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八月も最後の週末、TVでは盛んに防災のニュースが流れている。 ある年の夏休み、昭和20年3月10日の東京大空襲はどんなだったのか、 祖母に聞いてみた事がある。 夏休みの課題で調べようと思っていたからだ。 「あの時は火がぼーぼー燃えてね。 しょうがないってんで、二階から布団ぶん投げて、 おばあちゃんはそこに飛び降りて逃げたんだよ。 川には人が沢山ぷかぷか浮いててね。 あれはほんとに惨かったよ。」 私達姉妹は神妙に聞いていたのだが、 そこへ叔母が来て 「それは、大震災の話だろっ。もう、ごちゃごちゃになってんだから。」 「あれ、そうだっけ?へっへっへ(笑)。」 沈黙・・・・・・・。 話はそれきりになって、話題は別のほうへ滑っていったと思う。 聞かずして聞いた話だったので驚いたが、戦争でぷつりと切れてしまっている何かが、 その先へ繋がったような気がしたのを覚えている。 祖母の言葉は東京の下町言葉で、町内の頼まれ事とかに 「へえ。よござんすっ。」と歯切れ良く答えていた。 母の言葉も「おみよつけ」だの「押っぺす」だのそれなりに混じってはいたが、 関西育ちの私には、そんなものは時代劇の言葉だと思っていたので、仰天だった。 それから数十年。 そんな祖母も、夏の盛り、お盆のはじめに他界して5年になる。 肝心の3月10日だが、母は当時3歳に満たず。 最近になって、母より8つ年上の叔母に少しずつ話を聞いている。 その頃、一家のガラス工場は運良く焼けずに残った地帯にあり、被災を免れたらしい。 母は祖母と一緒だったらしいのだが、叔母は疎開中の出来事だったとか。 結局・・・折角の運も、戦後数年で火災にあって工場を消失してしまったそうな。 その場を訪れてみると、それなりに古い建物がその辺りだけ残っていたが、 前回の震災の為か、各世代に少しずつ入れ替わって行った建物の中に、新築の戸建が結構な数で混じっている。 昔ながらの瓦屋根・下見板の建物は、何とか無理やり補強したり、人も住まず取り壊される時を待っている。 そこから見るスカイツリーは近々と、天を突く巨大さであった。
2013/08/30
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お気に入りの喫茶店がいくつかあって、時々モーニングへ行くのですが、いづれも何という事も無い、商店街の喫茶店で。そのうちの一つが、西池袋の小さな商店街。老夫婦と息子さんが営むパン屋兼喫茶店。いつ行っても、1階4人席4卓の二つもしくは三つが70~80歳くらいのお姉さま方で占められており。そして、ほぼいつもの面子。時々そこに似たような年齢のお兄様が数人混じることもあり。商店街のご隠居さん方の憩いの空間になっている様子。<先週の会話>お姉さまA:「この前言ってたあの話。先生から脳に腫瘍があるっていわれた話よ~ あれねえ、違ってたんだってさあ。」一同:「なあんだあ~、良かったじゃない~。」お姉さまA:「いいもわるいも無いわよお。入院の支度して、あれこれ準備してねえ。 手術してもらって、折角、頭が良くなるって思ってたのにさあ。 なあ~んだ、て感じよ。」一同:あはははははは~。笑い話で良かったです(汗)。仲間がおっつけお店に入って来る度に、同じ話を繰り返しており。<今週の会話>お姉さまA:「昨日の夜の風凄かったわね~。下の階の窓だか何だかに付いてる板がめくれて一晩中ばたばた煩いのって。 若い男なんだからさ~、ちょっと釘一本打ちゃ静かになんのに。 あれで当人も煩くないのかねえ。 文句言ってやろうかと思っちゃった。」お姉さまB:「言ってやればいいのよ~。迷惑だって。」お姉さまC:「今時、何があるかわかんないから、止めといたほうがいいんじゃないのお。怖いわよ~。」お姉さまA:「そうかしらね~」お姉さまAがどちらの意見を参考にしたのか・・・わからない返事。下町パワーでトラブル回避されることを祈ります。初めての入店の時、十数個の視線が一斉に突き刺さってきましたが、最近は静かに受け入れていただけた様子。小さな商店街の慎ましい喫茶店の、長寿と繁栄を祈ってやまないのでありました。
2012/03/22
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あの仔がウチに来たのは、昨年の今日だった。 白黒の鉢割れ模様で、賢しげな黄色い目をした仔だった。 ハチ朗と名付けた。 私が外出先から帰ってきたら、相棒が保護して、既に暖かくしつらえた寝床で気持ち良さげにまどろんでいた。 前日からこの界隈に現れて、外猫のハウスやごはんを拝借していたので、気がかりになっていた仔だ。 とても小さな身体は、汚れて力無く、ガリガリに痩せ細っていた。 すぐに医者に見てもらい、処置をして見守ることになった。 歯から年齢をみるに、5~6ヶ月だという。 なのに3ヶ月の仔のように小さく、早いうちに親からはぐれてしまったのかもしれない。 この寒さで、どうやって今まで生きてきたのだろう。 点滴をしてもらったその晩は食欲があり、それなりに食べたが、 食べたものは直通で、あっという間に下してしまう。 1~2時間おきに流動食とミルクを少しずつシリンジで与えるが、やっぱり同じ様子。 飢餓状態からの給餌なので、きっと少しずつ回復していくだろう。 3日目、医者に何度連絡しても通じず、翌日は休診。5日目にやっともう一度見てもらう。 なんとか自力でトイレにいくようになり、相変わらず下痢は続いているものの、時間はかかろうがきっと良くなると思っていた矢先、もって2日だという。 初診の段階で、これほどもつとは思って無かったという。 突然の宣告。 元気になったら里親を探し、その前にノミ退治やワクチンやエイズ検査やらといろいろしなければならない。これは忙しくなるぞ。 鉢われの小さな頭を、フリースの山の中からちょこんとだして、 黄色い目でじっと見つめてくる。 お腹がすいたらご飯をねだる。 投げ出した小さな手。 夜中におき出して、私の顔の横に蹲る。 体験したことの無い何かが込み上げて、何としてでもという気にさせる。 小さな命が消えようとしているなど思いもよらなかった。 先住猫のビットだって、似たような状態で拾い上げ、今まで元気に生きてきたのだから。 思えばビットは春に生まれた仔だった。 秋に生まれて、幼い体で冬を越えなければならない仔達の過酷さを その時初めて知った。 猫は寒さに弱く、栄養状態が悪ければ肝臓や腎臓があっという間にやられてしまう。 診立てでは、恐らく肝機能は40%以下だという。 助かる見込みはまずないであろう。 山に備えて下さい。 酸素吸入とマッサージも敢え無く、潮が一番引く時間、あの仔は連れ去られてしまった。 最期の数時間、まるで大人のような顔で戦っていた。 花で囲んだなきがらは、以前と同じ、小さな仔の寝顔に戻っていた。 最初にゴリ押しでも入院させるべきだったとか、 遠くてもセカンドオピニオンを受けるべきだったとか、 自分の甘さ、情報収集の不備、判断力の弱さをあれこれ思い、 2~3日泣き暮れていたら、 辛いことばかりじゃなかっただろう。可愛かった、本当に可愛かったなあ。 と相棒が言った。 もう一年経ってしまった。 今日からお香を焚いて、花と美味しいものを供えてあげよう。 今でも、逢いたくて、寂しい。 そしてこの寒空に何とかして生き抜こうとしている子猫達がいるのかと思うと、切なくて仕方がない。
2012/01/24
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今日は我が家の新入りネコさん、サビ子のこと。 眉間のオレンジがおしゃれ(と親ばか発言)。 見てのとうりサビ(鼈甲?)柄。安易な名前を付けてしまった(汗 地域猫のサビ子があまりに痩せて食欲なく元気もないので、ご近所の皆さんに了解をとりつけ家に招じ入れたのが2月の半ば。 お医者で見てもらい、口内炎と風邪ひきと診断。 血液検査をしたところネコ免疫不全症候群(通称:ネコエイズ)と判明。 先住ネコさん達と完全隔離で看病したところ、食事が摂れるまでになりなんとか回復。 元気になったら里親探しかと思ってましたが、結局はウチの子に。 そんなで、厳しい夏を乗り越えて涼しくなりだしたころに、口内炎再発! これが・・・なかなか・・・。 消炎剤プレロン(ステロイド系)とアンチローブ(抗菌剤)を投与して、 口内炎が治まったところへ今度は下痢。。。 大腸炎を起してエミナピリンを投与。 そしたらまた口内炎・・・。 その間に2.7kgあった体重は1.9Kgまで落ちてしまう。 なんとか食べれるように、高カロリー食をと市販フードや手作りフードのミックスやら色々試す。 このままステロイドを投与し続けるのも心配なので、お医者に相談。 兎に角。 現状の薬で抑えて、体重が増えるのを待ち、非ステロイド系の消炎剤に切り替えようということに。 ちなみに、ステロイドは免疫を抑えて炎症を軽減させるものなので、 免疫力が下がる病気にはあまり宜しくないのだけれど、現状で即効性があるのはこれのみ。 猫エイズ治療には決定打がない現実。 研究がすすんで、良い薬が出来るのを祈るばかり。 やはり、夏の暑さが酷だったか・・・。 エイズを罹患した子の困難さを思い知る。 そして、先住猫のレネやビットが如何に健康だったかも。 投薬と高カロリー食と、インターフェロンに似た作用を持つ「L-リジン」というサプリメント (あくまでサプリなので、効き目は目に見えにくい)を投与。 おかげで、体重は少しずつだけど増加中。 いろいろとネットの中に情報はあるけれど玉石混合なので素人判断は危険だと肝に命じながら、 お医者に素直に相談しつつ治療中。 完治はない話だけど、ちょっとでものんびり過ごせられるようになればと思う毎日。
2011/12/28
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昨日は日の出る前に家を出て、東十条の立ち喰蕎麦屋で朝ごはん。 この店に出会ったのはこの時期で。 街灯ばかりがポツポツ点って、遠くに薄暗く消える早朝の旧街道沿い。 ゆるいカーブの向こう、湯気がもうもうと立ち上り、 煌々と輝く立ち喰蕎麦屋が一軒。 空きっ腹に顔も手もかじかんで助かったと入ったら、いらっしゃいと威勢の良い声。 黄色い短冊に書かれたメニューに耳慣れない「むじなそば」あり。 頼んでみると、揚げ玉とお揚げさんの入った温かい蕎麦。 70歳過ぎたと見える親父さん、 「きつねとたぬきで、おんなじ穴のむじな。あたしがつくったのよ。」 と自分を指して言う。 ほかのお客も引けて、十分暖まりましたとお礼を言って去る段に、 「そう。暖まった?良かった。 あそこに居たお客さんねえ。 来る日も来る日も、夏だろうが冬だろうが、もりそばなのよ。 寒くないのかねえ。 何やってるのかわかんない人なんだけどさ。」 以来、贔屓にして一年。 食べ終わってほっと一息、親父さんと雑談していたら、 親父さん、「お~う。おはよう!いつもの?」 お客さん、「今日は3枚ね。お腹が空いてすいて。」 相棒の肩越しに見ると、寒そうにドカジャンを羽織った鞘侍そっくりのお客は、もりそば3枚を注文。 店を出てごちそうさまと振り返ると、のれんの下に鞘侍の足元。 かかとにストラップをかけたぴったりサイズの白いパンプス。 「いってらっしゃいっ!気をつけてねー!」と親父さん。 未だこの店に化かされてるんじゃないかと思う。
2011/12/18
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先日、自転車で街歩きをしていたら、 和洋折衷のこじんまりした古い郵便局の前を通りすぎた。 そしたら、ふっと口をついて子供の頃に遊んだ縄跳び歌が飛び出した。 もう何十年も忘れていたので、自分でもびっくりした。 記憶の扉は妙な時に開くもので。 ゆうびんやさん~ はがきが いちまい おちました ひろってちょ-だい たのみます いちまい に-まい さんまい ・・・・ こ-れで ぜんぶで ございます♪ 二人が長い縄(たいてい二本の縄とびの端と端をつないで長くする)をぐるぐる回し、 一人がその中に入って跳ぶ。 着地した時に地面に手をついて、これが葉書を拾う仕草。 ゆうびんやさん はがきがいちまい おちました ここは跳ぶ子が歌う。 ひろって ちょうだい たのみます ここは縄を回している子。 みんなで数を数える。 ここで引っかかったら跳び終わるのか、あらかじめ回数を決めていたかは 記憶があいまい。 跳び終われば、 これで ぜんぶで ございます なんとない遊び歌だけれど、今思い出すと、とても丁寧な言葉で、親切な内容だと思う。 子供はこうやって言葉を増やしていくんだなあ、とも。 なんだか懐かしくて書いてみましたが、ご存知の人はいるのでしょうか? 局地的に流行った遊びだったのか、それとも全国的なものなのか。 節回しは関西のイントネーションですが、言葉が標準語的なので国民唱歌風なものだったのか。 今でも遊ばれているのか、興味深いです。
2011/11/29
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今日はオフにして川辺を散策。 お気に入りの公園へ行く。 移築された民家の庭に柿の木あり。 初夏と言っても良い日差しの下、萌黄の若葉が勢い立っている。 ほいと見ると、葉裏に白い幼虫がわんさと。 物知りの友人に画像を送ってみたが判らず。 はて、何の虫やら。 稲作り体験用の田んぼには、もう水が引き入れられている。 何か生き物はいないかと覗き込んだところ、トウキョウダルマガエルの小ぶりのを発見。 意外に簡単に捕らえてしまい、記念写真。 おくつろぎのところ、すまぬ。 元の所へお帰りいただく。庭には大きな鯉のぼりが悠々と泳いでいる。 明日から5月なのね。
2009/04/30
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みなさん、あけましておめでとうございます。昨年のお正月から、一息に今年のお正月というブログになってしまいました。今年はもっと気を入れて書かなきゃね、と思ってます。これから初詣。皆さんの健康と発展を祈って。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
2009/01/01
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すでに、すっかりお正月気分も抜けて、 仕事初めの方々も多いと思いますが、遅ればせながら。 新年あけましておめでとうございます。 年跨ぎの作業をチクチクとやりながらではあったものの、 ケジメはしっかりと三ヶ日は休養。 今年は帰省しなかったので、東京へ出てきてから初めて自宅で迎える正月。 せめてもの正月らしさをと、おとそとお雑煮を用意。 雑煮は勿論関西風で。 集まった友人達と午前0時の合図と共にそれらを頂き、 夜通し走っている電車に乗って浅草寺へ。 テレビで見たように沢山の人だかり。一年の幸を祈る。 朝風呂に入って一寝入りした後、都内の叔母のところへ年始の挨拶に。 二日は浜離宮恩賜庭園の新春飛鷹を観にゆく。 「諏訪流放鷹術の実演」で江戸時代の将軍家お抱えの鷹匠2派の一つだそうな。 写真では全てお見せ出来ないけれど、伝統的な鷹匠の衣装をまとっている。 ■振り替え・・・鷹匠の拳から別の鷹匠へと飛び移らせる。 ■渡り・・・・・樹上の鷹を拳に呼び戻す。 ■振り鳩・・・・紐をつけた鳩を投げ上げ、空中で鷹に掴ませる。 実猟に向けた仕上げの行程。 これらの実演を見せてもらった。 前回のフライトショウでもハヤブサがカラスに追われていたが、 ここでも似た様な光景に出会う。 「渡り」の時に、近くの松にとまった鷹をカラスが数羽でからかいに来て、 鷹が木の茂みに入って出てこなくなってしまった。 これにはハラハラしたけど、無事に戻ってきた。 カラスは賢い生き物である・・・。 写真はオオタカ。 日本の鷹は自然動物保護法で捕獲してはいけない事になっているので、 海外から輸入したオオタカを調教しているそうな。 日本だけでみればオオタカは減少しているが、 世界的にみれば結構な生息数を誇っているらしい。 それでもレッドデータには変わりない。 伝統を伝える事も、国内だけで廻してて済む話ではなくなっているんだなと実感。 実演が終わって園内を散策中、獅子舞に遭遇。 眠ったり身体を掻いたりして、かわいらしい。 最後に演者の方と見物客と皆で三本じめで終える。 3日は来客とお正月らしい三が日を過ごすことが出来た。 今年も皆さんにとって幸多い一年でありますように。 今年もどうぞ、宜しくお願いいたします。
2008/01/07
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土曜日、西葛西は江戸川区自然公園の催すタカのフライトショーを観に行く。 時間ギリギリに到着。 すでに会場のグラウンドは人が一杯。 ハリスホーク、オオタカ、ハヤブサ、フクロウ、メンフクロウ、シロフクロウと勢ぞろい。 ハリスホークの飛行。 ハリスホークはイヌ科の動物のように群れで狩りをするそうな。 猛禽の類は単独で狩りをすると思っていたのだが、そういった種類もいるのかと目からウロコである。 ある部分で集団生活を送る為社会性が強く、比較的人にも慣れ易く愛好家が飼うことも出来る。 北米にそこそこの数で繁殖しているらしい。 オオタカである。 素晴らしく美しい。 この子は傷病鳥の保護で飛行訓練を受けており、狩りが上手く出来るようになれば山へ帰される。 怪我の度合いにもよるが、だいたい3~4ヶ月から2年程でリリースされるそうな。 シロフクロウ。 まだ身体に模様が残っている5ヶ月の子供。 卵から還して繁殖させた子である。 飼育員の方の腕に留っている間、甘えてずっとなき続けている。 親だと思っているそうな。 鳴く様子や甘えているのを観ていると、ネコのようで可愛い。 しかし、繁殖地の極地では近年の温暖化で夏場に雨が降り、雛が凍えて死んでしまうことが多くなっている。 これほど近くで見ることが出来るのは嬉しいけれど、その反面、本来の状態ではどんどん生存出来なくなっていることに胸が痛む。 猛禽類は食物連鎖の頂点に居ながら、どんどんその生息域を狭められて数を減らしている。 さらにその上に立つ人類は驚くべき数で大繁栄を誇っているわけだが・・・。 美しいものを見ることが出来て気持ちは洗われると同時に、何か寒々しいものを抱えての帰路であった。
2007/12/18
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修理に出してした携帯電話が復帰したとのこと。お願いしていた店舗へ受け取りに行く。2週間前に同窓会で帰郷。参加したゼミの仲間の感動的な変わらなさに心洗われて、心も新たに意気揚々と帰京のバスの中、携帯電話の電池が切れる。帰宅後、充電をしようにもウンともスンとも云わなくなったので、修理に出す事に。一昨日、代替機に修理が済んだとの連絡あり。済ませるべき用事を済ませ、携帯を受け取りにゆく。外装も新たな修理済みの携帯にカードを挿し込んで、事務手続きを残すのみという所で、肝心の受付センターのコンピューターがストップしているとのこと。こういう場合は、センターと直接電話で遣り取りするらしいのだが、当然のこと、電話が集中して繋がらない。待つ事30分・・・・40分。あと3分で繋がります、と言われて10分。小心者の私だが、とうとう堪忍袋の緒が切れて「○×@~*+・・・・(関西弁、嗚呼。。。」本人確認は済んでいるのだから、書類は後日郵送にしてくれとこちらから提案して帰らせてもらった。窓口のお姉さんは終始丁寧親身な対応で、進まない手続きに一瞬イライラした様子を見せたものの、その忍耐強さには感心。センターのコンピュータが完璧に行かないことは致し方ないことだと思う。けれど、結局1時間待たされたのは手続き上の融通のきかなさにあって、こちらから提案をしなければいつまで待たされたことやらと思う。そういった、ある種の非常事態の時の対処法を考えておいて欲しいところ。修理に出した携帯のデータは幸い無事だったけれど、今回のことでどれだけ携帯に依存しているかは身に染みた。
2007/12/09
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あき時間に買い物がてらブラブラと散歩。 あっちの庭を眺め、こっちの空き地を眺める。 夏の植物の王者は何と言っても、つる性の植物だ。 アサガオ・夕顔・糸瓜にフウセンガヅラ。 ヒマワリやカンナも、この繁殖力旺盛な背景がなければ暑苦しいだけで、何となく迫力の欠けた物足りなさがあるように私は思う。 さて、写真は夏の盛りに撮った「ヤブガラシ」。 夕暮れ時の散歩で上手く撮影できなかったのでこちらを添付。 ごく小さく控えめな花で、触れると簡単に落ちてしまう。 けれども至る所の庭先に葉を茂らせ、その触手は何処までも伸びて行って留まるところを知らないようだ。 抜いても抜いても生い茂る凄まじい生命力で、園芸業界ではやっかいな邪魔者とされているようである。 別名「貧乏カヅラ」・・・・。 もう一種、すきなつる植物に、秋には小さくて茶色くツヤツヤとした実をつけるのがあるのだが、その名も「へくそかづら」。 万葉の昔から歌に読まれているにも関わらず、不名誉な名前を付けられている。 それもそのはず。 ヘタを打ってその実を潰そうなら、えもいわれぬ臭気が。 むべなるかな。 これらの植物が好きな私は、その名前とわが身を思うと若干の物哀しさが・・・。 我が世を謳歌していた彼らにも、秋の気配がやってきている。 所々、葉は白茶けてちじれ、来年の養分になるべく、命を終わらせようとしている。 また来年も、数々の苦難に負けず伸び茂ってくれることだろう。 ヤブガラシの花 蟻が沢山たかっている。 共生しているらしい。 垣根に茂るヤブガラシ こんなお家に住みたい・・・ おまけ ヘクソカヅラ 実がなったらまた撮りに行こう。
2007/09/25
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仕事の赤字が戻ってきて、今日はおおわらわであろうと覚悟していたのに、ちっとも返事がない。 この分だと返事は夕方頃か。 いくつか平行してやっている仕事が一斉にGOがかかったら・・・嗚呼! と怯えていても勿体無いので、時間が空いた事をこれ幸いに、佐藤美術館で開催されている、日本画グループ「尖」東京展を観に行く。 日本画の展覧会なので、大作揃いでさぞや疲れることかと覚悟して伺ったのだが、先入観を壊される、評判どうりの優れた展覧会だった。 それぞれの作家さんの作品は、表現方法は他と被ることなく、気迫十分でありながら互いを侵食しない展示をされていて、 多くのグループ展に観られる作品どうしが与えてしまう全体の破綻がなかったので、鑑賞するにはとても良い状態だと感じた。 グループ内でのコンセンサスの高さに羨ましくも思う。 それから、これは自分勝手な思い込みだとは思うのだけど、 全体の傾向に懐かしいものを感じた。 重なりあって響きあう綿密な絵肌の作りこみ。 表に出ている色のその下に隠されたもう一つの層がもつ意思の強さ。 画材の持つ性質がそうさせるのかもしれないけれど、私が関西在学中に叩き込まれた絵に対する挑み方に共通する情念のようなものが、東京に住んで多くは感じることの無かった共感を呼び起こされた様に感じた。 ここで西東の優劣を言うつもりはない。 一つ一つの作品は、西だろうが東だろうが関係なく、作家個人の歴史と過去の積み重ねの上にあって相応の重みと強さをもっている。 私が西の水を飲んで育ったから、そして彼らが京都のグループであるという先入観からそう思うだけだとも思う。 何も知らず、並べられた作品を観たらば、そんな事は思いもしない事かもしれない。 自分の被っているベールを透かして、勝手な事を思っている訳だけど、それを取り外して観るということは難しいものだと何時にも増して思う。 私は人に思いこみが強いとよく言われるのだが・・・ 日本画材というのはとても魅惑的な素材である。 学生時代、半期のみの受講だったけれど、兎に角扱いの難しさに私はあえなくドロップアウトして、専門のゼミへ行くことはなかった。 自分のセッカチさを今にして呪わしく思う。 尖展のどの作家さんの作品も、美しい番手の小さい岩絵具が、あの大きな粒子が画面に過不足なく定着しているのをみて、このグループの方達の相対的なレベルの高さに惚れ惚れとしてしまう。 もちろん、これは基本的にクリアしなければならないレベルだと解っていても、クリア出来なかった私の目には驚きである。 膠の扱いをもっときちんと学んでいれば、今頃もう少しテンペラ媒材の扱いも楽にこなせたのではないかと・・・。 悔やんでも仕方のないことである。 連休中に開催されていた勉強会に参加できず、前栽一隅のチャンスを逃してしまい残念。 いつか機会があればと参加してみたいと思う。 時間に余裕が無かったので早々に辞してしまったのだけれど、 まだ会期は残っているので、もう一度行く事が叶えば、作品それぞれにきちんと向かい合いたいと思う。 私の書いた事は主観的すぎるので、興味のある方はご自分の目でお確かめ下さい。尖 東京展 「京都の呼吸力」 2007年9月11日(火)~9月21日(金) 財団法人佐藤国際文化育英財団・佐藤美術館 〒160-0015 東京都新宿区大京町31-10 TEL.03-3358-6021 FAX.03-3358-6023
2007/09/18
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気晴らしに近くの公園へ散歩に行く。 ここは昔、結核療養所のあった場所で、さらにその昔は殿様のお狩場だった所だそうな。 今その場所は、老人介護センターになっており、周辺の林は保存樹林として確保され、公園が併設されている。 今年の春にそこの整備がすんで、一般が出入りできるようになった。 一日を行楽に費やせる余裕が無い時には、この公園で気晴らしをしている。 <キノコの群落その1 ・ヒラタケの仲間か?><キノコの群落その2・一大群落を築くキノコたち。> <キノコの家・その下にベンチや出店を出せそうな感じ> 山やら海やらへ行くと、山菜や木の実などの季節の味覚を楽しんでいるわけだが、 こうして見ていると、いかにも美味しそうなものもある・・・ だが流石にキノコだけは・・・キノコだけは手を出さないようにしている。 なまじっか知ってしまうと試したくなるので、図鑑で調べたりもしない。 地味で旨そうな奴ほどその効果は凄まじいようで、数日前も中毒になった人のニュースが。 次の日の3面記事の隅っこに載りたくはないしねえ。 写真に収めるに留めて、その場を後にしたのであった。
2007/09/16
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「特攻大作戦」初見。 10年くらい前にダビっていたのをすっかり忘れ、 乱雑な部屋の中から発掘。 監督:ロバート・アルドリッチ 1967年制作 リー・マービン(言わずもがな。鼻のそっくり返り具合がキュートである。 ジョン・カサベテス(吹き替えなのでダックボイスは聞けず。これは残念。 チャールズ・ブロンソン(いつだってBはBなのだ ドナルド・サザーランド(若い!悪たれ小僧満載 テリー・サバラス(まだ売れはじめ。セリフが少ないのでオヤ?と思うのだが。 ジョージ・ケネディ(これまた若い。 アーネスト・ボーグナイン(おお!「北国の帝王」な二人ではないか! この垂涎のキャスティングだけでも萌え萌えである。 タイトルロールを見ているだけで、黄色い声がでてしまう。 死刑犯・終身刑の凶悪犯罪者達12人をボーグナイン将軍に預けられたリー・マービンが、脅したりすかしたりしつつ特攻部隊に仕立て上げ、最後の演習をした後、ドイツ人が集まる城を占拠する任務を成功させるというもの。 最後に生き残るのは3人という、酷い損耗率である。 前半は、いけすかない大佐を皆でからかったり、横紙やぶりな作戦で(それに感づいた審判役のボーグナインとJ・ケネディがニヤニヤしているところが痛快である)演習の勝利を得たりと、そこかしこに配されるじゃれ合いやウィット溢れるジョークやらは見ていてお楽しみなのだが、そこがユーモラスであればあるほど、リアリズムのざらざらした肌触りが際立ってくる。 本番、任務遂行中、ドイツ人に作戦がバレてしまうのだが、地下壕に逃げ込んだドイツ兵達を殲滅する為、通気孔にぼんぼん手榴弾を投げ込んでゆく。 そのうえガソリンを注ぎ込み始めたところは、さすがに鳥肌が立った。 非情で乾いていてふてぶてしいラストは、甘くヒロイックに仕立てられる昨今のハリウッド映画ではお目にかかれないものである。 流石、ニューシネマの鬼才である。 こんな面白い映画を10年寝かしていたとは・・・。 U局昼下がりの映画枠での放映を録画したものだった。 懐かCMが寝かしていた分の利子であった。
2007/08/31
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昨夜、無性にイカの刺身を食べたくなり、あれこれと考えて眠れなくなるくらいに。 何故に・・・自分でもよく解らないのだが。 で、近くのスーパーで剣イカを買ってくる。 出来るだけ赤い、新鮮なものを選ぶ。 考えてみるとこれは威嚇の色で、このイカさん達は怒りの断末魔の形相で店先に並んでいるわけだ。 鮮度を見分けるには良いのだが、なんとなく済まないような気も。 さて、購入したイカをさばく(と言うほど大袈裟なものではないのだが)。 殆ど出番の無い刺身包丁を取り出してみると、錆びが浮いている。 まずは、包丁を研ぐことからか。 以前バイトしていた割烹料理屋の板場で見かけたのは、砥石に対して斜めに刃をあてていたような。 私が父から教わったのは菜切りの研ぎ方で、砥石に対して直交するように刃をあてる方法。 はて・・・・いまひとつ自信が無い。 そこで父に電話。 同じで良いとの事。 原理とかあれこれと聞いたのだけど、長くなるので割愛。 幸い、サビは表面にうっすらと付いていただけで、難なくキレイに。 聞いたふうに研いで、何とか準備を整える。 本題。 イカをバラす。 足をがっしり掴みつつ、内臓を壊さないように慎重に胴体からはずす。 嘴、目玉を取り除き、スミ袋を傷つけると大惨事になるので、これも慎重に。 胴体から背骨(?)をはずして、胴体を開く。 新鮮なイカは難なく皮を引くことが出来、これもクリア。 内臓は塩に埋めて、一週間後には塩辛でいただきましょう(楽しみ)。 そして、食べやすいように切り、盛り付け。 (写真参照) 嗚呼、夢にまで見たイカの刺身は無惨な仕上がりに・・・・。 ケンとは呼びがたい大根と、何の工夫も無い切り方。 料理が上手いと言って下さった方には誠に申し訳ない画像である。 でも味はイカだったので、満足の夕食であった。 余談ながら、 今夜は皆既月食だったそうな。 その時間帯は雷ピカピカ、ゴロゴロ、雨ザザザであった。 残念至極。
2007/08/28
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今日は暑さも一段落。 早く書かねばと思っている間に、一週間たってしまいました・・・。 先週12日。 「即興的カラーピース 皮革コースターワークショップ」に参加するため北千住へ。 講師は画材・造形材料ナビゲーターのT氏。 三杉レンジさんの作品展が開催されているヤマウチアートギャラリーが会場なのだが、ぎりぎりの到着でゆっくり拝見する間もなく挨拶もそこそこに、実習に入る。 まずは皮革についての予備知識をいろいろと伺う訳だが、期待通りの濃さであった。ちょっとした即興的コースター製作だけには不必要なくらいである。 素材の使用法はもちろん、制作会社、制作された地域、今回のワークショップがこの会場である意図をわかり易く説明してくださった。 何処から何がどのように自分達の手元にやってくるのかを知るのは大切な事だと思う。それは、何も知らされずぽっと置かれてしまえばあたりまえの事になってしまう貧困な感受性を刺激してくれる。 一通りの説明を聞きながら制作に入るのだが、4枚の皮のコースターに型押しや着色をし、絵止めをして完成させる。 壁の作品の制作過程の重要な部分を占める、即興性を留意しながらなのだが・・・・何しろ慣れないクラフトの作業、悲惨な結果に・・・汗。 瞬発力の低下に、我ながら愕然。ここで画像をUPしたいところだけど、あんまりなので割愛します。 歓談しながら手を動かしながらで、大幅に時間をオーバー。 あっという間のワークショップだった。 午後のワークショップの準備の為撤収しなければいけないのだが、なんとか作品を拝見、作家の三杉さんに少しお話を伺うことができた。清潔で、それでいて温かみがある、整頓された知性をお土産にもって帰る。 勝手な想像をちゃんとすり合せたい。 機会があればもっとお話を伺いたいと思う。 三杉さんの展覧会は、26日まで開催されています。 興味がある方は是非お運びを。 ●「三杉レンジ 軍艦島コンポジションとしてのテトリス」 会期:2006年8月11日(土)~8月26日(日)*月曜休廊 開廊:10:00-19:00 *金曜日は20:00まで 主催:ヤマウチアートギャラリー 三杉さんのHP
2007/08/18
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週末は富士山登山。 五合目にある富士宮口から出発。 ここは既に風雪に圧し拉がれた低い木立と健気に生える草木の群生がちょぼちょぼしている。砂礫と岩の荒涼とした風景。 六合目新七合目までは、宝永山の噴火口を右手に眺め、意気揚々と。 そして八合目かと思いきや、元祖七合目(!)。 ここで、気分は少し下り気味になるが、気を取り直して八合目。 どうにかこうにか九合目で、ここで宿をとる。 眼下の景色は、雲・雲・雲で薄っすらした所を透かして、辛うじて下界がみえる。 こんな所まで登ってきたのだなあ、と感慨ひとしお。 明日の登頂に備えて、早めに就寝。 これがいけなかった・・・・。 息を整えないままに睡眠をとったため、気分が悪くなり目覚める。 寝床で腹式呼吸を努めていたら、同行者が雲が晴れて星が見え出したというから外へ出る。 あれが木星だと指す方角をみると、ふんわり光をまとった大きな輝きがみえた。 風が雲を払って、星が次々と姿を現す。 見上げる空は天の川をくっきりとみせて、銀砂子とはこれかとばかりに迫ってくる。 あっと声を上げた瞬間、こみ上げてきて物陰にしゃがみこみ@!☆*△~~~~。 星に酔ったのか、高山病に負けたのか・・・朝までに2~3度。 あえなく下山組に加わることになった。 翌朝、雨の為ご来光を見送っての出発だったが、宿を出る頃には頂上まで見事に晴れ渡り絶好の富士山日和。 一号分の壁の高さをぼんやりした頭で眺めて登頂組を見上げる。 下る選択が正しかったのか自問しつつ下っていると、 登頂組から頂上の景色を添付したメールが続々と。 絶景哉。 後で聞くと、登頂組も相当大変だったらしい。 無理をして付いていっていたら、足でまといになったことだろう。 残念ではあるが、これで良かったと納得。 富士山登山の間、いろいろな人とすれ違った。 老若男女、装備も風体も様々。 サンダル履きの人(!)、革靴の外国人、防衛大の一団、背負子に着ぐるみを背負った人。 駆け上る人、うずくまる人。 それぞれの富士山なんだと思う。 金剛杖の登頂の焼印がないのは寂しい。 次の機会があれば、今度こそ登頂したいものだと思う。 <宝永山火口> <がっくり、元祖七合目> <見上げる九号五勺の山小屋と山頂><送ってもらった火口風景>
2007/07/24
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詰まっていた仕事をメールでぶっこみ、開放感に満たされてペットボトルの空を捨てに深夜徘徊。 帰路はいつもの散歩道に入る。 毎年青々とした葉をつけるアケビが姿を消し、茂みのような山ぶどうの蔓も姿を消していた。 何にもまして残念だったのが、敷地の建物ごとキンモクセイの巨木が姿を消していたことだった。 あんなに見事なのは今まで見たことがない。 植木屋が持っていったであろうことを願うばかり。 そのかわり、伐られてしまった私の背丈の2倍はあろう山椒の木が、根元から芽吹いたのだろう、腰の丈程に成長したのを見つけ、幾分気持ちは晴れた。 台風一過の空は星がいくつか瞬いて、風はからりとしている。 秋の風のような気配が漂うのが、少し気懸かりではあるが。 さて、本題。今日は、友人が古生物の復元画の個展を開催していてトークショウを催す為、丸の内へ行ってきた。 心配していた台風の影響は他所に、満場である。 スライドを用いて、制作過程や発掘現場に参加した時の写真を披露してくださった。 復元画は想像以上に大変な作業である。 実際にはこの世に居ない生物とは云え、化石は見つかっているのだから、ファンタジーだけでは描いてはいけないものなのだ(ウケ売り)。 研究者との根気のいる遣り取りと、それを反映して描きあげる技術と、本当らしさを表現するイマジネーションと・・必要とされる資質の多い事この上ない。 手際の良さと、判りやすく親しみやすい話し振りに感銘。 大変興味深い内容でした。 ちなみに明日も催されます。 以下~~~ 恐竜復元画の世界・小田隆原画展 案内には書かれてありませんが、急遽追加で明日7月16日14時からです。 近郊の方は是非に。 追記ーーーー アップロードが晩い時間になってしまいました。 行きたかったのに~~~という方、ごめんなさいですm(_ _)m
2007/07/15
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ウィンブルドンの季節です。 今年は男子にも夢中。 BSさま様である。 昨日、雨の為途中延期になっていたフェデラーVSフェレーロを観戦中。 準々決勝ともなると王者フェデラーも苦戦の模様。 5日間の中休みの為か、それともボルグのように燃え尽きようとしているのか。 是非とも立て直してほしいものである。 それに対してナヴァルのあんちゃんの絶好調ぶりは怖いものがある。 今日はポコっと日が空いたので、新国立美術館へ。 道すがら、良い子を発見。 六本木の竜土神明宮天祖神社の狛犬様。 恐れ多いことですが、撮影料をお供えして撮らせて頂きました。 スタイルの違いが面白いので、狛犬様は少しづつ撮りためている。 制作年代や、神社の規模によっていろいろと変わりがあるのだろう。 売れっ子の石工もいただろうし、流行もあったことと思う。 きっとまとまった文献もあろうけど、何しろ気に入った物ばかり撮ってるので調べてみたことはない。 気楽な趣味で続けていくつもり。 江古田氷川神社 あ形 制作年代不詳 作者不詳 碑銘)雨で溶けて判読不可能 尻尾がデニッシュみたい。 江古田氷川神社 あ形 昭和七年 作者不詳 本日撮影の天祖神社 あ形 嘉永四年 作)石工長吉 新宿の大黒さんや、中野の天神様の狛犬も秀逸だけど光量不足で良い写真が撮れなかった。 改めて、撮り直したい狛犬様である。 こうして書いているうちにフェデラーがVをとった。 後半持ち直して、流石は王者である。 フェレーロも最後まで闘士を持ち続け、良い試合でした。 明日がまた楽しみである。
2007/07/06
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相方に誘われ有楽町交通会館で催されている「松戸迷彩会(老舗のスケールモデルの会)」へ行く。 万全の日焼け止め対策を施して我が愛車ヤマトナデシコ2号で。 ルートは以下。 新目白通→早稲田通→東京ドーム→皇居(旧江戸城。こう書かなくては納得いかない人もいる)→日比谷・有楽町 ついでに日頃お世話になっている画廊へ挨拶。 帰路、秋葉原へ向かう相方と別れ神保町へ。 前々より目を付けていた本がまだあるかチェック。 存在は確認したものの、哀しいかな月末…また見送り。残念。 秋葉原で相方と合流。 帰路 は殆ど同じようなものの、秋葉原からドームまでガッテムな妻恋坂、 そして新目白のダラダラ続く長い坂を登り、無事帰宅。 <火曜日> 昨日登り降りした新目白の坂を、漫画家の山田参介先生のお手伝いで再び往復。 あまり手伝いにならずすみませんでした・・・ <木曜日> 図書館へ。 道路から這い登るジトジトした蒸し暑さにヘコタレ気味。 幸田文・石川九楊を借りて来る。 <金曜日> 日中、ゲームの背景レイアウトを30点全てを納品し、夕方新規の仕事の打ち合わせの為、泉岳寺へ。 日傘はしっかり持っていったのに、雨傘を忘れ濡れネズミに・・・。 晴雨兼用傘を購入するべきだったと後悔。 秋葉原夜景 相方が購入してきたボトムズ「テスタ-ロッサ」 要間違い探し。これで結構ご機嫌。 近所の公園で見つけた虫。 ワガタを育てているというクライアントさんにシデムシ」だと教わった。 腐肉を食べる所以だそうな。
2007/06/29
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最近の耳の友。 ハンネ・ヒュッケルベルクというノルウェーのミュージシャン。 澄んだ声に、見事なジャズの歌唱力と北欧的な若干の訛りがたまらない。 ジャジーでエレクトロニック(いや超アナログか)でポップなところもありつつ。 1枚目のアルバム「Little Things」は、彼女が自転車であちこち回って集めた物を使った(自転車のスポークやら食器洗いのブラシやら)実験音楽(風?)なもので、それでも聞きやすい。 兎に角、声が・・・。 本格的なJAZZを学んできた確かさがある。 で、もっともはまっているのがコレ。 昨年の新譜、「A Cheater’s Armoury」 が特にお気に入りである。 クリップのアニメーションも泣けてくる。 アニメを手懸けたのはアンドレア・パレオロゴスという大層な名前の方で、ググっても詳細わからず。 グループ名なのか本人の名前なのか。 ビザンチンからの末裔なのか? 妄想はいろいろと・・・。 問題意識をこんなにキャッチィで聞きやすい形に結晶させることができるのは羨ましい。 聞きやすく、恋愛の歌ともとれるさりげなさに感心。 興味が出たらコチラ↓。 右手のvideoをクリックするとクリップを見る事ができます。 http://hanne.hukkelberg.net/myspaceで、他にもいろいろと聞けます。http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=78344370
2007/06/24
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友人が風邪をひいて熱が出たとのこと。 体温計を持ってないというので、招き入れて明るい所でみたら・・・なんとあの印が・・・。 翌日、病院へ行った彼からの報告は「たぶん陽性」 母に問い合わせてみると、私は麻疹の罹患歴も無し、適齢期に自治体では任意の接種となっていた為予防接種も無し。 昨夜から集めた麻疹に関する情報によると、キャリアーと接触後72時間以内のワクチン接種であれば抑えられるらしく。 私も即病院へ。 一番近い総合病院では、ワクチンが無い。 医師会へ問い合わせ、接種出来る病院を電話でしらみつぶしにあたってみたら幸い近場に1件。 無事接種を受けることが出来ました。 お医者さんからも「大丈夫」とのお墨付きをいただきました。 なんとかひと安心です。 成人になってからの麻疹は怖いものらしいです。 心当たりのある方は早めにどうぞ。
2007/06/15
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古屋・京都・大阪を駆け抜けて帰宅。 ここ1ヶ月の事を言葉にしておかなくてはと思うのだが、何から語り始めればよいのか糸口がなかなかみつからない。 30号の作品は結局山を越えられないまま、現状で止めることに。 いや、もう何手も前に決まっていた事をずるずると引き延ばしていただけである。 今まで観てくださった方にもお気づきの方は居られるだろうと思う。 構想の段階で気付かない振りをしてきた部分、なんとなく雰囲気で逃れようとしてきた箇所が、今後どれ程手を入れようとも解決しない事にやっと気付いたからである。 このまま描いても「絵」らしき物は出来上がるだろうけれど、それでは駄目なのだ。 初手で決められない絵はなんと無様なものだろう。 勢い、潔さは手を入れるごとに死んでゆく。 見切り発車は私の悪い癖である。 「絵」らしきものは完成するが、書き上げてしまうと、何がいけなかったかの痕跡をぼやかして消してしまう。 完成させられなかったことは苦しいけれど、ここで止めないと私は忘れてしまうだろう。 安易に次のステップへ行った気分になってしまう。 もう一度、根っこから練り直そうと思う。 抽象的な物言いで申し訳ないのですが、一先ず、今回の制作日記はここで終えようと思います。
2007/06/02
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GWもはるか昔、この間にレオナルドを観に行く。 地道に仕事をこなしつつ、TVを横目に過ごしつつ。 いろいろと立て込んでおり、 実の所あまり進んでいない。 イエローオーカー・デルフトブルーを施す チタニウムホワイト・シルバーホワイト・イエローオーカーで 髪の部分を描いていく。 身体の箇所も同時に手を入れる。 イエローオーカー・シルバーホワイト・ローシェンナ使用。 地道な作業が続きます。 地にチタニウムホワイトとデルフトブルーの混合をのせる。 ひたすら、チタニウムホワイトで髪を描いてゆく。
2007/05/15
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先日の日記を読んで下さった方、またメールや電話を下さった方々に感謝いたします。 ありがとう。 こういう時、やり過ごすものと、やり過ごしてはいけない事、やり過ごせない事が鮮明になる。 大事なものを失う寂しさが深い時は正面切って向き合わなければ、それを昇華することは出来ない。 恐らく、何かを創る行為も同じことが云えると思う。 留めておきたい事があるなら、霧散しないうちに捕まえて向き合うようにしなければ、あっという間に消えてしまう。 理解する事と、形にすることの間にはなんと膨大な距離があるのだろう。 果たして、私は留めて置くことが出来るのだろうか? 手を伸ばして、捕まえようとすること。 少なくとも、解っているのは、それだけ。 描き込みを続ける。 チタニウムホワイト・ローアンバー・ローシェンナ・テールヴェルト。 今回、赤みをとバーントシェンナも使用。 周りの空間にも再び手を入れる。 ガシガシとデルフトブルーをのせる。 再び、洗う。 擦っても落ちないので、きちんと定着しているようだ。 サンドペーバーとスポンジで削り落とし、チタニウムホワイトを垂らす。
2007/04/25
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昨日、3年ぶりになろうか、久しぶりのI氏との再会。 仕事の話、近況報告などを語らう。 午後の新宿御苑は牡丹桜などの遅咲きの桜が満開で、樹下はさながら雪が積もったようで とても素晴らしい眺めだった。 休憩所のバルコニーからは葉だけにになった源平桃の木にコゲラちょんちょんと跳ねて、特有の動きがなんとも愛らしい。 夕刻帰宅。 父からの留守番電話。 その声に潜む只ならない感じに胸を詰まらせながら折り返し掛けると、 実家で飼っている犬が今日逝ったとの報せ。 その経緯をたんたんと聞く。 突然の事に驚き、泣く。 年に1~2回帰省するかしないかの私を、千切れんばかりに尻尾を振って最初に出迎えてくれたのは彼だ。 犬は順位を作る生き物だ。 柴犬の血を受け継いだ彼は、とりわけに主人に対して忠実である。 私の不意の帰宅ではじめのうちは大喜びだが、私はじきにどうでも良い人になってしまい、父にべったりだった。 ただ、「散歩する?」と聞くと、私がいつもの場所で綱を離してくれるのを良く知っていて、いそいそとした催促顔になった。 私が床につくと、どういう訳か足元へやってきて丸くなって眠った。冬の寒い寝床が、彼の為に暖かかった。 犬は人間よりもずっと寿命が短い。 父と母の嘆きはいかばかりだろうと思う。 もう一緒に散歩することも眠ることも無いと思うと悲しい。
2007/04/20
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先週末は甥っ子の4歳のお誕生日会へお呼ばれしたので、兄一家宅訪問。 ちょっと前までは恥ずかしがって話してくれなかったのに、元気いっぱい、いろいろと旺盛に話しかけてくれた。 その様子がいじらしくて、とても可愛い。 次に逢う時が楽しみ。 あっという間に大きくなってしまって、そのうちまた話してくれなくなっちゃうのかなと思うと、今から寂しくなってしまう。 我ながらの伯母さんぶりに苦笑。。。 昨夜は友人の訪問。 彼が遊びにくるのは暫くぶりだったので、明け方近くまで話こむ。 毎度ながら眠る時間が少なくなってしまい・・・。 我が家のお客様には総じてこの様なおもてなしをしてしまう。 申し訳なく思っております。(ホントですよ。笑) 夕方になって、連絡あり。 チェック待ちの仕事が動きそうである。 それまでに、出来るだけ描きすすめておきたい。 削り落とした箇所を、地と繋がりがあるようにローアンバー、デルフトブルーをのせた。 人物と髪に手を入れてゆく。 チタニウムホワイト、ローシェンナ、イエローオーカー使用。 細かいタッチを繰り返していくうちに、全体の勢いを殺がれてしまわないようにしなければ。 近寄りすぎて視界が狭くならないように、時々離れて見ることも大切である。
2007/04/17
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前回のUPから随分経ってしまった。 その間に、大阪の友人を迎えて花見へ行ったりといろいろ。 着物を着て花見で「細雪」ごっこだと張り切っていたのだけど、 残念ながら雨に。 雨の桜もなかなか良いものでした。 意趣返しに、巣鴨の恒例4のつく日の縁日に皆で着物を着て出かけたら、晴れの予報が見事にはずれて、土砂降りに・・・・嗚呼。幸い、お茶をしながらの雨宿りの間に雨足も収まり、なんとか無事に帰れました。春の不安定な天候には要注意であります。アンドリュー・ワイエスの展覧会へは2度ほど。 何度みても新しい発見があり、最近はテンペラの完成作より水彩のスケッチが興味深い。 作家の高い感度がより生に近い状態で見れるのはあり難いことである。 自分がその風景の中で同じ感動を分ちあっている様に思える。 優れた作品とはこういう事を言うのだろうか。 会期は10月までということ。 あと何回足を運べるだろうか。 その前に、レオナルドと靉光を詣でなければ。 さて、前回からの続き。 前回の色をのせて洗う作業を2回程した後、 ローアンバーで暗部を描いてチタニウムホワイトでハイライトをいれた。 描いていくうちに全体が重くなっていくようなので、 抜きの部分を削り落とすことに。
2007/04/12
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久々の大作である。 草稿を練っては寝かせ練っては寝かせて、 やっと実制作に入る決心がついた。 私にとって50号のパネルはとてつもなく巨大に思える。 地塗りをして磨くだけでも一苦労。 制作の行程は先の小品と基本的には同じである。 今回は細々とした説明なしで、状況報告をしていこうと思う。 地塗り材は同じくホルベインのジェッソS。 微粒子タイプなので、幾分かは磨きやすい。 草稿。原寸大の下絵である。模造紙に鉛筆。 転写を済ませたパネルに描画層の一層目を施す。 左のパネルはオーカーを塗ったもの。 皿にはローアンバー、デルフトブルー。 地色を最終的に活かすようにしたいので、 ここで色調を決めてしまおうと思う。 下塗りを終えたもの。これから、サンドペーパーで削ったり洗い出したりするので、 濃い目に色をのせておく。 手の部分はポイントなので大きめに描いていたのだが、 大きくなりすぎたので、修正。
2007/03/28
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ながらく寝かせておいた作品に手を付ける。 下層描きを十分に乾燥させてから上層部の油彩に入るわけだが、少々置きすぎたか。 画面全体にルツーセを薄く塗る。 ホルベインのダンマルワニスは濃度が高いので、 適量のテレピン油で希釈。 暫く置いておいた油画は再度描き始める際に絵具をはじいてしまうかもしれないので、喰いつきを良くする為にルツーセ(ダンマル樹脂+テレピン油)を塗布すると描き易くなる。 衣服の箇所を油絵具のシルヴァーホワイトで描く。 下のニュアンスを壊さないように調子を見ながらのせてゆく。 最後の段階に入ったので慎重に。
2007/03/27
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といっても、桃井かおりではない(注。夜なべをしていたらゾクリと背筋を撫でるものが。目覚めると喉と鼻がグズグズしている。今日は天気が良いので散歩がてら買出しに出たら、どうも怪しい。鼻と、殊に目がしばしばする。花粉か?数年に一度、体が弱っている時などに酷い目に逢うのだけど、今年は飛散量が少ないとのこと、タカを括っていたらそれらしい症状が出始めた。風邪をひくのも困りものだが、花粉症は長引くから性質が悪い。そうで無いことを祈ろう。暫く前に沢山花芽をつけていたミモザが咲いていた。
2007/03/06
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昼下がり、新宿御苑へ。ここの早咲きの桜をみると、待ち焦がれた春がとうとうやってきたと思う。ああ、今年もこの桜がみれたという喜びは毎年変わらない。おととしは、アオタテハがこの木の周りを群れ飛んでいて、時刻は午過ぎ。昨年は正午に行くと、メジロが鈴なりのようだった。今年は、ヒヨドリが沢山。道すがら手に入れた「追分だんご」に舌鼓をうちつつ、閉園の案内を聴く。あわてて、もう一つの桜を観に。中の池のシュゼンジカンザクラ。行ってみると、満開の木の下に不自然な散り方の花びらが。犯人はおまえか・・・・笑閉園の御苑を後に、ゴールデン街のネコ様を詣でて、追い込み中の山田参助先生のお手伝いへ向かう。夜半、下関マグロさん方来訪。差し入れをご馳走様でした。すったもんだで明け方帰宅したら、TVで増村保造監督「しびれくらげ」を放映。クライマックスは、ヤクザにボコボコにされた玉川良一を渥美マリが更にボコるシーンか。ナオミ再び。笑みているこちらも余りの面白さに悶絶。日が昇るころに意識は遠のいてやっとの就寝でございました。
2007/03/03
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友人に誘われて味噌作り体験へ参加。移動中、手に入れたばかりの草履が足に合わなくて痛くなり、若干暗い気持ちで下北沢という馴染みの無い場所へ。総勢10人あまり。初めて逢う人達ばかりのなかに、自己紹介もないまま圧力鍋にかかる鍋を囲む。行程は、一昼夜水に浸した大豆を圧力鍋で柔らかくなるまで煮る。↓煮上がった豆をマッシャーなどで頃合まで潰す。↓塩と米麹(今回は乾燥物)をまぜておいたものと合わせる。↓団子状に丸めて、用意したタッパーに空気が入らないように隙間なく詰める。↓表面に塩をふって、ラップをする。会場ではここまで。あとは持ち帰った物を常温保存、2ヶ月程たったら混ぜ返し再び常温保存。6ヶ月程寝かせたら完成。豆を煮たり、代わる代わる豆を潰したりしている間にそれぞれお話したりで、和やかに会話を楽しみました。その後、たこ焼き大会(何故に?)。味噌作りの時よりイキイキしていると云われ・・・。これも関西人の血か?誘われるままに、味噌作り会に参加したので、このサークル(?)の趣旨がよく解らない。企画者のギャラリートーキョージョー・城主ふんず氏に訪ねてみた。前回のイヴェントは「足袋作り」だったそうで、何かしら、楽しいことを思いついたら人を募ってやってみる。私が参加したその日はたまたまイヴェントに部屋を明け渡していただけで、常態はギャラリー・・・なのか。兎に角、なにかしら面白いことを企画しているそうなので、興味がある方はチェックしてみて下さい。http://blog.goo.ne.jp/gallery_tokyo_joe/e/11499019cf072787aef47330805f8082大豆を煮ているところ潰した豆と麹・塩を加えたものを丸めて容器につめる。状態は殆ど味噌。ギャラリーのバルコニーより。 もう春の空。
2007/02/28
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古い着物を購入。 古布・リメイク用6枚ひと揃えで格安品。 その中の一枚をとても気に入ってしまった。 ただ、リメイク用なので、難アリ。 なんとかして着れないものかと、まずは検分。 藍墨茶に朽葉色の細かい縞、袖裏は緋色に黒儒子の袖口。 裾回しは樺色でとても渋い。 背中半身に大きなヤケとシミ、ちょんちょんちょんと虫食い穴が結構な箇所にアリ。 裾まわしの部分は壊滅的に食い荒らされてどうにも。 一念発起して、解くことに。 解体してゆくと、いろんな発見がある。 生地はしっとりとしたつやとハリがある、ひどく細かい織。 糸を抜くとキシキシと音がする。 自家製なのだろう、しつけ糸はいくつも接いであり、針目はところどころヨロケている。 縫込みの間からホコリのかたまり。 糸くず、はては4cm程の木屑が出てきた。 いつ頃のものなのか、生地は何なのか。 どんな人が着ていたのか。 どんな経緯で私の所までやってきたのだろう? 私よりずっと年かさのお友達がいるので見せてみたところ、 ある程度の疑問が解けた。 解はこうである。 *表が地味で裏が派手。裾綿が入っていて袖が長めということは、良い所の若奥さんではないか。 *田舎の古着屋さんから購入したワリに、粋すぎやしないか。 裾綿入りということは戦前のものね。 戦中にお米と取り替えて、流れていったんじゃないの? *生地は大島かもしれない。とにかく良いものである。 全て想像の粋を超えていないので、全く疑問が解けた訳ではないけれど、なんとなく納得。 生地が何者なのかは洗いにだして確かめてみるのが確実かと思われる。 さて、解いてしまった着物のなれの果てをみて肝心なことに思いあたる。 いったい誰が仕立てるか???? 仕立てに出せる程の経済力はなし。 嗚呼・・・・。 初々しい島田髷のお姉さんが頭をかすめる。 その笑顔は大事に使ってね、と云っているようである。 着れるのはいつになることやら・・・・。 *写真・・・撮ってみましたが、色が上手く出ませんでした。
2007/02/24
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季節とて、梅を伺いに「湯島天神」様へ。遅かったのか白梅はほぼ終わりかけで残念だったけど、そのかわりおサルの芸を見ることが出来た。同じ霊長類とはいえ、その運動能力の高さに感心。我々が失ってしまったものをしみじみと想う。その後、不忍池へ。様々なカモ達が。気の強いのや臆病なのやら。鳥達の姿のデザインセンスにはいつも惚れ惚れする。オナガガモの渋い小紋に隠れた藍色が反射する畳んだ翼やら、艶やかに光るキンクロハジロの黒い頭に、アクセントの黄色い目など。この場所は、近くまで来てくれるので、ゆくり観察できる。いつまで見ていても飽きない。かねてより行ってみたかった旧岩崎邸庭園へ足をのばす。当時15000坪(!)に20もの建物(!!)があった屋敷は、現在は、洋館、書院、ビリヤード室を残すのみだが、伝え聴いていた、復元された金唐皮紙の壁紙は想像以上に美しく、往時の煌びやかさを十分に伝えてくれる。印象的なのは書院のほうで、至る所に菱紋があり、組子細工の見事さは云うに及ばず、改めて日本の伝統工芸の技術の高さに胸が締め付けられるようだった。書院の撮影はお断りということだったので、断念。広々とした芝の庭園で深呼吸してその場を後に。<旧岩崎邸洋館バルコニー><旧岩崎邸洋館外観>疲れてしまったので小休止。「みはしや」でお汁粉を食す。いつ行っても美味い!盛りだくさんの一日でありました。
2007/02/19
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葛西臨海公園へ行ってまいりました。 前回行った品川の鳥類園よりも規模が大きく、 あちらこちらと歩き周り、ぐったりです。 今回見つける事ができた鳥です。 全部書き出したら長くなるので、印象に残るものだけを。 オオジュリン・ノスリ・セイタカシギ・タシギ ミドリガモ・オオアカ・アカハラ・ヤマガラ 等など。 今回の戦利品です。 哀しいかな、スペックは物凄く低いので(携帯ですね)、 やっぱりだいぶピンぼけです。 左・・・ノスリ(備え付けの望遠鏡ごしに撮影。 ぐっと息をこらえて。) 中・・・ヤマガラだと思われます。 ゲラの仲間のように、幹をコツコツやってました。 右・・・お約束のネコ様。
2007/02/07
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地雷ではないのでご安心を。【1】バトンを渡してくれた人にメッセージを書く どもども。 いつもお世話になってます。 また、ゆっくりと飲みましょう。【2】いただいた質問です1、お酒飲んで記憶が無く、次の日に言われた一番恥ずかしいことは? 記憶が無くなる程飲んだ事はあまりありませんが。 「ああ、昨日ね。」ニヤ。(あとは無言) 死ぬ程、恥ずかしいです。 何やらかしたか、物凄く不安になります。2、朝、仕事に行って「お酒臭いね?」と聞かれたらどう言い訳する? 「飲みすぎました」とあっさり白状します。 言い訳はしません。3、一日だけ知り合いの身体を借りれるとすれば、どうする? (自分の体は保管して、相手の意識は 一日記憶なし) 出来れば、私より背が高い人を希望。 視界が変わったらどんな風に見えるのか体験してみたい。 電車乗ったり、人ごみにまぎれてみたり。 何気なく過ごします。【3】次の人への質問を3つ考える <質問1>100万円あったら、何を作りますか? <質問2>1で作ったものを、どのように使いますか? <質問3>一日だけ知り合いの身体を借りれるとすれば、どうする? (自分の体は保管して、相手の意識は 一日記憶なし) *面白いので、潜水艦海苔さんより拝借 【4】バトンを渡す3人を指名する もんちさん 潜水艦海苔さん(バトン返しぢゃ!) 3倍さん(ブログまたぎますが、宜しく!)
2007/01/27
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昨日は寝るのもそこそこで、東京港野鳥公園へ。 ごとごとと電車、モノレールにゆられて流通センター前下車。 途中、優雅に舞うカモメや忙しなく飛び移るヒヨドリなどを見つつ、すでに気分は準備万端。 物珍しげにキョロキョロと巨大な倉庫群を抜けて目的地に到着。 ゲートで双眼鏡を借りて、園内の地図を見つつ行動計画をたてて散策開始。 池には様々なカモ類が。 キンクロハジロ、ホシハジロがほとんど。 小柄ながら気が強いカイツブリ。 おとなしめのバン。 コガモ、ハシビロガモ。 カワウ、アオサギ、シラサギなどなど。 これからが営巣のシーズンなので、皆羽色が美しい発色をみせている。 観察小屋をいくつか回りながら、小鳥類は見つけるのが難しいと実感。 高い枝でじっとしている百舌鳥。 ちょこまかと飛び回るメジロ、ヒヨドリと追いかけっこをするツグミ。 群れで移動する、かしましいオナガなどは見つけやすいけれど、地味なアオジやオオジュリンは残念ながら見つけられなかった。 東京湾野鳥公園は干潟があり、シギ・チドリ類を見られるのだが、 多くが夏鳥なので、年中見られるイソシギで満足。 そして、待望の猛禽類。 園内で見られる鳥のパンフレットによると、 オオタカとノスリがが生息しているらしい。 観察小屋で、昨日も来ていたという大きなレンズのカメラを構えた方にお話を伺うと、いつも鳥がとまる木を教えてくれた。 その方は副業といいつつも、 素晴らしい写真をいろいろと見せて下さった。 なかでもハヤブサの親が獲物のハトを若鳥に空中で渡そうとしている写真は凄いもので、こういうのは運のようなものだと仰っていた。 にしても、いつやって来るかもしれないシャッターチャンスを待つ忍耐力と瞬発力は、只の運とは云えない力があるのだろうと思う。 猛禽類はお気に入りの止り木があり、いつもそこから獲物を狙うことは知っていたが、実際の姿をみるのは初めてだったので大興奮。 ノスリとオオタカを双眼鏡や備え付けの望遠鏡で追いかけて、殆どの時間をそこで過ごした。 カラスが数羽でオオタカを追いかけてからかう姿を見ると、 カラス憎しと思ってしまうのだが、 生息地域をここまで狭めてしまった私達の暮らし方の事を思うと複雑な気分になった。 いろいろと教えて下さったカメラマンの方に挨拶をして、 朝から夕方まで時間を過ごした、園をあとに。 帰路、往時に渡った橋の前で、 ジョウビタキを見ることができた。 ちょっとしたオマケに嬉しくなった。 たっぷりとした時間をを過ごせて、楽しい一日でした。 帰宅して仮眠をとったあとに、昼間にお逢いしたカメラマンの方から、沢山の写真を添付したメールをいただいた。 今日撮ったノスリの写真やその他の鳥達、風景写真などどれも美しく素晴らしい写真。 この場で、もう一度お礼を言いたいと思います。 貴重なお写真を頂き、感謝します。 ありがとうございました。 写真左・・・ネイチャーセンターにあった、ノスリのぬいぐるみ。 実際の鳥と大きさ重さ共に大体同じくらい。 かわいい。 中・・・園内の看板。 右・・・帰路、橋の下に発見。看板には「捨てないで!」と。 笑えるけれど、笑えない・・・。 鳥の撮影は断念しました。 いつか良い写真が撮れたらね。
2007/01/22
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今日は「大寒」だそうで、一年で最も寒いとされる期間のド真ん中。 ここ数日の中では、寒い感じがするが、鼻の頭が赤くなるほどでもなく。 子供の頃はもっと寒かったように思う。 気候が温暖な地域で育った私でも、この時期には「しもやけ」に泣かされた思い出が。 いつまで半袖シャツで登校できるか頑張ってみたり(ばかな事を・・・風邪を引いて結局は冬を通せなかった。)、 登下校のみち草で、薄ごおりに手をつっこんでみたり、 子供が多い年で急ごしらえのプレハブ教室が隙間風ピューピューだったからかもしれないけど。 さて日課の散歩。 いつもは自転車で通りすぎてしまう景色も、 ゆっくりと眺めることができる。 ヒョウガミズキか満開。 ウメ、咲き始め。 山茶花。 ツバキ。 沈丁花の花芽が重たそうで、今にも咲きそうな勢い。 ミモザもごく小さな花芽をいっぱいにつけていた。 ヒョウガミズキも沈丁花も3月ごろの花なのに、確かに今年は一段と暖かい冬のようである。 腰痛は随分改善されてきた。 何事も3日ぼうずなので、この散歩もいつまで続くことやら。 写真は道すがらのウメ。 かなりピンボケ(泣
2007/01/20
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駄洒落です・・・。 で、ここ何日かの覚書。 日曜日は年始の挨拶に叔母の家へ。 家族の話を中心に、遅くまで話こむ。 日付が変わってしまったので、明日は叔父が仕事があるというのに泊まらせてもらった。 何時行っても暖かく迎えてくれることに感謝。 仕事のほうは休みぼけから助走して、松が明けると同時に全力疾走。 並行して腰痛勃発!仰向けに眠れないくらいに痛む。 要因いくつか。 移動中に無理をしてはき続けたローライズのジーンズ。 履きなれないおろし立てのヒール。 座りっぱなしの日々。 休み中の体重増加(T_T) などなど・・・・・・・・・・・・・・・・・。 という訳で、毎日少しづつ歩くことを始める。 友人を誘って深夜に徘徊したり。 買出しも出来るだけ徒歩で。 今日は図書館まで息抜きがてらの散歩。 沢村貞子と幸田文を借りてきた。 一段落したら読むことに。 若干快方へ向かっている模様。 なんとか乗り切れることを祈ろう。
2007/01/18
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昨日・今日と帰省の間にたまってしまった雑務を済ませる。 午後から昨年秋に出品した「国際書画大賞展」で新人賞を賜ったので授賞式へ。 平面作品なら可ということで出品したのだけど、 殆どの作品が水墨によるもの。 ずらりと並ぶ作品を眺めることでとても勉強になった。 自分の作品にどうすればフィードバックさせることが出来るか、思案どころ。 その後、実相時昭雄監督の「シルバー仮面」が最終日なので、慌てて渋谷へ。 チケットを購入し、案内されるままに入場。 満席立ち見状態。 1分程して見ているものが違う事に気付き退場。 隣でやってる、海のナントカという映画のチケットをわたされていた。 改めて、本命「シルバー仮面」へ入場しようとしたら、 最後の上映なので、満席。 立ち見どころか隙間に座ることも出来ない程ギュウギュウだそうで、中に入ることすら叶わず。 もっと早いうちに行っておくべきだったと後悔。 運良く払い戻しをして頂き、パンフのみ購入して無念の帰宅。 DVDが出るのを待つしかない・・・。 帰路、京浜東北線の人身事故のあおりを受けて山手線もダイヤが乱れ、駅構内はなんとなく殺気だっており。 気圧の為か、暦のせいか。 今日は、チグハグな一日の模様。
2007/01/12
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今年のツアーも終わり、無事に我が家へ帰って参りました。 今回のスケジュールは思ったよりもゆったりと羽を伸ばす事が出来、新規まき直し、良いスタートを切れそうです。 しかし・・・相次ぐ移動と乾燥で肌はパリパリになってしまいました。 年齢には勝てないようです。 もっと沢山の方々にお逢いしたかったのですが、 中途半端な移動時間の為、面談叶わなかった方々には 申し訳なかったです。 また機会を作ってお伺いしたいと思います。 さて、今度の旅でのベストショット(?)3つ。 新春とは関係ない写真ばかりです。 <写真左> 夜行バスの移動中寒波に見舞われ、到着は予定より約6時間オーバー。 腰がダメになるかと思いました・・・。 <写真中> 高知県・久礼にて。 小さな漁港です。 ネコ様パラダイス。 沢山写真を撮りましたが、その中の一枚。 郷土の歌人の懐に休むホルネコ。 <写真右> 実家の冷蔵庫からの発掘品。 驚きの開花。 あんまり見事だったので、接写。 苦手な方は、ご容赦下さい。
2007/01/11
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皆様、新年あけましておめでとうございます。 今日、初詣にておみくじを引きました。 大吉でした。 昨年はあろうことか、大凶を引いてしまったので、今年は幸先がいいようです。 初夢はまだみていません。 皆さんは良い夢を見られましたか? 今年もどうぞ宜しくお願い致します。
2007/01/01
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暮れの用事をバタバタですませ、見切り発車で帰省の旅へ。まとめた荷物を前に、家を出てから年越しを自分の部屋で過ごしたことがないなあ、としみじみ。あるときはイヴェント会場(しかも仕事(泣))で。あるときは実家で。あるときは深夜バスで。ネコ達の世話を友人に頼む。私が旅行の準備を始めると、彼らはソワソワと機嫌が宜しくなくなる。「すまないねえ。長期の旅はキミ達には無理なのだよ。」と言い聞かせつつ。今年一年の総括は旅先ですることに。さて。出るとしますか。
2006/12/28
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さて、暮れも押し迫ってきました。 やっつけてしまわなきゃいけない事、 山積みなのを脇に置いてチクチクと仕事しつつ。 最近、友人が送ってくれた音楽ソフト一式の中で、 最もお気に入りの一枚がある。 甘くソフトで、それでいて枯れた感じの声がたまらなく良い。 初めて聞いた時、ビビッと走るものがあって、それ以来ヘヴィーローテーション状態。 私は音楽関係は疎いので、友人からの情報源に満足している。その友人、全くピンポイントで私の好みを突いてくれる曲を 毎分けてくれるのはいいけど、レヴューもなにも無し。 「カーリン・クローグ」という名前だけを頼りにググってみたところ、ノルウェイの国民的ジャズヴォーカリストだという。 アルバム名:『WE COULD BE FLYING』(1974年) KARIN KROG(カーリン・クローグ) 私が生まれた頃の盤だ。 こうして分けてもらって、名前も盤名も知らないのに、 ベタ惚れしていまうものは、たいてい70年代のものだったりする。 我が家は音楽が溢れていた家でもなく、芸術的な空気に満たされていたわけでもなく、一通りの俗な子供時代を過ごしてきたので、耳慣れた音というのでは無い。 なのに、たまらなく懐かしい感じがするのは何故だろう。 子供の頃に刷り込まれた「時代の空気」みたいなものが、 そういう物に吸い寄せられるのだろうか。 ともかく、ググッたところであまり有用な情報が出てきませんでした(検索方法が悪かったかな・・・)。 ご存知のかた、宜しくお願いしますね。
2006/12/22
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yahoo!ニュースからリンクのサンスポより転載 ------------------------------------------------- 映画「砂の女」やアニメ「ムーミン」の声で知られた個性派女優の岸田今日子さん=写真=が17日午後3時33分、脳腫瘍(しゅよう)による呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。76歳。 -------------------------------------------------- もうみんなご存知かと思いますが、あえて転載。 考えてみれば、私の両親よりもずっと年上で、 早すぎるとは言い難いのだけど、とても残念。 何か、とても頼もしい人を失った感じ。 一つ時代が終わったように思うのは私だけ? 数々の忘れ難い映画やドラマ、その他多岐にわたって印象深いものを残した人だから、多くの人が何か一言あるでしょう。 「砂の女」「卍」それから「アヤベのばばあ」とか。 「あ・うん」の岸田今日子さんも好きだったなあ。 子供の頃、「ムーミン」のレコード(ソノシートだったかな?)の朗読を聞いて、あまりの怖さに震え上がった思い出も(冬眠前の冬の暗さが炸裂してました)。 指折り数えると、両の手では足りないくらい。 彼女自身のパーソナリティと与えられた役を融合させて、 いつも素晴らしい芝居を見せてくれたことに感謝。 ご冥福をお祈りいたします。 追記--- 青島幸男氏もお隠れになったそうです。 この方にも、知らず知らずにいろいろ刷り込まれてます。 併せて、合掌。
2006/12/20
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「ラストサムライ」初見。 5秒に1回突っ込みながら(笑)。 そんな腰高での殺陣、裾さばき大変だろなぁ。 とか、 刀でつばぜり合いしたら、すぐ使い物にならなくなるだろ。(武士なのに、無宿者のような殺陣・・・兼さん、真田さんエラいと思います。いろいろと思う所があったはず。) とか、 地方豪氏(?)が、沢山馬を集めてる時点で殲滅されんじゃないの? とか、 ・・・まあ、いろいろと。 突付いても仕方ないことは解ってますが。 ただ、あれだけの戦闘(合戦?)シーンは日本じゃなかなか出来ないだろうな、と感心。流石ハリウッドです。 あと、銃類の考証はまま良しらしい。 ファンタジーとして見たら、楽しめました。
2006/12/10
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昨夜、TVで「ミリオンダラー・ベイビー」再見。 TVの放映なので、尺をどこかで切らなければいけないのは解っているが、どこで切るかはセンスを問われることだろう。 最近、TVをみていると本当に頭にくることが多い。 いったい何をやっているのか? 今回の映画「ミリオンダラー・ベイビー」も、 一番重要なシーンがカットされていた。 ガゾリンスタンドのシーンがばっさり。 そこでは、孤独な主人公の気持ちが詩情を湛えた映像でくっきりと描かれている。 家族・若さと老い・孤独・美しさ・・・、全てが凝縮された象徴的なカット。 主人公2人が最後に下す決断を意味深いものにするには、絶対省かれてはいけないシーンなのに。 でなければ、イーストウッドが幼い自分の娘をそこに登場させたりはしなかったろう。 映画の見方は人それぞれだろうと思う。 私がこだわっているシーンがなくても十分汲み取れるという人もいるだろう。あるいは、このシーン以外にも重要な箇所はあるよ。 それとも、気に入らないならDVDを買えばいいじゃないか。 (もちろん、手に入れるつもりだが・・・) 何はともあれ。 私はカットした人のセンスはどうかと思うと言いたいだけなのだが・・・。 逆説的に・・・カットされていたことによって、この映画の本当のカタルシスが、私にとって何処にあったのかはっきりとしたように思う。 「君だったらどうするかね?」 私はイーストウッドの映画を見るたびに、この問いかけに直面させられる。 私ならば・・・。 答えはそう簡単には見つからない。 「だがしかし・・・それでもなお」 そういう気持ちを持ち続けていられたらと思う。
2006/12/08
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やまとなでしこ号初号機(ママチャリ)譲渡会。 友人もんち嬢へ譲ることに。 購入した自転車屋へ同行、防犯登録を書き換え、引渡し終了。 改名未だなし。 もんち嬢が「やまとなでしこ」に乗っかるわけで、複雑な心もち(笑 「父親達の星条旗」鑑賞。 単純な回答をはじき出せない内容に、胃の腑を鷲づかみにされ、食欲わかず。 いかに、自分に落とし込むか格闘未だ続く。 デザインフェスタを覗きに行く。 その後、紹介された展覧会へはしごのはずが、猛烈な偏頭痛の為断念。 残念至極・・・。 山を越えられずウンウン言ってた作品の下絵をどうにかこうにか描き上げる。 乾燥待ちの「開封」やっと手を付けられる状態に。 乾きが遅い原因いくつか。 録画してあった「シルバー仮面ジャイアント」流し見。 フィルムの為か、画面青すぎ。 怪獣(?)怖すぎ。 何よりも、エエもんのはずの岸田森が怖い。 その間に、遅々として進まなかった、先輩からの仕事アガリ。 小泉保明氏の個展へ。 一年ぶりの再会。 丹念な作業と美しい仕上がり。 図像の念入りな研究と、真摯で誠実な姿勢はいつも背筋を正される想いがあります。 お時間のある方は、ご覧下さい。。(写真下参照) ~瑞兆~ 小泉保明/極楽堂個展 2006/12/4(月)~12/9(土)12:30~19:00(最終日17:30) Gallery銀座フォレスト 東京都中央区銀座1丁目9-8奥野ビル507
2006/12/05
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