もともとのタイトルは、「外地の古本屋たち」。
樺太、朝鮮、台湾、満州、中国で、日本人が経営してた古本屋について
調べてまとめたもの。
”古本屋があった”、って聞くだけで、なんか、うわわわわーーーって、なる。
そこに、日本人が住んでいた、ってことがすごくリアルに想像される。
そうか、そこでは、日本人の暮らしが、当り前に営まれてたんだ、って。
しかも、一軒二軒じゃないんだよ、樺太なんか、登録してるだけで20軒ちかく。
古本屋協会に入ってない業者もいたから、けっこうな規模。
日本人が何万人もいて、日本人街つくってて、銀行も学校もあって、
各種商店があって、 その中の古本屋なんだよね。
当時の資料からの引用がすごくおもしろいの。
樺太の首都豊原市は、札幌に似せてつくってて、
「街路整然、南北一条、二条、三条という呼び名になって」た、とか、
外地によって売れ筋が違ってて、
「朝鮮の方は当時(昭和10年前後)内地で売れなかった思想物や経済物などが好まれた」
「逆に台湾ではそれらは不人気で、生け花、裁縫、辞典、講談、絵本の類に人が殺到した」
「満州はというと、朝鮮や台湾でうけたものは駄目で、むしろ内地向けのものが喜ばれた」
満州の「読者層は 満鉄従業員 ですが
サラリーの良い為か古本を売るなんて気にならないらしい 」とか、
上海、昭和10(1935)年、旅行者が宿でどこかに古本屋はないかと尋ねると、
「場末の方の支那人街にはポツポツ支那人の古本屋があれど
支那人街にうっかり入ると所持品や金を取られて行方不明にされる 事が
しばしばある故行かない方が安全だと」言われたとか、
「青島は、 第一次世界大戦の時日本が独逸より取り返して支那に返還した処 故
支那人の日本人に対する感情は良い処で(中略)
なごやかに上陸することができました」とか、
上海、昭和12(1937)年
「日本から四五日遅れの新聞が着くと皆で奪い合いです。
普通なら長崎から二日でくるのですが事変後(シナ事変)は四五日毎に来るようです。
上海にいて上海の事がわからない のですから日本の新聞で大体の様子を知る状態です。」
戦火が激しくなるにつれ、内地も外地も本が不足してくる。
満州、昭和16?(1941)年
「日曜日は開店前から建国大学学生等々が行列して店の開くのを
待っている風景をよく見掛けた」
今なら、 パチンコ屋でしか見ない風景 である。
同じく満州、昭和19(1944)年
「店頭に(中略)「岩波文庫」を発売しますという貼り紙をしたところ、
翌朝の開店前から驚くほどの長蛇の列ができた。
(中略)あっという間に完売した。
また週末になると、
開店前から兵隊さんの大勢並んでいた光景が忘れられない」
日本人って、本好きだよね。
いや、自分が読書フリークだから、言うわけじゃなくてさ(笑)
小林よしのりが台湾かどこか行った時に、
「電車で本を読もう」って啓蒙してるポスターを見て、
びっくりしてたのを 思い出した。
ソ連兵が進駐してくると、一般民家の接収(のっとり)をする。
突然やってきて、「一時間足らずの内にに二三十軒が立退きを命ぜられる、
(中略)本どころの騒ぎでなく」
「残された衣類器具類はそっくり彼等の所有物になり」
「寝具食器を持ち出すのが精々で」せっかく持ち出したその品物も
「火事場泥よろしく運んだその先からジープで持ち去られる」
「彼等にとって無用の本は格好のたきつけにされてしま」ったという。
「随分と多くの貴重な文化財が(中略)焼かれたことだろう 」
まさに、
「悲惨を極め地獄の沙汰」
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