1

■ローカル紙で高岡市の和食 「大手門」の閉店を知った。30数年、一代だそうだ。■この店、うどんが中心だったが、美味しかった。食材にこだわりがあったのかきっちりとした料理をだしていた。味はどちらかと言うと関西、金沢のやや甘い味。これが好きだった。■子供が小さいときに、良くファミレス代わりに使った。ファミレスへも言ったのだが、まだ2歳くらいの娘が「不味い!」と大きな声で・・・別のそばやへ行くと「辛い!」生意気なガキだ。そこでいつも行くのがここ。それともう少し大きくなってからは、近くの居酒屋。■子供のお気に入りは「おこさまうどん」お子様ランチみたいなうどんセット。私はカツ丼とか鍋焼き、揚げ餃子、串カツのセットなんかもあったと思う。■店が一度移転する。少し高級なメニューに切り替え。その間、他の店も出すが、上手く行かなかったようだ。女将さん、声をかけられるくらいで、話したことはなかったが、気さくな女将という感じ。娘さんが店を手伝っていたような・・・時代なのだろか。■ある時、会社へじいちゃんとばあちゃんと娘が来る。職場になんなのだろうと思ったら、子守を外注された祖父母に娘が「おさかなさんのおうどん」じゃないと嫌だと言ったそうだ。おさかなうどんなんて思ったのだろうか?にしんうどん? 「愛ちゃんがどうしてもおさかなさんのおうどん食べたいと言うのだけど、どこですかね?」■それだったら、国道の「大手門」だと思う。前の店の入り口には鯉が泳いでいた。■懐かしい店。最後に言ったのは昨年だったと思う。近くにフランチャイズ系の○亀うどんが店を出したりもしたが、競合する店ではない。強いて言うならば、客単価が下がって来たと言うことなのだろうか。外食は大変らしい。ラーメンは飽和状態、しかもディスカウント。今ならイタ飯(と言ってもパスタ)の方が受けが良いようだ。■大手門さん閉店ご苦労様とお礼を言いたい。女将さんご苦労様。後継者がいなかったらしい。次に入る店はしんどいと思う。決して立地で客が入っていたわけではないので。閉店するなら名前は譲渡しないで欲しい。
2011年01月19日
閲覧総数 662
2

■京都には本当に老舗が多い。太市のすっぽん、応仁の乱の刀傷があるって言ってなかったか・・・新撰組ではなく応仁の乱だと本当に尊敬。■龍馬ブーム。げろを吐いた木屋町が近江屋跡とか土佐藩邸だ。ここは江戸末期か・・・■好きな店で消えた店がある。明治でもなく、大正でもなく、たぶん昭和。もう一つは平成かもしれない。■木屋町四条下ルの「森繁」インカ料理の店。ファンだった。インカコーラ、インカの黒豚、コンドルのから揚げ、馬鹿からいシチューが付く。家族で行ったこともある。マスターと写真撮ったもの。■消えました。高齢のマスターの後継者がいなかったということなのだろう。残念。隣のぴんきゃばの呼び込みに聞いたら、「ずいぶん前に閉めはりましたぜ」との事。何年か前のブログには登場するので、何年か前までは存在したはず。■もう一店は、「サントリー」たぶん漢字の当て字だったと思うが、祇園新橋の辰巳明神の近く。タクシーの運ちゃんに言ったら、首をかしげていた。で、辰巳神社、白川沿いと言って止めてもらったら、店がない。なんだかギャラリーに改装中であった。(2009年夏)■聞くところによると、ここは何をやってもうまくいかないところらしい。それに、何かが出たそうだ・・・・おおコワ。■サントリー、創作料理の走りのような店。今ではあまり行きたいとは思わないが、お茶屋を改装した造りは楽しめた・・・■かにかくに・・・お店は遠くに行きにけり。■祇園白川を愛した、吉井勇の歌かにかくに祇園は恋し寝るときも枕の下を水の流るる■いい歌だと思う。祇園新橋、白川沿いはいつ行ってもいい。■実は、「かにかくに」というお店がある。白川に面して。やはりお茶屋さんを改装した感じのいい店。■次に行く時に消えないでほしい。「かにかくにお店は恋し世の中の不況の中を経営者は流るる」
2010年01月13日
閲覧総数 81