牧師雑感

牧師雑感

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

エリムエコー

エリムエコー

Favorite Blog

さくらカンパニー  さくらコポさん
虹色のパレット カズ姫1さん
パスターハリー(Past… パスターハリーさん
コスモスさんのひと… コスモス5118さん
あっちゃんのつぶやき 信ちゃんママさん

Comments

きみは愛されるため生まれた @ Re:お祈りのお願い(03/16) 初めまして。聖句を探していてここに辿り…
青丹芳 @ Re:生後一カ月の男の子を残して交通事故死(06/13) わが友へのお祈り、ありがとうございます。
エリムエコー @ Re[1]:三拍子そろった幸せを(08/09) チェリー・ちぇりーさん >はじめまして。…
チェリー・ちぇりー @ Re:三拍子そろった幸せを(08/09) はじめまして。 「牧師」さんなのですよ…

Freepage List

2011/01/05
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 昨日は、大塚国際美術館が休館で、予定を変更し賀川豊彦記念館を訪ねました。ボランティアの名札を付けた方が、説明をしてくださいました。

 来館者も一人もなく、詳しい説明に賀川豊彦の膨大な貢献に感動しました、少し時間も気になり説明をはしょってもらいましたが、帰り際にいただいた名刺で、田辺健二館長と分かり、館長自らのボランティア説明に感謝しました。

 パソコン検索を転載します。

鳴門市賀川豊彦記念館は、賀川の活動をテーマごとに写真パネルや年表で紹介している。

 第一展示室では、賀川とふるさと徳島の関係を重視し〈1.生い立ちとふるさと徳島〉というコーナーを設けている。
 賀川は神戸で生まれたが、幼くして両親に先立たれた。4歳から16歳までを父の故郷徳島ですごす。彼の人格や思想の原点はこの時期に形成されたものであったと考えられる。

第二展示室では、
〈2.死線を越えてスラムへ〉
  神戸での貧民救済活動。

  賀川は社会運動の先頭に立ち社会悪と闘った。
〈4.理想社会の建設を目指して〉
  愛と相互扶助の精神による協同組合をもって、理想社会の建設を目指した。
〈5.戦後の日本再生に向けて〉
  第二次世界大戦後の日本再生に貢献し、さらに国内外の平和運動を展開した。

〈6.世界平和を求め続けて〉
  世界連邦国家建設運動を起こし、核兵器廃絶・憲法擁護の運動を行った。
〈7.「愛」の教育者-魂の彫刻-〉
  賀川は実践を伴った愛の教育活動を行った。
〈8.賀川ハル-夫とともに-〉
  賀川の活動における妻ハルの役割。

  超人的な多作、それによって得られた巨額な印税は彼の社会運動や事業に注ぎ込まれた。
〈10.世界的な活動の足跡〉
  賀川が世界で訴えたこと。
賀川の諸活動や世界的活動が時代背景を考えて展示されている。

2階 第3展示室

 また、賀川豊彦関係のビデオテープ(映画『死線を越えて』他)や、カセットテープ(講演録音)などを視聴できる。



第一次世界大戦で日本は、ドイツの植民地であった中国山東半島の青島でドイツ軍と戦った。
戦いに敗れたドイツ兵は日本に送られ、各地の俘虜収容所で数年間を過ごす。鳴門市にあった坂東俘虜収容所は俘虜に対する人道的扱いで、後年有名になる。
第二次世界大戦当時、日本軍の捕虜になった兵士への虐待、現代でもイラク戦争におけるアメリカ軍の捕虜虐待にみるように、捕虜虐待は軍隊と戦争が存在する限りなくならないであろう。
それでは、なぜ坂東俘虜収容所は人道的収容所となったのか?
鳴門市はドイツリューネブルクと姉妹都市になり、収容所を記念する鳴門市ドイツ館が建設され、今なお交流が続いている。


 隣接した場所に、「坂東俘虜収容所」がありました。「バルトの楽園」と言う映画で感動したことを思い出し見学しました。

 第一次世界大戦にドイツの租借地の青島(チンタオ)を日本が攻撃して敗れた際のドイツ兵約5000人が俘虜となり、1917から1920年までの3年間を坂東俘虜収容所で過ごしました。

 坂東収容所生活は、ドイツ兵んとって俘虜の身ではありましたが、比較的自由で演奏会の練習、読書やゲームを楽しみ、日常的に地域の人々とのコミニュケーションがあったようです。

 牧畜・建築・音楽・スポーツ・西洋野菜栽培など進んだ技術や文化の指導を受けることが出来て なかでもベートーベンの「交響曲第九番」を日本で初めて全曲演奏した場所がこの地域だったのっです。

 俘虜であることに変わりがないけれども、第二次大戦の日本軍捕虜収容所や日本軍兵士の戦陣訓の悪評に比べれば、雲泥の差があるように思いました。

映画、バルトの楽園では主人公の所長、松江豊壽(とよひさ)の人格が影響したことが、ほかの俘虜収容書との違いを明確にしていました。収容所の資料にもそれはシッカリと記録されており、人間を人間として対処した松江豊壽の高潔な人格が伝わるようなドイツ館でした。

 朝5時20分に出発して、帰宅したのが午後6時、一人で12時間も走り続けのドライブでした。

ヘブル人への手紙

13:1 兄弟愛をいつも持っていなさい。

13:2 旅人をもてなすことを忘れてはいけません。こうして、ある人々は御使いたちを、それとは知らずにもてなしました。

13:3 牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。

13:4 結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。寝床を汚してはいけません。なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行なう者とをさばかれるからです。

13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」

13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」

13:7 神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。

13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。

13:9 さまざまの異なった教えによって迷わされてはなりません。食物によってではなく、恵みによって心を強めるのは良いことです。食物に気を取られた者は益を得ませんでした。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2011/01/05 02:45:42 PM
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: