6月15日の日本老年学会では死の臨床的問題についてシンポジウムが設けられ討議されました。私も出席し刺激されてきました。 高血圧になると臓器合併症が進行し生命予後がわるくなります。その進行を抑止することが大事な訳です。しかしヒトは死が避けられません。本邦においては死についての教育が十分ではないようです。ドイツなどではDeath Educationが行われ、小学校の頃から死について語る授業があることも聞いたことがあります。死は生き物であれば受容せざるを得ないものです。英国の聖書には”In the midst of life, we are already dead”〔生のさなかにあって我既に死したり〕という有名な一節があります。生きる過程そのものが死に行く過程であるということを言いえているように思います。死についての議論は家庭、学校、社会、医療においてもっと自覚し意識してなされるべきと思います。 ヒトは癌、感染症、事故以外は、メタボリック症候群を基盤にした動脈硬化性病変による臓器不全により死に至るように思われます。死についての議論がなされる疾病基盤はすでに日本にも十分あるわけです。