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2019.01.26
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カテゴリ: エッセイ
その原因は最近で言うヒエラルキーの中にある。

その場所は、その集団は、何のために存在し、そこにいる人々は何を本分としているのか?
これをないがしろにすることからはじまる。

たとえば学校。
学校は勉強するためにある。
児童・生徒・学生は学力を向上させるためにそこに集う。

しかしその活動の中心単位であるクラスでは成績に関係ない要素でヒエラルキーが構成される。
初期段階は身体が大きい、あるいは腕力のありそうな者、またはそれに準じた付属的要素のある者がその上位を占める。
そしてやがてそれに加えて、外見容姿の目立つ者も上位に割り込んでくる。


そして自分さえ目立てばいい、自分の意見さえ通ればいい、といったクズになる。
クズほどヒエラルキーの頂点にいることも少なくはない。

しかし本来であれば、成績上位者から発言権を持つのが筋である。
なぜなら前述したように学校には勉強をするために通うからだ!

でもそんなことをすれば「勉強が苦手な児童・生徒・学生がかわいそうだ。」という偽善この上ない意見を口にする連中が必ず現れる。
そんな連中に「ならば勉強と全く関係のない要素でヒエラルキーの下層部に追いやられる児童・生徒・学生はかわいそうではないのか!」と私は反論してきたが、明確にその反論を論破した人間は1人もいない。





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最終更新日  2019.01.26 02:49:24
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