私家版 さいたまの石仏

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☆いたやま☆

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自転車とカメラが趣味で、気軽に写真を撮っています。
お地蔵様や庚申塔などの石仏にはまってしまいました。

さいたま市の石仏探しの参考書として
「石の文化財-浦和の石造物」浦和市教育委員会
「郷土の石佛 写生行脚一期一会」酒井 正

私家版さいたまの石仏のホームページ版は
http://saita-seki.jimdo.com/

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みほとけよ祈らせ給へあまりにも
短きこの世を過ぎゆくわれに (河野裕子)
2026.05.17
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カテゴリ: 所沢市の石仏
こちら

本郷の西、下安松の石仏です。今回はその真ん中を斜めに走る武蔵野線の南の地区の四ヵ所、すべて路傍の石仏になります。

和田延命地蔵尊 所沢市下安松1170​ ​​ [地図]


本郷の東福寺の前の道を西に進むと、しばらく先で蛇行する柳瀬川の左岸沿いを走る。やがて大きく左にカーブする川から離れ、まっすぐ西に向かう道はここからかなり狭くゆるやかな登りになる。周りに住宅が増えた中、初めての大きな交差点の北東の角に小堂が立っていた。小堂の正面の赤いのれんに「和田延命地蔵尊」と記されている。


小堂の中 地蔵菩薩塔 宝暦3(1753)角柱型の石塔の上、蓮台に立つ丸彫りの地蔵菩薩像。赤い前掛けのために確認できないが、錫杖と宝珠を手にした一般的な地蔵菩薩像らしい。


像は全体に摩耗していた。半眼で目じりはやや吊り上がり、おちょぼ口?尊顔はユニークだ。


石塔の正面中央に二行「奉造立南無延命菩薩尊像一基」右下に 右 本江道?左下に 左 日比田道。


塔の右側面に造立年月日。

​​
左側面には施主 武州入間郡安松郷 中村元右衛門 敬白と刻まれている。

和田子育地蔵尊 [地図]


下安松の中央を県道24号線、小金井街道が南北に走っている。柳瀬川あたりから国道463号線の松郷交差点まで続くこの広い道は「新道」で、旧小金井街道は柳瀬川のすぐ北の下安松交差点から斜め左に入り、柳瀬川交差点を通って北西に進み、武蔵野線をくぐって愛宕山交差点で県道6号線に合流する。柳瀬川交差点から北へ進むとすぐ先の道路左側の歩道の奥に小堂が立っていた。堂の正面上部に「和田子育地蔵尊」と書かれた額がかかっていて、小堂の中には大小三基の地蔵菩薩塔が並んでいた。


右 地蔵菩薩塔 享保元年(1716)四角い台の上に敷茄子と蓮台に立つ大柄な地蔵菩薩像。錫杖と宝珠は健在だが、尊顔は風化のためか摩耗していてはっきりしない。


敷茄子の右に造立年月日。続いて「奉造立地蔵菩薩」小堂の前の策のために下部の確認は難しい。


中央 地蔵菩薩塔 造立年不明。台の上の角柱型の石塔に丸彫りの地蔵菩薩立像。右の地蔵塔に比べるとかなり小さい。像の様子はわからないが、尊顔はきりっとしている。


角柱型の石塔の正面、銘はかなり薄くなっているが、中央に「奉納大乗妙典・・・」大乗妙典供養塔らしい。左右両脇にも銘が見えるが確認は難しい。塔の右側面に 右□□道と道標銘が刻まれていた。


左 地蔵菩薩塔 造立年不明。四角い台の上の角柱型の石塔に蓮台に立つ地蔵菩薩像。こちらもサイズは小さい。静かな表情を浮かべている。像の真ん中にセメントで補修された跡が残っていた。


石塔の正面は上部が剥落、右に 施主 □心、左に□田村中と刻まれている。

柳瀬川交差点西竹林 所沢市下安松860北​ [地図]


旧小金井街道の柳瀬川交差点から西に向かう「下安松通り」は武蔵野線をくぐり秋津駅の北、上安松に入る。柳瀬川交差点から300mほど西、バス停のあるあたりから北へ細い道を進むと、100mほど先、左奥の竹林の前に石塔が立っていた。





本郷の天和3年の庚申塔と同じく日月を欠く。顔もつぶれていて六臂の様子もはっきりしない。両足は曲げているのか極端に短い。


足元に邪鬼の姿は見当たらず、三猿だけが彫られていた。これは江戸時代初期の庚申塔で時々見る。三猿は両脇の猿が内を向いて座る構図。二匹とも大きく顔をのけぞらせている。


塔の右側面、右上に施主 宗心。その下に二段に十名の名前。その左脇に「奉納御寶前」


左側面に造立年月日。その下右に施主 拾五人。続いて五名の名前が刻まれていた。

下安松通りT字路交差点北 所沢市下安松399​ [地図]


さらに西へ進み、武蔵野線の250mほど手前、T字路交差点の南からの道路の突き当り、住宅の間の空き地に小堂が立っていた。


小堂の中 庚申塔 元禄10(1697)四角い台の上の唐破風笠付き角柱型の石塔の正面 日月 青面金剛立像 合掌型六臂。笠の上の宝珠は欠け、造全体に風化がはなはだしい。


日月には瑞雲がついていない。像は摩耗していて顔はほぼのっぺらぼう、六臂の持物は矛・法輪・弓・矢がかろうじて確認できた。


足の両脇には二鶏を半浮彫り。足元には全身型の邪鬼。手足を曲げてうずくまるが顔はやはりはっきりしない。その下に正面向きの三猿。塔の最下部には十数人の名前が刻まれていた。





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Last updated  2026.05.17 18:46:26 コメントを書く


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