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後輩にとって、いま私がやっていることはありがたい指導なのか、まったくありがたくない説教なのか…
後輩の顔色を見て落ち込むことがあるので、私が感じる指導と説教の違いを考えてみました
相手によっては、私が話していると、目がキラキラする後輩と、目になんの表情もなく「無」な感じになる後輩がいます
キラキラする方は、自ら疑問に思っていることや困っていることを私に質問にくるので、その際に私の考えや対応策を伝えると、聞いたそばから目がキラキラし始めます
「わかった」感覚や問題が「解決できそう」という気持ちになるのだと思います
一方、「無」の方は、返事はするものの(失礼な人ではないので)、まったく表情がかわりません
そもそも、その方は日頃から質問してくることがありません
きっと疑問というものがないのだと思います
お気づきの通り、前者の方が圧倒的に実際の仕事の能力や学習意欲が高いです
後者に成長してほしいのですが、意欲も理解力も乏しいので介入がなかなか難しいです
真面目で親切な方なのですが…
お説教やおせっかいにならないために、後者の指導は業務上行われるカンファレンスや勉強会の中で行うことにしました
業務上の必要事項であり、勉強の場なので、お説教されているという認識になりにくいのではないかと思いまして…
実際、本人の理解や成長につながる結果がでるかどうかはわかりませんが
誤りを見過ごし、指導しないわけにはいきませんのでツライところです
求められていると思えば、指導する側もうれしいですし、指導したことが本人の利益になり、成長につながれば、どちらもハッピーなのですが
求められていないとわかっている相手に指導することのしんどさったらありません
指導している最中から、無力感を感じますし
実際、届いてないので結果もでません
結果がでない、本人の利益として受け取ってもらえないと想像しながら指導するのはかなり苦痛です
できればやりたくないのですが…
誤りを放置し、その結果生じるその先の対象者の不利益を見過ごすわけにはいきません
それぞれの長所を生かし短所を補うことを意識して対応していますが、
どこまでを許容範囲とするのか悩ましい限りです
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