終戦当日、11歳だった父の記憶。
家族で防空壕に入っていた。
防空壕は、兵隊さんが来て、掘ってくれた。
二・三軒の家に、一個の割合で、防空壕を掘ってくれた。
田舎(襟裳)だったから、終戦の連絡が入らなかった。
防空壕の中で、腐ったお赤飯を、お母さんが洗って食べさせてくれた。
それがものすごくおいしかった。
誤解しないでくれ。
良い話として、語ってるんだ、これ。
本人は。
終戦当日、13歳だった、母の記憶。
終戦の日か、何日か前に江別で空襲があった。
お墓参りに来ていた人が、一人それで死んだときいた。
今をときめく後期高齢者だって、終戦当時は、ほんのちびっこです。
記憶だって、こんなもん。
生き残った者がするべきは、せめて、
本当に、戦に行って、日本のために戦って死んだ英霊たちと、戦没者の皆さんに、
感謝と冥福、そして追悼を。
親、来襲。 2014年11月12日
敗戦の日 2014年08月15日
戦史検定というのがあるらしい 2012年08月10日
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