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私は、ほわぁ、、、 っとした気持ちで、その話を聞いていた。あぁ、そうなのか。そうか、自分の汚水が海に渡ったら、魚どころか安全な野菜も育たなくなるのか、、、。合成洗剤は使ってない。洗濯からシャンプーまで、石けんをずっと使っている。うん、使ってきているけれど、あぁそうなのか。ここで合成洗剤を使ったら、地球は汚れ、土壌も汚れ、そして安全な食物も消えていくのか、、。わかっていたつもりだったのに、目からうろこだった。地球にとって、けしの実よりもずっとずっと小さな自分。そんな極極小さな自分でも、地球の環境に影響を与えている。いくら遠くにきれいな水を見つけても、自分の足元から、飲めない水はどんどん広がっていくんだ、、、。少しずつ、私はわかっていった。そうか、そうなんだ。 有機農業の意味って、そういうことだったんだ。有機農業自体、が問題ではないんだ。有機農業の目指すところ、が価値なんだ。住みやすい地球であること。住んでいる地球を守ること。それは、自分たちが生き、次世代もその先の次世代も生きていくことのできる地球を作るため。そのために、有機農業は存在しているんだ。。。
2004年06月14日
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彼の話は、こうだった。『みんなさ、水買うじゃん。安全でおいしい水が欲しいって思って、水買うんだろ? なのにさ、なんで、飲めないような水にしてしまったのは自分たちだってこと、考えないんだろう、、。』私の言葉がでないまま、彼の話は続いた。『水もそう、野菜も魚もそう。みんなさ、おいしいもの、安全なものがいいって思うだろ? でもさ、じゃぁその野菜が作られているのは何なの? 魚が生きているのは何なの?って。』『それは水だろ? 水が海に流れ込んで、それが雨になって土に戻るってみんな知ってんだろ? 野菜のためにも魚のためにも、きれいな海がいいよね? なんだからさ、自分たちの排水をできる限りきれいにして、もっと魚が住めるように、おいしい野菜が育つようにって、ふつーさ、そう考えるだろ??』言葉が出なかった。それはその通りだよね、なんて簡単なセリフも思いつかなかった。それって、それって、、。『俺思ってんだけどさ、有機農業を広げるのはいいこと、とは思うけど、それだけじゃ、片手落ちだろ? 有機野菜を買いながら合成洗剤使うとかっていうのはさ、自分は汚水を作って足元汚しておいて、水も野菜もどっか別のきれいなところからご購入、なんて、間違っとるだろーが? 有機農業をする、水を大切にする。それらはすべて、自分たちが生きていくために必要なことなんだよ。地球が汚れていったら、自分たちに跳ね返ってくるんだよ。すべて自分たちで作り出してるって、なんで思わないんだろう。。。』
2004年06月13日
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有機農産物の流通会社で働いていた頃、一番好きだった仕事は、会社で発行しているニュースペーパーを書く仕事だった。栄養士をしていたからか、その仕事は入社してすぐに、私のところに回ってきた。『慣行農業を非難せずに、有機農産物の優位性を書いて。』つまり、農薬が使用された野菜の危険性は書かずに、有機野菜のよいところを科学的に書いて、ということだった。編集長に資料をもらい、栄養素が優れていること、味覚の官能検査でもおいしさが証明されていることなどを調べては書き、連載になった。・・・・が。その仕事を引き受けてから、私の中で疑問が生まれた。 なんで、有機農業が、いいんだ??それまで、疑いももたずただ、有機農業っていいんだと、思ってきた。おいしいし栄養満点だし、食べる人も作る人も安全な農業。昔ながらの農業。そうだよね、だから広めた方がいいよね。うん。そう思う、そう思ってきた。そうだよね。。。・・・・でも、でも。 それ、だけ?? 有機農業の価値って、それだけなの? あんなに苦心している生産者が取り組んでいる意味って、それだけなの???・・・・調べても考えても、答えが見つからない。会社の方針は、有機農業を広めること。上司たちにも質問しまくった。『安全でおいしいから』『作っている人の思いがあるから』『作っている人たちが魅力的で、その人たちとの平和な輪を広めたいから』いろんな答えがあった。それも、いいと思う。うん。でも。。。わからなくなった。なんで、自分が有機農業がいいと思っているのか。有機農業の価値って、なんなのか。。。同僚にその話を聞いたのは、部署も変わり、原稿書きの仕事からは離れた後だった。有機農業の話をしているとき、ではなかった。多分彼は、日ごろの自分の疑問を、ちょっと口にしただけだったんだと思う。『なんでみんな、水のことを、考えないんだろう・・・』 続く
2004年05月22日
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姉に連れて行かれた講習会は、中医学、つまり中国の医学の講習会でした。そこに講演にこられていたのが、幕内先生。そう、『粗食のすすめ』で有名になった方です。そこで、ご飯をたくさん食べて、昔の食生活に戻ることが大事なのだーー!っと聞き、またその迫力にびっくり! ・・話がずれますが、幕内さんの講習会、機会があったらぜひ行ってみて!大迫力の講演はかなり楽しめるはず!・・・ そのあとから、マクロビオティックなどを読み漁るようになった。薬膳関係も漁って読んだなー。そして卒業する頃には、『健康を作る食事は素材から。』と思うようになった。いろいろ読み漁った中で自分にぴったりしたのは、日本の食養生だった。大根のエキスはのどにいい、という感じのもの。こういう、食物自体の力についてが、自分の一番の興味の原点、になった。その後、学生寮の栄養士をやったりオーストラリアで食事のボランティアをやったり、有機農産物の流通会社で働いたり。その間、私の心を占めていたのは、『食べ物の力』をもっともっと知りたい。もっともっと人にも伝えたい。自分の人生に、そういう役割を持っていたいということだった。・・・・ 今も、そう思ってます。そう思っては、いるのだけれど。でもね、会社を始めて店を作ったのは、もっと違う理由です。もっと違うレベルのことを、その後知ったからです。ここからが本論。はい、長かったですねー読んでくださった方、どうもありがとう。次からが、本論です!ふふふ。
2004年05月20日
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小学校の給食は、自校式だった。自校式だった人は同じ記憶があると思う。おかずを配り終えて足りなくなると、当番がおっきななべを抱えて『4人分くださーい!』っと給食室まで取りに行った。すると、給食室ですでに食べ始めているおばさんたちがでてきて、がばがばっっと分けてくれる。あの頃、給食室に行き、食事中のおばさんたちの笑い声を聞くたびに、楽しそうな仕事だなーと思っていた。給食嫌いだったのに、その笑い声がすごく心に残り、大きなしゃもじや大がまに不思議な憧れを持ったりした。そんなことを、『レモンはビタミンC!』の授業のときに、ふっと思い出した。すっかり忘れていたあの楽しそうな風景。大きなしゃもじと楽しそうな笑い声・・。資格のある職業。興味のもてること。今面白いと思えることは・・・。 それらをくっつけたのが、私にとっては『栄養士』だった。栄養士なら、資格職で『レモンはビタミンC!』なんて勉強をすればいい。で、学校に入ってあの笑い声のある給食室に入るんだ!! すっかりその気になり、栄養士を目指すことにした。高校を出たら学校にはもう行きたくなかったのに、またまた『栄養士を目指すならただの栄養士ではそのうち職につけなくなるから、管理栄養士をとらなきゃだめだ』なんて声により、管理栄養士となるため大学を目指すことになった。時はたち、大学で管理栄養士となるべく勉強。が、進むうち、どうも納得がいかなくなってきてしまった。『レモンはビタミンC!』確かにそうなんだけれど、レモンの価値って、それだけなの?? ビタミンCが足りない人は、レモンを食べていれば健康になれるの?? どうしてか理由もわからなかったのだけれど、な~んか違う気がしてならない。なんでだろう? 栄養学ってそんなもんなのかな??その不満あたりから、どんどん他のものを見ていくようになった。そして、ある日姉に連れられて、中医学の講習会にいった。そこで聞いた講演が、、、。 つづく
2004年05月06日
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オーストラリアに渡ったのは、本当は『だだっぴろいところにいる羊と暮らしたい!』と思ったからでした。『だだっぴろいところに羊がたくさんいる』のはお隣のニュージーランドで、オーストラリアはまるで違う国、ということに気づいたのは、西の都市パースについた後。なーんで何も考えないですこぶる楽天的に安直にきちゃったんだろう。。と本気で泣いたけれどもうそこはオーストラリア。 私のオーストラリア時間は、そんなことから始まったのでした。ブリスベンのちょっと南に、熱帯雨林の国定公園があります。住み込みの農家を探して電話リストからせっせと電話をかけていたのは、ちょうど6月。渡ってから3ヵ月後のことです。たいした理由はなく突然東方面にいきたくなり、これから冬支度~そんなとき、電話先の紹介で、その国定公園に住む農家に住み込みの了解をもらったのでした。『これで、ハイジの世界のような暮らしが始まる!』だいたい安直で能天気な私の国定公園生活の、始まりでした。 つづく
2004年05月04日
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あまり、、というよりかなり学校嫌いだった私は、高校にいくつもりはなかったのに、『高校に行ってから看護学校に行ったほうが早く正看護婦になれるから、高校行ってみたら?』(当時は離島の看護婦になるというのが夢だった)という言葉により、高校に行った。そして高校に行き、まず、自分は看護婦に向いていない、ということがわかった。当時学校の図書館には、『~~になるには?』というシリーズがたくさんあり、『看護婦になるには?』というのをいくつか読んだが、どれも、看護婦には、とっさの判断力と機転のきく人が向いている、と書かれていた。 機転・・・。あー。私は、きっとだめだ。。その頃は、資格を持つ職業に就かなければ、という強固たる思いがあり、資格のある職業で、興味のもてそうなものは、、と考えていたとき、珍しくとても楽しい授業に出会った。それが、家庭科。『レモンはビタミンCが豊富です!』という、今聞くと『それで?』といいたくなるようなどうってことない内容がとても新鮮で、どんな授業よりもわくわくしてちゃんと聞いていた。 そしてそれが、小学生だった頃の夢を突然思い出すことに、、。 つづく
2004年05月03日
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私の場合は、いつの間にか、ひょこっとなっていた。うーん、いつが転換期だったんだろう。自然食品店のオーナーに、私がなるなんて。ねぇ。小学校時代。かなり偏食。肉はひき肉のみ、魚・野菜果物もだいたいだめ。好物はご飯と納豆と牛乳。母の手作りプリンより森永のプッチンプリン。そしてイシイのミートボール! いわゆるとても子供らしい子供で、自然食の傾向なし。中学時代。評判どおりおいしくない給食にいつも気が重かった。給食の時間が何しろ嫌いで、食事って錠剤で済ませられたらいいのになー、なんて。一番、食に興味のなかった時期。高校時代。ここで、食品への道を選ぶことに。そんなきっかけは・・・。 つづく。
2004年05月02日
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つなわたりって、サーカスの綱渡り。それをやってる気持ちを想像する、というか思い出すことが時々あって。昨夜は久しぶりに、綱渡りを思い出していた。綱渡りをしたことはないのだけれど、飛べる!っと思うと飛べちゃう!ようなニュアンスで、下が綱だってことを忘れて歩いていると渡れちゃう、っていう感覚。そういうのって、、私にはとても幸せな感覚なのだけれど、人にとっても伝えずらい。誰かと、この話をしたいんだけどな。誰かいないかなー。
2004年05月01日
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有機業界の老舗がつぶれたんですね・・・なんだかショックでした。この気持ちはうまく言えないんだけれど、、、ぽかっとちょっと小さな穴があいたような。会社を作ってからじき一周年。店をはじめてから半年。会社員だったころと変わったなーと思うのは、こんなときです。社長はどうしてるんだろ?従業員は?負債は?っと、、。うーん。うん。がんばらな、ければ。ね。
2004年04月26日
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今日は、ビアンキを友人にあげました。というか、お下がり、としてだけれど。このマウンテンバイクを買ったのはちょうど10年前。初年度給料の中で二番目に高い買い物でした。その当時は浦和の土手沿いに住んでいて、5時になると仕事はきっぱり終わり、食事の時間までのんびり♪という生活。(住み込みの特権) 住んでいた寮にマウンテンバイクをとても上手にのる子がいて、教わっているうちに欲しくなって。あのきれいなエメラルドグリーン色と、ちびの私にも乗れるサイズだったのが気に入って買ったんだよね。一人で土手沿いに練習にいき、トラックからはみ出た針金に巻きこまれてジーパンずたずたで血だらけになって寮に戻ったことも・・あったな。そんな懐かしいことも遠くなり、すっかり乗らなくなったものの引越しのたびにせっせと運んでここまで。泥除けもスタンドもかごも鍵もない自転車。直して乗ってくれるなんて、友人にありがとう、です。行き先の決まったビアンキに、びっくりするぐらいホッとした今日でした。
2004年04月25日
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久しぶりに、織物を始めたいな~っと思っていた。。。うん。知り合いに借りた糸紡ぎ機も、今度こそちょっとずつやっていくぞ~っと。 ・・・そういえば冬になったときも、この冬は編み物をやろーっと思った。思ったのに、鈎針マフラーをひとつ編んだだけで終了しちゃったんだった。そうだった。趣味! といってこれといったものはないんだけれど、手芸類は長く続いている。仕立て屋の娘だからね~♪ なんて、洋服類は全く作れないんだけどね。 こんなこと言ってないで、さっさと紡ぎ機の手入れをしなきゃね。春はまた、しばらくこないのだから。
2004年04月24日
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本当にもう、決心したのだ! 食生活をきちんとしようって。。自然食品屋をやっているのに、自分の食生活は不規則極まりない。まともなものを二食食べたらすばらしい! って状態で、夕方までろくに食べなかったり途中でパンつまんでごまかしたり・・。この数年で、結構いろんな病名を授かった。わりに立派な病気から、普通は子供がかかるんだよね~なんてものかわいい♪ものまで。それもこれも、もともと欠陥品のような体に加え、体の声なんて全然聞いてないからなのだ。もうもう、決心した! どんなに忙しくてばたばたしていても、どんなに疲れていても、ちゃんと食べるって。手始めに、とりあえずたくさん玄米を炊いた。玄米ごはんさえあれば、あとはゆで野菜を食べていれば私はわりに満足。よーーし! がんばるぞ。 あしたから。
2004年04月19日
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本 のページを作りました。本を手放せなくなったのは、高校の頃から。あの頃は~そうそう、太宰先生が発端かな。志賀直哉・横光利一の二人が大好きで、芥川様と夏目様なら芥川様、洋書ならサリンジャーの『フラニーとゾーイ』。これは特に『ゾーイ』が好きで、覚えるくらい読んだな~。『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』も。 こんな文章を書ける人が今生きているんだー!っと。(当時はご存命でしたが今はどうなんだろう?)あの頃は、学校さぼって一人マックでこれらの本を読む、っていうのが、自分のスペシャルタイムだったんだよね~。
2004年04月17日
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このしつもん、私が20代初めの頃に、一時はやったのです。それを昨夜眠りに落ちる前、ふっと思い出した。その頃聞いた友達の答えは、全く覚えてない。覚えているのは、自分の答えだけ。そしていまさら、いろんな人の答えを聞いてみたいな~って思った。みんなは、どんなことを思いつくんだろ。生まれ変わったら何になりたい? って聞かれたら。今私も、また考えてみた。でも、やっぱりこの答え。10年も経っているのに。。。私は生まれ変わったら、次は、ポプラ並木の木になりたい。うん、やっぱり変わらない。みんなの心には、何が浮かぶんだろうな~。
2004年04月16日
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・・ってメールが、友達からきました。うーん唐突なメールだ。。 自分の基盤、心のはり、って意味です。うーん。今の私は、森の中に暮らしている自分を想像すること。 かなぁ。 全く形にもなんにもならないけれど、でもそのわくわく感に、私は支えられている、気がする。以前、オーストラリア国定公園の森の中に、ちょびっと暮らしていたことがあって、それはわくわくな毎日だったのだけれど、ま、そんなに大業じゃなくって、小さな森で暮らしたい、ってだけなんだけれどね。オーストラリアでの日々については、またどこかで☆
2004年04月15日
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今日の夕食は、明日葉! 昨日、知り合いの自然食品店のオーナーにもらったものです。これーがおいしかった♪ ささっと湯がいて、ごま油でいためただけなのだけれどこの苦味がたまらない☆☆ 春はやっぱり苦野菜~! 春、というか年中無休でニガヤサイが大好物なんだけれど・・・。実は、この農家さんを紹介してもらう、ってことでもらった明日葉。20年以上無農薬栽培をしている80歳のおじいちゃん作、なんだそうだ。次の店休みには畑の行こうと決意! そんな、うふふ♪な明日葉、なのでした。
2004年04月14日
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