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去る八月二五日、大阪ドームにて阪神-横浜戦を観戦後、勝利の美酒に酔いしれる暇も無いまま大急ぎで宝塚に向かった。人生初の、記念すべき宝塚ホテル宿泊なのである。ところが、大阪ドームから宝塚まで意外と遠い。長堀鶴見緑地線→御堂筋線→梅田で
2022.11.19
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去るX月XX日、日頃旅行ネタや鉄道ネタでお世話になっているS氏の尽力により、宝塚歌劇月組:福岡公演の観劇が実現した。拙者が住む鹿児島から、もちろん九州新幹線で向かうのだが、開演が13:00と早いため、去年のように出水から肥薩オレンジ鉄道に乗ったり熊本でくまもん電車に乗ったりするような危険な賭けは無理である。大人しく新幹線で直接向かうことになった。S氏におかれては、拙書「相生橋にて」の読者になっていただいた為、続編の「誰かが見た結末」をお届けすることにした。朝靄が次第に晴れる肥薩の田園風景を眺めながら、時々自分の拙い文章を乱読しつつ時は過ぎる。博多ステイションに着くと、其処は素晴らしいまでの快晴であります。室内の観劇なので空が晴れているのは非常に勿体ない。博多阪急開店と同時に入店したら、館内は「すみれの花咲くころ」のBGMが流れ、早くもテンションはMAXであります。此処で嫁さんと暫く別行動。実はアミュプラザ内のポポンデッタで大事な用事がある。次回作「サキ子への伝言」の表紙に使う旧東ドイツVT18型気動車の写真撮影をしておくのだ。要は拙者の鉄道模型ですよ。何故旧東ドイツなのか?此のクラシカルな車両が登場する意味は?まぁ其れは読んでのお楽しみであります。全て完成するのはまーだ先の話であります。公演会場は福岡市民会館博多から天神へ移動。地下鉄を待っていると、ホームに流れて来るBGMに我が耳を疑った。何と!ショパン:ピアノ協奏曲第壱番第弐楽章ではないですか!福岡市営地下鉄さん、なかなか高尚なセンスをお持ちであります。もちろん、列車が入って来たら轟音に次ぐ轟音のシンフォニーなのだが。すみれの花にショパンのピアノ協奏曲~テンションは高まる一方だ。天神へ着いて、早目の昼食は岩田屋のパーラーで。其処で食べたワッフルと濃厚プリンは絶品であります。恐らく生涯忘れることはない光景を目に焼き付ける。さて、福岡市民会館は全くの初めてで、なーるほどこんな所かと特段感激もしなかったが、館内に入って御婦人の化粧室に並ぶ列の長さに早くも言葉を失った。宝塚公演で必ず起きる光景らしいのだが、それにしても長蛇の列である。手塚治虫記念館は宝塚市営S氏と合流し、是までの旅の成果などを確かめ合い、そうこうしているうちに公演がスタート!そう、原作は手塚治虫先生ですよ。そもそも先生が大の宝塚のファンでいらした。ブラックジャック連載50年を記念した公演とのことで、もうそんな昔の作品になってしまったとは、時代の流れを感じさせる。手塚治虫先生と云えば、終戦直後、阪急百貨店に灯った大食堂のシャンデリアに「生き延びた故の歓喜」を爆発させたエピソードが忘れられない。 梅乃美月様、歌唱力凄かったなー、ジェンヌ様だから当たり前田のクラッカーか。月城かなと様、相変わらず完璧な男装で、ぜひ「フリューゲル・君が呉れた翼」の国家人民軍将校のお姿を拝見したくて堪らない!公演の締めくくりは、福岡県出身のジェンヌ様自己紹介でやんややんやの喝采で幕となった。終演後、我々は博多市内で水炊きなどを食して博多駅のイルミネーションを見て解散!帰りの新幹線は、指定席も自由席も全部グリーン車並みの800系であります。無事、鹿児島は天文館に到着!其の後、東京の日比谷シャンテにて、月城かなと様と梅乃美月様がお召しになったお衣装が飾ってあるのを発見しました。懐かしさが胸に込み上げましたね。素晴らしき思い出よ永遠に。
2023.09.10
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稚内滞在中、資料館にて「旧真岡郵便電信局事件」の展示を拝見する。大東亜戦争末期、ソ連軍による不意打ちの攻撃によって南樺太は地獄の戦場と化した。ソ連軍の無差別攻撃によって民間人が次々と銃弾に倒れる極限状態の最中、真岡郵便電信局に勤務していた女子電話交換手達が、「みなさん、これが最後です。さやうなら、さやうなら」と云う最後の通信を行った後、青酸カリで集団自決したのである。この史実を映画化したのが「樺太1945年夏 氷雪の門」~昭和48年にクランクインした此の映画は、戦闘シーンに陸上自衛隊が協力するなど、リアリティにこだわった力作として前評判も上々であった。稚内市では街をあげて撮影に協力、稚内市内における先行上映では記録的な入場者数であったと云う。「ひめゆりの塔」に匹敵する国民的な反戦映画となるはずだった。ところがだ。此処から「吐き気を催すような」事態が進行する。ソ連側の「クレーム」である。あの国がクレームを付けると云うことは、自国の恥部を暴露された時と相場が決まっている訳で、今回も正しく其のとおりであった。国際法に則り白旗を掲げて降伏の交渉に挑もうとする日本兵を、ソ連軍がことごとく射殺するシーンが「問題」となったらしい。あの国の知的レベルは相当なもので、例えば赤十字の旗などと、攻撃目標にされるだけの話だったことは当時のドイツ軍兵士らが証言している。此の種の国際法違反行為となれば挙げたらキリがないのは近年のウクライナ戦争でも同様で、既にプーチン何某などと「戦争犯罪人」に指定されている有様だ。さて、例のクレームとやらだが、其の矛先が向かったのはあの「東宝」であった。タイミングが悪かっただけかも知れない。当時、東宝は「モスクワわが愛」なる日ソ合作映画を完成させた頃であった。ソ連側は「氷雪の門」を東宝系の映画館で上映したら「モスクワわが愛」の完成フィルムを引き渡さない、などと脅迫したのである。如何にも共産国家らしいやり口だ。東宝側は「ソ連との友好関係を損ねる恐れがある」と「総合的に」判断し、氷雪の門を手掛けた制作会社への劇場賃貸を断ることを決めた。だったら東宝以外で大々的に放映すれば良かっただけの話だが、不可解な現象は此の後にも起きる。興行規模の縮小が全国に波及したのである。其の理由が未だに解っていないらしいのだ。日本社会は、たまに時々こういった現象が起きる。何らかの「空気」が醸成され、誰もが忖度せざるを得なくなるのだ。東宝側の判断は、一企業として間違っている訳ではない。正解不正解で測れない次元のハナシである。株主の為に利益をあげる必要があるし、従業員の雇用も守らねばならない。利害関係者が渦巻く現実社会で妥当な判断を下そうと呻吟したであろう姿も想像できる。然しながら、ソ連側からの「圧力」に毅然とした態度を取らなかったことで、思わぬ波紋をもたらしたことは事実である。其れでは、東宝が「氷雪の門」は見捨てても成功に導きたかった「モスクワわが愛」とは、一体如何程の映画だった云うのだろうか。其の映画のストーリーは、被爆二世のヒロインが、ボリショイ・バレエ団への入団が許され、現地で出会った青年と恋に落ちると云う「所謂メロドラマ」である。メロドラマはやっぱりメロドラマでしかなく、ヒロインが「アメリカの原爆のせいで白血病に倒れる」と云う安直な設定は、モスクワの意向に忖度したような反米プロパガンダが垣間見える。ソ連は、例えば千羽鶴の貞子さんのような存在を、反米教育の恰好のネタとしたことが判明している。病に苦しむ被爆者達が、ソ連の核兵器開発を正当化する口実に散々利用されたのである。モスクワわが愛も、其の一連の流れに酷似した設定であると云えよう。其のことを念頭に置くと、まったくしょーもないメロドラマである。全日本人が見るべき、ひめゆりの塔に匹敵する歴史大作よりも、そっちの方が大事だったとは、如何に当時のマスコミや知識人層が「反米親ソ」の「進歩的文化人」に溢れかえっていたことを割り引いても、まったく残念としか云いようがない。「氷雪の門」が「幻の映画」となったことの代償は大きい。南樺太の歴史が忘れられ、国内で行われた地上戦が、まるで沖縄だけであったかのような誤解を招く結果になったかも知れない。もう過ぎたことは取り戻せないことだが、最後に昭和天皇・皇后両陛下が、南樺太に散った乙女達を偲んで御詠みになられた御製・御歌を反芻し、精神衛生を取り戻すとしたい。御製「樺太に 命をすてし たをやめの 心を思へば むねせまりくる」御歌「樺太に つゆと消えたる 乙女らの みたまやすかれと たゞいのりぬる」そして次に起きたことは稚内駅からバスで宗谷岬へ向かった訳だが、有名な日本最北端云々の記念碑から少し離れたところに、大韓航空機撃墜事件の犠牲者の慰霊と恒久平和を願うモニュメント「祈りの塔」が設置されている。撃墜現場となった樺太沖の海域は、日本では稚内が最も近い場所に位置する。事件当時、稚内の航空自衛隊レーダーサイトが事件の一部始終を捕らえていた訳だ。ソ連軍戦闘機による民間機の撃墜と云う事態に世界が震撼した訳だが、稚内もまた東西冷戦の最前線であることを示した事件であった。ソ連による明らかな国際法違反事件であり、進歩的文化人共もいい加減此の犯罪国家に愛想を尽かしたかと思いきや、 「アメリカが意図的にソ連の領空を侵犯させ、ソ連を罠にかけた」等と主張する輩が出る始末。四十年前の事象を現在の物差しで評しても仕方ない面もあるが、「氷雪の門」に纏わるトラブルとは比較にもならない大事件=つまり269人もの人命が奪われ、日本人28人が含まれていると云う事実をもってしても此の体たらくな訳だから、あの映画はどの道潰される運命にあったことは想像に難くない。平和主義だの人権重視だの、もっともらしいことを並べておいて、最も追及すべき事実にだんまりを決め込んだ当時の知識人層は、まぁ平たく云えば平均的日本国民の写し鏡だったのかも知れない。思い出すだけで恥ずかしいし、ずばり「痛い」訳だが、決して其の恥部を忘れてはならない。そうでなければ犠牲者達の「みたまやすかれ」にならないのだから。
2026.07.20
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