松波さん
の引退セレモニーの間も私は泣くこともなく、ただただ一つの時代の終わりを粛々と眺めていた。 店長
からのメッセージがすごく嬉しくって、しっかりとした松波さんの挨拶に耳を傾け、 松代っち
の短いコメントにグッときて・・・(らしいなぁって。「言葉になりません」だっけ?「何もいうことはありません」だっけ?一瞬すぎてよくわからなかったけど。あの一言にすべてが含まれてたね)。
さすがに松波さんのお子さんたちが出てくると私の目も潤いはじめたが、泣く・・・という感じではなかった。でも・・・セレモニー後、 suiさん
と Norikoさん
が帰り支度を始めて、suiさんに「 ももちゃん、川崎戦頼むで!
」って言われたら、緊張の糸が完全にきれて、「」といったらもう涙が溢れて仕方がなかった。Norikoさんが抱きしめてくれて、suiさんも「去りがたくなるやん」といってしばらくその場にいてくれた。「よろしくね」と私を託された フラワーさん
が肩を抱いてくれて、わんわん泣き続ける私を、とまどいながらもみんながあやしてくれた。
☆yukari☆
はもう慣れたもので、私のそばにきて、ずっと手を握っていてくれた。「どうしたの?」とみんな不思議そうだった。そりゃそうだね。試合が終ってしばらくたっていたし、松波さんの引退セレモニーも終っていたし。あの時は・・・説明できなかったけれど、絶対に優勝しなきゃいけないって強く思ったら、その重圧に耐え切れなくなった。私はこの試合、来れなかったみんなの思いをつれて万博に来たつもりだった。しっかり、勝ち点3をお土産に帰るつもりだった。でも、それができなかった。ちょうどセレモニーの最中に M兄
から電話がきて、すごく沈んでるのがわかったし。
次の試合に来れない関西組のみんなが、どれだけ優勝を熱望しているのかすごく伝わってきた。人の心を秤にかけて重さを計ることはできないけれど、その時は、抱えきれないほど重たい思いを私は受け取った気がした。この人たちのためにも絶対に私は優勝の報告をしなきゃ!そう思ったら私には重すぎてどうにも耐え切れなくなった。毎回試合に行って、ももログにも書いてるけれど、私はたくさんの人に囲まれて、本当に幸せを感じている。お世話になっている分、 私ができる恩返しは次節、等々力から優勝の報告をすること
、それに限る。どんなに重くても、どんなに重圧を感じても、その思いをつれて、私は等々力に向かわなきゃ。suiさんやNorikoさんとは今年、これで最後と思って「 また来年もお願いします
」と涙ながらにご挨拶をしたら「 ももちゃん、ガンバは来年もあるから(笑)
」とsuiさん。確かに(^_^;)。でも、すっごく寂しくなっちゃったんだもん。ま、よく考えたら天皇杯でも会えるかも、なんだけどね(笑)。とにかく残り1試合だからね。怖いけどね。お世話になっている方々に恩返しの時がきたんだって思う。
試合後、友達とはバイバイして、 I夫妻とフラワーさん
と4人でバスを見送って(メールに返事をしていた私はバスを見逃した・・・なんのために寒い中で待っていたんだか)、4人で夕飯を食べに行きました。最初は梅田にある 某有名お好み焼きやさん・○じ
にいこうと思ったのだけど、すごく並んでいて、しかも、お店の人に「どれぐらいかかりますかね?」ってきいたら「わかりません」という答えだったので(仕事してんだから、何曜日の何時にどれくらい混んで、何人くらい並んでいたら何分かかるかくらいは頭に入れとけよ!と思ったが・・・)、夜行バスの時間がせまっていたのもあって、○じを諦めて、またしても「 風月
」にいってきました。今回私は すじ・ねぎ焼き(880円なり~♪)
を注文。おいしかったです♪
家に帰ってお風呂はいって、日記かいたりして。お昼はねぎともやしたっぷりのラーメン。午後は・・・気がついたらソファで寝ちゃってました(起きたらこたろうが一人で遊んでてた!この数時間、あの子がどんないたずらをしたかと考えると恐ろしい)。夜はお母さんと久し振りに飲みに行ってきました。牡蠣鍋、海の幸のサラダ、焼きそば、海老のマヨネーズ和えなど。たべすぎ~~。豪華だね☆久し振りにお母さんと出かけたよ。明日からはまた会社か。すっごくいきたくない・・・。まさかの左折・・・ 2010.12.22
早く目が覚める日々。 2010.06.07
さわやかな感謝で始まる一年 2010.01.01
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