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ここまで白く輝く空は初めてだ。つい数時間前までどこまでも深いところで迷子になっていたとは思えないくらいに。ゆっくりと敷居をまたぐ。音はあれども、まるでそれを禁忌とでもいうべきかのように疎ましい。もっとも、この場で憎むべきは沈黙にもかかわらず。寂れた壁に立てかけてある温度計が指し示すはセ氏30度。もぅ、立秋も近いというのにこの気温。その外界にもかかわらず、自分は仄かにすべるような鳥肌が立っていた。むしろ、うっすらとかいた汗が暖かい。前の人に習い、僕は す、と目の前に座ると”彼”の前で手を合わせる。そう、これは儀式なのだ。”彼”がもぅ動かないという事を認める儀式。まだ、目の前にいる”彼”を”有る彼”に書き換える通過儀礼。うっすらと立ち込める香の煙は”彼”を白く染めて、物に変えてしまった。それは妙に現実感のない幻のようで、悪夢なら、幻覚ならさっさとさめてくれ。心のうちで叫ぶように目をつぶる。闇の中で感じ取れるのはすすり泣く嗚咽とそれをまたひきたてる香の香りのみ。こうして、なかなかどうして目頭が熱くならないのは自分が冷めているだけなのだろうか?はたまたこれを夢だと無為はとち狂ったように妄信しているからか?静かに目を開けても見える景色は変わらない――――――――――――――――――”彼”のその手を握ってみても、それは冷たく有るだけ。「大馬鹿野郎。」胸のおくからやっとのことで出たそんな言葉は、ゆがんで吐き出されて、音もなく―――――――――――散った。 *まだその画が像にならないくらいに視界が歪んでいる。ぐいっ、とそでで拭う。少し…落ち着くと、また現実はまたそこにあって幻は見えないところに逃げてしまっている。通過儀礼がすんだ以上、幻にすがることは許されない。じぶっは手近な者に買い物に行くことを手短に伝えると、ふらふらと玄関に向かう。「私も、いく。」後ろから呼びかけられた声は擦り切れた靴紐のような声で。いつもの彼女の声とは程遠い。むしろ別人のように思えたので、彼女を見てみれば。そこに有るのは黒曜石のように大きく、深い瞳と、悲しみにぬれてはいない悲しみだった。きっと、それは元の用途を果たしてはいなく、ただただ移るものを垂れ流しているだけなのだろう。だから、じぶんは何もいわず靴を履くと、いつも気にしていた、綺麗な前髪を見るしかできなかった。 *聞こえるのは蝉の声。自らの命を削り取って、叫んでる。その魂の歌にせかされる様に自分たちは歩を進める。痛々しいくらいの無言は常に覆いかぶさったままで。気の利かない言葉は、喉に出掛かって、消える。
January 24, 2006
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