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2014.12.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類






 今日は本の紹介だど。






 タイトルは

『国分寺を歩く 日本六十余州 全国分寺を完全収録

 かみゆ歴史編集部 編  イカロス出版』



 全国にゃ、国分寺が69あったらしいんだけんど。

 現在確認されてる68ヶ所を、紹介してる本なんだ。




『国分寺』っつうのはな。

 741(天平13)年ごろに、聖武天皇が命じて建てられたお寺でな。




『僧寺』の正式名称は『金光明四天王護国之寺』。

『金光明経』を読んで広めたら、『四天王』が来て守ってくれるど、

 って意味なんだとか。



『尼寺』の正式名称は『法華滅罪之寺』

 これは『法華経』から来た呼び名でな。

 人の罪(死ぬこと)を滅して救済するって意味なんだと。



 で、どんな歴史があるか、っつうと。

 結構いろいろあるみたいだな。


 ぎゅっとまとめて一言でいうと、

 仏教や政治の中心地になった場所、ってとこかな。


 だもんで『国分寺』の側にゃ、当時の役所『国庁』があったりする。





 場所が特定できてないとこもあっけど。


 当時は国の中心部だった場所ってことは、間違いなさそうだど。







 で、早速『栃木県の国分寺』さみてみる。

 と`結構でかい扱いになってるど。


 栃木県の場合。『僧寺』の他に『尼寺』も残ってるかんな。





 そんなかでも、『下野の国分寺尼寺』は、

 建物の柱さ建ってた礎石も、ほぼ完全に残ってる。

 貴重なとこなんだと。


国分寺尼寺

 これは、昔撮った『下野国分寺尼寺』の写真。

『薄墨桜』の名所でもあんだよ。



『国分寺尼寺』が、はじめて発掘されたのも、

『下野国の国分寺』でな。


『国分寺の尼寺』が、国指定の史跡として認定されたのも、

『下野国分寺尼寺』が、はじめてなんだとか。



『僧寺』のほうもまけちゃいね~ど。

 今は保存のために埋め戻されちまったけんど、

 当時の石段なんか、ほぼ完全な形で残ってた。



 他の県の『国分寺』の状態を知らなかったから、

 綺麗な形で残ってたことが、当たり前だと思ってたけど。

 他じゃ、石碑しかなかったり、場所さえ特定出来てないとこも多いんだよ。


『下野の国分寺』はラッキーだったんだな。



 あ、もひとつあった。


『国庁』。

 これも下野国は、はっきり場所がわかってる。

 栃木市の畑んなかに、あんだけど。

 史跡も残ってるよ。


『国庁』といえば、『平将門』さ思いだすな~。

 なんども攻め込んできたんだよね。




『国分寺』と並んで当時の重要拠点だった『国庁』も、

 はっきり場所がわかんない県も、多いんだ。



『下野の国分寺』だけみてたからわかんねかったけど。

 こうやってちょこっとだけでも『他県の国分寺』さ知ると、

 何でもない石の並びも違ってめ~るな。



『下野の国分寺』は、全国に胸さ張って誇れる史跡なんだど!



 あ、だどもお隣。『上野国(群馬県)の国分寺』は、ちょっとうらやましいな。


 あそこはな。『門と塀』が復元されてんだって。

 いいな~。栃木県にも、ほしいな~。






《参考》







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最終更新日  2014.12.02 00:26:58
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