proud じゃぱねせ

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親父の犬


尤も私が生まれる前の話だが、、、
親父と母ちゃんは私たちが小さい頃、よくモグの話しをした。
ある日何処からか出てきた写真に、
親父や、その仕事仲間達と写っていたモグは、
親父の側にぴったりと寄り添った、白くて、ちょっと毛の長い、
中型の雑種の犬だった。

多分、親父が何処かの林道工事かなんかの間に、拾ってきたんだろう。
その頃飯場で生活をしていた親父と母ちゃん。
元々動物が大好きで、当時母ちゃんとの間に子供のいなかった親父は、
その犬を飼う事に決めた。

その可愛がり方は、当時も今も親父の元で働いている人達には有名で、
現場に行くのにも、里帰りで山形に行く時も、寝る時も、
挙げ句の果ては風呂に入る時もモグは親父と一緒だったらしい。

人一倍可愛がられれば、人一倍なつくのが動物。
親父がトイレに行っただけで、モグは親父を探して、
あっちこっちと走り回り、
四つの個室があったボットン便所にも現れ、
ドアを一つ一つノックしたそうだ。
結局その内の一つに親父がいる事が分ると、
ドアを開けてくれるまで吠え続けるので、
モグの鳴き声で、親父が何処にいるか、
皆に判ってしまうほどだった。

母ちゃんが親父と出かける度に、
車の助手席のドアを開け、乗り込もうをすると、
モグは思いっきり牙をむき出して、がるるるぅぅぅ。
「お前はここに座るな。」とでも言わんばかりに、
自分が助手席にちょこんと座った。
母ちゃんは、その度に「くぉの野郎ぉ。」と思いながら後部座席に座ったそうだ。

親父がモグを散歩させていると、
いつも通る近所のある家に、とっても獰猛な大型犬いて、
物凄い勢いで家の柵の中からモグに向かって吠えるんだそうだ。
モグはかなりビビっていて、尻尾が両後ろ足の間にくるんと入ってしまっていた。
親父は、いつも「この腐れ犬。うるせぇ。」
と柵を叩いて脅かしたそうだ。
(ああ、大人気無い。)

しかもその犬、時々繋がれもせずに通りに放されていた。
そしてモグに何度となく飛び掛かかった。
二本足で立ち上がると親父よりも背が高くなるその犬は、
モグの首に、尻に容赦無く噛み付いて、モグを振り回したそうだ。
親父は、ビビりまくるモグを引きずって一目散に家に帰って来た。
さすが田舎。さすが昔。飼い主も謝りに来なければ、
親父も、近所の人も文句も何も言わなかったそうだ。

親父は考えた。
あの野郎、俺のモグに今度飛び掛かってきたらただじゃおかねぇ。
そしてある日、親父は単管パイプ(鉄パイプ)を短く切ったものを、
自分のニッカ(土方や大工の人が着る作業ズボン)の中に忍ばせて、
散歩に出かけた。

案の定放しがいで、モグに飛び掛かってこようとしたその犬を見つけ、
親父はニッカから単管パイプを抜き出した。
ドカッ、ボスッ、、その犬が攻撃を止めて家に逃げ帰るまで、
何発かお見舞いしたそうだ。
家の柵の中に、キャンキャン鳴きながら逃げていく大型犬を見送ると、
親父は言った。
「モグ、もう大丈夫だ。俺がやっつけてやったからな。」
それ以来、その犬が柵の外に放されている事は無かったそうだ。

モグは、それからうちの姉ちゃんが生まれて6ヶ月になるぐらいまで、
親父と一緒にその飯場にいた。

ある日、親父が近所の夜勤の現場を見る為に、モグを誘うと、
いつもより眠そうで動きの悪いモグが、
親父がドアを開けた助手席に、いつもより重そうに飛び乗った。

親父が現場を見てまわっている間に、その辺で寝てしまったモグ。
よっぽど眠かったんだろう、
ダンプがバックしてくるのに気付かずに、
親父の「モグ、あぶない!!」と叫ぶ声も聞こえずに、
モグはダンプに轢かれて死んでしまった。

親父は血だらけの、もう息をしていないモグを抱きしめて、
疲れていたモグを無理矢理現場に連れてきた自分を責めて、
ここでも人目を憚らずに大声で泣いたそうだ。

その晩、親父は一睡もせずに、モグの傍らに座っていた。
翌日、近所の山の中にある、
そこから親父の飯場が見渡せるみかん畑に、
大きな穴を掘って、
「モグ、ここからなら、いつも俺が見えるだろ」、と言いながら、
モグを大事に埋葬した。

たくさんの花と、たくさんのお菓子、
そしてたくさんの線香の煙に囲まれたモグの墓は、
まるで人の墓の様で、
笑い話のようだが、その日の夕方に警察から呼ばれ、
人が埋まっていると疑われて、
一旦、墓を掘り起こさせられたそうだ。

親父にとってそれはよほどショックだったのだろう。
それ以来、うちでは犬を飼う事は厳禁である。
幼い頃はどうしても犬が欲しくて、
よく姉弟で親父に食ってかかったが、

親父は一言、
「死んじゃったら辛いぞ。」
と寂しそうに言っていた。



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