯単に、お仕置きだけをしても、

子供が何で叱られたのかが解っていないと、全く意味が無い からです。



そしてもう一つは、毎日のTime out の回数と、
その都度Time out 中のNicoleの様子、落ち着くまでにかかった時間を、
全てノートに詳細に記録していく事でした。


私は、英文法がめちゃくちゃになってしまうかも知れない失礼を、
前もってお詫びをしました。


Andrew 達は、“又要らない心配して!”って笑っていました。




Time out ですが、始めは抵抗も激しくて、長時間続くんです。

ひどいと、休む暇無くTime Out の連続でした。
でも、 例外があっては意味が無くなってしまう。と、
しっかりと釘を刺されていたので、

私も頑として、Nicoleの抵抗に立ち向かいました。



毎日何度もNicole が狂ったように泣き叫ぶのを聞いているのは、
とてもストレスが溜まりました。

それにお腹の赤ちゃんの事も、心配になりました。 胎教的にね!(笑)
でも、ここでぐっと堪えないと、折角の努力が台無しです。


もしかして、この後生まれてきたMichael が悲鳴魔なのは、
こういった胎教のせいかも!?




でもそんな苦労をして行った甲斐があって、
日に日にTime outの回数と、それにかかる時間が減っていきました。


最後の方では私が,

「言うことを聞かないと、Time out だよ!」
って言うと、


「Sorry Mom。。」って、すぐに謝って、
態度を変えるようになっていったんです。

あのかんしゃく持ちで手の負えなかったNicoleが、
引く事と、我慢を覚えたんです。



セラピストが始めに言っていた、

態度強制=言葉の発達

の因果関係を、身を持って体験しました。



こうなると正に相乗効果で、
ぐんぐんスポンジのようにNicoleは言葉を吸収し、
生活態度も見違えるように安定し、


半年後には信じられない位の、別人に変身したのでした。


私にとっても、この半年間と言うのは、表現のし様が無いほどに
苦しい戦いではあったけれど、

人生の中で、


最も貴重な体験の一つだった。と言えるでしょう。

子供と一緒に、100歩も200歩も成長出来たのだから。。。。



私はNicoleに感謝しました。


私を人間的に成長させてくれてありがとう。。。。。


そして偶然が何度も重なってその機会を与えてくれた、
ご近所のお婆ちゃんやLinda.


私を力ずけ、励ましてくれた旦那と、

我が事のように、熱心にセラピーを施してくれた、セラピスト達。
彼らの情熱には、深く心を打たれました。

忘れてはいけないのが、こういったヘルプの必要な家族を
無償で援助してくれたアメリカ。(州によって援助の内容は違います)


全てにおいて、感謝の気持ちで一杯です。





人生、成るべくして成る。

振り返ってみれば、あの当時の私には修行が必要だったんじゃないかって、
思いました。

何か辛いことに遭遇した時、私はいつもそう考えます。



ここが試練の時で、踏ん張りの時でもあるんだ。試されているんだ。ってね。



口で言うのは簡単だけど、何事も負けずに歯を食いしばって頑張れば、

必ず結果はあらゆる形で付いて来るものだと、確信しています。



この経験があったからこそ、


“この先何があろうと怖いもの無し!”

っていう、鉄の信念が持てたのだと思います。




*注1)ニューヨーク州では、 3歳を過ぎてからは州からではなく、

各School District(学校区)で、セラピーのサ-ビスを施します。



*注2)私達のスピーチセラピーの最中は、
或る程度言葉を覚えて、セラピスト達からのOKが出るまでは、
日常生活での言語は英語のみ、に絞るようにとの指示を受けました。



ナイアガラの涙 へ続く


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