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皆さん、お久しぶりです!!元気にしていましたか?復帰の日にちが遅くなってしまって、楽しみにしていた人たちには大変ご迷惑をおかけしました;しかも、1年後には帰ってくると言ったのは、確か2007年6月30日…。もう、1年過ぎちゃってるYO☆ ←テンションはあのときから全く変わっていません、衣瑠香です。皆さん、この一年どうお過ごしでしたか?私は、本当にいろいろありました。では、今日の日記はこの一年を振り返ってみましょう。2007年7月。私は、ネットから遠ざかりました。夏休みに入れば一日中、塾に籠る日々。朝6時に起きて、6時代の電車に乗ってはやく自習室を確保し、12時近くになると近場のローソンに行き買い物。帰ってくるなり食べる場所を探して塾の子たちのおしゃべりしながらの昼食。1時からは授業で、3時近くに授業が終わるなりまた自習室に籠る。たまに、わからないことがあると職員室にいって先生に質問。7時頃になると、またローソン行って買い物。んで、また食べる場所を探していつもの夕食メンバーで軽い夕食。食べ終わると、また自習室で勉強。9時すぎると、人がまばらになってきて集中力が切れたら帰宅。家についたら、軽くものを食べて風呂が自分の番になるまで勉強。風呂に入ったら、次の日に備えて早めの就寝。8月。塾の合宿がやってくる。塾の合宿は、すごくよかった。やってるときは、もう辞めたいっておもったけど、今思えばすごくよかった。特に、夜のお楽しみ会がよかった。私は、3時までやったけど。合宿が終わっても7月と同じような日々を繰り返す。15日の花火大会はいい気分転換だった。9月。体育祭。色別責任者の私は、色を引っ張る。全校ソーランという新しい試みで、私は史上初の全校で女子で一番いい場所=センターで踊るという快挙を成し遂げる。皆ががんばってくれたおかげで総合優勝。すごくいい思い出となった。10月。塾でプレ模試を受ける。あと、30点足りなくて第一志望校不合格の結果を見る。すごくショックだった。家に帰って真面目に泣いた。月末に文化祭。ウチのクラスは「ひとつの朝」を自由曲に選んだ。同じクラスにヤツがいた。ヤツが、クラスの自由曲の伴奏を弾いた。真面目に、かっこいいと思った。ありがとう。あんたがピアノ弾いてくれただけで、ウチは幸せ。しかも、あのピアノに乗って歌を歌えた。最高だった。でも、結果は全校優秀賞。全校最優秀賞には一歩届かなかった。でも、ヤツが全校最優秀伴奏者賞をとった。おめでとう。あんたは最高のピアニストだ。11月。生徒会選挙。嫌なことを思い出した。でも、前向きにしていたと思う。そして、ある日耳に飛び込んできた話。ヤツが全国模試で30位以内にランクインした。はっきりいって、もう自分と同じ領域にいないと確信した。ある日、気分転換に「バトル・ロワイヤル」を読む。三村くんがかっこいいと思った。12月。寒かった。で、選択・音楽の授業でZに「あたし、インフルエンザかもしれないw」って言われてマジでビビった。しかも、次の日その子休むし、うちも休んだ←あのインフルエンザ期間はかなり、最悪だったと思う。インフルエンザから復帰し、即15、16日でK高必勝合宿。夏の合宿以上に、内容が濃かった。この合宿では、朝6時まで私勉強した。寝ようと思ったときには、窓からかすかに太陽の光が見えた。すごくきれいだったことを覚えている。2008年1月。私立の受験がはじまった。私は3校受けた。合格発表が近づくにつれ、緊張が高まった。なぜそこまで緊張したか。親に言われていた。「滑り止めのS高に受からなかったら、K高受けさせないから」S高の発表日。校長室への呼び出し。寒い廊下での行列。緊張。緊張。緊張。緊張。緊張。緊張。名前を呼ばれる。声が震える。足がうまく動かない。校長、目の前に立つ。校長。「…緋月さん。合格ですよ。」やった!!すごくうれしかった。ななめ後ろにいた担任のN先生もうれしそうに笑っていた。S高の姉妹校であるT大付属K高も特進クラスでB特。これで、K高に受けられる。K高、一直線となった。2月。珍しく、私が住んでいる地方で雪が降り、積った。あっという間に、特色化選抜がやってきた。結果、不合格。かなりショックだった。同じ塾に通っていたMちゃんがさっさと受験という波からおさらばした。私は勉強漬け。そして、17日。ヤツの吉報を聴く。都内の有名私立男子校とG大付属に合格。他にも、県内の有名私立はほぼ特奨を取ってすべて合格。心から、こいつはよく頑張ったと思った。ヤツは私立高へ行くと決めた。28、29日。一般入試。塾のあちらこちらにあった「逆転合格当たり前!」を合言葉に挑む。半端ない緊張だった。胸ポケットに塾の先生の写真を入れて受けた。受け終わった後、成し遂げた、と放心状況に陥る。合格発表の前に、学校の先生から卒業式の答辞メンバーに選ばれたと報告される。そのメンバーは、生徒会役員と学年評議会会長。私は、生徒会でもないし、学年評議会からも後期は抜けていたのになぜ選ばれたのだろうか、と疑問に思った。あとあと聞いたら、学年評議会の先生・T先生が私を推薦したらしい。「学年代表」として。いままでT先生は、あまり好きではなかった。でも、義務教育最後のしめくくりに大きな仕事を私に託してくれた。すごく、本当に、すごくうれしかった。3月。6日。合格発表。かなり寒かった。塾でもらったお守り型カイロを握りしめていった。結果。不合格。私は、泣かなかった。ああ、あのときは。でも、学校へ向かって担任のN先生と話したとき。涙があふれた。ああ、落ちちゃったんだ。5年もの夢が、かなわなかった。悔しかった。悲しかった。でも、N先生は言ってくれた。「衣瑠香はよく頑張った。それは、おれがよく知ってる。衣瑠香、忘れるなよ。その思いを。絶対に忘れるなよ。お前は、まだここで終ったわけじゃない。お前は高校に行ってもがんばれ。公立にいったやつがえらいんじゃない。自分の道をいかに充実させて、たくさん思い出をつくったやつがえらいんだ。お前はそれができる。だから、がんばるんだ。3年後、お前が笑ってこの学校に進路を報告しに来てくれることを楽しみにしてる。絶対、いいに来いよ。絶対だぞ?」私は、精一杯首を振った。家に帰って、泣いた。でも、そのあとに塾の卒業式が控えていた。私は、笑って塾にいった。あっというまに、卒業式が来た。私は、堂々と私の仕事を成し遂げた。最後に、またヤツのピアノで歌うことができた。ありがとう。…I。あと、T先生。N先生。それと、D先生。私は卒業した。4月。6日。私はとある劇を見る。その劇とは、私が尊敬するprogrammerTKが所属する劇団の劇だ。私は、感動した。高校に入ったら劇をやろうと決めた。私は滑り止めで受けたS高に進学。まぁ、いろいろあってクラスからはかるく孤立。でも、めげない。私のやることをやるのみだった。部活見学初日から、演劇部にすぐ向かった。すると見慣れたデザインのポスターが貼ってあった。「あの、これって、****のポスターじゃ?」3年生の女子3人組がすぐ反応した。「知ってるの!?」なんと、そのうちの2人が劇団員さんで残り1人が私が見に行った劇にゲストとして参加していた人だった。すごくいい人達で、私は3日後に入部届を提出した。5月。部活の大会が近づき、私は役者として稽古に参加する。初めての体験。演出さんに演技を見てもらうという体験は、どきどきだった。すごくいい刺激だった。6月。くれなゐの馬鹿タクトが、しでかした。本当にうちは切れた。そのことを知ったのは稽古帰り。本気で横浜に殴りにいってやろうかと思った。でも、命に別状はないと知ってほっとした。8日。初舞台。すごく緊張したけど、その時の自分では一番いい演技ができた。公演後、programmerTKが声をかけにきてくれた。見にきていたらしい。すごくうれしかった。しかし、19日。先輩が所属する劇団の劇団員の方が亡くなる。ショックだった。事故、だった。しかも、私が通う学校のすぐそこ。部長から活気が消えた。20、21日。文化祭公演。部長が疲れ果てていた。でも、公演は乗り切った。2日間とも違う劇をした。楽しかったけど、先輩の様子に戸惑った。3年の先輩は引退した。7月。部活が1,2年だけになる。人数が減ってさみしい部活になってしまった。それでも、次回の大会に向けて台本決めをした。夏休みがはじまり、みんなで台本をもちあわせて決めた。台本は、前回の大会で脚本をした先輩の新しい台本に決定した。8月。ポニョを見る。なんか、なごんだ。15日。部活の先輩たちと花火大会へ。すごく楽しかった。本当に先輩たちが好きだなあーと思った。こんな、感じです。長くなりましたね;でも、私のすごした一年をどうしても伝えたくて。わかってもらえたかな?私はがんばっています。これから、また日々のことをここに書き記したいと思います。いいよね?どうか、またこれからも「blue oasis」をよろしくお願いします。ここに、「blue oasis」再び開演!! 2008.08.31 管理人:緋月 衣瑠香
2008.08.31
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