2006年01月06日
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2005年8月19日


■長期のリターンリバーサル

 フォーミュラプランの話が思わず長くなったが、学術的な研究で有名なのは、3ヶ月や1ヶ月といった期間よりも、3年から5年といった長期のリターンリバーサルだ。
 米国ではセイラーとデボンによる1987年に発表された「証券アナリストは過剰反応するか?」と題された論文が有名だ("Do Security Analysts Overreact?" Richard Thaler (1987) & Werner FM DeBondt)。これは、おおざっぱに言って「過去5年間にわたって相対的なパフォーマンスの非常に悪かった銘柄のパフォーマンスは、その後2、3年にわたって相対的に良い」とするリサーチであり、タイトルから想像できる通り、その原因を投資家と投資家に対して影響のある証券アナリストの、業績不調企業に対する過度の悲観に求めた。
 筆者は、信託銀行(先の投資信託運用会社から二回転職した)の投資理論の調査部署(「投資研究部」という部署名だった)にいて、88年か89年にこの論文を読んだように記憶しているが、当時は、市場平均に勝つことができる運用戦略のもとになる株式市場の傾向性を「アノマリー」(異常・逸脱的な現象という意味)と呼んで、米国のファイナンス研究者達が注目していた。もちろん、アノマリー現象は、ベンチマークに勝つ運用を行う参考になる傾向性なので、実務界でも注目していた。リターンリバーサルは幾つかあるアノマリー現象の代表的なものの一つだ。「アノマリー」という名前が付いたのは、当時、「株式市場の情報処理は非常に効率的なのだ」という旧来の投資理論をスタンダードとして、その例外事象といったニュアンスでこうした現象が研究されていたからだ。
 では、投資研究部員として、あるいはその次の配属場所であった年金運用部員として、長期のリターンリバーサルを筆者がどう評価したかというと、端的にいえば「大雑把すぎて、プロの運用には使えない」ということであった。過去のデータにあたると、長期のリターンリバーサルが「効いている」時期もあれば、これが数ヶ月から1、2年にわたって「効かない」時期もある。ムラが大きくて、少なくともこれ単独では実務に使えないと思った。なお、特定のアノマリーなり投資方法なりが有効な状態について「効いている」、上手く行かない状態について「効いていない」というのは、クオンツ(投資における数量分析マニアの俗称)がよく使う言い回しだ。
 結局、年金運用部員であり日本株式ファンドマネジャーとしての筆者は、91年に、2、3ヶ月程度のリターンリバーサル効果と、割安株効果を組み合わせたシステム運用のファンドを設計して立ち上げた。
 このファンドは、幸い筆者が担当している間順調であったし、その後も数年間パフォーマンスが良く、一時はこの信託銀行の年金運用における看板ファンド的な商品に成長して、多額の資金を集めた。ところが、好事魔多し、97年に始まった国際優良株相場からIT銘柄相場に至るいわゆるハイテク銘柄に対して逆張りをし続けた結果、最も多額の資金を集めた状態で大コケすることになった(良くあることだ)。もちろんこのファンドが成功している時も運用に改良は加えられていたはずだし、担当者がファンドの仕組みを使い続けているということ自体が担当者の判断の貢献と責任なので、このファンドの成功もその後の失敗も、筆者の手柄でも責任でもないと思っていたが、数年間のこのファンドの推移を見ながら複雑な気分であった。


■リターンの種類

 ところで、リターンリバーサルには、リターンを計算する期間が1ヶ月か3ヶ月か、あるいは3年、5年か、という「期間」の他に、どのようなリターンを対象に計算するかという「リターンの種類」のバリエーションがある。
 たとえば、自動車業種のパフォーマンスが悪い時には、ほとんどの自動車銘柄が市場平均を下回ることになるが、これはたとえば円高など自動車メーカーにとって共通に影響する要因がネガティブに働いているためであって、必ずしも投資家の過剰反応とは言えない公算が大きい。その場合には、たとえば、自動車関連銘柄の中でも特に大きく下げた銘柄に対して逆張り的に投資することが有効かもしれない。

 ファクターを抽出し、スペシフィック・リターンを計算するためには、マルチファクター・モデルと呼ばれるツールが必要だが、プロのファンドマネジャーやトレーダーには十分普及しているので、現在プロがリターンリバーサル戦略を使う場合は、このスペシフィック・リターンのリターンリバーサルを使うことが多い。「スペシフィック・リターン・リバーサル」と呼ぶことが多いが、何やらプロレスの技の名前を連想させるような大げさなネーミングだ。
 なお、このスペシフィック・リターン・リバーサルを説明した論文で代表的なものは1985年にバー・ローゼンバーグ博士その他によって書かれたものだが、この論文の実証研究方法は模範的であり、たぶん同種のもののベストだと思う(大学院の学生には読むように勧めている。"Persuasive Evidence of Market Inefficiency" Barr Rosenberg, Kenneth Reid, and Ronald Lanstein。 The Journal of Portfolio Management, 1985年・春号)。ほぼこの論文の通りに運用して成功したファンドもあるし、基本的に同様のテクニックが、証券会社の自己勘定トレーディングやヘッジファンドで使われている。


■リターンリバーサルとトレーディング

 ところで、リターンリバーサルの「期間」は、1ヶ月が最短というわけではない。バックテストの結果を見ると、大まかに言えば、リターンリバーサルの有効性は、期間を短くすればするほど高まるが、期間を短くすると売買コストが高くなるので、上手く行かないというのが、機関投資家のファンドマネジャーの常識だった。
 しかし、証券会社の自己勘定での取引なら売買コストが小さいし、近年は、委託注文の手数料も自由化されたから、たとえば「1日」の「スペシフィック・リターン」のリターンリバーサルというような戦略が、株式のトレーディングに使われるようになった。俗に「リスク・アービトラージ」とか「スタット・アーブ」(統計的な裁定取引の略語)と呼ばれている証券会社の株式トレーディングやヘッジファンドが使う戦略の中の有力なものの一つとして使われている。
 筆者の知人でも、複数のトレーダーが、こうした戦略を使って、数年間にわたってトレーディングの世界で生き残って、悪くない(?)ボーナスを稼いでいるようだ。
 この分野は、デイトレーダー的な取引を好むアマチュアの参考になるはずだが、今のところ、まだ素人のインフラでは、プロと同様の情報処理は難しいかもしれない。
 但し、この種の超短期のリターンリバーサルを利用したトレーディング戦略は、最近、参加者が増えて、なかなか上手く行かなくなっているとも聞くし、未確認の情報だが、大手の外資のプレーヤーで、この種のスタット・アーブから撤退したところもあると聞く。
 どんな戦略も常に有効であり続けることは難しいが、その判断の為には、市場に参加している投資家の行動をよく観察する必要がある。もちろん、一つの戦略を信じて墨守し続けることは危険だ。特に、理論家の場合は、バックテストの結果がいい期間が十分にあることを確認してから仮説を信用しがちだが、この場合、既にこの仮説の有効性が期限切れになりつつあるケースが多いので注意したい。むしろ、有効性が明らかでかつその期間が長い戦略は、多くの参加者に注目され、応用されるので、かえって不利に働くことが多い、という点を一般的な「理論」として理解しておくべきだろう(センスの良い投資家は、こんなに理屈っぽく言わなくてもご存じだろうが・・)。
 短期から長期にいたるまで、リターンリバーサル戦略は、目下やや逆風の時期にあるようだが、環境が変わるとまた有効な戦略になる可能性を常に秘めていると思う。

以上





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最終更新日  2006年02月10日 01時41分14秒
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