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年越しそば食べましたか~?!家は毎年自宅で作るのですよ年越しそばを。流石に天麩羅は、買って来るようになったけどそれもこだわりがあって上野の松坂屋に入っている天一と言うお店から海老天を買ってくるのです。海老天を二本乗せてほうれん草を湯がいて鶏肉を甘辛く煮込んで柚子をひとかけらにねぎをたっぷり乗せてふう~ふう~言いながら冷ましながら食べるのです。そうそう、そば汁も家で出汁をとって醤油も数種類ミックスして食べるのです。秘伝の出汁とまではいきませんが、結構丁寧に作るのですよ。。蕎麦は長野からとっている乾麺をたっぷりのお湯で茹でて。しかし、31日って滅茶閑ですよ。紅白とか年の瀬番組も見ないし、家の目の前が天祖神社なんですがそんな小さな神社の初詣の人ごみさえ嫌いでましてや大きな神社の人出はもっと苦手で静かにしています。それから、さっき奥沢の花屋、、御馴染みのSweet Diaryでお正月用の花を自分の家用と友人へのプレゼントを買ってきたんです。その帰りに近所の大井町阪急に立ち寄ってオイルサーディンやロゼワインを買ってきたのですが、阪急はもの凄い混雑で何度か通路で動けなくなってしまって立ち往生した。出来合いのお寿司の大きい皿?樽?や、色々な御弁当やお惣菜が飛ぶように売れていて、きっとその人達は年越しそばを食べないのかな?と思いました。かく言う僕も蕎麦好き蕎麦食いなだけで年越しそばを食わずに浅草に鰻を食いに行った思い出もあるし、何でも良いのですがね。。お正月と言う感じももう今は消えかかっているしね。だってコンビニやイトーヨーカドーなんて一年中営業ですよ。。僕が小さい頃は31日の夜なんてお店は全部閉まるし人通りも少なくて明かりも消えて静かなものでした。家の側のドラッグストアのイワイにも寄って歯ブラシ買ってきたのですがここも大混雑で、仲が良い店員の女の子Little Pondは僕にこぼすこぼす「六時で終わって欲しい!」。そんなLittle PondやSweet Diaryのスタッフ三人や阪急の酒売り場の人に「よいお年を!」と伝えて今年も暮れて行く、、、暮れる思いなのです。そして今夜は、僕は一人静かに年賀状書きなのです。皆さん、よいお年を。
December 31, 2007
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夕べWest Sunset Cityの練習を終えて皆で何度目かの、、でも今度こそラストの忘年会を。何処にしようかって思ったのだけど、暮れも押し迫った十二月の三十日の上に日曜日。結局、いつも行きつけの中華料理屋香楽?店の前まで行ったらやっぱり閉まってた。お得意の焼き鳥屋さんの一の酉も満席だった。源平寿司とも考えたけど雨も降ってきて寒かったので皆、温かい物が食べたかった。結局、大井町駅脇の中華一富士に行った。皆でマーボー豆腐と野菜炒めをシェアして僕はチャーハン、RTはラーメンで岩田氏はラーメン大盛り。そう言えば一富士にもよく来るけど誰も大盛りをオーダーした事が無かった。大盛りがテーブルに来て皆で笑った笑った、その大きさに笑った。RTが頼んだのが普通盛りだったのではっきり並べて比べられたので大きさの違いは歴然。もう顔見知りの中国人のウェイトレスの子も運んで来る時に少し重そうにしていた。でっかい事はいい事だ。来年こそはでっかい花火をドカーンと夜空に打ち上げたいもんだ。
December 31, 2007
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一昨日、三回目の我が家訪問を僕の生徒のパク君が達成。六年間、学校でクラスを持ってきていてこんなに密に付き合ったのは彼が初めてだ。彼の性格が穏やかって事もあるし、僕の苦手な、そしてとっても今必要なパソコンやミュージックソフトに精通しているって事もあって親密度は増していくばかりだ、、、だけど彼がいい奴ってその所が一番のポイントなんですがね。彼と、この間に僕等がライブを行った渋谷道玄坂のライブハウスKABUTOに簡易椅子を忘れてきてしまったのでそれを取りがてらKABUTOに彼も付き合って貰った。椅子を無事に車に積み込んでKABUTOの側のフレッシュネスバーガーでコーヒーを買って、メンバーへの遅ればせクリプレを買ってそこで、そのエコバッグをパク君に持たせての一枚。家に戻る道すがらパク君がくれた韓国のミュージシャンのアルバムを聴きながら韓国の音楽事情を聞かせて貰いながらのドライブ。。名前も忘れてしまったのだけど、日本ではもとより、韓国でも今一つメジャーではないミュージシャン。その人の作る音楽が凄く良くてかなり感動した。それに、僕とパク君のある種の音楽の趣向が似ているなんて事にも気づいて二人で盛り上がった彼が、「今の韓国のヒット曲は、皆似たり寄ったりで好きでは無いんですよ!」な~んて断言していく姿を見ていると、彼の音楽への熱い思いが感じられて好意が持てた。家に戻ってからもゆっくりする事も無く直ぐにお互いの新曲の聴かせ合いや彼へ楽器レッスンをしたり、彼からPCに付いて習ったり。あっと言う間に時間は過ぎたのでした。知り合えて良かったな~、あの夜は、しみじみ思ったのです。
December 31, 2007
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遅ればせながら、25日はクリスマスの夜に行った道玄坂KABUTOでの”West Sunset City”のライブ中写真を二枚程載せます。最近、自分の仕事が忙しくてこっちの方への比重が少なくなっているProd.Kinn-sanが”West Sunset City”写真館として沢山載せてくれると思いますが。まずは、二枚ほど。。今年も終わる。クリスマスの残り香。Photo By Takashi Ito..
December 30, 2007
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このニャン子はポールの兄弟姉妹かも?どうか野良猫にも愛を。To Animal Rights Columnist ..街から猫ちゃん達を排除ないで下さいね。ポールも元は野良猫だったのです。
December 29, 2007
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不肖北條、公園デビュー致しました。以前からボーカルのRTより「公園や通りで歌演奏をやろう!」と言われ続けてきたのだけれど遂にやってしまいました。。場所は、品川区役所前公園。冬枯れた日だと言うのに、区役所前公園には色々な人達が行き交う。Baby Carを押しながらブラブラッと通り過ぎるYoung Mamaや、お弁当とお茶を持って寂しそうにやってくる初老の男性。公園を測量する男の人達や植木や花を植え込む女の人。親子孫三代で遊びに来る人達に、そして主役は小学生の集団。一番、人が行過ぎそうな場所に僕達West Sunset Cityは陣取りまずはIwata-kunとRTがオリジナルの”ほうき星”をいつものボサノヴァ風ではなく軽快なアレンジでやり始める。。その二人を写真に収めながら携帯出来る小さなギターアンプに電池を入れてベースをチューニングして演奏に参加する準備を黙々とやる僕。左側横のベンチが沢山ある場所にはポツポツッと大人が座ってこっちをちらちら見ながら何かを食べたり、携帯をいじったりしている。でも、もっとも近くに居るのは小学生の集団、、彼等は僕達を見っ放し。「おっ、格好良いじゃん」なんて事を言う男の子もいる。うん?僕の事かな?って、、僕の目を見てきて言ったから、、馬鹿だ天狗だ。”海辺にて”、”街のさかな”、ビートルズの”Don't let me down"、チャーの”風に吹かれてみませんか”、”絆”辺りを演奏したかな。終わって、片付けている時にじっと見ている小学生達に僕が両手を上げて「Oh~!Yeah!」と叫んだら、彼等も突然抑えてた感情が吹き出したみたいで、「Oh~!Yeah!」と口々に叫び始めた。そこからは、他の二人も彼等彼女等と話し始めて「又、此処で会おうね!?」と言いながら別れた。ストリートっをやろうと、再三再四誘ってくれたRTに本当に感謝だな。しかし、空の下で風に吹かれて演奏するのってこんなに気持ちが良い物だとは新鮮な驚きだった。
December 29, 2007
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今日は何日?十二月の二十八日なんだ?今日もメンバーが集まって信じた曲をレコーディング決行。毎回の事なのですね。一度、僕は横山外科に注射を受けに行って戻ってきて一通り作業を終えたのは八時過ぎ。もっともっと苦労されている方もいらっしゃると思いますが全ては自分達三人の為に行われる作業は自分達に対するボランティア。好きでやっているのですよ。果てしの無い無償の努力なんですね。メンバーに女性が加わると威力は倍増。カウンセリングまで学んでいる僕はもっともっと頑張らねば。そんなこんなで今日は何日だっけ?なんて不届きな発言が。頑張りますよ。。そうそう、昨日の夜に銀座の伊東屋に年賀葉書を買いに行った後に日比谷公園の横を通り過ぎようとした時に只ならぬ人ごみを発見。何事と車を降りて去年までは見た事も無い日比谷公園のライトアップに遭遇。ただ僕が知らなかったのか、、その豪華絢爛なライトアップはキラキラ煌びやかで物凄い数の整備員?警備員?警察官?交通整理の人達の数も凄く「立ち止まらずに,絶対に立ち止まらずに速やかに移動して下さい!」的なアナウンスが冬の夜空の下に木霊する中僕は携帯のカメラのシャッターを切ってきたのです。その割には、今一つなショットばかりですみませぬm(-_-)m
December 28, 2007
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昨夜は、閉店間際の伊東屋へ年賀状を買いに行って来た。師走の銀座は相変わらずの混雑振り。恋人や家族、久し振りに会うような友人達の人いきれで通りは熱気に包まれていた。伊東屋の中も買い物客で押すな押すなの混雑振り。今年は大して年賀状にもこだわりが無くさっさと三種類ほどの年賀状を手にしてレジスターに直行&行列に並んで買った。季節の挨拶、新年の挨拶、送るならば名前も住所もコメントも全部手書きでそんなこだわりが僕の中には少しある。でも、書くのは大晦日の夜なんだけどね、、。さて、折角訪れた銀座の街。ネオン煌く夜の銀座の街を撮影、、って言っても携帯でね、、撮影しまくった。
December 28, 2007
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ポールが星になってから早いもので、今日で九日が経ったのです。。こんな寒い夜も僕が外から帰って来るといつの間にか足元にいる事もあって外にある二階のベランダへ上る階段をタッタッタと登っていく。ついついうつむき加減になりがちな夜の僕をクスって笑わせてくれたりするお茶目な奴でもあったな、、なんて考えた。ギターのIwata-kunが撮ってくれたポールの写真三枚ほどあってこの間に彼が僕に送ってくれた。感謝。。その中の一枚。飄々とした奴の横顔が今はもう懐かしい。
December 27, 2007
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昨日、青山のカウンセリングの学校に行って来て、プロのカウンセラーの方を相手にフォーカシングを行ってきた。本当だったら今年の六月に終えていてクラスで発表していた筈なんだけど経験不足な僕は上手くやる事が出来ずにクラスメートの中で唯一終える事が出来てなかった。中々に再チャレンジ出来ないまま時間ばかりが過ぎて行ってしまいやっと昨日終わらせる事が出来た。僕の不甲斐なさから終わらせる事が出来なかった、、情けない話。頭の片隅にいつもあったモヤモヤした感じ、中途半端な気持ち。やっと何とか幕を下ろす事が出来た。しかし、これからが又大変なんだ。このフォーカシングの発表が年明けに待ってるし幾つかのレポートや卒業論文(そんなに長い物では無いけど)も年末年始を使って書かなくてはいけない、、頑張るぞ。無償で遠くからこの事だけの為に出て来てくれてじっくり、、とことん僕と向かい合ってくれた彼女の優しい気持ちにも答えたいし、、ありがとうの思いも込めて。そして事務局のスタッフにも「よいお年を!」と挨拶して学校を後にした。外に出ると青山の街は日が落ちる瞬間の赤い光に包まれていた。Now we're moving into the night...友人のギタリストのマサ小濱が僕を渋谷の駅のそばで待っている。随分、待ち合せの時間をオーバーてしまった。急いで今年この道を走るのは最後かなって思うRoot 246をちょっとだけスピードを上げながら車を走らせた。青山のビルの谷間を落ちていく赤い赤い夕日がとても綺麗だった。セッションを終えてまだ興奮冷めやらない僕の顔もきっと赤かったに違いないな。久々に会った友人のマサからも「どうしたの?心此処にあらずって顔しているよ、、大丈夫?」、「いや、大丈夫だよ。待たせてごめん、飯でも食いに行こうよ!?」、「いいですね~、行きましょう!その前に奥沢のケーキ屋でケーキ食いましょう」。パワフルな男は食も旺盛だ。僕は横でお茶をするだけにしておこうと思いながら裏道を抜けて山手通りから駒沢通りへと師走の夜の町を走った。
December 27, 2007
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今年のクリスマスもあっと言う間に終わりましたね。大騒ぎ過ぎてしまえば流れ星昨夜の渋谷でのライブは本当に楽しい物になりました。名古屋から駆けつけてくれて熱唱爆笑、、そしてWSCの今年最後のライブに有終の美を飾ってくれた事に本当に感謝だし、忙しい中家族全員で来てくれたMoon River氏やIto-san、韓国から来ている生徒のPaku-kunやカウンセリングの仲間達、日産のYousuke、旧友のMizuho、それに初競演した女性シンガーとの新しい交流。ずっと見続けて来てくれてる他の共演者やスタッフの人達からも温かいメッセージを送って頂き良い締め括りになりました。さあ、まだ今年は終わってない。今日も僕にとっては厳しい試練が一つ待ている。なんとか乗り越えるぞ!明日の見えない時代なれど、みんな何とかやって行きましょう。一日一回でも、、ちょっとだけでも笑顔になれれば良いよね。。それでわ、昨夜遅くに”街のさかな”を熱唱したoja監督が送ってくれた僕達三人の写真を載せますね。{{監督、Thank You♪&☆監督、RT、岩田、僕の四人揃い踏みの写真は、伊藤さんの写真を送って貰う待ちと言う事で宜しくね。}}
December 26, 2007
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今年最後のライブも終わりそして、もう直ぐにクリスマスも終わる。皆さんへ、もう一度だけMerry Christmas♪&☆
December 25, 2007
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Merry Christmas!今日はちょっと寒いですね。それでも、雪が降るWhite Christmasとはならなさそうですが。。きっと多くの人は仕事納めが近づいていて忙しく過ごされていると思います。クリスマスとは言え昨夜のイブは休日だったのでそちらで盛り上がった人達が殆どでは?さて、僕は今夜はライブです。ライブの日は緊張して気もそぞろだったり精神統一して気を落ち着かせたり、、正直、思いは散り散りですね。良いライブにしたいです。今年最後だし、来てくれる人達の為にも自分達の為にも、そうして自分の為にもね。皆さん、どうぞ良い日を。。
December 25, 2007
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クリスマスイブにも皆で練習。名古屋からoja監督も来て蒜山のロールケーキを食べながらコーヒーした後に夜の七時半までみっちり練習。練習部屋の3階の窓が僕達の息、、熱気で白く曇ってやりたりないけど大井町の焼き鳥屋さんに最小のクリスマスパーティーへ。何はともあれ愉しげなRTとojaさんのTwo Shotを一枚。皆と別れて二葉町のセブンイレブンの脇のガードレールに寄り掛かって行き交う人々をずっと見ていた。兎に角クリスマスなので幸せにならなくてはいけないので寂しく独りでは過ごしてはいけないのです。色々な人達が僕の目の前を行き過ぎていく。その中にはかなり可愛い女の子が二人で手を繋ぎ寂しげに^^愉しげに話し行過ぎる姿も。明日はライブ!ガッツだぜ、俺達!
December 24, 2007
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今日は、クリスマスイブ。でも、僕達には関係ない。今日も明日のライブに向けてシコシコと練習あるのみ。今日は、名古屋から遠路遥遥新幹線に乗ってoja監督も練習に参加しに来る。監督とライブを一緒するのは今年のは四月の新中野は弁天でのライブ以来。街のさかなって曲をメインボーカルとって貰おうと思ってるけど絆のエンディングのコーラスやoja監督と僕達で作った海辺にてなんて曲にも参加出来ないか?なんて事を考えています。。それから、弁天でのライブでやった夢の扉なんて曲も音出してみていい感じだったらやってみようかな?まだ謎。さあてイブも聖夜も頑張るぞ。南無^^Sweet Diaryの奥村さんから買った黄色い花。
December 24, 2007
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今日もメンバー三人で奥沢のサークルサウンズで25日の道玄坂KABUTOでのライブのリハを決行・。・終わって元SUPER BUTTER DOG、現在もフリーのコーラスとしてPushim、DragonAsh、Ram jam worldやUA、Aco、中島美嘉、YUKI、orange peko、SAKURAなどのサポート活動を行っている山下メグ朗ことめぐみちゃんの奥沢はタカタンスタジオでのクリスマスライブ"Megu-Night"に行ってきた。久々に会う古い友人のTKや松君達も演奏するので楽しみにでメンバーとめぐみちゃんのライブを愉しんできた。それに、この間のライブに参加してくれたキーボードのTory-kunも出演するとなったら行かない手は無いでしょう。。めぐみちゃんの生徒にも顔馴染みの子がいたり最近は中々予約が取れないタカタンのスタッフとも久し振り。楽しいライブだったな~。楽しいやら挨拶しまくりやらで写真を撮るのも忘れていた。失敗失敗、、旧友達とも交友を再開したいな。一昨日も載せたお気に入りのクリスマスな夜景をもう一枚、、ぶれて失敗した写真なれど何だかこのブレ加減がお気に入りなので再度。
December 23, 2007
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聞きたくても出来ない話を夕べした。友人の方から話し掛けてくれた、と言った方が本当。それは、僕が学んでいるカウンセリングの事だったのだけど、それは他の音楽や生活、、全ての事に繋がっている大切な事に。なんかいい感じでやっているような、そんな自分の心の奥底にある甘えた部分。そこに厳しい突っ込みを入れられた。あまりにも、あっさりきっぱりとそこの所に突っ込みを入れられた。どうしても、僕がもう一歩生み込まなくてはいけない所をちゃんとしてないんじゃない、という突っ込だった。話してくれた事とってもありがたかたったし本当に良い切っ掛けを僕に彼はくれたと思った。これからはこの部分に集中してやって行こうと思えた。常に人と人の良い関係にはGive and Takeが存在していると思う。僕が彼にGive and Take出来る事は彼のギターの横で(彼はビジネスマンで音楽は大好きな物)ベースを弾いてあげる事くらいかな。しっかり二人がキャッチボールが出来てればそれで良いんだよね。そんな友人が側に居てくれている事に、感謝しているし、僕は恵まれていると思った夜でした。今日も一日、良い日にするよ。
December 23, 2007
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今日も奥沢のサークルサウンズで演奏をしていた、、但しバンドはWSCではなくてSaltMoon,Castle&Lightningの愉しむセッションで。終わったら夕暮れ。久々に名店割烹の鳥小屋で軽く食べて、、僕は地元に戻れないと飲めないから軽くつまんで直ぐにお開き。。六本木Hillsの目の前に在るマンションの一室でのパーティーに参加の二人を自由が丘の駅側で落としてMoon River氏と二葉町に戻ってとき寿司で忘年会、、と言っても彼と会うといつも忘年会、新年会、誕生会、何とか会みたいな乗りなので全てはOK。。二人でちょっと寒い入り口の真ん前の席に座って梅焼酎??を飲んで色々な話をしたのですよ。。彼とは二十五年以上の大学生時代からの付き合い、、腐れ縁と彼は言う。雨が降り出したガラス格子戸の外を見ると三毛猫が寒そうに縮こまって丸まっていた。宴もそろそろお開きの時間だった。。明日は雪になるのかな?
December 22, 2007
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おお~い!クリスマスゥ~!贈り物、、物でなくても良いです、、温もりを下さ~い、、。な~んてね、本音かもね。絢爛豪華な星の瞬きの様な荘厳華麗なクリスマスのイルミネーションが夜を明るくする。去年だったらわざわざイルミネーションを撮りにせっせと出かけて行ってNice Sightを探しGood Shotを物にした。と言っても、携帯でパシャなだけですが、寒風が吹く中良いの撮れるまで位置を変え角度を変え少し離れたり近づいたり自分の携帯カメラの性能ぎりぎりまで迫るのです。だけど、今年はそんな余裕は無し。学校の行き帰りや、用事があって出掛けた際の途中でシコシコと撮っていたのだけれど、、今一つ。昨夜、やっと時間が出来たので家からそんなに遠くない幾つかのポイントを一気に撮って回った。ただし、人気のスポットには近づきたくなかったので。もう一度そのエリアに入り込んだら出て来るのも中々ままならなくなってしまうのですよ。基本は静か、、つつましやかなイルミネーションを中心に撮りました。{{ 夜の遠景は難しい。東京タワーの真ん中のフロアには、ハートのマークがライトで浮き彫りにされているのですが分かりますかね~?!Love~! }}暗いこの世を明るく照らして下さいよ。。{{ 結構、お気に入りの白金の一軒家の力が入ったクリスマスイルミネーション。毎年毎年、飾り付けは大変だろうにと思いながら前を通り過ぎる。お店も閉まった通りを走り抜けていくと、突然にポ~ンと現れるイルミネーション、、僕はファンなんですよ。まるで東京砂漠の中で灯台の様なお家。あ~、砂漠に灯台は無いか、、、。 }}
December 22, 2007
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Bossa Novaは、ずっと夏に聴く音楽だと思っていた。初めてBossa Novaを聴いた時から、夏の定番音楽だと信じ思い込んできた。だけどある時から、冬の寒い夜中に聴いている事が多い事に気がついた。それがいつ頃だったからは忘れた。そんなに遠い昔ではない、、最近の事だ。どうしてだろう?きっと僕が大人になったからだろう。年齢と大人である事はイコール(=)では無いと思う。少し精神的に成長したのかな、、少しはマシになったのかも。静かで温かい世界にどっぷり浸かりたい時、冷たい北風が吹く窓の外を見詰めながら独りBossa Novaを聴くのが好きになっていた。今夜もべベル・ジルベルトの新目のアルバムの好きになった曲達を何度も何度も戻しては聴き戻しては聴き。
December 21, 2007
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かなりなスピードで変貌して行く大井町の中に、まだ生き残る昔ながらに変わらない風景を見つけて写真に収めていこうと最近思っている。ほんの少しの人達かも知れないけど、僕の生まれ育ったHome town大井町今昔楽しみにしてくれているみたいなので(ですよね?!)。二葉町今昔通信と同じ感じで大井町今昔通信みたいな感じで時々載せていこうかと思ってる。自分にも新しい発見や面白そうなお店も発見出来るかと楽しみ。十月の東京湾屋形船同窓会で友情を復活させた中学の同級生も、僕が大井町について書いた日記を特に楽しみに読んでくれてるみたいだし。まあ、今までも載せてきたんだけど、これからはもっと意識してやっていこうかなと。この踏み切りは、大井町阪急のすぐそばにある‘品川道踏み切り’。この踏み切りを渡ると飲み屋街で、子供の頃は足を踏み入れる事は無かったけど、十代も終わりになる辺りから遊ぶようになった所。そんな風に遊んでいた時期も短い間だったと思う。ここ最近は、どんな風な感じに変わったかさえも知らない。今度、ぶらっと探検してみようかなと。だからって、飲み屋に一人で行くタイプではないし、ましてや、女の人がお相手してくれる店になんて行く事は、限りなく100%に近い程に無いと思うので、ただ写真を撮りに行くだけだと思う。」どこか懐かしむ気持ちもあるので、久々に一度探険してみよう。
December 21, 2007
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今度のライブでJohnny,Louis&Charの”風に吹かれてみませんか”と言う曲をやる。。この曲を初めて聴いたのは彼等が日比谷野外音楽堂でやったFree Spritというコンサートで。今までやってみた事無い曲だけどやってみて全然弾けない自分が居て何ともやるせない気持ちになってきた。もっと一瞬一瞬を大切にしていかねば。無駄な時間ばかりが過ぎて行ってしまう。他の物まで駄目になっていってしまうよ。。この曲を聴いていて込み上げて来る物があった。明日もメンバーと練習だ。今度のライブは自分の中ではポールの追悼ライブだし。気持ちがやっと振れなくなってきたよ。頑張るぞ。
December 20, 2007
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ホッとした。今年最後のクラスでのフォーカシング(心理学の技法の一つ)をカウンセラーになってやって何とかイメージ通りにやれて、心底ホッとしたのですよ。久々に明るい発言もなんだかとっても自然に口から出てきてどうやって書こうかと思い悩んでいたレポートにもこんな風なイメージで纏めていこうかなとしっかりした考えがと構想に繋がりそうだ。最近、身体の調子も良くないのでついついネガティブな方に気持ちも向きがち。ちょっとした普段からの体調管理と身体ほぐし日々のベースの練習とカウンセリングの勉強。そんな大袈裟な事じゃあ無いけどそんな事が次のステップアップへの近道だし気持ちの良い瞬間や面白い人との出会いに繋がって行きます。ちょっとしたヒントは何気ない日々の中での前向きな気持ちに潜んでいます。今年のクリスマスも愛する人と二人で過ごすなんて無理、、又も、叶わぬ夢となってしまったのですが、25日はライブをやります、、それは愛する人達との共同作業。いいじゃん、いいんじゃない!楽しくする為なら頑張っても良いんじゃあない?!と言うわけで25日は渋谷でライブだ。Livehouse-KABUTO12月25日 火曜日 West Sunset Cityの出番は七時です。。チャージ=1500円 ドリンク=500円渋谷区道玄坂 1-22-12長嶋ビルB1 TEL: 03-3463-6699 http://livehouse-kabuto.com/West Sunset City Live at ChristmasVocal=友保利枝子Guitar&Back Vocal=岩田直登Bass=北條宏泰名古屋からも友人のoja監督が参加して一曲”街のさかな”を歌います♪どうぞ宜しくお願い致します。。
December 20, 2007
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学校の方も今週から冬休みに入る。今年の講義もたま~に上手くいったり大抵は滑って転んだり、、中々に思うようにいかなかった。今年は終わりだけどまだ講義の一年は終わったわけでは無いので残された来年の生徒達と過ごす時間をやり抜こう。夜はこれから、、何か昔懐かしいTV番組のタイトルみたいだな、、夜はこれから青山の心理学の学校に出向いて気持ちを澄ませてきたい。こっちの生徒になる方の学校も今夜が今年最後のフォーカシングのクラス。そう最近、ようやっと心理学の本を読めるようになってきた。と言うか、大好きだった小説さえも年に数冊、、、と言う体たらく振り。相当に重症だった本離れからも何とか脱却出来そうな感じだ。無理せずに躓いたら深呼吸して一息入れて気楽に行こうと思ってきた。誰がどうしたから何がこうなってどうしたら良いんだろう?なんてせせこましい考えからの脱却でもあるかな。そんな事を考えていると心臓がドキドキしてきちゃう。いやいや、もっと考えを進めてひがみやっかみも時に在りそんくらいの気持ちで行こう、、かな(笑)。さて、行って来ます。。
December 19, 2007
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何だかさっきは実感がわかなくて。冷たくなったポール、少しだけ目を開けていて閉じてなくて、、どうしても信じられなくて。でも身体に触ると冷たくて、遠い所に旅立ってしまったのだなってわかって。でも、どうしても実感がわかなくて。ポールの写真、沢山撮っていたのにストックしていたVAIOとMACを再インストールした時に全部消えてしまって、、バックアップをとっていなかった僕の管理不足に今更後悔しても遅過ぎるのです。きっと天国で元気に飛び回っているよね。
December 18, 2007
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下神明駅の側の峰動物病院に入院していたポール。今日、息を引き取って叔母の家に静かな帰宅。秋口から入退院を繰り返していたけど万策尽き果てた感じだ。。生きとし生けるもの皆寿命がある。もう心の準備は出来ていた。冷たくなったポールの頭をそっと撫でて亡き骸に手を合わせてきた。こればかりはどうにもならない。科学でも医学でも人の力の及ぶ事の無い世界。さようなら、ポール、、、楽しい時間をありがとう。今年の三月の写真。まだまだ元気だったポール。今夜、星になった。
December 18, 2007
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昨夜は久し振りに浜離宮にある東京ニュース通信社を訪ねた。そこの編集部ではそこでは以前に仕事を貰ったりしてお世話になった。旧友のHakamazuka-氏も、今では違う部署で編集長でいる。数年間、よく通った懐かしい場所だ。この間、Hakamazuka-氏に久々に連絡をして彼がやはり古い友人の少年に連絡をしてくれて渋谷での僕達のライブに二人して連れ立ってきてくれたのが九月の事。嬉しかったね、二人で足を運んで来てくれたこと。しかし、昨夜は僕達"West Sunset City"の曲を彼に聴いて貰おうと懐かしい編集部を訪ねた。当時仲の良かった人達も結婚や転職で誰も居なくてちょっぴり寂しかったな。普段だったらこの時期は校了も終わり時間もあるんだろうけど、十二月の師走は年末進行で忙しくてゆっくり話も出来なさそうだった。「お茶でもする?」、「いや、いいよ、車の中で話しながらCD聴いてよ」、「煙草吸っても良い?」、「駄目、禁煙」。Hakamazuka-氏は、煙草を一本風に吹かれて吸って、車に乗り込んできて僕達の音を聴いて貰った。「どう思う?」、「こういうの、今ありじゃない」、「力を貸して欲しいんだ」、「出来る限りの事はするよ」。三曲を聴いて貰い、少し話をした後に彼は編集部に戻って行った。さあ帰ろうと思って車を発車させたのは良い物の、東京ニュース通信社編集部内でHakamazuka-氏を撮影しようとしていた事をうっかり忘れていた。参ったな~と思い、新大橋通りを挟んで浜離宮ビルの反対側は築地の市場。巨大なトラックやコンテナ、荷物を積み下ろしをする小さなカートが行ったり来たりする忙しない場所に車を駐車して浜離宮ビルの夜景を撮影していた。そうしたら電話が鳴った。「あっ、も、、し、、もし」、風邪で喉をやられて声が出ない。電話は名古屋のoja監督で、今度のライブでCharのSmokyって曲をギターでやるからコード進行を教えて欲しいという話だった。そんなに複雑な進行でもないので直ぐに教え終わって年末に上京するの?なんて他愛のない話をしていたら、僕の前に停まっていた日通の巨大なトラックが急にバックしてきた。それもかなりなスピードで。僕もびっくり仰天してしまい、携帯で何か話しながら慌てて車をギアを掴んだ。ギアが上手くバックに入らないトラックは下がって来る。衝突10mm手前くらいでやっとバック出来た。でも、後ろにも車やトラックが沢山いるので後ろと前を見ながら突然の窮地を必死で脱した。「あ~、やばいやばい」と何だか緩い感じで言っていたので聞いているoja監督の方には僕の恐怖は伝わっていなかったようだ。例え、こっちが悪くなくてもこんな年の瀬に事故は嫌だった、しかし、物事は一瞬先は闇とは良く言ったもの。本当に何が何処で起こるか分からないものですね?!あ~怖かった。
December 18, 2007
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母親は八人兄弟。その一番末娘の叔母は旅行好き。今回もフランスに行って来たようでお土産を買って来てくれた。。何ともフランスのお菓子らしい。お洒落な缶に入っていてバターがたっぷり使ってあって、僕にはちょっと食べ応えがあり過ぎ。でも、良質なバターなので口の中でフワッと溶けるんだけどね。そのクッキーをお裾分けに奥沢の花屋さん"Sweet Diary"に持っていってあげた。缶ごと持って行ってその場でジップロックに手づかみで移動してあげて、はいお裾分け。とっても喜んでくれて良かったのです。それは先週の土曜の夜の事。一緒にMoon River氏一家も連れて行って、 玄関に置くクリスマス用の花としてポインセチアを。Moon River氏の娘のR-chanがはWildberry(野苺)を購入。「ちゃんと育てれば、小さな苺が幾つもなって、摘んで食べると美味しいよ!」、それを聞いてR-chanはニコッて微笑んで嬉しそうにしていた。お店のOkabe-sanからは「可愛いお穣ちゃんですね~!」と言われてR-chanの微笑みは大きく膨らんだのですよ。幸せな師走の一コマでした。∧_/ ・_)♪ /
December 17, 2007
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ブログを始めてから空や雲を写真に収める事が増えた。決して二度と同じ形を色を残さない空の色と雲の形、、一秒足りと同じ事は無い。僕達の心も言っている言葉さえも同じ。だけに真摯な思いで何か取り組む人は素晴らしいのでは。難しい事だけどね。今日もメンバー三人で練習&録音。そんな時間の合間に空と雲を撮ってみました。全ての事は陽炎のように揺れて消えて行く。。空に漂う雲も同じ。
December 16, 2007
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夕方に、個人練習を終えてから、友人のMoon River氏の所へ行くので家をでた。、途中、駄菓子を何故か沢山売っている?置いてある西大井のセブンイレブンに立ち寄って、Moon River氏の子供達にお土産を買った。そして、東急大井町線”緑が丘駅”の近くに在るMoon River氏の所に向かった。。 来週末、久々にMoon River氏や僕達と共に二十年以上楽しみでバンドを続けているデザイナー兼絵かき兼パーカショニストのSalt氏とスタジオで演奏を楽しむ。その時の準備の為に、Moon River氏とカバー曲の音合わせ、フレーズ確認を行う為に彼に会いに行った。サラっとおさらい&間違いはないか確認も終えると、Moon River氏の奥様のPOO-Chanや二人の子供達二人と、お待ちかねの夕食アワー。。場所は、僕の地元の大井町へと。予定では、僕はとき寿司で貝をつまみに梅焼酎。子供達や奥様も「美味しいお寿司」と盛り上がっていたのに、撲がときに混み具合を聞く為に電話を入れたらもう一席の空きも無い混雑振りとの事。皆、がっくり。僕の読みが甘かったのです。鰻の藍の家も満員との事。POO-Chanが、「しょうがないよ、土曜の七時過ぎだもの~!」。「まあ、兎に角、行ってみるか!」と、見切り発車をした。 家の近くまで来て、Moon River氏とも何度か行った事がある焼き鳥屋の”大吉”を除くと「満員状態です!」。T-kunの方が「おなか空いた~!」、「男の子でしょ我慢しなさい!」。今度は、行きつけの焼肉”炭乃家”に電話。「あ~、八時半過ぎたら何とか、、席空くかも、、、五席お取りしておきますか?」、「結構です」。結局、いつも行ってる焼き鳥屋さんの”一の酉”へ。T-kunは、「焼き鳥~だったらラーメンが良い!」。「わがまま言わないのと」とか言われながらなんだかんだ言いながらも沢山の皿がテーブルに並ぶと皆も幸せそうになって黙々と食べてお腹も落ち着くと談笑タイム。気がつくと”一の酉”も満席状態。「あぶない所だったね?!」、「そうだねえ~!?」、「今度は予約してから来ようね!」。最後は和気あいあいの楽しい土曜日の夜になって一安心。大井町も流石に師走の雰囲気が漂い始めたのだ。T-kunの写真を撮ったのですが、うっかり保存を忘れてしまって残念。。クリスマス系の写真で失礼。
December 16, 2007
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上馬のJIraud Bass Centerまでベース弦を買いに出かけた土曜日の朝。朝って言っても十一時過ぎの事なんですが。久々に会えるオーナーで元大橋純子&美乃家セントラルステーション元Char Band、元佐田まさし&亀山社中のベーシストの次郎さんのお店にベース弦を買いに出かけた。。師走の環七はガラ空きで二葉町から二十五分も掛からずに到着。快適な土曜日の午前中のドライブ。換えたかったけど中々にベース弦は高いのでお金に余裕が無いと買えないのですよ。。久々に3セット、、West Sunset City買えて嬉しくて八千円也^^でもね昔々、僕が大学生だった頃にベース弦を購入するとワンセット八千円也。ちなみにRoto Soundってイギリスのメーカーのベース弦でしたけどね。。もう最高の音!どんな音かと言うとキラキラしていて一瞬の星の瞬きな感じ。そのキラキラな音は厳密には二時間しか持たないからね。。たかがベース弦、されどエレクトリックベースの音の決め手。それがRoto Soundのベー弦の音でした。時は流れて今では僕もRoto Soundでは無くてRococoのベー弦を次郎さんのお店で買い求める時代。でもね、Rococoのベース弦もつい五年位前には五千円以上する高価な弦でした。さてさて、石油の価格上昇でまたまたベー弦の価格も輸入の問題で上がるみたいです。ふう~って感じ。ちょっと今日の日記は一般的な話からはずれてしまってますね。。すみませんm(-_-)m新しく弦を張り替えたベースは良い音しているのですよ。一般世界からは離れてしまった話なんですが、こんな世界もあるって事で今夜はお休みなさいませ。。楽しかった今宵の食事会の話は明日の朝日記に^^
December 15, 2007
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昨日は練習や録音を終えて二葉町の名店の一つ鰻の藍の家にメンバーを連れて行った。それまでもスタジオの帰り道に立ち食い蕎麦の富士そばに三人で寄って僕とボーカルのRTは掛け蕎麦と玉子蕎麦普通盛り。でも一番若いIwata-kunは大盛りわかめうどんバリ食い。以前に僕とIwata-kunが、店に入って蕎麦食ってたのを外で車の中で一人待っていたRT。今度は自分から「あの立ち食い蕎麦屋さんに寄って行こうよ!」って誘った。自分は三分の二も食べきれずにIwata-kunに食べて貰っていた。ちょこっとずつ食べる人って結構いるよね?!ボーカルのRTもどちらかと言うとその口。。家にも戻ってからも叔母から貰ったMade in Franceのクッキーがあったので何故か彼女はお湯を飲みながら食べて、録音終えて夕食を食べに行ったのは八時過ぎ。昨夜は練習や録音を終えて二葉町の名店の一つ鰻の藍の家にメンバーを連れて行った。まあ、思い切り歌いまくって歌うのは相当にエネルギーを使うから小腹が減るんでしょう、、チョッとづつエネルギーを補充する感じかな。でも、その鰻屋さんは紀州備長炭を使って焼くからもう鰻から鳥から野菜から何でも美味い。流石にRTもがっつり食った。何て言うんだっけ?鰻の蒲焼をふわふわの玉子で巻いてたれをかけた裏メニューもオーダーして良き日の締め括り。皆と分かれた後、車を駐車場に停めてべベル・ジルベルトが流れる車内を点検したら、みかんの食べかけが半分残っていたのです。置き去りのみかんの房。
December 15, 2007
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燃える秋~なんて歌が昔ありましたよね。。ここ一週間の我が町大井町は二葉町、、まさにそんな感じ。秋も盛り紅葉も終わりを告げるように天祖神社の銀杏の木も黄色く染まり言葉を失くすほどの美しさです。でも今日は何月何日?本当だったらもう一ヶ月前の十一月の中旬にこんなちょっぴりセンチメンタルジャーニーな秋の贈り物的な世界が人の心をキュッとさせてくれているだろうに、今年はもう師走も中頃の昨日今日に銀杏は黄色い葉を散らせています。スタジオに練習に行く前にギタリストのIwata-kunを大井町駅前でピックアップして家に置いてある彼のアコギを持っていく為に家に寄っていきました。どっちにせよ、奥沢のスタジオに行く道すがらに家は在るのです。彼が勝手知ったる家に入ってアコギを取ってくる間に中々に撮れずにいた天祖神社の黄色く染まった銀杏の大木を撮ろうとしていたら、車の屋根に黄色い銀杏の木の葉がフワッと乗っかった。これは逃してなるものかと写真に収めてから銀杏の大木を撮影。少し風が強かったけど晴れ渡った青い空が目に眩しい気持ちの良い一応初冬の一日。命を感じた一日。たかが一枚の銀杏の落ち葉にも。そうだ今日はメンバー達の力添えがあって新しいベースの世界への旅立ちの日となった。ついついうつむきがちになる最近の僕の毎日に光をくれた気がして二人に本当に感謝の一日だった。
December 14, 2007
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昨晩は、音友人のベーシストのコースケ氏と会った。彼にBebel GilbeltoのCDを貸していたのと僕も彼に長い間借りっ放しだったWishbone AshのCDを返さなくてはいけなかった、、、でもメインは音楽の相談。まずは、大崎駅でコーちゃんをピックアップして大井町の方まで戻ってくる車中は僕達の曲"Light on You" を聴いて貰った。。「ここに、こんなパーカッションを足したら?」、「そうか、生演奏が無理なら打ち込みでも良いから、何かを」、「こんな風にしてベース録音しているのだけれどどう?」「あ~面白いんじゃないかな」、「そう思う?」、「斎藤誠のバンド聴いてみない?」「うん聴く聴く!」「このベースの角田が凄く良いんだよね?!」、「良いと思うよ」。「今じゃあ、桑田佳祐がソロの時は斉藤まことバンドを丸抱えだもんな~!」、「それって良かったよね~」、「二十年一緒だぜ、、激動の音楽界でさ」。その他にもコースケがレコーディングに参加したソロシンガーのCD(名前を忘れてしまった)聴かせて貰ったり、話は終わらない、、「そろそろ飯でも食いに行く?」。車を停めてから早三十分が経過していた。店に行ってからも音楽の話ばかりしていた。コースケ氏の友人には色々な人達が居て、最近はepoなどのバックをやっているセンチメンタル。シティ・ロマンスの新加入のベーシストがやけに上手いとか彼らのコーラスが凄いとか。全部書いていったらもう切りがないので止め。「この間、飲みの席でお前の話が出たよ」、なんてドキッとさせられる話しも聞かされたりして。風邪気味なので早目にお開きにした。彼からは、いつも勇気と刺激を貰える貴重な友なのですよ♪写真は、コースケ氏がくれたビートルズの絵葉書などが入っているアルミ缶。&ツェッペリン缶^^彼の遊び心。
December 14, 2007
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今日、このブログの読者でいつも僕を応援してくれる方から苺とトマトとシャンプーやリンスが届いた。今年の夏にその方からメロンやシャンプーなどを送って頂いた、、その時は吃驚してしまってもう家族と一緒にぶっ飛んだ事もまだ記憶に新しい。驚きました。。その方はリンスさんと言う名前でたまに書き込みを入れて下さる方。シャンプーやリンスは、彼女が理容室を経営されているようで果物などと一緒に送ってくれているのです。昨夜、彼女からメールを頂いて何て返して良いか、、どうしたら良いかわからずにありがとうと、、お返しをしたいので御住所を教えて下さいと書いたのだけど、、前回同様に彼女にメールはした。リンスさんが若い頃に大井町に住んでいらっしゃってとても苦労しながら理容学校に通っていたって話しをされて、僕がたまに大井町の話や写真を載せるのを見てくれていて、何か僕のブログのファンになって頂き、、それが彼女との御縁。しかし、今回もぶっ飛んでしまいました。何か僕如きのブログをこんなに応援して頂き何て言ったらよいのか、、ありがとうございます。まだお顔も知らないリンスさん~~、又、載せてしまいましたよ。
December 13, 2007
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今朝になって風邪の症状が少し治まってきた。やはり夕べ学校に行く前に横山外科に立ち寄って薬を出して貰ったのが功を奏したか。トマト薬局に薬を貰いに行ったら、新しい薬剤師さんが入っていて働いていた。トマトの店主のKiyo-chanが、「北條さん、新しい薬剤師さん~です。美人さんでしょ?!ほら顔が赤くなった!」。もう困った人だ。僕の顔を見ると必ず茶化してくる。「赤いのは風邪で少し熱があって赤いんだって!」言ってるのにKiyo-chanは聴く耳持たない。急いで青山の学校に向かった。春からの授業をどう今は思っているか?そういうテーマで一人ずつ喋った。いつだって、一瞬で小さな発表を纏めて披露しなくてはいけない。長い間揉まれてきているから、大分冷静に話せるようになってきたと思う。食事をする場所は青山の裏通りのお洒落な無国籍な料理を出すお店。。以前に、何度か使った事があるお店なんだけど、オーナーが変わったみたいで味は落ちたな、、そんな事を頭の中で考えていた。それに、最近はどっぷり大井町に浸かっているので、下町の味に舌が慣れてしまっていて青山の味には馴染めない。しかし、会食と言っても話す内容はシビアでいわゆる飲んで食って騒いでみたいな巷の忘年会とは少しばかり様子が違うのです。マンゴージュースを飲みながら話題の中心はカウンセリング、フォーカシングの事。喋っている内に段々声がかすれて出なくなってきた。丁度、その頃にはお開きの時間と相成りました。僕も家に戻ったら練習をしたいと思っていたので上着を羽織って皆に別れを告げた。しっかり写真は撮ったけれどね。。僕達が飲み食いしたお店の真ん前にある以前から気になっている素敵なお店のクリスマスデコレーションを一枚。
December 13, 2007
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何だか二三日前から頭痛がしていて、それが昨日になって鼻がむずむずしてきて花粉症みたいな症状になってきたと思い始めたら喉まで痛くなってきて風邪っぽい。もしかして、インフルエンザ?とか考え始めたら気分は憂鬱。絶対に風邪引きたくない、この時期に風邪で寝込みたくない。いつもは、真夜中にシャワー浴びてチャッチャッとベットに横になるそんなパターンが多いのだけども、昨夜は身体が心配で湯船に浸かった。上がってきてからも、まだ原稿書きが終わってなかったので元気なく作業していたら携帯が鳴った。従兄弟からの電話で「今度のクリスマスのライブ、なるべく早く仕事終わらせて行くよ!」。これだけで少し元気になれた。「あんまりくよくよすんなよ」、「誰だって他人からは伺い知れない悩み抱えてんだからさ~気の持ちよう」。嬉しかった。「俺だって明日、仕事行きたくない、、ハハハ、、だからな、気にせず前に進もう」。本当に助かった。今朝起きても、身体のだるさは喉のいがらっぽさはとれないけど、さて講義に行って来ますです♪
December 12, 2007
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今度の講義でもう年の瀬だし?生徒達に何の脈絡も無く僕の好きな音楽を紹介しようと思った。まあ適当に、、たまには、て・き・とーに。まずはブラジリアンなら小野リサ、、ブラリジアンは小さい頃から大好きなんだけど生徒達も小野さんなら入って行き易いかな?と思い選び。ふっと意味も無く同じ日本人同士って事でもう解散してしまったCymblesを続けて取り上げてみることにした。順番は逆にしたけどね。Cymblesのヴォーカル土岐麻子さんのお父上は有名なサックス奏者の土岐英史さんだったよな、、。土岐さんは、山下達郎さんのアルバムに幾つかの名演を残しているので達郎さんのアルバムからも一曲流すか、、なんて考えながら、、。そんな事を考えながら小野さんのDVDを見て?聴いて原稿を書いていた。目の前に画像があるわけではないので殆どステレオ状態な感じで音を聴きながらの作業。その内に小野さんの歌が終わりソプラノサックスのソロに変わった。う~ん、、何処かで聴いた事ある音色だぞ、、このソプラノサックスの音色は、、。そう思い机から離れて画面を見てみるとやっぱりそうだったサキソフォーン奏者は土岐さんだった。しかし偶然って存在しているな~って一人部屋の中、嬉しくなってヴォリュームを上げた。もう達郎さんの音は使う必要がなくなった。だって親子繋がりだったのだものね。。小野さんのDVD[ミニーナコンサート]は買ってからチラッてみた程度でしっかりとは見てない。ここの所長い間ボサノバから心離れていてあのゆったりとした心地よいリズムとどこか物悲しい旋律から遠ざかっていた。夕べの夜遅くに久し振りにガットギター手にとって小野さんの名曲「Canto Para Nana 」を弾いてみた。一箇所コードが分からない部分があって今夜再度追求だ。ボサノバのリズムも深いし小野さんのガットもとても上手い。Cymblesは、既に知っていたけど友人から詳しく聴かせて貰った。アルバムと映像が一枚ずつ持ってるだけ。これから違うアルバムも聴いてみようかと思ってる。昨日の阿波屋さんってケーキ屋さんの話といい、今日の小野さんとCymblesの話しといいエッセイにレビューにしたくなる話しだな~。。そろそろ重い腰を上げろって事か。うん?重いペンを、、思いキーボードを叩けって事か。
December 11, 2007
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クリスマスが近づいて来ると考えるのは、恋人か好きな人がいる時ならばプレゼントを何にしようか。いない時ならば、食い気オンリーになるな。そうなったら、まずは鶏の丸焼きでしょう…贅沢言わないのならば、鶏のもも焼き。出来れば丸焼きが良いんだけど、でも日本だと高いからね~。自分で作るのは大変だし、、とにかく鶏の丸焼き。それから、もう一つ欠かせないのはケーキでしょう。僕が小さい頃から、大井町に在るケーキ屋さん‘阿波屋’で、小さい頃はショートケーキやシュークリームを買ったものだ。最近は‘阿波屋’なんてすっかりご無沙汰だな…。沢山沢山ケーキ屋さんが出来てしまったからね。‘阿波屋’のケーキの味も忘れてしまったな。チョコレートでコーティングされたロールケーキ(中は普通のスポンジ)がとても好きだったな。久しぶりに買いに行ってみるかな~。記憶の片隅にある懐かしい味が変わってないと良いな。信号灯の下真後ろに在るのが‘阿波屋’ですよ。そうだ、今年の25日は渋谷でライブだ。Livehouse-KABUTO12月25日 火曜日 West Sunset Cityの出番は七時です。。チャージ=1500円 ドリンク=500円渋谷区道玄坂 1-22-12長嶋ビルB1 TEL: 03-3463-6699 http://livehouse-kabuto.com/West Sunset City Live at ChristmasVocal=友保利枝子Guitar&Back Vocal=岩田直登Bass=北條宏泰
December 10, 2007
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昨日は秋晴れの日曜。12月9日の少し暖かな師走二回目の日曜。気がつくとWest Sunset Cityのメンバー二人は午後の一時半過ぎには家の二階の居間でコーヒーを飲みながら談笑。十分も経たない内に練習部屋に一人二人と入っていき録音の準備を始めて、まだアレンジも決まっていない”海辺にて~You are my sunshine~”と言う曲を軽く練習。あ~でもない、こ~でもない、ならば一体どっちやねん?!と言うのは僕たちの音楽作りのスタイルじゃあない。。窓の外には家の前の天祖神社の銀杏の大木が今を盛りと黄色く紅葉していて美しい。しかし目の保養もそこそこにパソコンの画面を見詰めながら録音に集中。最近はヴォーカルのRTが僕達をリードする事が多いね。彼女の意見がいい感じだと作業の運びも順調で気分は高揚。何とかアレンジが決まって録音し終えたのが夕方の六時近く録音した物にはリズムが入っているけどライブでやる事も考えるとベースとギターだけでもやれる様にしておかなくてはと、、二人は思わず緊張。それからライブの練習に入ってカヴァーの”風に吹かれてみませんか”と”Don't let me down”、、、前者がCharの曲で、後者がThe Beatlesの曲ですね、、言わずと知れたジョンの曲。後者は思いっきりアレンジしてあって、、前者は二人でやるの超難しい。オリジナルは”絆”、”Light on you”、”街のさかな”、”海辺にて”、”Piece of funcky”。。今回も、名古屋の兄貴oja監督の歌詞の曲が二曲。新曲の”海辺にて~You are my sunshine~”の詩も監督ならでは物で好き。気がつくと夜の八時になっていた。最近、僕が低迷気味だったので昨日の練習は何とか盛り返せてきてホッとした。作業も終わって日も暮れてジャズがかかる中華料理屋さんの”香楽”へ。従姉妹のお嬢さんと同級生の女の子のお父さんが経営するお店。海老そばが美味しかった。餃子や麻婆豆腐も美味いのです。時が経つのは早い。まだ先だと思っていたクリスマスライブは目前だ(汗;)。皆さん、素敵な一週間を望みます♪
December 10, 2007
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ライブやりますよ。。クリスマスですけど、きっと忙しいと思いますが、やっぱり絶対に来て下さいね^^♪Livehouse-KABUTO12月25日 火曜日 West Sunset Cityの出番は七時です。。チャージ=1500円 ドリンク=500円渋谷区道玄坂 1-22-12長嶋ビルB1 TEL: 03-3463-6699 http://livehouse-kabuto.com/West Sunset City Live at ChristmasVocal=友保利枝子Guitar&Back Vocal=岩田直登Bass=北條宏泰
December 9, 2007
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先々週にも家に来てキューベースと言うミュージックソフトのより踏み込んだ使い方を教えてくれた東京ビジュアルアーツの僕の生徒の朴君が又家を訪れてくれた。彼を土曜の午後三時に大崎駅でピックアップして彼を連れて大井町の阪急デパートまでお買い物。阪急スペシャルブレンドという名のコーヒー豆を挽いて貰い、「韓国にもあるんですよ」と言う鯛焼きの紫芋餡が入っている奴を二個購入して家へ。「先週の僕の講義は面白かったんですよ」なんてお褒めの言葉を頂いている内に家へ到着。昨日はPC関連について習うのもあったけど、彼が作っては壊ししている彼のあるオリジナル曲の再構築に僕も加入するのが昨日のもう一つの目的だった。まずは、一回ステージで歌った事があると言う、彼のその曲の原型版を居間にて聴かせて貰った。ガットギターを手渡し彼が歌ってくれた曲はまだ僕が行った事の無い韓国の町並みを想像させてくれるようなこんな韓国の音楽には疎い僕でも「あ~、韓国のメロディだ、、節回しだ」と思わず大きな声で言ってしまうほどに彼の韓国人の血を感じさせる歌だった。何だか大陸を感じさせるようなスケールの大きい歌と彼の歌声に感動した。「でも、これを、もっと変えたいんですよね?!」と朴君は僕に言う。そこで、僕なりのコード進行や歌のメロディを提示したら彼が気に入ってくれたので後は暫くその曲の全体のイメージ、、どういう風に始まって終わるかとか。。それから部屋練習部屋に移して今度はベースを二人で弾いた。彼はシンガーでもありそうしてベーシストでもあるから交互に「こんなフレーズはどう?」なんて話しながら気がつくと外は真っ暗で、、家に来てから三時間以上が過ぎていた。急いで”朴君PC講座”を始めた。途中、PCが動かなくなりダウンしたりしてもガンガン進めていく。僕も全く知識が無い訳ではないのでここにきて彼と出会って一段ステップアップしたと思う。しかし、韓国の若い子達はハングリーじゃないかな?本当に詳しいのですよ、、その上に僕に日本語で説明。パワーもやる気もあるな~って思いましたよ。作業の途中に朴君のお母さんが韓国から国際電話してきてもの凄い早口で一瞬此処は韓国??面倒臭くも楽しい作業も終えて一本橋通りの洋食屋”シエン”に行って二人で夕食。この間も話したけどまだまだ聞き足りない感がある徴兵制度について。二年四ヶ月も行ってたら、嫌な事も良い事も含めて色々な経験をしているだろう。話は食事をしているお店の事へと変わった。「先生、僕はこんなお店、日本に来て初めて来ました!」、「ええ~、そうなんだ、、ってこんな洋食屋みたいな感じの店?」。「小さくて温かくて、、好きなんですねこんな店」と言った。そういえば、九月だったか?十月だったか?日本食党のアメリカ人が東京に遊びに来て数寄屋橋の蕎麦屋さんや芝増上寺などを案内した時に終わりにちょっと都心からは外れるけどと奥沢の手作りケーキ屋さんに車を走らせて行った時のにおきた事との共通性を感じた。小さくて温かいお店が少ないと思われているのかな?綺麗でシステム化されていてそつない感じ、、、でもどのお店も似た様な感じなのかな。友人のアメリカ人も昨日の生徒の朴君も好きなもののキーワードは温かいこじんまりしたお店、、家庭的って事かな?それは、人なら皆同じか。キーワードはHomey...家庭的かな。
December 9, 2007
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二葉町には昭和の名残りがまだそこかしこに残っている。あ~懐かしい風景だな心和むな~って路地裏がまだぽつんぽつんと点在している。町中ビルだらけマンションが乱立していく二葉町、、大井町周辺だけど、こんな風景がまだまだ残っている。幼い頃に見ていた風景でも油断していると味気のないどれも同じ様な表情の建物に変わってしまっている。思った時に撮っていこうと日々気に掛けて一瞬のスケッチを実行していこうと。携帯のデジカメでだけれどこんな懐かしい風景を写真にして残していこうと思ってる。別に懐古主義でも何でもないけど何でもかんでも新しくすれば良いって物でもないでしょう。西岸良平の”三丁目の夕日”と言う漫画が好きで単行本を数十巻所有している。それが一時期テレビでアニメになって放映していた頃があるが何故か直ぐに打ち切りになってしまった。。タイミング、、流すタイミングが悪かったのだろう。そして、今は”Always三丁目の夕日”と言う名で映画になって第二の寅さんの様な映画にもしかしたらなりそうだという人気だそう。西岸良平は”鎌倉物語”なんて大好きな漫画もあるので僕の勝手な思い入れが強いので映画は当分見ないだろう。まあ今では、彼の漫画もすっかり読まなくなってしまったのだけれど。せめて昭和の名残をのこした路地裏くらいは撮影しておこうと思ってる。何だかこの路地裏に住んでいる人達の息づかいが聴こえてくるような気がしませんか?日々精進といえば僕にとってはベースの練習がある。最近、集中出来ずにただダラダラと弾いてきた報いがメンバーと演奏している時に現れてきた参ってる。ちょっと篭って一途だった昔の自分の原点に返ろうと思う。週末も音楽漬けだ。例え携帯で撮る写真でもこんな僕の一つの息抜きなんだな。心が散り散りで今日の日記は纏まりがなくなったかな。、、。行動あるのみ。。
December 8, 2007
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時が経つのは早いものだ。先週の金曜日の看護婦さん達との喜びの再会と僕達をいつもリードしていた先生との辛い再会。今日で、ちょうど一週間が過ぎた。。どんなに強く思い愛して悲しみ涙して嘆こうが時は止まる事なくどんどんどんどん過ぎて行く。でも、その時が少しは悲しみを癒してくれるのかな。決して忘れる事の出来ない事は胸の奥底にしっかりとしまって前に進もう。夕べ遅くに北九州の元看護婦さんからLong Distance Callが来た。お互いに抱えきれない物を話し確認する事で痛みも少し和らいだ。最後には笑い声も聴こえて僕は思い出した。彼女に昨日の朝、ポストに投函した手紙の事。「思いの丈を短い文に変えて送ったんだよな~」、「えぇ~、、ありがと、、そうなん、、嬉かとぅ~!」、「えぇぇ~、、何が嬉かと~今、全部、、それの十倍以上喋ったわ!」。大笑いして、又、最後は先生の事でしんみりして。人生日々悲喜交々。。出した葉書、和紙で作られた淡い水色絵葉書。でもそれはきっと、いい記念になるかな、、そう思うと嬉かと。時が経つのは本当に早い。そして時が胸の痛みも癒してくれるでしょう。
December 7, 2007
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もうすでに一度この日記も書いたけど、今夜から長崎のInter FM 長崎市民エフエム放送(76.7MHz)で始る番組『長崎ふわり情報局』のオープニング&エンディングのテーマソングに、僕達"West Sunset City"の曲「雲の行方」が流される事になった。20時半から21時の三十分間の番組だそう。このブログにもリンクしている長崎在住のセラピストのリリさんの番組です。彼女とは縁在って北海道の友人のLight Man Northから繋がって今回の嬉しい出来事となったわけだけど、残念ながら東京では聴けないんだよね。。もしも、このブログを読んでいる方で長崎在住の方がいらっしゃったら是非是非今夜八時半から聴いてみて下さいな♪長崎市民エフエム放送(76.7MHz)『長崎ふわり情報局』ですよ~。バンドでベースを弾くだけではなくて広報部長も歴任しているので、、ってそれほどでも無いかな、、兎も角宜しくお願い致します!それから、その内に、リリさんが「インターネット上で聴けるようにする!」と言ってくれているのでわくわくしながら待ちたいと思います。それから「雲の行方」をCDで送った時に「Light on You」と言う僕達の曲も送ったのでそれもこれから番組で流してくれるとのこと。。その歌詞の中には~ふわり~とか、~ゆらり~とか出てくる。それで、彼女の番組名は『長崎ふわり情報局』で、彼女のブログのタイトルは『薔薇deゆるるん』、、おまけに彼女が運営するセラピールームが『ふわり』。温かな緩い世界を自分達"West Sunset City"の特徴の一つにしていきたいので彼女との繋がりは凄く縁を感じるのですよ。。しっかりと繋がってゆっくりだけど一歩ずつ進んで行きたいと思っています。師走の夜空をふわりと飛んでみたい、、きっと寒くて風邪引くなってね。。。
December 6, 2007
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最近、時々だけど、昭和に作られた白黒やカラーの日本の古い映画を見るようになった。そうは言っても、たまにBSなどの衛星放送を何かの番組を目当てで見る訳でも無く、ただチャンネルを変えている内に出会う古い映画。以前だったら、取り立てて興味も涌かなかった古臭い映画達を熱心に見る様に気がつくとなっていた。そのきっかけになったのが、高峰秀子が仲代達也や加藤大介などを相手役に主演していた[女が階段を上る時]と言うタイトルの白黒映画だった。銀座の夜の女の人生を淡々と描いた映画。見ているとちょっと気持ちがダウンする内容だけど白黒で見る銀座の町並み、、風景は郷愁を誘うものがあってついつい見続けてしまっていた。それに何よりも高峰秀子という女優が綺麗ですっかりファンになってしまった。ちょっと拗ねたような感じも好きだな。もう一つの映画は脳天気な青春映画[銀座の若大将]。ご存知、、もう若い子達は知らないか、、加山雄三の若大将シリーズの中の一作だ。こっちはカラー作品だ。話の中心の一つにビーフステーキ略してビフテキという言葉が何度も出てくる何とも平和な昭和の日本の一面が見えてきて楽しい。シンプルな構図だよね、食う事とモダンな服装と恋心と昔ながらの人情のミックス。今の時代は何千本もの糸が絡み合って解けなくなってしまってるのに比べて。そういう楽しさ爽快さをここまでやるかっていう位に徹底的に追求した映画だ。軽音楽部?音楽部でギターを弾きながら歌っている若大将は銀座の老舗の牛鍋屋さんの跡取り息子でもあって腕っ節もめっぽう強い一本気な城南大学の学生だ。おまけにスポーツ万能ときてライバルの城東大学の拳闘部、、ボクシング部に負けっ放しの母校のボクシング部を救う為にボクシングも始めるな~んてストーリーは何だかあっけらかんとしていて楽しくなる。今の複雑怪奇な時代を生きる人の一人でもある僕を明るい気持ちにしてくれた若大将。黄昏るだけで見る人の胸をきゅんとさせていた高峰秀子の演技、、映画も何だか純粋に感じてしまったり最近の僕の中では昭和の中頃の映画が密かにブームなのですよ。でも、たまにしか見ないけどね。。だって以前だったら見て数十秒だったんだからね。
December 6, 2007
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今日、学校で講義をしていたら寒気がして来て頭痛が始まった。あ~、嫌だな~風邪かな、、インフルエンザだったらどうしよう、、。何て事を考えながら熱弁?をふるっていたけど、どうにも今日も熱心な生徒を除いて僕の言葉は宙を空回り。まあ、仕方が無いや、適当にやっているわけではないからと次はもっと頑張ろうと思って講義を終わった。家に戻りさっき北海道の友人から電話を貰った。その友人は夕べ僕が今日の講義の原稿を書いている時に電話を貰ったけど書く事に熱中していて気づかず電話を取れなくて、今度は僕から電話をしたら今度は向こうが出ず。。その後に彼が用事を終えて僕に再度電話をしてきたのだけどそれが夜中の二時だったので流石に寝ていて取れず。今日は今日で、彼から再々再度電話を貰った時は僕が学校に居て取れずじまいだった。家に戻って来て僕の方から電話をしたけど今度は友人の携帯が留守電状態。。「いやあ~、昨日からすれ違い状態が続いてますな、、又掛けるよ」。とメッセージを残して電話を切ったらさっき彼から電話が来てやっと話せたのですよ。まるで、逢瀬が叶わない恋人同士状態。な~んてね。。「頭痛がするんだよ、、でも、もっと頑張らなくちゃ!」、「ハハハ、出ましたねお得意の頑張る頑張るが」。「そうだね、、もういい加減頑張るは無しか?!」、「そうだよ、もう良いじゃん皆分かってるよあんたが頑張ってるの」、「そうだよね、朝起きて一歩足を踏み出すだけで十分頑張ってるもんね」。命の恩人の恩師、、O先生との悲しい再会も含め今僕は転機、、、いい歳こいて転機に立ってるとは脳天気な奴だな。でも、新たな出発、、毎日が新たな出発だものね。。しかし笑ったな~。助かるぜ、持つべき物は友ってね。本当に悲しい事だったけどしっかり見詰めて寄り添って行かなくては。まずは、明るく前向きに行こう。その前に、横山外科に寄って喉を焼いて行こう。青山にカウンセリングの学校に行く前に。前向きに行こうにも健康じゃあないと前にも進まないからね。そうだ最後に一言、Thanks a lot my friend..北の札幌の友よ。。
December 5, 2007
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どうしても先週の金曜日の防衛医大での出来事が頭から離れない。もう五日も経っているのだけれど、頭の真ん中、、心の真ん中にある。昨日の夜に横山外科が閉まる寸前に行った。そうしたら、受付のHosokawa-sanが「ブログ見たよ、、泣いたよ、、涙が出たよ」と言ってくれた。。嬉しかったな、一人では抱え切れない重い荷物に感じているからさ。。そんな彼女の一言がどんなに救いか。今日の講義の原稿を書く、、キーボードを打つ手をフッと休めて夜中にベースを弾く手を止めて考える事は先生と毎日、一日も欠かさず介護に来る奥様の事、、顔ばかり。一緒に居た看護婦さん達の事ばかり。。暫くは?もうずっとかな、l、しょうがないかな。同じ時間を共に生きているんだもの。。住む場所は違っても、、中々に再度伺うのは大変だけれど。。思ってる心は変わらないからさ。。写真は大崎駅前のThink Park Tower前のガラスに映ったクリスマス。どんな気持ちで先生と奥様はクリスマスを迎えるのだろうか?どうか元気になって来年のクリスマスは平和に迎えて頂きたい。さて今日も講義を頑張るかな。。
December 5, 2007
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毎日、練習を続けていく事が大切な事なのですよね~。それにいつも長い時間出来るのなら別ですけど短時間しか出来ないのなら集中ですよね。集中力がポイントになってきます。もうゲームとかは遥か昔に止めたけど。僕もゲームに集中していく時って凄い集中力。楽しい、、面白いからでしょうね、、だから集中できるんですよね。それに、左手腕肩が壊れてしまい激痛。身体をほぐして行かねば。軽いストレッチを心掛けるのと、家で筋トレを始めました、、って言っても、2.5kgのダンベルを両手を脇にピッタリつけて百回上げ程度。友人のドラマーのTK氏から「腹筋だよ!」言われたので、腹筋を始めようと、、十代は三年間柔道を、、その後も腹筋やったり止めてしまったり、、きついんだ。きついと言えば、腕立て伏せもきついので長くは続かない難関ですよね。 先々週からある事が理由で、背泳ぎの会を中断、、休止と考えていますが、今週から土曜の夜から木曜の夜に変えて、一人で泳ぎに行こうかな~と思っています。やっぱり体力、、体調維持が健康にそして何かを(どんな職種でも)続けていく場合の原動力だと思います。地道に頑張ってみるか、、一人でシコシコ。しかし、四日経っても、先週の金曜日の出来事が僕の胸の中に溢れていて、どうにも収まらない。岡田先生の奥様に手紙を励ましの手紙を書くかな。。町は街はクリスマスで浮かれているけど彼女や先生の心中を考えるとはしゃいだ気持ちになれない。写真は高輪プリンスの並木道のクリスマスデコレーション。其処いら中がキンキラキン、、ライトを撮った積りが背景のお店にピントがいった。でも、そのお店は美味しそうな感じのケーキ屋さんで温かな配色の店内が素敵でした。さて、今日中に明日のカリキュラムを、終わらせねば。
December 4, 2007
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エレベーターのドアが開くと、そこには懐かしい救急病棟の匂いがしてナースステーションが目の前にあった。「あれえ~懐かしいねえ~!」、Hさんが少し興奮して大きな声をだした。無理もない、彼女は二十代の後半に彼女の故郷の長崎に帰り今は北九州で旦那さんと子供達四人と暮らしている。二十数年振りの彼女の元職場、、、懐かしいわけだ。僕も六~七年前までは、年一回外来でO先生の診察を受けていた。でも、品川から所沢は本当に遠い。今では、主に近所の横山外科と芝公園の慈恵医大で受診している。外来で来ていた時も救急部には上がって来る事は、、まずなかった。今も防衛医大の違う科で看護師長として働くTさん以外の四人は思わず「あ~懐かしいね、、」って言葉が出るのは当たり前だ。看護婦さん(看護師って言葉には抵抗があります)達は、必死で働いた神聖な職場で、僕にとっては生死を争った所。「天井低う~」、「ナースステーション変わらんね?!」、「あっ、でもステーションの中に暖簾が掛かっている」、「こんな透明なアクリルのドア無かったよ~」。彼女達は何だか楽しそう。ナースステーションの真ん前がO先生の個室だった。Hさんが何度も口にする、「私のことを覚えていんかったらどうしよう?」、「大丈夫だよ~」、「覚えているわよ!」、「忘れているわけないじゃない!」。入り口には、クリーム色のカーテンが掛かっていた。そのカーテンをくぐって病室に入っていく瞬間、、全員が無言になった。O先生はベッドに寝ていた。病名は脳腫瘍、、。口も利けなくなっていて手や足を動かすのもままならない状態で横たわっていた。皆が順番に名前を言ってO先生に挨拶をしていく。手を握り笑いかけ「私のことを覚えていますか?!」そんな風に声を掛けていく「O先生、お久し振りです!」。。KちゃんやHさんが「さあ、北條さんも挨拶して!」と言った。一瞬、僕は躊躇した。どうしても今の先生の姿を、こんな状態を信じられなくて。どうしたら良いのか分からないまま、「先生、北條です、、元気になって下さい」そう言いながら先生の手を握った。鼻に入った管を自分で引き抜かないように先生の両手には網の目の白い手袋がされていた。。その手袋をした右手で、僕の右手をギュ~ッと握り締めた。先生は僕達の事が分かっていたと思う。もう中々に動かない両手を精一杯に伸ばして動かしてその内に上半身を右に傾けながら起き上がろうとした。。奥様が言った、「最近は手も動かす事も無くなってきていて、、、あ~、おとうさん分かるのね~皆さんが来てくれて嬉しいのね!?」。皆目頭を押さえてすすり泣く声も聴こえた。体格も良くスポーツマンで、、僕に水泳を勧めたのも先生だ、、、シャープな身のこなしが格好良かった先生。ずっと僕の右手を握って離さない。どうしたら良いか分からない、、だけどしっかりしなきゃ。頭の中は混乱してしまい涙が目から溢れてきた。先生が倒れてから一日も付き添いを欠かした事が無いと言う奥様。本当に奥様も大変だ。フッと自分が入院していた時の事を思い出した。世話しに来てくれていた母や家族や親族に見舞いに来てくれていた友人達の姿が頭の中に浮かんだ。堪えてきてるものが堪えてる物が沢山沢山あるよね、、涙が彼女の目にうっすらと浮かんだ。「つい、この間までは元気に自転車で通勤していたのに、、」。先生は車を持っていなかった。お医者さんのイメージはベンツとかBMWに乗っている物。だけどO先生はいつも自転車で通勤していらっしゃったそうだ。沢山のお医者さんと会ってきてるけど、そんなお医者さんはO先生以外に僕は知らない。「去年の暮れに自転車で転んで、、それから調子を悪くして」。堰を切ったように看護婦さん達の口からO先生と日本最初の救急部を作り上げていった時の苦労話や笑い話、医療の現場、、目の前で起きる壮絶な出来事、色々な思い出話が尽きる事の無いように飛び出してきた。自殺を図ってきた人の命をO先生達が大変な思いをして助けた直後にその人は病室の窓から外のベランダみたいな所に移ってスタッフが必死で止める目の前で地面へ飛び降りてしまった人の話やもう想像を絶する患者さんと格闘する話。。僕も、この救急部に一年近く入院していたけど、そんな中で僕達患者さんに接する時は心の動揺を抑えてクールに応対していた先生や看護婦さん達は本当に凄い人達だな、今となってその事を痛感するし尊敬する。何が起ころうと動じないO先生は特に素晴らしい人格者だ。クールと言っても冷たい人って意味じゃあない。そうしてないと、物事が回って行かない。そんな場所なんだ、救急部は。先生の奥様は繊細で優しそうな方。その奥様が「おとうさん、皆さん遠くから集まってくれて!」。その思い出話に奥様も参加してきた。「一度家に帰ってきて、晩酌に焼酎を飲んで食事して、そうしたら病院から電話が掛かってきて、直ぐに病院に向かうんですよ。着替えをしているう内に真っ赤だった顔が普段と変わらない顔になって」。さすがだな~、本物のプロとはO先生や一緒に居た看護婦さん達みたいな人達の事を言うんだよね。奥様が僕に向かって言った。「北條さんの事を時々話していたのですよ。北條さんが結婚する時には私は出席しますよって」。「先生、、ごめんなさい、、未だに不甲斐ない奴ですよ僕は」。そうして皆にこう続けた。「先生からよく心配されたんだよ。君の行く末が心配だって」。「そんな事を言われたんだ」とTSさんが返した。先生との思い出話は、尽きる事が無いようだった。雨が時折ぱらつく少し寒い日だった。。病室の窓の外には曇り空が広がっていた。僕は尿意を催し、「すみません、、ちょっとトイレに」、すかさずTさんが「場所分かる?」、「分かるに決まってるよ、一年近く居たんだよ!」。そうだ、此処は僕が第二の人生を歩みだした此処は僕の第二の故郷かも知れない、、いや、きっとそうだ。とぼとぼとトイレに向かった。ナースステーション横のトイレ。そんな場所さえ懐かしく感慨に浸っていると、若い看護婦さんが患者さんを連れて入って来た。思わず僕は声を掛けた。「僕は以前に長い間この救急部に入院していたんですよ!主治医はO先生だったんですよ!」、「そうなんですか?!」、急にそんな事を言われて驚いたような顔で彼女は僕を見詰めた。でも、そう言わずにはいられなかったのです。そこで働く若い看護婦さんに何かを伝えたくって。部屋に戻ると、看護婦さん四人全員がO先生を囲むようにベッドの回りに居た。現実は人生は残酷だ。その岡田先生は、今は自分で起き上がる事も出来ない。O先生の病室に入ってからもうそろそろ一時間が経とうとしていた。別れの時間だ。皆、名残惜しそうにしながらも、奥様に挨拶をして病室を後にしようとしたら奥様が「これ、つまらない物ですけど」と言ってチョコレートの詰め合わせを皆に一人ずつ手渡してくれた。僕達のお見舞いはTSさんが買ってきた数年も枯れることが無く保つお花のバスケット。「そんなお心遣いは無用なのに」と皆が口々に言ったけど、だからと言って頂かない訳にもいかず受け取った。「先生、又来るね、、元気になって下さい!」「先生の元気なお姿をもう一度見せてください!」。後ろ髪を引かれる様に病室を後にした。HさんとTSさんは、Tさんについて何処かの部屋に行くと言うので僕は旦那さんと経営する病院に戻るというKちゃんを車に乗せて航空公園駅へと向かい彼女と握手して別れてから、急いで大井町の自宅へ向かって車を走らせた。僕抜きでメンバー達が家で録音作業をしているのでもう時計を横目でちらちらと見ながら車のアクセルを踏んだ。だけど、心は防衛医大に残したままだ。又会えたとしてももう一度、、二度は無いな、、そんな事を考えて僕は自分が自分ではないような何だか不思議な感覚に包まれながらひたすら車を自宅へと急がせた。段々と日が暮れてきて外が真っ暗になる六時にやっと家に到着。メンバー達の午後の時間全部を使った結果を聴かせて貰いながらも僕の心は落ち着かなかった。いい感じに仕上がっているなと思いながらも、僕の心は今日の色々な出来事に動揺してまだ揺れていた。終わって三人で食事をしている所に、TSさんから電話が入って「九時半には大井町に着くよ」と報告。九時半に再度、午前中に待ち合わせをしたマクドナルド前で二人と落ち合って北九州に帰るHさんを「羽田まで送って行くよ」と言ったけど、「車だと返って時間が掛かるかも知れないし電車で行くよ」と言われて彼女達を品川駅まで送って行って、そこで別れた。僕の家の録音している部屋を見たかったようだけど、時間が余りにも無いんじゃないと思ったから断った事を今になってから後悔し始めてきた。。五分でも立ち寄って貰えば良かったと。今は、上手くこの話を書き終えることが出来ない。皆に会えた事、病床の先生の手を取れた事、こんな機会をくれたHさんに感謝の意を捧げて三回に渡った思い出の防衛医大日記を終えたい。写真はTSさんが撮ってくれた防衛医大の病棟を後ろにしてHさんとKちゃんとの一枚。TSさんからは、ネットには載せないでねと言われていたけど彼女とのショットは載せないけど、、どうしても一枚だけ載せたくて。TSさん、、ごめんね。。 All my love Hojo
December 3, 2007
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