碁法の谷の庵にて

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2024年11月22日
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第一東京弁護士会の弁護士が、 特殊詐欺で逮捕・勾留されていて接見禁止中の被疑者に、「弁護人となろうとする者」で何度も接見して業務停止の懲戒処分になったというニュースがありました。
弁護士向け官報「自由と正義」に掲載されたのを契機にちょっと記事を書かせて頂きます。


担当していたのが特殊詐欺と言うことで、この弁護士は俗に 「鳩弁」 などと呼ばれる 「特殊詐欺組織内での連絡担当役」となっていた可能性が強く疑われます。

この弁護士が、「特殊詐欺の連絡役としての悪意」があったかどうかは分かりません。
この弁護士に報酬を払っていた依頼者について、 「ただ単に被疑者の友人・家族だと聞いていたので、それを信じて延々と接見をし、当たり障りのない情報を伝えていた」 という可能性もあるのでしょう。「自由と正義」の記載を見る限り本人の主観面は特に認定されていません。
しかし、記載がない部分を最大限善意に解釈しても、脇が甘すぎたと感じます。
仮に連絡先をやってやろうという悪意があったのなら、業務停止など手ぬるく除名処分一択でいいとすら思います。




「私選弁護活動が隠れ蓑になるならば、私選受任にも制限を設け、国選のみにすべき。十分な弁護活動のできない国選(鑑定費用などが出ない)に絞るのも、犯罪組織の手先の弁護士が押しつけられるのを防ぐためにやむを得ない」
「もちろん当番弁護活動などもダメ」

と言う方向で話が進んでしまったとしてもおかしくないと考えています。


被疑者被告人からしてみれば、 「逮捕されてまで、手先の弁護士を使って詐欺組織に監視されてる!!」 という恐怖心を覚える可能性があります。例え弁護士自身がそうした脅し文句を言ってこなくても、彼らから派遣されている弁護士がいるという事実だけで、被疑者に恐怖を与えるには十分です。
特殊詐欺や組織的強盗をやっている組織は、闇バイトと知らずに入った受け子が逃げだそうとすると家族への危害をちらつかせて脅すという話があり、警察も「保護をするから闇バイトに応募しても犯行しないで出ておいで!」と呼びかけをしているくらいで、 こうした恐怖心が被疑者・被告人の自由な防御権の行使に重大な脅威となる危険性 を考えないわけにはいきません。
目の前の弁護士が手先の弁護士であることを疑っても、他に弁護士がいないのではないか、解任して大丈夫なのか、そもそも解任できるのか……、被疑者がそうした不安から、結局その弁護士にお願いしてしまおうかとなるのは仕方のないことです。
場合によっては未成年者、中学生くらいの受け子が捕まっていることもあり、自己防衛など到底不可能なケースだって少なくありません。

そうなってくると、いよいよ 「詐欺組織が都合のいい弁護士を押しつけた」結果となり、被疑者被告人の利益にも重大な脅威となる 危険性を考えざるを得ません。
そう考えると、「なろうとする者接見」に制限をかけることは「それこそが被疑者・被告人のためだ」という方向に話が進みえます。
日弁連や弁護士会が、法務省から「被疑者の権利のために必要だ」とたたみかけられるなど、笑えない冗談です。



ましてや秘密保持については「本当に冤罪なら、見られたって何の問題もないはずだ!!」というような考えがはびこりがちです。
そんな世論沸騰が発生してしまったときに、何とかできる保証などどこにもないのです。
仮に立法において「接見交通は許すが接見の秘密は制限する」などと立法されたとして、それが違憲だと評価されるかは不透明です。
私も個人的にも違憲だと思うのですが、そう言う立法がされる状況が発生したとして、裁判所が違憲無効だと言ってくれると信じ切るほど、私は裁判所(自分の感覚?)を信用していません。




弁護士が特殊詐欺組織関係者からの依頼を受けてしまうという危険性&依頼者の素性を見極める必要性については、以前 私も自分で遭遇した件からこんな記事を書かせて頂きました。

「いつの間にか組織に使われてた…」というケースであれば、弁護士サイドの警戒心である程度は防止可能だろうとも思っています。
自分に思いついた「依頼者対策」はこんな具合でしょうか。

①依頼者とは直接会う

電話やLINEだけで面会に行きます!!という広告を出している事務所もあるようです。
確かに刑事弁護は一刻を争うようなケースもあり、「面談の時間も惜しいんだ!!」という発想も分からないではありません。債務整理と違い、刑事私選弁護では被疑者でない依頼者との直接面談義務は課されていません。
しかし、弁護士会の当番弁護か、事件と関係ない前々からの知り合いからの依頼であることがはっきりしている場合でない限り、 私は依頼者との直接面談を経由しない依頼での接見や弁護依頼には反対です。
直接面会することでできる、後述の確認作業が全くできなくなってしまうからです。
特に、携帯電話からかかってきている場合、声の主の素性など全く確認しようがなく、特殊詐欺のかけ子が家族のふりをしてかけているのと全く区別はつかないのです。


②依頼者と被疑者の関係を確かめる

弁護士に依頼する費用は決して安くありません。親族とか、社長が捕まっててその会社の重役などでもないのに(その場合でも普通は顧問いないのかとなりますが)、高額な費用を出すというのはその時点で奇妙な事態です。
抽象的な「友達」「近所の人」「会社の知り合い」レベルの人間関係は怪しむべきでしょう。被疑者のフルネームを正確に言えないとかは論外です。
また、家族を名乗っている場合でも、名字や氏名等の違いについてはきちんと説明させるべきです。結婚などで変わるケースもありますが、結婚のいきさつすら知らない依頼者が依頼料を出しているという時点で怪しい状態です。
被疑者の生年月日などもしっかり聞いておきましょう。家族なのに生年月日すら言えないという時点で奇妙です。


③身分証の確認

②で確認した内容については、被疑者のそれがないのは仕方ないとして、少なくとも 依頼者のそれについては身分証などで確認すべき でしょう。
免許証でもマイナンバーカードでもコピーを保存しておいて、「コピーについては弁護活動のために検察庁など、提供するケースもあり得る」と伝えましょう。
(親族などが面倒を見ることを前提にすることを考えれば、被疑者の利益にも繋がるのであり得る話ではある)
依頼者の身分証すら見せるのを渋るのは、そもそも氏名さえ偽名であることが疑われるので危険だと考えます。
もちろん、直接面談する前に電話がかかってきたら、「あなた自身の身分証も必ず持ってきて下さい」と伝えましょう。

④逮捕情報源の確認

一つ重要なこととして 「なんであなたは彼がそこの警察署で逮捕されたのを知っているの?」 という問題があります。
私が以前遭遇した事件で、「この弁護士、さては特殊詐欺組織に派遣されたな!?」と感づいた原因も、 「被疑者が少年で実名報道もされておらず、居住地と離れた場所で逮捕されていて留置されている警察署も分かるはずがない状況。少年自身や家族の依頼でもない。警察以外では彼の逮捕と留置場所を知っているのは詐欺組織だけだ」 というのが分かってしまったからです。
詐欺組織であれば、実行させた場所の管轄警察署はすぐ分かりますが、家族などでは連絡がなければ逮捕されてるかどうか、逮捕されたことがわかったとしてどこの警察署にいるのかだって分からないケースも少なくありません。

なぜあなたは逮捕されたことを知ってるの?というのは、かなり重要な情報源であると考えてよいと思います。そこで 「噂」とか「人づて」とか「新聞で見た」のような情報しか言えないのは、その時点で非常に危険だと思います。
逆に、裁判所や警察などから家族に連絡がいっていて、実際警察の方で連絡をしていることに裏付けが取れるならば、安全性(?)は高いでしょうし、逆に「警察から言われた」と言ったのに、実際には警察から連絡していないと言うことであれば黄信号どころか赤信号だと思います。

⑤情報を伝えない事は事前に明示

被疑者から聞いた内容は、守秘義務上伝えない場合があることははっきりしておくべきでしょう。
将来的に情状弁護活動が必要になったのでその中で伝えるというのはありますが、犯行の手口などに渡る情報をすぐさま伝える行為は危険が大きすぎます。
それに文句を言う依頼者は、その時点で危険性を疑うべきでしょう。
例え真っ当な依頼者だったとしても、 一旦弁護人になったら、弁護人は「被疑者の利益を優先」すべき立場であり、「金出したんだから言うこと聞け」という依頼者の希望は、少なくとも被疑者被告人の利益と衝突する場合には聞いてやれません。
このことは、被疑者以外からの私選弁護依頼を引き受けるならば誰が相手でも伝えるべき事です。

⑥被疑者には必ず依頼者の氏名や依頼者から聞いた情報などを伝え、被疑者自身にも判断してもらう

こうした対応をしても、怪しい依頼者を見極めきれない可能性は残念ながら否定できません。
「身分証自体は本物」だったり、カバーストーリーをでっち上げられればそこに裏付けを取ることは難しい場合も多いでしょう。そこで裏が取れない限り一切弁護に取りかかってはならない、と言うのは私でも行きすぎだと思います。
そうなれば、被疑者自身です。被疑者自身の反応から、おかしいな?食い違ってるなと思ったら弁護の依頼は受けず、国選その他に任せるというのも必須です。
被疑者自身が断ってくれれば一番いいですが、被疑者自身が断るのは難しいことも念頭におく必要があるでしょう。
もちろんそのような人達からの派遣という時点でも恐怖を与えてしまうことにはなりますが、そのまま続けるよりは遙かにマシです。


上記は私の思いつきですので、他にも「自分はこんなの気にしてます!!」「こう言う対応を取ってます」みたいな話がありましたら、他の弁護士先生にも教えて欲しいところです。



こうした問題は、 刑事弁護界隈でも、なまじ被疑者のために頑張って弁護活動しよう!!という熱心な先生ほど脇が甘くなりがちなジャンル ですし、またそう言う熱心な先生方ほど、特殊詐欺集団からすれば「悪用しがいのある弁護士」となってしまう危険性も高いと言えます。
私みたいにスレた弁護士は目の前の依頼者を見ても「こいつ本物か?」的な思考が先に立つので、特殊詐欺集団としてもあてにしないでしょうが、熱心な先生ほど「すぐに接見行かなければ」が先に立つので、悪用対象として「はめやすい」のです。
少なくとも、 私が特殊詐欺集団の幹部として悪用対象の弁護士を探すなら、その手の「熱心な弁護士」に真っ先に依頼を試みる でしょう。
以前の記事で書いた、私の件でやらかした弁護士は、刑事弁護で超有名な事務所の弁護士だったので余計に頭にきたのを今でも覚えていますが、むしろ「熱心だからこそ闇組織も依頼したし、弁護士もやらかしたのではないのか?」とも思います。(だからこそ、刑事弁護を頑張る事務所では、こうした警戒を教えて欲しいのですが…)

刑事弁護に関しては不遇な点も多く、そんな中でしばしばその熱心さが称揚されています。
私もそう言う先生方への敬意こそ惜しみませんが、一方で犯罪者に悪用されることに危険性にも意識を払い、こうした 弁護士サイドの防衛も常に意識した活動を広めるべきだと思います。
というより、悪い奴らの依頼に乗って引き受けることは被疑者被告人のためにもならないのですから、当然に強く啓発されるべきだし、こうした不始末について 「熱心にやったんだから」と言う理由で庇ってはいけない と思います。


刑事弁護系の書籍でこうした危険性について触れているのはあまり見ません。
最近突然出てきた問題ならやむを得ない面もあるなとは思うのですが、実はこれらは一朝一夕にでてきた問題ではなく10年くらい前には既に「危ないぞ」と言われてきた問題なのです。
こうした特殊詐欺組織が刑事弁護のためのシステムを悪用し、被疑者・被告人の権利すらも危うくしているという状況に全く触れず、「原則として受任を基本に考えるべきである」などと、「熱心であることばかり称揚する」という状況は、問題があると考えます(私の見てる範囲が狭いだけならいいですが…)。

こうした悪党に利用されることについて無頓着というのは、アクセルばかりでブレーキが不十分な車、検察と裁判官しかいない裁判と同じ で、こうした不適切接見も、 熱心な弁護活動ばかり称揚し、ブレーキに関してはあまり触れない刑事弁護関係者の立場が、暴走した弁護士を生んでしまった側面があるのではないか、 と懸念しています。
冒頭で掲げた事例の弁護士も、業務停止1月で済まされたというのは逆説的に言えば、詐欺組織の手先になってやろうなどと言う悪意はなかった可能性が高く、だとすればなおのこと、こう言う接見は特殊詐欺などに利用されかねずまずいと知識さえあれば防げる可能性はあったのではないか?と惜しまれるわけです。


そこで、「熱心さを免罪符にする」ようでは、弁護士当人は懲戒され、法制度や運用改悪の契機となり、被疑者被告人の正当な権利を侵害し……そこで「刑事弁護を理解しない裁判所や法務省その他が悪い!!」と吠えたところで、状況は何一つ良くなりません。
そんな吠えたてで状況がよくなるなら、国選の報酬は今頃倍くらいにはなっているでしょう。


特殊詐欺や闇バイトの跋扈に伴い、刑事弁護の世界においても注意すべき事は増えており、刑事弁護の世界は真摯に向き合わざるをえない状況にあると思います。





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最終更新日  2024年11月22日 13時31分18秒
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