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5 月末頃からアマプラにはまったどろろにめちゃくちゃはまっていました。どれくらいはまったかというと約一か月で 7 本小説を pixiv に上げ、そのうちの二つが R18 なくらいです。 R18 六年ぶりに書いたよ。めちゃくちゃ恥ずかしかったよ。どろろちゃん 11 歳なのに脱がしちゃって罪悪感あったよ(さすがに小説上では少し成長設定にしましたが)。それでも、書きたいっておもっちゃったんだもん。もしよかった読んでやってください→ https://www.pixiv.net/member.php?id=3401762
原画展もいっちゃったよ。
アニメも終了して一週間たって少し落ち着いてきました。醍醐トリオのプロットが 1
どろろの25話の妄想も悪くはないですが、やっぱり私にとって百鬼丸の魅力とは欠損・執着・激情だったんだと思います。五体満足だと、嬉しいんだけれど「満足」しちゃうんですよね。
まぁ、なんやかんやで百鬼丸が旅路や豊かになったどろろの村の用心棒的な感じになったときに、結局どこまでも暴力に頼らざるえないことに苦しんだりするのもいいかなと思いますが。
でも、モブ殺戮はあまり背負いすぎなくてもいいかなと思ってます。もうどうやったって償えないし、「俺は幸せになる資格なんてない」なんてぐるぐる考えているの見たくないです。そんなの死に場所を探してさまよう寿海さんと同じコースになっちゃうし。悩んでいるくらいならばどろろちゃん幸せにしろ!という感じです。あの時代、業を背負っているのは百鬼丸だけでもないし。
どろろにはたくさんの「おっかちゃん」が出てきますが、正直、寿海、縫の方、おじやさんはあまり共感できなかったなぁ……。寿海さんも縫の方もどんだけ死にたいんだよ……。縫の方に至っては百鬼丸に親殺しをさせかねんばかりでしたからね。そんなの贖罪じゃないよ。多宝丸のことをもっと見るべきだったし、多宝丸と一緒に死ぬんじゃなくて最後まで助けようとあがいて欲しかった。焼死って全然美しくないからね。煙で中毒死できなかった場合、奥歯が歯茎にめり込むほど苦しいらしいよ。
おじやさんもあんな小さなどろろを残して衰弱死とかダメだよ。財宝食いつぶしてでも、体売ってでも生きてどろろを守らないと。まぁ、そんなこと言ったら物語にならないわけですが。
好きな「おっかちゃん」はミドロ号です。憐れでなりませんでしたが。
最終話で百どろのイチャイチャシーンが短い上にカメラが琵琶丸に行っていた恨みは忘れません!
25 話の妄想もういいやと言っておきながらちょっとだけ。地獄堂で形見ともいえる観音像をさっくりと手放した理由について考えてみました。「確かめることがある」っていうのはオッカチャンズと多宝丸の生存確認で、抜け穴かなんかで脱出した三人が確認できたから
「また作ってもらえばいいや」とばかりに観音像を景光にあげちゃったとか。
で、百鬼丸は旅に出たと見せかけて寿海宅に帰省してて、多宝丸の看病がてら読み書き教わったりしてるとかいう。多宝丸は百鬼丸のマイペースぶりにイライラしているうえに、ふとした拍子に百鬼丸の手に触れてしまって、陸奥と兵庫のことを思い出してしまって苦しくなってしまったり。
百鬼丸と同じかそれ以上に運命に弄ばれてしまった醍醐トリオの生存ルートはどこにあったのかなとよく考えます。詰みが確定してしまったのは陸奥が地獄堂に言った時なのかな?陸奥が行かなければ死亡は陸奥だけだったかも。多宝丸はいい子過ぎて本当に不憫でした。
書いたらちょっとすっきりするかなと思ったのですが、書いても書いても整理しきれないくらい、どろろ面白かった!それに尽きるわ。うん。
とりあえず、こないだ布教していただいた漫画読んでくる。みんなでタンバリンたたいてハニトーつつきながら観る刀剣乱舞の映画面白かった。