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今日は、「泉谷しげる with LOSER」 の「90's BALLAD」を聴きました。久々に、泉谷の吠えてるのを聴きました。簡単に、メンバー紹介唄: 泉谷ドラムス、ポンタさんベース、吉田健さんギター、元ルースターズなどの「下山淳」ギター、RCのチャボこと「仲井戸麗市」まず、リズム隊が凄いです。音がいい、呼吸もバッチリ。このリズム隊は、日本一といっても過言じゃないでしょう。二人のギターも、お互いイイ味、出してて、下山さんのセンス。チャボは、う~ん、とにかくイイ感じです。そして、泉谷が吠えてます。明日も、泉谷、聴こうっと!
Oct 31, 2005
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ラプソディーネイキッド実は、まだ聴いてません。楽天のある店で、注文した後で、「在庫切れ」とのメール。かんべんしてよ!だったら、「在庫切れ」って表示しとけよ!このやろう!今日は、子供達のサッカーの応援で、喉が疲れた。体も疲れた。腰も痛い!明日もカップ戦の2日目です。早めに寝ようっと。
Oct 29, 2005
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今日、めずらしく、田舎の兄貴から電話がありました。田舎のローカルな新聞に、NSPの記事が載っていたそうだ。明日、あさっての、29日、30日は、高専祭。オイラの母校の学園祭です。(ちなみに、ウォーターボーイズもやるらしい)その学園祭で、OBであるNSPの天野さんを偲んで、「フォーク喫茶NSP」を開設するそうだ。室内に、写真を展示したり、NSPの曲を流したり、30年前の雰囲気を再現して、NSPの足跡をたどるそうだ。更に、NSPのコピーバンドの演奏や、昔のライヴ映像も流すらしい。久々に高専祭に、行ってみたい気もするが、なかなかねぇ。明日は、子供達のサッカーの試合だし...。そんな訳で、初めてNSPを演奏した頃を思い出した。「昨日からの逃げ道」この曲は、中学2年の文化祭で、初めて人前で演奏した曲でした。2人組のフォークデュオで、友達が、リードヴォーカル&リードギター。オイラは、サイドギター。友達の家(みどり光学社)で、よく練習しました。けっこう、難しいんですよね。オイラは、サイドギターだけど...。この曲は、復活ライヴでは、オープニングの曲でしたね。涙もんでした。近くに住んでる人は、一関高専祭。見てくなぁんせ!
Oct 28, 2005
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昨日の続きの話。ライヴの内容は、おいといて、いろんな人がおりました。オイラの右側のオバチャンは、ちゃんと英語で歌い、ブライアンの弾き語りでの「手をとりあって」では、ハンカチを何度も目に当てて、泣きながら歌っていました。オイラも、ちょっと、もらい泣き。その隣では、息子と思われる中学生くらいの少年が、つまんなさそうに、見てるんだよね。もう!オイラの左後ろのオヤジは、もう、フレディになった感じで、カンツォーネ風に歌い上げておりました。オイラの前の人達は、4人家族で来てたっぽくて、おかあちゃんは、ノリノリで、おとうちゃんは、ずっと、座ってて、子供達は、半分、寝てたんじゃないかな?みんな、いろんな思いで...いろんな、思い出があって...。ほんと、感動!いいライヴでした。特に、ボヘミアン・アプソディは圧巻!感動で、泣いちゃいました。
Oct 27, 2005
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本日(正確には昨日)、さいたまスーパーアリーナでのクイーン+ポールロジャース見てきました。会社を定時で退社し、急いで「さいたま新都心駅」まで行きました。割とスムーズに到着し、ちょっと小腹がすいたんで、駅のコンビニで、おにぎりと小さなお茶を購入。コンビニの前で、むさぼっておりました。すると、ちょっと小走りで、コンビニに入っていった男性。何かを落とした。紙みたいだ。よく見ると、チケットだ!口をモゴモゴさせたまま、チケットを拾い、コンビニに入り、「誰か、チケット落としましたよ!」反応なし。「たった今、この中に入った男性の方。チケット落としましたよ!」反応なし。「自分のチケット、あるかどうか、確認して下さい!」反応なし。何だよ!オイラ、変な人みたいじゃん!「誰か、チケット落としましたよ!」なんか、バカみたい。店員のおねいさんが、「とりあえず、預かっておきましょうか?」しょうがないんで、店員さんに預けちゃいました。チケット落とした奴は、コンサート見られないんだなぁ。バカだなぁ。すんごくよい、ライヴだったのに。コンサートの内容は、まだ初日なんで、内緒の方がいいですよね。これから見る人もいるしね。ただ、ひとつだけ書くと、ステージに、フレディがいたんだ!そう!確かに、いたんだ!
Oct 26, 2005
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本日、ブログ100件目。よくぞ、ここまで頑張った!自分で自分を褒めたいです。さて、100件目という事で、オイラのバンドを紹介します。バンド名は、恥ずかしいんで秘密です。簡単にプロフィール。1983年 10月頃 結成1984年 ポプコン岩手県大会入賞1985年 上京1986年 上京後、初ライヴ 以降、大宮フリークス、新宿ACB等で、ライヴ活動。1993年 この頃より、活動停滞。2003年 大宮ハーツにて復活ライヴ2004年 大宮ハーツにてライヴ。2005年 ライヴ予定なし簡単にメンバー紹介。・唄&ギター まーくん(仮名)・ギター しゅうちゃん(仮名)・ベース みつくん(オイラ)・たいこ まもちゃん(仮名)なんだかんだで、このバンドが1番好きです。ほんと良い曲なんです。そして、メンバーも凄いんです。綺麗な音で、メロディアスなフレーズを奏でるギターは、まるで下山淳か、田中一郎のよう。独特のリズムキープで、シンプルでタイトなドラムは、高橋幸宏さんか、キースのよう。シンプルで、あくまでも底辺で、なにげなベースラインは、ZELDAのチホさんのよう。唄は、もう、自分の世界を持ってます。(実は、ギターも上手い。ビブラートと早弾きはエディのよう)かなり褒めすぎですが、まぁ、100件目の日記なんで、ゆるしてチョンマゲ。若い時に、もっと頑張ればよかったんですが、オイラ、基本的に保守的なんで....サラリーマンになって.....家族を持って....。まーくん(仮名)に、ちょっと悪い事したなぁと思います。彼の才能は、特に凄いんですが....。まぁ、牛のようなペースで活動続けますよ!
Oct 25, 2005
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あの、「ラプソディー」の完全盤が出ます。これは買わなきゃ!だって、オイラが初めて見た、体験した、ライヴなんだもん。オイラが見たのは、1980年8月18日。15歳の夏。ラプソディーと、ほぼ同じ構成。その完全盤だ!広告には、こう書いてある。全ての元ヒッピー達に捧ぐ... 日本のロック史上最高のアルバムの真実が25年の歳月を経て、遂に明らかになる!! 1980年4月5日、久保講堂にて行われた「RHAPSODY」ライウ゛・レコーディングの完全実況録音盤!! この夜にやったすべてのナンバーと、すべてのMCと、すべてのチューニングやインターバル、すべての歓声、奇声も、そこにあるすべての空気が入った、ロックファン絶対的必需超スペシャル・エディション!!「全てはココから始まった...」 初収録の9曲をプラスしたライヴ完全盤。全18曲収録。CD2枚組+ライブ そうだ!全てはココから始まったんだ。これから「楽天」で予約しま~す!
Oct 24, 2005
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昨日、久々にバンドメンバーが集まってのミーティング。オイラの悪友(みどり光学社さん)の家でのミーティング。なにせ、1年半以上もライヴをしてないんです。もう、全員40才以上のオヤジ達。困ったもんです。さて、ミーティングでは、重要な話もあったけど、結局、ただの飲み会。奴の部屋には、いっぱいCD、LPがあって、そこから、いろんなCDを引っ張り出し、いろんな曲を聴いた。コレクターズ、バウワウ、アイアン・メイデン...いっぱい聴いたけど、後半は覚えてない。酔い潰れて、寝てしまった。で、「BLIND FAITH」(スーパージャイアンツ)あのクリーム解散後に、クラプトンと、ジンジャーベイカーが結成したバンドです。奴に「これが、いいんだよ」ってオススメの曲が、「泣きたい気持」でした。これは、オイラの勉強不足で、バンドは知ってたけど、聴いた事がなかったバンドでした。いい感じで、いい意味で余裕があって、ゆったりしてて...。まぁ、オイラのバンドも、牛のようなペースで、ゆったりと、続けて行きたいものです。
Oct 23, 2005
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もうすぐ、来日ですね。来日となると、なんと、20年振りなんですね。フレディと、ジョン・ディーゴンはいませんが....。オイラの場合、クイーンは、好きですが、おもいっきり、思い入れはないし、アルバムは「シアー・ハート・アタック」と、なんかの企画もんのベストしか持ってないし...。ポール・ロジャースにしても、元フリー、バットカンパニーくらいの知識しか無いし、まぁ、「ファーム」のアルバムは持ってるんですがね。こんなオイラが、ライヴに行くんです。以前のブログにも書いたんですが、会社の後輩に誘われちゃったんです。この後輩に、下記のライヴCDを借りました。会社帰りの車の中で、ダイジェストで聴きました。(後で、じっくり聴かなきゃ!)ライヴアルバムなんで、観客と一体になって合唱してて、いい感じですね。オイラの場合、英語が出来ないんで、歌えませんが....。26日、さいたまスーパーアリーナ。ちゃんと予習しなきゃ!
Oct 21, 2005
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久々に、NSPを聴きました。でも、なつかしいNSPを聴く勇気がなかったんで、馴染みのない曲を聴きました。「NSPシングルコレクション」っていう3枚組のCDで、NSPの全てのシングルA面の曲が収録されてます。しかも、発売の順番通りです。そして、全てに、天野さんのレビューが書いてるんで、なかなかお得なアルバムです。1枚目は、「さようなら」から始まって、2枚目は、「面影橋」からで、「シェイキンLADY」って曲でおしまいです。今日は、3枚目を聴きました。3枚目のサブタイトルが「NSPレアコレクション」です。ちょっと、マニアックなB面の曲や、未発表曲が入ってます。そこで、1曲目が「BIRTHDAY」これは、NSP最後のレコーディングの1曲だそうです。(解散する前の話です)ちょっと大人のNSPです。サビの部分が、コーラスなんで、NSPらしい曲でもあります。ほんと、知らない曲ばっかりです。NSPを聴いて...まだ...ちょっと...悲しいって人に...オススメです。オススメって書くのも、ちょっと変ですが...。
Oct 20, 2005
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1988年10月19日の、オイラの日記です。上京して、3年目。近鉄ファンではあったが、未だ生で試合を見た事が無かった。オイラの周りには、近鉄ファンがいなかったし、一人で行っても、しょうがないし...。しかし、今日は、絶対行こうと決心した。ロッテとのダブルヘッダーで、2つとも勝てば優勝なのだ。会社の後輩を無理やり誘い、会社が終わって、急いで川崎球場に向かった。1試合目の結果も知らない。でも、負けるなんて考えもせず、川崎球場に向かった。球場に向かう途中で、1試合目が勝ったことを知った。埼玉の田舎の会社なので、着いた時は、7時を回っていた。なんとか球場内に入り、3塁側の、けっこういい所に陣取った。すでに、3回に入っていて、1点ビハインド。それでも、勝利を信じて疑わなかった。6回表に、オグリビーのヒットで同点。7回表に、吹石のホームランで逆転。そして、真喜志のホームランで追加得点。しかし、7回裏に同点とされる。しかし、8回表に、ブライアントのホームランで逆転。もう、泣いたり、叫んだり、ハラハラ、ドキドキ。ここで、阿波野の登場。しかし、またしても、同点にされる。まさに、一進一退。この後、タッチプレーで、ロッテ有藤監督の長い抗議。ダブルヘッダーの2試合目は、4時間を越えると、次のイニングは無い。延長が無いのだ。10回の表。これが最後の攻撃。先頭バッターのブライアントが、エラーで出塁。まだまだ、奇跡は続くと思われた。しかし、次のバッターのオグリビーが三振。そして、羽田のセカンドゴロのゲッツーで、ジ・エンド。オイラは、放心状態だった。後輩が、「終電が無くなるから、帰りましょう」って言ってきたけど、「イヤダ。最後まで見る」と言って最後まで見た。にわか近鉄ファンは帰り支度を始め、ひどい光景だった。最後の近鉄の守備は、涙で見られなかった。かわいそすぎた。結局、終電が無くなり、大宮までしか帰られなくなって、別の後輩を電話で呼び出し、寮まで帰った。近鉄の初めて見た試合が、伝説の「10.19」オイラにとっても、長い1日だった。この日は、一生忘れない!
Oct 19, 2005
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今夜も「近鉄バファローズ」の話。オイラが、中学3年の時、近鉄が初のリーグ優勝した。その時のメンバーは、衰えてきたとはいえ、エースの「鈴木啓示」ピッチャー陣では、変則左腕の「村田」、変則横手投げの「柳田」、そして「井本」「山口」ら。打者では、ガッツマンの「平野」、「小川」「栗橋」「羽田」「佐々木」「梨田」「有田」そして、赤鬼「チャーリー・マニエル」みんな大好きだった。そして、なにより「西本監督」が好きだった。さて、その時は、前期の優勝で、岩手に住んでたオイラが、ラジオ大阪に周波数を合わせ、ノイズで聞き取りにくいのを、なんとか聞いて、優勝の瞬間を味わった。そして、プレーオフ。阪急に、3連勝して、広島との日本シリーズとなった。日本シリーズでは、2連勝したものの、いろいろあって、第7戦。近鉄は、1点ビハインドで、9回の裏の攻撃。しかも、ノーアウト満塁。そこで、広島は、リリーフエースの江夏の登板。ここで、伝説の「江夏の21球」である。オイラは、当時、友達(みどり光学社さん)の家に行ってて、テレビを見てて、ノーアウト満塁。「絶対、勝った」と信じて疑わず、戦況を見ていた。結果は、すでにご存知の通り、石渡のスクイズ失敗で、ジ・エンド。さて、今朝、ロッテの31年振りの優勝をいろんなニュースで、やっていた。「初芝」のコメントで、朝っぱらから泣いてしまった。カミさんは、「近鉄じゃないのに、泣いてんの?」って、すっかり、ひいていた。この涙は、「ロッテ、よかったなぁ」っていう想いと、「もう、熱い想いで、野球が見られない」っていう悲しい気持ちとで、複雑な想いだった。という事で、「江夏の21球」でした。
Oct 18, 2005
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ロッテのサポーターの皆さん。優勝おめでとうございます。なんてったって、31年振りだもんね。しかし、オイラの場合、野球は好きだけど、もう、心から応援出来るチームが無いのです。ひいきのチームが無くなるって、こんなにもツライとは思わなかったです。だって、約30年も応援してたんだから.....。オイラのプロフィールにも書いてますが、岩手生まれで、埼玉で生活してますが、なぜか、近鉄ファンなのです。しかも、小さい時から...。今日は、その辺の話。オイラの親父と兄貴は、阪神ファン。それがイヤで、とりあえず巨人ファンになったものの、特別な思いはなかった小学生の頃。小学の高学年になった、ある日、親父が、汽車の網棚にあった「週間ベースボール」を拾ってきた。その中で、カレンダーのようなページがあり、各チームの中心選手が載っていた。そこで、「近鉄」のページに、「鈴木啓示」っていう選手が載っていた。投球フォームの分解写真が載ってて、綺麗なフォームだった。そして、次のようなコメントが書いていた。「12球団の中で、左腕のエースと呼べるのは、彼ぐらいだ!」てな事が書いていた。左利きのオイラは、見た事も、聞いた事もない選手だったんで、とても神秘的だった。その数日後、帽子を買ってもらう事になり、デパートに行った。普段は、巨人と阪神の帽子しか無かったのに、なぜか、その時は、12球団全て揃っていた。なぜか、その時、「近鉄バファローズ」の帽子を買ってもらった。岡本太郎デザインの前のタイプだ。それから、この帽子は、オイラのお気に入り。それから、なぜか「近鉄バファローズ」のファンになってしまった。見た事もないのに.....。
Oct 17, 2005
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今夜は、「パール兄弟」の話簡単にプロフィール。'83年頃、バンド結成。ヴォーカルは、「ハルメンズ」の「サエキさん」ギターは、「近田春夫」さんのバックバンドで「ビブラトーンズ」にいた「窪田晴男」ドラムは、忘れちゃった。で、結成当時のベースは「中原信雄」さん。「ヤプーズ」「ポータブルロック」と、かけもちしてたんですが、ちょっと、かけもちが大変という事で、「メトロファルス」の「バカボン」さんが加入してデビューとなった訳です。ちなみに、'85年3月に、サエキさんは、無事、大学を卒業してます。'86年6月「未来はパール」でデビュー。「江戸時代の恋人たち」「バカヤロウは愛の言葉」等のプロモビデオは「手塚真」さんの作品です。「星くず兄弟の伝説」などを監督してて、現在、テレビアニメの「ブラックジャック」でも監督してます。ちなみに、漫画家「手塚治虫」さんの息子でもあります。さて、バンド名の由来ですが、サエキさんが、ギターの窪田晴男さんの事を「パルオ」って呼んでて、「パルオ」だから「パール」。サエキさんと、パルオ。二人共、顔が似てて兄弟みたいだから「パール兄弟」となった訳です。さて、「パール兄弟」正直、ヴォーカルは今ひとつなんだけど、ギターも、ベースも上手いし、楽曲がいいんですよ。「バカヤロウは愛の言葉」は名曲だと思います。「鉄カブトの女」とか、いろいろ面白い曲が多いです。何回か、ライヴも見たんだけど、当時、「リーマンズ」っていうサラリーマンの格好のダンサーが踊ってて、その中に「ラッキー池田」もいたんですよ!楽しいバンドです。
Oct 15, 2005
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戸川純ちゃんネタから、どんどんズレてます。今日、紹介するのは、「沖山優司」さんです。オイラの大好きなベーシストです。オイラは、一応ベーシストなんですが(現在、活動停滞中)、別格に好きなのは「レッド・ツェッペリン」の「ジョン・ポール・ジョーンズ」尊敬してるのは「ZELDA」の「チホさん」そして、こんなベースを弾きたいと思ってて、大好きなのが「沖山さん」です。この人は、もともと「近田春夫」さんのバックバンドをしていて、そのメンバーで「ジューシーフルーツ」でデビューしました。ヴォーカル&ギターは、元ガールズで、ギターを弾きまくっていた「イリヤ」ギターは、「おさかな天国」の作曲者である「柴矢さん」ドラムはちょっと、忘れた。で、ベースが「沖山さん」です。戸川純ちゃんと、お友達ではありますが、直接、つながりは無いのかなぁ?さて、「ジューシーフルーツ」の後、色々なバンドの、お手伝いをしています。特に好きなのは、「サイズ」っていうユニットでの、「レモンの勇気」「ファジィな痛み」などでのベースです。シンプルで、心地よくて、曲の良さを引き出して、やさしい音です。そんな沖山さんの、ソロアルバムが「ミントサウンド」っていうインディーズのレーベルから出ました。’86年頃だったと思います。それが、下記の画像の「箱庭」っていうアルバムです。ゲスト・ミュージシャンとして、「ヤプーズ」の「比賀江さん」作詞家として、「サエキさん」「泉水さん」なども参加してます。オイラの持ってるのは、ミニLPなんだけど、CD化されたのかなぁ?
Oct 13, 2005
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戸川純ちゃんの話から、ちょっとズレますが、本日は、「東京ブラボー」の話。戸川純ちゃんのシングル「遅咲きガール」で、作詞が妹の京子ちゃん。作曲が「小松世周」誰だ!「小松世周」って?という事で、当時、色々調べて、「東京ブラボー」につながりました。ヴォーカルは、DJで、けっこう有名な「高木完」映画「星くず兄弟の伝説」で「久保田慎吾」とW主演もしてました。ギターが「小松世周」こと「ブラボー小松」後に、「マッスルビート」や「SEX」等のバンドを組んでました。オルガンが、「坂本みつわ」っていう女性です。ちなみに、お手伝いで、「泉水さん」がドラムを叩いております。GS風で、グラムロック風でもありました。まぁ、ネオGSですね。下記のアルバムは、’90年頃に買ったと思うんだけど、録音は、’82年頃です。当時、渋谷に「ナイロン100%」っていうクラブ(喫茶店?)があって、(オイラは田舎モンなんで、行った事ないですが...)純ちゃんは、ここに入り浸ってて、この辺の仲間と仲良くなって、で、ここで、「ゲルニカ」のライヴデビューとなる訳ですが、「東京ブラボー」と一緒だったみたいです。まぁ、1度、聴いてみて下さいな!面白いですよ。当時、ラジカセ持って、海水浴のBGMとかで聴いてましたねぇ。ついでに、「加山雄三」のシングルも買っちゃったもんね。
Oct 12, 2005
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戸川純ちゃんの話から、やっとここまで来ました。本日は、「ハルメンズ」の話。簡単にプロフィールを書くと、’80年10月 「ハルメンズの近代体操」でデビュー’81年7月 「ハルメンズの20世紀」発売’82年12月 解散こんな感じです。「ハルメンズ」は、アルバムは2枚、出したものの、サエキさんは、休学してたとはいえ、学生だったし、ちゃんと卒業もして、歯科医の免許も取ってるし、上野さんは、純ちゃんと、「ゲルニカ」始めちゃうし、泉水さんは、「ヒカシュー」やってたし、ライヴも、あまりやらなかったみたいだし、こんな感じです。さて、戸川純ちゃんにハマった友達の影響で、オイラもハマっちゃいました。初期の純ちゃんは、ハルメンズの曲が多くて...。「昆虫軍」「電車でGO」「レーダーマン」「フリートーキング」「少年達」・・・・・詳しく書くと、「ハルメンズ」「東京ホームランズ」「8 1/2」「泉水さんのソロアルバム」これらにも、純ちゃんの曲が、多数あります。(かぶってる曲が多いんですが...)とりあえず、「ハルメンズのアルバムほしいなぁ」と、思ったものの、既に廃盤。当時は売ってなかったです。友達が中古レコード屋で、2万円くらいで売ってるのを見つけて、奴は、買っちゃいましたね。そんな時、下記のアルバムを見つけました。「ハルメンズ・デラックス」まぁ、純ちゃんがブレイクしたおかげで、ハルメンズのベストが出た訳です。これのおかげで、「ハルメンズ」聴く事が出来たし、「ポータブルロック」の「野宮真貴さん」の歌が入ってたり(後のピチカート・ファイヴのヴォーカルですね)、純ちゃんと、サエキさんのデュエット曲「マスクト・パーティー」が聴けたり、ポップで、お得な、いいアルバムでした。今じゃ、ハルメンズのCD、売ってますもんね。
Oct 11, 2005
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本日は、「少年ホームランズ」の話。しかし、オイラはこのアルバム持ってないし、聴いた事もないんです。すみません。このバンドは、ある時は「作詞家」ある時は「歯医者さん」ある時は「パール兄弟」だった佐伯健三(サエキけんぞう)さんのバンドです。さて、サエキさんの周りには、幼稚園、小学校とも一緒だった「ヤプーズ」等の「比賀江隆男」さんが、いたり、中学時代の同級生に、「ポータブルロック」のギタリスト「鈴木智文」さんがいたり。で、高校では、1年後輩に、「ゲルニカ」等の「上野耕路」さんがいた訳です。こんな環境って、凄いですね。サエキさんが、高校に入り、学園祭用に作ったバンドが「少年ホームランズ」当時は、コピー中心の、まぁ、普通のバンドだったようです。その後、サエキさんは、徳島大学に進み、歯医者になるためのお勉強。しかし、夏休みとかになると、各地のコンテストに出たり、地元の千葉でライヴやったり、という活動だったようです。この頃、上野さんは、すでに「8 1/2」をやっていたんだけど、サエキさんの手伝いもしてたようです。上野さんの家では、「パリ美容専門学校」という学校をしていて、そこにスタジオがあり、そこで、練習や録音をしていたようです。ここで、「8 1/2」の録音もしてます。さて、あるコンテストで落ちちゃった「少年ホームランズ」は、落選の怒りから、今までの曲を録音しようという事になり、下記の画像のアルバムを作る事になります。この時のメンバーが、サエキけんぞう(ヴォーカル)上野耕路(キーボード)比賀江隆男(ギター)石原智弘(ベース)泉水敏郎(ドラム)このメンバーが、後の「ハルメンズ」となります。この内容は、サエキさんの「サエキングダム」っていう本から拝借しました。すみません。
Oct 10, 2005
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昨日、「8 1/2」の話を書きましたが、もっと詳しく書こうと思い、レコードを引っ張り出しました。中を見ると、レコードしか入ってなくて、解説もなし。C-Mっていう雑誌を見ても、特に詳しい記事もなし。この雑誌に、ヤプーズのドラマーだった、泉水さんのソロアルバムの記事がありました。このアルバムは持ってないんだけど、ヤプーズのレパートリーである「リズム運動」が収録されてます。泉水さんのプロフィールを見ると、当時のシーンの重要なキーパーソンである事が分かります。’78 8 1/2 結成’80 ハルメンズ 結成 ヒカシュー ファーストアルバム参加’81 ヒカシュー に参加’82 東京ブラボー サポートメンバーとして参加’83 戸川純&ヤプーズ結成。この後、ブラボー小松、久保田慎吾らと、マッスルビートを結成したりしてます。ヤプーズでは、純ちゃんを、後ろから支えてたんですよね。ヤプーズを脱退してからは、よく知らないですが、ヤプーズでは、バンドっぽさを出してたと思います。テクノっぽかったり、ポップな感じの人ではありますが、ライヴでは、ワイルドに叩いてました。という事で、「8 1/2」の唯一のレコードです。
Oct 9, 2005
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戸川純ちゃんのルーツを辿って行くと、童謡から始まります。開放的な妹に比べ、姉さんの純ちゃんは、極端な箱入り娘であり、自閉症ぎみであり、家の中でしか、遊んでなかった。そこで聴く音楽といえば、母親のハナ歌である、童謡だったり、昭和歌謡だったりした訳です。そんな純ちゃんが、ラジオから流れていたピストルズにハマリ、なんとか大学生となり、たまたま、日比谷の野音で、「8 1/2」を見る事になります。初めての日本人のアイドルと思ったそうで、このバンドが、純ちゃんのバンドのルーツになるんでしょうね。で、純ちゃんは、このライヴの、ちょっと後、たまたま、このアルバムを買う事になります。「Tokyo New Wave '79」このアルバムは、5バンドのオムニバスなんですが、「8 1/2」は、3曲、収録されてます。ドラムは、ヤプーズでも叩く事になる「泉水敏郎」キーボードは、ゲルニカの「上野耕路」ヴォーカルは、「久保田慎吾」後に、「星くず兄弟の伝説」っていう映画で主演したりしてます。ベースは、誰だったかなぁ?この時は、ギターがいないんですよね。この何年か後、純ちゃんがブレイクしたおかげだと思うんですが、未発表の音源を集めたミニLPが発売されました。このレコードでは、「少年たち」「踊れない」なども収録されていて、純ちゃんヴァージョンでもお馴染みです。このレコードは、ミントサウンドっていうインディーズレーベルなんですが、このレーベルのおかげで、パンク以外のポップなバンドをいっぱい知りました。ネオGSは、このレーベルですね。さて、未だに、このバンドの正しい読み方を知りません。ハッカ ニブンノイチ なのかなぁ?
Oct 8, 2005
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今日の通勤のBGMは、ヤプーズの「ダイヤルyを廻せ」昨日の通勤のBGMは、ヤプーズの「Dadada ism:」純ちゃんのおかげで、色んなバンドを知りました。純ちゃんに興味を持って、ルーツを知りたくなり、関係のあるバンドも知りたくなり、東京ニューウェイヴ、パンク....。雑誌の宝島で、色々知りました。少しずつ、紹介していきたいと思います。とりあえず、今日は、これの紹介。だんだんマニアックな方向に、行っちゃうかも....。
Oct 6, 2005
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今夜は、なつかしのフォークソング。ちゃんちゃこの「空飛ぶクジラ」です。でも、ほとんどの人が知らないだろうなぁ。「ちゃんちゃこ」は、二人組のフォークデュオで、バンド名の由来というか、意味は、「めちゃくちゃな子」という意味だったと記憶してます。全然、ヒット曲もないんですが、なぜか、この曲は、憶えてます。歌えます。オイラが小学校の高学年の頃の曲だったと思います。作詞・作曲は、「みなみらんぼう」さんで、メルヘンな感じのシンガーソングライターです。NHKの、みんなの歌などで、よく採用されてたと思います。「山口さんちのツトム君」もだったかなぁ?さて、「空飛ぶクジラ」は、タイトルからして、メルヘンな歌です。ちょっと、悲しい歌なんですがね。オイラ、実は、こんな歌も好きなんです。何年か前に、本屋さんで、偶然、こんな絵本を見つけました。おもわず、衝動買いしちゃいました。レコードを探すのは難しいと思いますが、絵本だったら売ってると思いますよ!
Oct 5, 2005
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今日は、雨なのにバイク通勤。ちょっと、急用で、カミさんが車を使うんで...。今日は、カッパ着て、すっ飛ばす。雨のネタないかなぁ。と考えながら、すっ飛ばす。で、思いついたのが、今年のお盆の時に聞いた、いとこの兄貴の武勇伝の話。いとこの兄貴は、7才上。なぜか、誕生日が一緒。ギターが上手いし、体もデカい。ちょっと、ポッチャリな顔なんだけど、今じゃ、お腹もポッチャリ。ちょっとしたプロレスラーみたいです。で、この兄貴の話。とある駅の近くで、たらふく呑んで、酔っ払った兄貴が、駅前で、路上ライヴをしてた兄ちゃんを見つけた。「おぉ!ギター貸せよ!」ビビった路上ミュージシャンは、「どうぞ」と貸すしかない。なにせ、185cm、100kg以上の巨体だ!酔っ払ってる兄貴は、「雨を見たかい」を歌い上げたそうだ。兄貴いわく、「メチャメチャ盛り上がって、やんやの喝采だったぜ!」たぶん本当の話だと思う。しかも、割と、最近の話。オイラも、こんな武勇伝を作りたいです。武勇伝、武勇伝、武勇伝、でんででんでん♪レッツゴー♪さて、「雨を見たかい」この曲は、有名なんですが、詳しくは知らない。世代が違うからねぇ。この曲の歌詞は、意味深で、ベトナム戦争当時の反戦歌のようです。詳しくは、DJロマネスクさんのブログの中の、音楽夜話のコーナーのレビューを見ると、大変勉強になりますよ。なんて、考えながら、すっ飛ばす....。
Oct 4, 2005
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今日も、車の中で、ルースターズの「φ」聴いてました。今夜も、ルースターズの思い出話。ルースターズを初めて見たのは(この1回だけですが...)、84年のロックンロールオリンピックていうロックフェスでした。宮城県の菅生って場所です。その時、出てたバンドは......ちょっと忘れちゃったなぁ。たしか、ARB、子供バンド、バウワウ、グッバイ(野村よっちゃんのバンド).....その他いっぱい。ほんと、忘れちゃった。で、ルースターズ見ました。オイラのお目当ては、違うバンドだったんで、前の方には行かず、端っこの芝生の土手のような所で、寝っころがって見てました。正直、ほとんど憶えていないんだけど、ただ、ヴォーカルが異様な空間を見せてた事だけ憶えてます。なんか、イッてる感じで、客を挑発するでもなく、ただ、淡々と、クールで、シュールで、ほんと、頭が飛んでる感じでした。両手を広げて、片足で、フラフラしてて....何だこりゃその光景だけ、よーっく憶えてます。ほんと、その光景だけ。その後、オイラも一応バンドやってるんだけど、大江慎也のパフォーマンスを真似してました。ベース弾きながら、片足で、フラフラして....。
Oct 2, 2005
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今夜は、ルースターズの思い出。昨日は、「φ」の話を書いたんで、ジャケットは、こちら。さて、あるライヴハウスで、シーナ&ロケッツを見てた時、まん前で、カメラを持った女の子がいました。まるで、カメラマン(ウーマン)のように、すごい枚数、撮ってました。ライヴハウスなんで、前の方は、ぐじゃぐじゃで、ぎゅーぎゅーで、すんごい状態。その女の子は、ヤバイ状態になったのだが、ちょうど、オイラの前になった。オイラは、その子を、守るように、ずーっと、ガードしてる感じになってた。ライヴが終わり、その子にお礼を言われた。まぁ、オイラも勢いで、飲みに誘って、その後も、いろんなライヴ会場で見かけるようになり、ちょっと、仲良くなった。その子は、「ルースターズが1番、好き」と言っていた。その子は、きれいな子ではあったけど、カワイイ感じではなかった。よく言えば、ほんとキレイな人なんだが、悪く言えば、魔女みたいな人だった。鼻筋が.....。しばらくして、結婚すると聞いた。急だったが、出来ちゃった婚のようだった。また、しばらくして、その子の家の近くに行く用事があり、せっかくだったんで、ルースターズのビデオをダビングしてプレゼントした。すんごく喜んでくれたんで、ほんと、良かった。今日、そのビデオでも見ようかなと思ったけれど....。ベータだった。もう.....見られない.....。
Oct 1, 2005
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