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第4章 豪雪&それから(完結)
こない・・・。
たしかに今、聞かれても多分、なにも弁解できずに、無理矢理な嘘をつくこ
とができたかどうか・・・。
何を食べたかも、まったくわからない程、頭が混乱していた。
何故、かおりがここにいる? 俺を探しに? まさか、この東京で、人ひと
り探すのがどんなに難しいかぐらい彼女ならわかるはず。
見間違い? いや、でも首筋の2つのホクロはどう考えてもかおりだ。
まん中をつまんで「ぞうさん!」、な~んてやっていたのだから・・。
大宮を過ぎたあたりで宏美がようやく声をかけてきた。
「大丈夫? そろそろ落ち着いた?」
「えっ?、・・・ああ。 なんかごめん、ちょっと混乱してて。 疲れがた
まっているせいかな?」
「昔の恋人。 だと思ったんだ。
あのタンカに運ばれていた女性をみた時。」
その言葉に対して嘘がなかったことを自分に問う。
昔の恋人・・・だったのかもしれない。 昔といってもそれは宏美と結婚す
る前の恋人という意味じゃなく、過ぎてしまった恋人。 そういう意味でと
らえた。
「どんな人だったの?」
「一言ではいえないけど、とても相手のことを考えるわりに、自分のことは
まったくどうでもいいと思っているような人。 そんな感じかな?」
かおりに対しての里人のちょっとした皮肉だった。
かおりは自分に欲がない。 そんな感じに思う。
宏美は納得したのかどうかはわからない。その後の話しにかおりの
名前はでてこないまま、過ぎ行く景色の中で時計ばかりを眺めていた。
その態度は少し不自然ではあったが。
駅につき、地下鉄に乗り換えると、さすがに冬の東北だけあって、もうそこ
は寒さだけが身体をさした。
ちょっといい。 このさすような寒さが自分をここから飛び出させない為の
ものならば・・・。
目が覚めた朝。 もう、2000年も3日めだ・・・。
故里での2日間は、それなりに心を落ち着かせてくれた。
毎日のルーテインワークが、ふととぎれた隙間。
解放というにはささやかすぎる空間。それでも、
里人には、肉身の愛情がここちよかった。
多少のわずらわしさも、昔のままだったが。
宏美も、きさくな義理の両親がきらいではないらしく、
姑といっしょに台所にたった。東京育ちで、郷土料理など
縁がない宏美が、うろおぼえの献立を、母親に教わりながら
作っているのを見ていると、ふっと心が暖かくなったりした。
宏美と知りあったのは、なんとか営業の仕事になれてきた
入社2年めの頃だった。新入の宏美が、里人の助手、という形で
配属された。宏美の仕事ぶりは危なげがなく、書類も
彼女にまかせておけば安心できた。長いストレートな髪、
くっきりとした二重まぶたの目、その目の下のプクンとした
ふくらみに、里人は時々ふとさわってみたい衝動にかられた。
疲れ切って得意先まわりから帰ってくると、
がらんとした部屋にまだ宏美が残っていて、にっこり
迎えた。
「おつかれさまでした!」
こんな人が、ずっと自分のそばにいてくれたら……。
そんな里人の思いがかなうまで、それから2年の月日が費やされた。
宏美は結婚と同時に退社し、専業主婦になった。
きれいずきで、キチンとした性格は、今度は家事にむけられ、
ますます、加速していくように見えた。台所のステンレスのシンクは
曇ることなどしらないように、みがきあげられた。
「全部の食器を洗った後はね、かわいたふきんでふきあげてあるの。
だから、水なんか流さないでね。」宏美は当然のように言った。
そんな宏美の性格は、徐々にベッドにまでもちこされるようになった。
まるで、会社の行事を、きまりきった順序でそつなく
こなしているようだ……。宏美を抱きながら、里人は
ふとやりきれない気持ちにおそわれた。
俺は、磨き上げた陶器によごれがつかないよう、こわごわ抱いている……
まったくお笑い草だ……。
終ると宏美は浴室に入り、長い間出てこなかった。
あんなに長い間、どこを洗っているのだろう?
里人は鍵のかけられた浴室のドアをいまいましく見つめた。
かおりは、いや、ミカは不思議な女だった。冷静にみえるのに、
ベッドでは、なにかものに憑かれたようになる。あの、2回めに
結ばれた日……なにかを必死でつかみ取ろうとしているようだった。
なにかとてつもなく大切なものを……
正月休みが終って、一週間がたった。
会社への道はいつもどおりの渋滞が始まっていた。
のろのろと動く車の列。渋滞というのは、なにが
原因でおこるのだろう。この車のずっとずっと先になにがあるのだろう?
この流れにのみこまれると、アクセルもブレーキも思いきりふみこむ
ことがない。いつも、中途半端に力をセーブしたままだ。
毎日のこの俺のようだ。おもいっきり怒ることも、悲しむことも
笑うこともなく、渋滞の道を流されて行く。
その先にはなにがあるのか見えないまま……
しかし、そこまで考えが進んだ時、里人の頭に
鮮やかにに浮かんできたものがあった。
「かおり!」
かおりに会いたい。こんなよどんだ流れの中から
かおりといっしょならはい出していける!
あのときの蒼白な顔が思いだされた。まさか、死んだなんて!
そうだ、電話だ!プライベイトが無理なら、客というかたちでも
かまわない。
会社の廊下はいつも同じ。 足音が何故かみんな同じ。
静かな空間に協和するかのようだ。そのつきあたりで携帯を取り出すと、
里人はかおりの番号を押した。
「はい、シンデレラです。 本日の営業は終了しました。
明日も当店自慢のユリさん、ネネさん、ミカさん出勤します。
お早めのお電話、お待ちします」
そうか、今日もミカは仕事にでている。 どうする? いくか?
悩んだフリをしつつも、すでに里人は出張の名目を考えている。
今日は部長は直行だ! あとは課長になんとかいって仙台にいく
と言わず、群馬の高崎のお客と打ち合わせという形でもつくり、
そのまま今日は直帰にすればいい。
ちょっとしたクレーム話をだし、会社をでる。
車はいつもの場所へ。 出張駐車、3日まで2000円。
こんなリーズナブルな場所なら誰でも知っていそうで、実は意外
と知られてないところがいい。
仙台までの道のりはいやに遠く感じる。
まだ福島さえ抜けていない。 何も考えずに行動してみたが、いい
のだろうか? いったい会ってどうしたらいいのか・・・?。
考えがまとまる訳もなく、「会いたい」。 それだけでの行動。
いったいこんな気持ち、何年ぶりだろう。 いや、いままであっ
たことすらなかったのかもしれない。
一度に色んなものをためたりすると自分のキャパが狭くなり、いつも自分
にイライラしていた時は、こんな目先の考えだけで動けただろうか?
何かが自分を変えていく。 何かがわかる、そんな気になっている。
仙台に着き、ソワソワしながら改札を抜けても、まだ心臓のドキドキ
はおさまらず、周りにもこのソワソワとした感情が伝わってしまって
いるように思え、歩くのをやめた。
「何できてしまったのだろう?」
ここでいつもの俺がでる。 いつも、いつも、いつもこうやって無理
をしていなかったと思う。 妥協する訳でもないけど、先攻する訳で
もない。 いつかの時代のお偉いさんのように、ここまででいいだろ
う、そうやって蓋をする。
ドトールに入り、窓際に座りアイスコーヒーを頼む。 ここはホット
よりもアイスの方がうまいのは東京も仙台も同じだ。
向かえにみえる電話ボックス。 携帯の着信を確認。
煙草をいつもより短かく吸い込むと。 電話ボックスへ。
今、ここで押さえてしまったら、何が残る?
今、ここで立ち止まったら、何が残る?
今、ここで思いきったら何も残らない?
今、ここで動いたら、何もかもなくなる・・・・?
頭で考えるのはもう、よそう。
テレフォンカードを差し込む。
「はい、シンデレラです。」
「ミカさん、はい、いまなら40分後にお伺いできます」
矢島の名前は告げずに、「高橋です。」と名のる。
ちょっとした抵抗をここで示してみたかったのと、少しばかり矢島と
名のる勇気がなかったのと。
この前と同じホテル。 部屋も同じ305号をとる。
ピンポーン、ドアチャイムがなる。 「どうぞ、開いてます」
「こんにち・・・えっ??」
そこにはかおりがいた。髪を黒に染め直し、前よりも短く切って。
清楚な感じにみえたのは驚いた顔のせいだけではない。
「な、なんで? ど、どうしてぇ? えっ、えっ??」
初めにふってきたのはかおり。
里人はようやく声をだせる自分に気付き。 「ハ~イッ」とおどけてみせ
た。 少し照れくささをのこしつつ・・・・。
「好き」という言葉は、「好き」という気持ち全部はとてもあらわせない。
そう、もし、「好き」という気持ちがホンワリと赤いりんごなら、
言葉があらわせるのは、せいぜい芯の部分だけ。
相手のことを考えている時の、心のなかの暖かなうずき、無意識に名前を
つぶやいたときのとまどい、相手はじぶんのことをこれほど
おもってくれてはいないかも、という不安……
こんなまわりの果肉までは、やっぱりあらわせない。
赤いつややかな皮に包まれてはいるが、いろんな想いが、
いつもあふれ出そう……
かおりは、里人に抱かれながら、そんな気分をあじわっていた。
いや、抱かれるというより、かおり自身も里人を力いっぱいだきしめてい
た。そうすれば、心も身体もひとつに溶けあえる、と信じているように…
「里人……」
時々そっとよんでみる。
「え?」
「うん?」
里人の口からは、くぐもった短い言葉が帰ってきた。
返事なんか期待してないのに。でも、かおりにはそれがうれしかった。
少なくとも今はひとりじゃない。今は。
時をとめることができたら、どんなにいいだろう。
そんなことはできないとわかっているから、よけいにせつなくなる。
はずしてある、里人の腕時計を隠してしまおうか……
「俺、新宿で見たんだ。救急車で運ばれるところを。あれは
かおりだよね?」
別れが迫ってきた頃、里人が言った。
「え?見てたの?なぜ?なぜ新宿なんかにいたの?」
「ああ、おくさんの実家が東京だからね、偶然。
どうしたの?どこが悪かったの?」
「ちょっと睡眠薬飲みすぎただけ。ノックしても返事がない、と
ホテルの人がはいってみたら、わたしが倒れてたから、救急車呼んじゃっ
て。 たいしたことなかったのに。」
「ふ~ん、そうだったの。」
「でもね、そのおかげで、祐也と会えて…….あ、祐也って有沢の名前。
いろいろと話して……。やっと自分のきもちが決まったの。今まで、
ほんと言うと、祐也のことが忘れられなくて……。あんなひどいことが
あったのにね。でも、やっとふんぎりがついた、っていうのかな?
いつも、どんな男にだかれてても、祐也のこと、どこかで思いだしてた。
でも、今日は全然思わなかった。ほんとよ。自分でも不思議なくらい。」
「かおり……。」
「また、会いに来てくれる?」
「ああ、約束する。でも、今日は……今日はもう会えないかな?
最終の新幹線の時間までならいられるけど。今度はプライベイトって
ことで。」
「えっ?うん、そうね、じゃあ、2時間後に、Sコーヒーで、どう?
今日、里人が来るなんて、全然思ってなかったし、まだ約束があって。
いやな、約束。」
「わかった!」
ちょっと顔をくもらせたかおりと、ショックを受けた自分自身を励ますよう
に、里人は答えた。
Sコーヒーは仙台のメインストリートにあった。通りに面した
ガラスの大きな窓、というより、壁から、コーヒーを楽しむ人たちの
姿が見えた。アメリカンスタイルの気楽な店。
若葉の頃は、並木のけやきの葉の間から、英語で書かれた
店の名前が見えかくれして、おしゃれな雰囲気をただよわせた。
真冬の今は、枝だけになったけやきが、店からあふれでる
明かりでオレンジいろにそめられていた。あの夕暮れの、
人恋しくなる光の色……
約束の時間より遅れてかおりが店をのぞくと、窓際に腰掛けていた
里人がにっこり笑った。好きな人が自分を見てにっこり笑う瞬間は
なにか世界中に幸せが満ちているように思える。
手をつないで歩きながら、かおりは、いたずらっぽく笑って言った。
「うちに来ない?ふたりだけでご飯食べようと思って材料買ってきたの。」
「へえ、いいの?」
ストーブで暖まった部屋で、ふたりだけの初めての食事。
マッチ売りの少女が、マッチをすったら浮かび上がってきたような
幸せ色の部屋。
時計だけが進むなかで、二人の時計は今、ピッタリとかさなりあっていた。
このままでいいのだろうか?
これからどうなっていくのだろうか??
二人だけの想い、はかない想い。
かおりの前でそんなことを少し考える。
かすかな化粧の匂いと共に、家にはない、女性の部屋の匂いがした。
「ちょっと、話してもいい?」
何やら不思議そうにこちらを覗くかおりに里人はちょっとうつむきながら
慣れた手付きで煙草に火をつけながら・・・
「二人ともどこへいくんだろう・・・。」
「何処へいきたいの?」
「さあ、どこへ行きたいんだろう?」
「何処にもいかないよ、私は私。 そんな先へはまだ考えられないし」
一瞬、かおりの顔が変わったかに見えた。 ちょっと遠くを眺めている
ように。
かおりも手持ちぶたさのように煙草に火をつけ、そして部屋の電気を消し
間接照明のスポット・ライトに手をのばす。
「私ね、別に結婚したいとか、奥さんと別れてとか、つきあいたいとか、
一緒に暮らしたいとか、よくわからないの。 何が里人としたいのか?
これから、どうなっていくのか。 ただね、今は一人じゃいられない。
里人に傍にいて欲しい。 このまま一緒にいたい、里人を感じていたい。」
ちょっと寄り添ってきたかおりを里人は引き寄せながら。
「俺がいけないんだよ、何もかも矛盾してるし、先が見えてないし。
でもね、いいかげんやっている訳じゃないけど、俺もね。」
「里人も?」
「そう、俺も今は今。」
「私だって。 だって私のせいで里人の生活、サイクル、全てを狂わす訳に
もいかないし・・・私って意外とかたいんだと思うけど。 そう思うし」
その後、少し沈黙の中、二人は手をとりあいながら、ときには唇を重ねた。
「じ、時間?」
「そろそろ行かないとね」。
早めにいっておかないと、もし、終電に間に合わなかったら大変だ!
手短に台所へ食べたものを片付け、駅までタクシーで向かおうとする。
外にでるまで気がつかなかった。雪がこの冬、一番の猛威を振るっていたな
んて・・・・・・・・・・・・。
大通りでようやくタクシーを拾い、かおりと共に駅へ向かう。
嫌な渋滞。 だが、かおりといればそれも気にならずだったのだが・・・。
「お客さん、電車前線不通だってよ。」
「えっ?」
「えっ?」
同時に声をだし、顔を見合わせる。
「さっきね、ラジオで流してたよ。 盛岡~郡山までだったかな?
新幹線は」
「とにかく駅まではいこう。 運転手さん、たのむよ」
さすがに地元の運転手さんだけあって、説明することもなく、抜け道をうま
くくぐり抜け、駅の近くまですぐにでたあと、里人とかおり、足早で駅にむ
かう
新幹線、盛岡~郡山 前線不通・・・。
高速道路、青森~福島 前線通行止め・・・。
「どうしよう??」、かおりが慌てるが、里人は意外と冷静だった。
「戻ろう」
「どこへ?」
「かおりの家に」
「でも・・・」
里人が冷静にしていれたのもこの瞬間だけであり、本当は何も考えず、何も
考えようとしなかった。
傘すらもってこなかったのに気付いたかおりは「ちょっとまってて」と
飛び出し、コンビニへ走る。
そのかおりのいない間に里人に少しでも考える時間ができた。
家にどう説明しよう? 明日の会社にどう説明しよう。
とにかく家に電話しておこう。
「もしもし、俺だけど・・・。 今日、高崎に来てて、お客さんに飲まされ
たもので、そのまま帰れなくなって、今日、ここに泊まるから。
明日早めに帰る」
よそよそしい声色で話す里人に
「また、国立さん?」、さすがにまだ覚えているようで、意外とスッキリし
た口調で話す宏美にあまり弁解をせずに電話を切った。
視線をあげると、すまなそうな顔をしたかおりが、傘をさしてこちらを見て
いた。
「行こう!」
手を差し延べ、そう言うと、かおりも何も言わず、その手の暖かさに
ゆっくりと答えた。
第一部 完 第二部製作中!!
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