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大学卒業してどうにか俺は就職も出来、新人研修なんかで1ケ月、埼玉へ行った。同じ会社の同期なんかとその時にかなり打ち解けてその1ケ月は大学さながらに遊んだ。 もちろん日中は研修なんかがあって、そんで夜は毎晩、酒飲んだり語り合ったり。同期の女の子で別に顔なんかも好みではなかったんだけど面白い娘がいてその子なんかとも一緒によく遊んで、俺は配属が決まった後、その子ともう1人とで俺の配属先まで遊びにきてくれた。 ちょうどGWの頃だったかな?3人で俺の部屋に寝る時にふざけながら寝たフリしたりぶつかってきたりしてジャレあってるうちに手なんか繋いじゃっったのがキッカケだったかな?隣に友達@男が寝てるのにドキドキしながらkissをした。そんなこんなで2泊していったんだけどその後、今度は1人で遊びにきてくれた。俺も生まれた所を離れて初めての一人暮らし。 寂しさもあったし来てくれて事が嬉しくて彼女の気持ちを素直に受け入れてしまった。 だけど俺にはその当時は既に今の奥さんと付き合っていた。その後はそのまま自然消滅って形をあえてとってしまった。オサには悪い事したんだけど。それでも今でもオサとはいい友達やっている。毎年、社員研修なんかあれば必ず会うしな。 あんま思い出っていう思い出でもないかもしんないし、今の彼女はどう思っているのかわからないけど、もしいつか聞ける頃になったらあの頃の話をしてみたいと思っている。
2002年12月02日
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恋シリーズはちょっとまっててね。 今、実は思い出ののある人とメールでの繋がりが再会しました。これはまだまだあとからでてくる人なんでそれ書いてからご紹介しますです。Fクンからこの時期恒例になった個展の案内が届いていた。行かなきゃな。アイツも相変わらず描いてるようだ。水さんからは版画の岩切裕子の個展の案内ハガキが来ていた。 どちらもご案内くれて感謝だわ。最近ポストに入っているのはNTTやらの請求書かくだらないDMしかない。しかもキチンキチンと毎月正確に届きやがる。そいでキチンキチンと正確に引き落として行きやがる。あたりまえか。さて、今日もグッタリと寝る訳でもある・・・。
2002年12月01日
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日記をお休みしちゃってました。 遡って書かなきゃイケナイわな。 女の子シリーズもあるし・・・。でもここの日記って遡っても書けちゃうからさ、便利よな。さて、久々にパチンコなんてしちゃってしかもパチンコ感謝デーだったもんでさ、おおいに勝たせてもらったわ。ま、負け分に比べればまだまだなんだろうけどさぁ。でもさ、これで念願のオリスの時計買っちゃおうかな?いいよな、勝った時ぐらいわよぉ!
2002年11月23日
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さて、モトカちゃんとも別れ、その後はちょっと大人しくしてはいたものの、ここからは実は今のウチの嫁さんが出現するんですね。でもさ、ちょっと嫁さんの話は今はまだ出来ない感じがしてます。 別に恋愛感情がなくなったとかじゃなくて・・・。まだ、思い出としての整理にはなってないんだよな。やっぱり恋愛話ってさ、実らなかった恋の方が思いでになってるんかもしんないわ。なんでこの話はちょっと飛ばして、次回は別な話にもっていこうって思ってます。では、よろしく!!
2002年11月06日
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「♪~最後の夜だから少し歩こう」いいよな、このフレーズ。 言わずとしれたジュリー事、沢田研二。 俺が幼稚園の頃に流行ったのが「勝手にしやがれ」だ。 帽子を飛ばしてさ。幼稚園の頃、母親に連れられて美容院に言って「ジュリーみたいにして下さい」って言ってた、その頃からマセてたガキだったわ。 でもオシャレ心はその頃から芽生えたのかもしんない。今でも人と違った格好なんかするのは好きだ。 パタリロのようだけど・・・(爆)普段はさすがにそんな格好は出来ないけど、今でも自分なりのオシャレっていうかこだわりは持ってる。決して廻りや時代、流行とは違う、自分なりのポリシーみたいなものは今でも持ち続けていきたいわな。
2002年11月05日
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作家の荻野アンナが昔何かのテレビ番組で、「(感性的なものは)中学卒業あたりで決まりますね」と言っていたのをふと思い出す。それが正当なのかはなんとも言えないが、まわりを見渡せばたしかにそうかもしれない。カタギじゃないヤツラも結構どうしていたりして。みんな仕事は変えても自分の感性に忠実に生きている。こりゃあめでたいことだ。そうじゃなくちゃな。離婚を何回もしてるヤツもいれば、オトコを変えて失敗し続けてもまだまだ可愛いオンナもちゃんと生きている。現実的にね。さてと、世の中、嫉妬と羨望&怒号と小憎らしい気もちってのは誰でもあるあるである。ホントよそうだろ? でもさぁ、それもエネルギーにしなきゃな。やってらんねぇか。オレは息苦しい思いもしたけど、それはオレが忠実だったってことの証明かもしれない。
2002年11月04日
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タバコを吸ういつものベランダでさっき一服して思った。吐き出すケムリ。漫画のフキダシのように思ったことが文字になって飛んでいく。風船のようにそれが飛んで行く。でもしょせんケムリだ。文字は分解されて拡散されていく。陳腐な空想だ。タバコ消す。さて、BSで以前録った黒澤明の「七人の侍」のヴィデオを観た。さすがに面白い。 外国映画だけでなくギャグやコントの元ネタにもなっている。驚いたことにちゃんと映画と同じように「休憩」が入っていた。5分間だったけど。10年位前に錦糸町西武の映画館でのリバイバルを観て以来、久々の「七人の侍」だったが、テレビで「休憩」ちゃんとやってくれた放送はオレは他にキューブリックの「2001年宇宙の旅」以外知らない。迫力はそりゃ劇場にはかなわないが、一歩引いて観られるテレビだからこその部分もあるかもな。細かいとことか。でもやっぱりポーズボタン押しちゃダメだわ。 観るなら一気にじゃなきゃ映画は。ちょいと後悔。(BGM ルパン三世 ’71 ME TRACKS)
2002年11月03日
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雪降ってます。 マジ!?しかも雪降ってるのに俺はゴルフしてる。変な奴だけどさ、それでも仕事がらみって事もある。一応、サラリーマンやってる訳だけど、どんなもんなんかな?ま、昔よりはサラリーマン顔してる。 だけどサラリーマンもかれこれ9年もやってりゃそりゃあ俺だって愛想笑いのひとつは出来るが嫌な顔やハッキリ言う事は覚えた。だけどさ、基本的には何も変わってないとも思ってる。いわゆる学生のままっていうか・・・。いい意味での少年っぽさは残しておきたい。 学生気分がぬけないとか、そういうんじゃなくてさ。嫌な大人にはなりたくなかったっていうか・・・。愛想笑いしてても、客をヨイショしてても決して嫌な大人なんかじゃない訳よ。 俺の言う嫌な大人ってさ、はっきり何も言わなかったり人生において悟った気分でいたり・・。そういう奴らにはなりたくないな。 今もこれからも。だいたいがさ、難しい事はよくわからないけどまっすぐでもありときにはカーブも投げるけど、真剣勝負っていきたいわな。 うん。理想論かもしんないけど金貰って仕事してる訳だしさ、仲良クラブもいいんかもしんないけど金貰ってりゃプロよ。な、な。ありゃりゃ、何か偉そうな事ばっかり。寒いのと酔ってるのとブレンドされてて頭回ってないんかもしんない。オチなしで終わってみるか!
2002年11月02日
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11月ですね。 はい。ってあんま意味ないんだけどさ。今月は忙しいのか暇なのかわかりません。 はい。日記も遅れがちだしな。 ちょっと頑張らないと。な!
2002年11月01日
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今なら彼女の精一杯の気持ちって受け止められたかもしんない。 でも今更だけどな。あの頃の俺(20歳の頃ね!)はそれなりに大人ぶっていたものの、まだまだ気持ちはガキだったな。パワーがあるようでなかったかもしんない。 彼女といるとどうしてもマッタリデートばっかするようにもなってたかもしんないし・・・。彼女の家に招待された事もあった。 そこで食べたモトカちゃん自慢のスパゲッティ。 今でもあの味だけは覚えてるかも。もう、結婚したんだろうな。 きっと・・・。そんでさ、子供なんかもいたりしてるんだろうな。去年、一度だけ、実は彼女の実家の前を車で通った事がある。 そう、ただ通っただけなんだけどさ。ドキドキしたわ。 もしもそこで彼女にバッタリ会っても、ま、声かけられる俺でもないんだけどな。みんな過去の恋ってどうやって整理してるんでしょ?よく言われるのが次の恋だ!ってそれはそれで当たってるのかもしんない。だけどさ、今の恋が例えばちょっとうまくいってなかったりケンカなんかしたりすると前の前の恋人の事を急に思い出してみたりしてたな。 俺の場合。モトカちゃんとギクシャクしたりしてた時なんかもさ、サヤカちゃんじゃなくて何故かユキちゃんの事を思い出したり、久々コールしてみようか?って思ったりした。俺は今までもう二度と会いたくないっていう恋はしていない。 って前にも書いたかも知んないけどさ。願わくば今の状態でまた会ってみたいっても思ってる。古い人間なのかもしんないけどさ。 過去って振り返ってもそれが臆病だとか発展がないっては思いたくない。急ぎ過ぎてる今の時代。 ちょっと振り返るのもヨシとしなきゃさ。
2002年10月31日
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大学2年の春に再び復活した感じの二人。 修の家で飲んだりしてそのまま泊る事になったんだよな。 たしか・・。その時にな~んとなく皆が寝てしまっても俺とモトカちゃんだけ起きてて。 添い寝してKISSしたのは今でも覚えてる。あの頃が一番楽しかったのかもな。よく温泉なんかも一緒にいったりしてさ。 俺が女の人を知ったのもモトカちゃんが初めての人だった。だけどさぁ、俺ってばその頃は彼女遊ぶのも楽しかったけど友達なんかとバカやったりして遊んでるのも楽しくでよく、川村の家にたむろしてればモトカちゃんから電話きたりしてたな。彼女は短大生。 俺は4年大。 まだまだ平気で遊べる俺と就職活動もしなきゃイケナイ彼女。 少しずつすれ違う。そんな焦りからか、たまたま俺は相澤と彼女の高校の時の同級生の子と遊びにいったのがモトカちゃんにバレてしまい。彼女からしてみればショックだったのかもしんない。だけど俺のいい訳とすれば別に何があった訳でもなく、たまたま一緒にカラオケに行っただけだった。そうこうしてるうちにある夜に別れを告げられた。5ケ月の慌ただしい恋は終わった。モトカちゃんに言われた事でひとつ。 今でも覚えてる言葉がある。 「コージ君、30歳になったらきっといい男になってるだろうな・・・、そしたらその頃だったら結婚してもいいかな・・・」。俺は今31歳になった。 果たして彼女の言ういい男になったのだろうか・・・。今はもう連絡先もわからない。 偶然会う事もないかもしれない。 でももし会えたなら、「どう? いい男になった?」って聞いてみたいものである。
2002年10月30日
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ようやく終盤を迎えてはいるものの、まだ最後の敵は倒せずに3度も全滅させられた。もともとDQって俺はもち1からやってる訳さ。だからどうした!って訳でもないんだけどさ。 そうそう、必ず誰かがクリアした頃にやりはじめる。しかし今のRPGって難しすぎるよな。 だいたいがさ、攻略本なけりゃ解けないんじゃないだろうか?呪文も多けりゃこんどはとくぎだのさ、転職は前にもあったけど今度は組み合わせが大切だったり・・・。ちなみにカジノではかなり時間を費やしてしまっていた。ポーカーが基本的には好きなんだけどさ。DQが終われば今度はドルネコが待ってる。そんなにゲーマーでもないんだけどね。
2002年10月29日
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ここの日記にも何回か登場してた同僚の山の退社が決まった。 先週、所長から最後通達を突き付けられ、その結果の答えだった訳なんだがなかなかどうしてしぶといっつうか当初の返事は工場行きを希望。元々、俺の会社は製造業な訳だけど、昔は営業の出来ない奴らはよく、工場へ飛ばされた。 が、今は工場も人が一杯だし、営業出来ない人間がっていうか何かしらの問題児を工場でも預かれないのが現状らしい。たしかにそうは思うわ。 でももった方かもな。 いやいや、そういっちゃマズいんかもしんないけどな。俺は山という人間が今も好きにはなれなかった。 だけどさどっかには認めてた部分もある。 基本的には優しい人間なんだとは思う。ただ優しすぎる故に優柔不断にもなりやすく、お客の為に自分が犠牲になってしまってる部分もあったと思う。そもそも営業マン向けじゃないんだよな。 でもこの”営業マン向け”とは俺だって未だに自分が営業に向いてるとは思っていないさ。大学の時、22歳くらいで将来決める訳だけど、俺なんかとりあえず営業か?ぐらいの気持ちしかなかったからな。誰にでも優しくや、常に何言われても”ハイ!”ってな訳にはいきませんわよな。 俺なんか今も昔の感情だしまくりだからさ。でも入りたての頃はさすがにそうはいかなかったけど・・。もしかしたら俺よか山の方が営業マン向きかもしんないって思うところだってあった訳だし。ま、人それぞれの人生だし、この会社いるよりは自分というものをだせると思う。 山にとってわ。俺の下って育たない伝説がまた記録更新でもある。また、勳や智史に言われるのは間違いなし。 山で3人目。でも原因が俺にある訳でもない(ちょっとはあかも・・・)。ま、何にせよ来春には誰か新しい仲間がくるだろう。冬は暇だし丁度いいんかもな。(BGM 北の国から/純のテーマ)
2002年10月28日
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昨日、書かなかったけどウクレッツはまたもや酒がメインとなり、家に帰ったのは2時を過ぎていた。 雨の中、チャリンコ走らせたのも久々だったな、しかも風も強くて、マキちゃん送った後はいつもの2倍はかかったんじゃないだろうか?それにしてもこういう飲みはやっぱり重要でもある訳で、別に何を話す訳でもないんだけどただただ何でも面白い訳で終止、笑いは絶えない。しんみりな話って嫌いじゃないけどこの連中でのそういった話ってあんまない。 ホントはこういう話になってもきっと面白いんだろうけどな。昨日の酒を思い出しつつさっきテルからTEL来て長話した。 当然あいつは泡盛飲んでっから、こっちも焼酎飲んで「ちょいと待ったレモン持ってくる」っつーのばっかで、肝心の話が進まない。それでもいいわな。 声を聞けてわがまま放題なんていいじゃん、この文章もやめよ。 ( BGM 沢田研二/BEST)
2002年10月27日
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伝えようとして伝わらないのが恋愛。わかりやすいように話し手も思いまでは伝えられない。話し方は人それぞれ。俺も説明や話し方は得意じゃない。ただ。 恋愛も話もさ。 早口じゃイケナイわ。できるだけゆっくりとゆっくりと。 これ基本かもな。
2002年10月26日
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大学に入ってから出会ったんがモトカちゃん。 荒井さんから見せてもらった高校の卒業アルバムでユキちゃんにクリソツ。 つれてこい!!って話になって何度かお願いしてわざわざ俺の大学まで連れて来てもらった。タイプ的にはちょっと不思議ちゃんっぽいイメージだったかな? 初めは・・・。そいで何人かで大学内をブラブラしたりして話して俺はまたまた恋の予感? 感じてしまった・・・。基本的には俺は惚れやすいんかもしんないけどさ。 その後に何回か電話したりしてようやく2人で遊べる機会なんかを作った。 花火大会行ったり。 そんで彼女もまんざらでもないかな?って思って告白。 しかし返事は”ノー”だった。 たしか何人かで花火なんかした後でそういう感じになって告白したんだよな。その後もそれでもいいやみたいに何回かは会ったりしてたんだけど少しずつ離れていってしまった。一度はその後、「付き合ってもいいかもね」、みたいな話にもなったんだけど、「いいかげんな気持ちでは付き合えない」とかなんとか色々な理由はつけられて結局はダメだった。空白が何ケ月した後、モトカちゃんの誕生日の日に「おめでとうコール」の電話をした。それが彼女もかなりうれしかったらしく、また近々会いましょうか?って事で英治やミトッちなんかと一緒に飲みに行ったりしてた。続く・・・
2002年10月25日
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他の恋愛話#2にもちょっとでてきた美穂ちゃんについて書こうかな? サヤカちゃんと付き合った為にその後、美穂ちゃんからは電話もこなくなりサヤカちゃんとはラヴラヴしてた頃。ちょうど高校3年の2月頃かな? たまたま英治の家なんかで遊んでて、誰か女呼ぶか?って話になって例によってじゃあ美穂ちゃんに”久々コール”するか?って事になったんだよな、たしか・・・。そいで呼び出して家の近くまで向かえに行き、夜の海なんかを3人で眺めたりして・・・。タイミングよくなんかどうかわからないけど英治が帰るっていい初め、じゃあ俺らも帰るか?って事になったんだけど、送って行った途中で「まだ遊んでたい・・」みたいな話になったんだよな。 これがさ。だけど金もなく、ガソリンもなくなってきてしまい、「じゃあアタシん家に来ない?」って事になった。「いいのかよ?」みたいに思ってたんだけどそっと家に入ればバレないみたいに言われてさ。そいで2人で美穂ちゃんの部屋へ。もう夜中2時くらいだったと思う。 眠くなりどうする?ってなったけど仮眠してく!みたいな感じ。 そうなりゃ当然、イチャイチャ始まる訳よな。マセたガキだったワリにさ、そういう経験は初めてでどうしていいかもわからず、でも女性の身体にドキドキしてたな。最後までは出来ず、そのまま寝てしまった。朝になり、当然、美穂ちゃん家はもうみんな起きてしまっていて、俺は帰るに帰れずだったわ。そんで1階の美穂ちゃんの部屋の窓から逃げるように退散。とんでもない事やってるわな。 俺。その後も何回か会おうとの誘いもあったが、何故か俺、会いませんでした。 適当な言い訳つけて。何故会おうとしなかったのかは覚えてないんだけどな。今じゃもったいない話(っておいおい!!)かもな。
2002年10月24日
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朝からの気持ちのいい秋晴れは、昼になって暖かく感じるくらいになった。最近、ず~っと雨だったな。 ホントは今日も予報は雨。 夜には降るんだろうけどな。通りを歩く人たちの中には眩しげに手を額にかざしている人もいる。天気がいいと街はどこでも活気づいて見えるもの。ショーウインドウに映った自分の姿を、早足で通り過ぎる瞬間チラッと見るわけでもなく眼の隅に入っただけだが、自分で言うのもヘンだがオカシクなかったな。それこそこの秋晴れのおかげですんなり街に溶けこみ、オレも活気づいたのかもしれない。ただそれだけのことだが、ちょっとだけ、さっぱりとした気分になった。(bgm best of bobby bland on MALACO)
2002年10月23日
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「新御」をトレノでブっ飛ばしたのはいつだったっけ。「十三」をジュウソウと発音できるオレを驚いて、でもなぜかアンタは次の瞬間笑っていた。 ちょうど今よりもう少し遅い時間。運転を変わったオレはかなり酔っていたような気がするが、それでもたしかにブっ飛ばした。 ブっ飛ばし過ぎているのはオレもわかったが、若いゆえにアクセル踏むままで突っ走ってみたかった。あのトレノはイイクルマだったな。走り屋が乗るような太いタイヤ履いて、とても女が乗るようなクルマじゃなかった。(bgm nothing)
2002年10月22日
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「前之○そば」という立ち食いソバ屋があるが、ツユは添加物系だがソバはウマイ。 更科系の白いソバだ。 立ち食いじゃワリカシ気に入っている。イカ天ソバが310円だ。昔はこんな立ち食いソバ屋に女一人じゃ入って来なかった。でも今はどこでもいるのよね。女どうしじゃなく一人で。デフレの世の中ゆえ、それこそ昼飯にカネなどかけてらんねぇという女性もいて当然の昨今。マクドナルドのハンバーガーをほおばるニュースクルーと思われるガイジンたちを駅の交差点で見たのは最近のこと。その雰囲気はなんとなくN.Yぽくも映った。ファーストフードというのは、本来的には忙しくまともな店にも行けない人間たちのためにあった。ところがデフレや現在の不景気が助長する雰囲気のおかげで、皮肉にもファーストフードは本来的な姿カタチにやっとなったのかもしれない。今や誰が立ち食いソバやハンバーガーを「貧しい食事でお可哀想に」などと言うだろうか。たしかに立派な食事とは言えないが、働く女性がひとりで昔はなかなか入れるところでもでもなかったのは確かだ。でも昼食なんてのはそんなんでもいいじゃない。 なにしろ仕事がメインだろ。 正しい選択だ。若いワリカシキレイな女が「かきあげそば!」と注文しジャリ銭をカウンターに投げ捨て、カウンターの隅でひとりかっこみながら窓の外を見て、そいでまた、かっこんでいた。珍しいなと思いつつも、珍しくもなんともないわ、ほかにもそんな女たちはオレの後ろにもいた。誰とも会話のない食事オンリーの昼食。 みんな5分強で店を出る。 でもこの5分強が重要なんだ。 やっとひとりきりになれた5分強なんだろう。さ~てと、女たちより早く食い終わり店を出て、タバコをゆっくり吸える場所をオレは探すことにした。(bgm best of bobby bland on MALACO)
2002年10月21日
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重松清のエッセイ集「セカンド・ライン」の中に面白いエッセイがある。ドラえもんは何のために未来からやって来て、ダメなのび太にそのポケットから便利なものを取り出し与えるのか。 なぜだろう、とある。同感だ。タケコプターやどこでもドア。 重松はそれら道具を与えられたのび太の使い方が悪いと指摘している。だからマンガなんだっていう、リアクションもあるがそういう一般的な思考停止とも取れる意見は無視する。道具の使い方を間違っているのはのび太だけではない。作品が描かれたのは70年代。 約30年たってドラえもんの取り出した道具は現実になっているものもある。どこでもドアだと? インターネットがまさしくその通りじゃないの。 この道具の使い方は果たしてわれわれはのび太以上と言えるのだろうか。ジャイアンやスネオをやっつけるにはどうやってやっつける? ウイルスメール送るか。 そいでしずかちゃんにはストーカーメール送りつけたり盗撮してアイコラの道具くらいのことには精通して…なんつってな。でも現実はたとえばこんなヘンなのび太みたいなヤツらもいっぱいいるはずだ。道具の使い方を間違えれば例えば二万円の包丁が、切れ味のいい凶器にもなる。 いや、それよりもドラえもんはそれより切れ味のいい包丁なり凶器なりポケットからすぐ出してくれるだろう。のび太がパソコンを与えられたらという「もしも」はすでに現実になっているのかもしれない。どこでもドアは便利かもしれないが、突然開けられた側はさ~てどうなんだろうか。 よくあるオチでしずかちゃんが入浴中か?そしてその先はドラえもんだって知らないんだから。 だから教えられないのよね。(BGM james brown ballads collection)
2002年10月20日
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「どこで何してようと君は君。そしてワシはワシ」。ウレシイ言葉であり、事実であり、友情の証明でもある。前にもそんなこと書いたかもしれない。「君」を認めてなきゃ出ない言葉だ。だから言われたオレはウレシイ。 世の中、仕事でもなんでも仕事じゃなくても、知り合いは多いかもしれないがホントに話せるヤツってのは少ない。話せばわかるんじゃないかって相手はたいていダメだ。それよりも話さなくてもピンと来るヤツ、どこでもいい、いつでもいい、とにかくピンと来たヤツとは男でも女でもやっていけると思う。こう書くとちょいと違うかな。さらに能力オンリーじゃないのよ世間は。インターネットは現実の手助けであり、しょせんメインにはならない。 「どこで何してようと君は君。そしてワシはワシ」。そう言われても良いのは、友人と認め合う仲だからこそじゃん。 それが基本だよな。(bgm GRP all star big band /all blues)
2002年10月19日
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仙台へ、明日のゴルフに備えて夕方MPVを走らせる。 明日は早いしな、誰にも連絡はせず、お忍び的な来仙。 六郷の打ちっぱなしでしばし明日の調整。 明日って誰と組み合わせなんかも全然わからないわ。 実家へ帰れば誰もいなく、台所を物色。 適当な有り合わせの食材で食べる。 ビールは冷蔵庫に入ってたんでそれも頂戴した。 風呂に入り、自分の昔の部屋で、例のごとく昔の雑誌なんかを漁り、就寝。 明日は頑張るぞ!っと、言いました。 (BGM U2/war)
2002年10月18日
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「幾世代か前に~」と始まる友川かずきの唄。 こないだ若いコが歌うのを聴いて驚いた。 リアルタイムではないオレだが、楽曲そのもののパワーを感じつつ聴いていた。今の10代のコでもこんな曲歌うのかと、びっくりしたわ。それこそオレなんかまともにライヴは知らない。 レコードも持っていない。 誰かのウチかラジオかカセットテープで聴いたオリジナルなんてのも二度三度しかないかもしれない。中川イサト、加川亮、高田渡、古井戸。 このヘンね。チャボは当時、朗読もやっていたらしい。最近また復活してるらしいけど。いわゆるフォークですな。オレの年代があれをカヴァーするとウソになる。でも若い彼らだったらリスペクトになる。フンっ、いいジャン。でもそれでよいのかもしれない。楽曲だけが「意味」を超えて時代を駆けてやって来る。くそったれ、ありがちな陳腐な言い方しかできないのが気に入らん。 むむむむ。でもなにしろ、ドキッとしていたのはオレだけじゃなかったのは確かよ。 拉致被害者の家族では、ヒゲの蓮池透さんはだんだん落ちこんでいくように見える。本当のことを報道を通して伝えようとする責務と、現実の違和感で悩んでいるように見える。 頑張るなと言いたい。彼に。 今は頑張るんじゃなくって喜ぶだけでOKにしとくべきよ。先のことはうっちゃッといていいだろ。 コワイ顔してんなよ。 アヤヤでも聴いてさ! 元気ださなきゃ!でも、オレが彼の立場だったらやっぱり、ああいう感じになるかもな。(BGM bobby brand/member’s only~other blues)
2002年10月17日
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Tシャツ二枚、トレーナー一枚、タオル一枚を汗だらけで取り替え、カラダを拭き、目の前にあった小さなアロハの上にダンガリーシャツを着て寝て起きれば朝。それさえも汗まみれだった。だけどどうやら微熱は吹っ飛んだようだ。スマキにされて寝るのがホントはいちばんよいのよ。検温してみる。脇に体温計を入れ…35度7分。計り間違いか。朝飯食って、また計る。36度0分。元々オレって体温低いんだな。朝だからかもしれないけど。でもアタマはスッキリしているぞ。外は秋晴れだ!湿ったフトンを干しにベランダへ。シーツも引っ剥いで洗濯機へブチ込む。深夜2時頃に脱ぎ捨てたグリーンのTシャツも当然ブチ込んだ。 2時頃に雷とともに前線が通過した時、一度起きた。でもそれ以降は知らない。ただひたすら寝ようとしていた。起きれば快晴、秋晴れ。そんないちんちだった。(BGM ラリーパパとカーネギーママ/ドリームズヴィル)
2002年10月16日
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拉致被害者5人が一次帰国した。なにはともあれ祝福の歓迎。 マスコミ、メディア、微熱ムード。手を振ってタラップを降りてきた女性の笑顔に安堵を感じたのはオレばかりではないだろう。良かったね。とにかく帰って来れて。ホント。オレもなにやら微熱ムード。でもこっちはちょっと歓迎しないわ。ちょっとダルイ。早めに寝るか。(BGM nothing)
2002年10月15日
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30代のいい大人が見るコンサート?って思うかもしんないけど今日はなんと松浦亜弥のコンサートに行ってきた。う~ん、アイドルのコンサートって何年ぶりだろ? もしかしたら中学生の頃にみた河合その子以来かもしんないわ。マキちゃん夫妻に誘われて俺とフランソワーズと向かう。ハートの舞台セットやなんやら色々あった。今のアイドルのコンサートってみんな打ち込みのプログラム使ってんだな。昔はスタジオミュージシャンなんかが即席で作ったような演奏形態だった気がしたんだけどさ。ドラムのリズム・ソロの途中で衣装着替えたりとかのイメージもってた俺としてはやっぱり古いオヤジなんだろうか?どうせアイドルだろ?・・・みたいに思ってた俺を彼女は思いっきり打ちのめしたわ。 ス・スゴイわ。 それにキャワイイ。ノリなんかは俺が今までやってたバンドなんかのノリの比じゃない。 小さな身体をフルに使って走りまくるわ、歌いまくるわ。後ろの巨大スクリーンで彼女の顔なんかがハッキリ見えるんだけども笑顔は決して崩さない。 そこにアイドルのプロ根性をみたきがした。メロン記念日だとか稲葉敦子(元:太陽とシスコムーン)なんかが途中サポートして何やらやるんだけどやっぱり彼女との空気が違う。松浦亜弥ってホントのアイドルなんだろうな。 俺も一発でFANになってしまった。元々アイドル路線であってもバラードもあり、売れ線ありで時間忘れて俺も盛り上がってしまった。だけどさすがにバラード調はちょっとオケ使用だったのかもしんないな。口がちょっとズレてたのと音が変わってしまっていた。 だけどあれだけ動いて歌ってりゃ、休憩も必要だろな。打ち込みだからこそアドリブはなし。 歌も真剣に歌う。 そんで終わりもアッサリ。 だけどよいのよ。馬鹿にできないよな。 アイドルも。 ホント、13列目のど真ん中で見てしまったし、いい日だったわ。終わった後に居酒屋で今日の感想大会。 会場は俺もTシャツ一枚も外にでれば寒く、焼酎の梅お湯割りにてシメル。 次は気志団でも見に行くかぁ?って事で盛り上がる。 (BGM 松浦亜弥/桃色の片思い)
2002年10月14日
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98年から油絵を描き始めた。 今はっつーか、ここんとこさっぱりなんだけど最初に描いたジャンセンの模写や2作目のモネの模写は人に見せればウマイと言われ、そんときばかりはオレの低い鼻も高々ではある。 誉められるとウレシイのはコドモと同じ。その後、PCのペインターのソフトやphotoshopなんかを用いて色んな自分なりの絵は書いていたがここのところは全くやらなくなっていたわ。今日は色々とインストールしてまた絵を描いてみたくなって色々と時間かけて描いてみた。 昔と今と色使いが変わってきたご様子。でもタッチは昔の方がいいな。 これはマウスさばきも関係してるのかもしんないけどな。 ダブレット使わないと難しいわ。PCで描く利点は何度でもやり直せることだよな。 だけどこれが欠点でもある。 何時間かかけて描いた絵もクリアー一発だもんな。 ちょっと寂しいわ。 こんな感じ。 油絵はさ、ゴルフと同じよ。 やり直しはできない訳だし。本来の絵ってのはそういうもんかもしんないよな。で、今日はというとY字路を俺は描いた。 オレは道を描きたかったのは確か。 道に落ちる陽の影を描きたかった。Y字路を選んだのは何故だったんだろうか。絵的に描きやすくて切り取りたかったのかな。その時には意味なく描いていたとしても。もう一度眺めてみる。道を描いたオレの心は、無意識だったゆえに信頼できそうだ。手前ェのヘタな絵を見て何をか言わんやだが、暗示めいたものさえ思えるのだでもでも「これでいいのだ!」。(BGM a woman needs love/ レイ・パーカージュニア&ザ・レイディオ)
2002年10月13日
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テーマから。 俺も受信料って払ってません。結婚して今の所に住んでからかな? 受信料の請求がくる様になったのは。前に一人暮らししてた時は一度来たきりで「見てません!」で終わった。今の所には何回かきて、「○○さんぐらいだとNHKとか見られた方が社会勉強にもなりますし・・」とかいいやがった。「何にせよ、払いません、もう来ないでくれませんか?」とちょっと睨みつつ話た後で今度は俺が居ない時にきやがったらしく、うちの嫁ったらさ、なんか払わないとマズイ?って思ったらしくその場で支払ってしまった。(1ケ月分、カラー含む)それを聞いた俺は頭にきてNHKに電話して抗議。 その後はピタっとこなくなった・・・ケド。振り込み用紙は半年に一度来ます。 やっぱり一度でも払うと登録されるらしくて・・・。もちろん延滞分含めて。 今は8万ぐらいになってたハズ。ま、絶対払いませんけどね。 第一に見ない事はないけど見るって言ってもチャンネル色々と廻してなんか興味あるのやってる時だけだしさ。BSも別に毎週とか見たい番組ある訳じゃないしな。この延滞金。 いつかは何か請求されるんだろうか?もし知ってる人いたら教えてください。
2002年10月12日
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高校3年の頃。 友達なんかとよく女子校の文化祭なんかに行った。 たまたま行った文化祭で一緒にカルタしたのがサヤカちゃんだった。その次の週に俺の高校の文化祭があって前の日記にも書いたけど俺はそこで女装して司会なんぞやった。で、ちょうどサヤカちゃんなんかも友達と見に来てくれてて「カルタ部だぁ~!」とか英治と一緒に話たりしたのが出会いだった。ちょうど英治の妹もサヤカちゃんと同じ学校の中等部にイタんで名簿から彼女の家の電話番号みつけてかけてみるか?って事になった。そしたら友達もサヤカちゃんも俺の事、いいな!って思ってくれたらしくその後も何回か電話するようになって。何回目かデートも重ねるうちに「付き合おう!」って思いきって言ってみたらOK。 多分、ちゃんと付き合ったのっていうのは今までで彼女が初めてだったかもしんない。もちろん、FirstKissの相手でもあった訳だしな。冬の公園で暗くなってきた頃。 寒いのによくもまあいたもんだわな。それから彼女とは毎日のように電話したり会ったりしてたんだけど高校3年の1月になると俺はもうあとは卒業だけで暇な人だったんだけど、彼女は意外と真面目さんタイプだったから受験やなんやも頭に入ってきてた。俺は逆に夜遊びなんかも楽しい時期でちょうど車なんかもその頃に手に入れれば行動範囲は広がるし、彼女と遊ぶよりも数倍、そっちの方が楽しくなってきてしまった。そのうちに1年間は大学入るまでそっとしておいて下さい。みたいな手紙貰って、その後、なんか自然消滅みたいな感じになってしまった。 そうそう、なんか交換日記みたいなものもやってたんだわ。その頃・・・。って言っても毎日じゃなく、会う度にノートを渡して書いてまた渡されてみたいな・・・。とても今じゃ考えられないけどSWEETな付き合い。なんかホントの学生の恋愛って感じだったなぁ。でも彼女と居て、すごく優しくなれてた俺がそこにいたのはたしか。 なんか気持ちがすごく落ち着いたんだよな。クリスマスなんかの時も俺の家でクリスマス会みたいなのを2人でやったりしてさ。 初めて女の子の肌に触れたのもその時だったかな? ま、未遂で終わったんだけどさ。当時、Hに関してはすごく関心あったのは高校生の男ならば自然だろうけど、なんかさ、SEXってところまではいけなかった。 大事にしたいって思いからなのかどうかわからないけどさ。今は、彼女どうしてるんだろうな。 短大に入った頃に一度電話して話たりしたけど、彼女も今は30歳。もう立派なママなんかしてるんだろうか?
2002年10月11日
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俺のここのHPの日記は始まったばかり・・・。 でも違うサイトでは日記をもう2年以上も書いている。俺の場合は日記っていうよりもコラム的な要素を入れて書いてるんだけど、違うサイトでは色んな人や知り合いに教えてしまったら今度はなかなか本筋なんかが書けなくなってきたって感じた。 で、ここへ引っ越してきたんだけど、自分の歴史って感じでもないけど今までの恋愛話なんかを中心にここでも嘘、偽りなく、すべて語ってしまいましょう!って感じで書いてる。もちろん、これからは18禁の話だってありだぜ。違うサイトではエッチ関係なんかの話はタブーだったみたいだしな。(っていってもタイシタ話もないかもしんない) 今はここのサイトともう一つのサイトの両立をしている。別に大変でもないかな?書きたい事を書いてるだけだから・・・。
2002年10月10日
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映画じゃないけどさ。 過去って変えたらマズイのかな?ドラえもんの話でも過去が変わると大変な事になってそれを元に戻すべく旅に出る・・・みたいな映画かなんかあったよな。 だけどさ。 俺はタイムマシンがあったらやっぱり過去に行きたいかな?あの時、こうしておけば・・・とか、編集はしたよな。無理矢理でももっと早く、あの娘に会うとか。 そんな大それた過去をかえる訳じゃないしさ。 そのくらいは見逃してくれるんじゃないだろうか・・・。 ねぇ、そう思いません?初めてテーマっていう形で日記かいてみました。 (BGM iwao/Happyday)
2002年10月09日
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結局は俺の片想いで終わったのかそれとも両想いだったのかは未だにわからないけれど。 ず~っと好きだったのは確かだったわ。 何回か待ち伏せ(注:ストーカではありませんが・・)したり、ユキちゃんが行きそうな所へ出向いたりもしたけどさ、偶然やタイミングってそんなに合うもんでもないしな。 でもユキちゃんを好きになってからは俺の好みのタイプが変わった。 ユキちゃんぽい女の娘ばっか好きになった。芸能人でいうと、そうだなぁ~。 ちょっとマイナーなんだけど本田理沙によく似た娘だった。ちょっと黒目がちのクリクリっとした目をした女の子。そんな女性ばっか追いかけてたかもしんない。 でも今思えば今でもこうやっていい思い出として言えるからよかったのかな?っても思ってる。でも願わくば付き合いたいって思ってた。 何度か他の女の子と付き合ってケンカしたり、別れたりすると必ずまたユキちゃんが俺の中にでてきたりしてさ。でもこの恋は発展もせず俺の永遠の片想いって感じだな。 今、会えるならあってみたいよ。 会ったらどうなるかわからないけどさぁ。 俺は今までも昔、付き合ってた女性や好だった女性には今でも会ってみたいって思ってる。おもいっきりイヤでフッタリフラレたりもなかったしさ。一度は好きになって付き合ったりした訳だしさ。 二度と会いたくないって人はいないな。でも相手は二度と会いたくないって思ってる人もいるかもしんないけど・・・。 なんてな。そこまでイヤな奴でもなかったと思うよ、俺は。よく、いい人過ぎるって言われてた頃もあった。 なんかさ、これってあんまいい事じゃないよな。でもあんま傷付きたくなかったっていう臆病なところもあったのかもしんない。 強引さはなかったな、あんまり。自分の感情を表にだすのは苦手だったのかもしんない。これって今はちょっとはでてきたと思う。経験からなのかなぁ・・・。 よくわかりません。 俺自身も。
2002年10月08日
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恋愛話が続いたんでちょっとここらで休憩しよう。なんか恋愛話ばっかじゃ飽きられてしまうしさ。 よくよく読むと自分にしかわからない書き方してるかもしんないしな。 「リスペクト」やら「トリビュート」って言葉がやたら飛び交い、なにやらそれを冠にアルバムもいっぱい出ている。本来的ならいいが、単なるカヴァーやリミックス版までホントにリスペクトしてんのかいなって思うのもいっぱいある。 そういうジャンルを売り手が作りたがる気持ちもわかる。たまたまこの前、テレビ見ていて女性アイドル(らしき、名前は失念)と司会者と音楽評論家の平山雄一がサザンオールスターズの初期のライヴヴィデオを見てコメントしていた。サザンのことはその女性アイドルも知っているはずなのだが、どうも話が噛み合わない。初期のヴィデオのせいかもしれないが、彼女はサザンの初期には関心なさぞうに見えた。でもプライヴェートのカラオケじゃサザンの曲で盛りあがるそうだ。どうもサザンのキャリアとは関係ないらしい。自分世代に理解できる範疇しか興味が持てないのかもしれない。 音楽、オンガク、エラそうになんだかんだ言ったってさ、世の中のすべての人間が音楽に興味あるわけじゃないし、CDラジカセなんて持っていない若者だっている。 でもカラオケぐらいはジョーシキ的に押さえとこってとこなんだろうか。それよりなにより、今のミュージシャンだって影響されたアーチスト(←これもいつからこんな呼ばれ方したんだろうか)が、せいぜいオレにとっては最近の人たち。なんで遡らないんだろうか。クイーンでおしまいか。キッスで終わりかいな。BOOWY(ちゃんと表記できません)で、明菜で聖子でいいんだろうか。さきのその女性アイドルが出ているテレビを眺めていると、「横のつながりオンリー」の世代ってのが確実にあるってことがわかる。 余計なものにストレス感じたりベンキョーしてまで追っかける気はサラサラないんだろう。彼女たちにとっては「リスペクト」も「トリビュート」も単なる新譜の一枚に過ぎない。要するにハヤリもんだ。「敬愛」するミュージシャンやアーティストなんてのは今でも変わらない。だけど彼らに対して一度離れたり、元戻ったりしてなんか恋人のようでもあったりするのよねオレは。だからうっかり他人の「リスペクト」なんたらには手は伸びない。それにしても世代間のギャップは深刻。考え過ぎだろうか。 (BGM jeff beck)
2002年10月07日
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高校3年の時。 たまたま学祭でミス○○みたいなさ、男子校ゆえ、女装して誰が綺麗か競うみたいな催しが中夜祭であった。 その司会を俺は遠藤とやった。校庭で他の女子校の子なんかかなりみに来てくれて司会の俺なんかももちろん女装した訳よ。姉キのその頃、一部では絶大な人気があったSTREET ORUGAN系の服なんか着てさ。そんな事やるとやっぱり目立つ訳でその女装のまま歩っていると電話番号なんか聞かれたり、「あれ? 俺って格好いいの? 女装してんのに?」って感じになる。ま、いいか?って事で電話番号教えてやったのは美穂ちゃん。 彼女は俺よか一つ下の女子校に通う娘だった。2、3日して電話きて、今度、遊びましょうねぇ~とか言う話までなったんだけど結局はちょっとあって会わずだった。でもその後、冬頃にたまたま会う事になるんだけどさ。 それともう一人、はサヤカちゃん。 彼女とは半年ぐらいつきあった。 実は美穂ちゃんの友達にこのサヤカちゃんと会っていたところを目撃されて、「彼女いたんですね・・・」って感じになってしまったんだよな。 じゃ、サヤカちゃん編はその後、書きましょうって事で。
2002年10月06日
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それからは別に特に恋に発展するとかなんとかはなく、いい電話友達みたいな感じで過ごした。でも春にはこっちの専門学校に入るって事で一人暮らしかどうかはわからないけど仙台に来るって事は決まっていた。3月。親戚の家の近くに一人暮らし。 色々と整理した後で電話が来て、強引に会う事に。久々に会う。 しかも2人で会うのは初めて。喫茶店でお茶しながら色んな話をした。 4月からの事。 俺の事、ユキちゃんの事なんか。”付き合って”とか、”好き”とか言う事はそれまでも今も言ってないけど、俺としては4月になれば頻繁に会えたりするのかな?って思っていた。しかし現実はそうではなかった。たまに電話は来る。 けどなかなか会えない。 そのうちにユキちゃんもバイトなんか初めて、俺もバイトやバンドなんかあって電話貰ってもなかなか話す事も出来なかった。その頃の俺はユキちゃんに対して、かなり恋愛感情はピークにきてたものの、なかなか会えないっていうのもあって、別の人と付き合ってしまったりもした。 今はもう名前も忘れてしまったけど・・・。サトウ、ユカ?だったかな?ま、付き合うって言ってもなんだかよくわからない感じだったけどさ。 その後、何度か偶然ユキちゃんとは会う事があった。今はなきブルーノートっていうレンタルレコード屋だとか、あとは街中で偶然ってのも2、3度あったかな? それ以来、知らず知らずに電話が少なくなり、いつしか電話もこなくなってしまい、この恋はもやもやのまま終演を終えた。最後に電話きたのはいつだったかな?多分、俺が大学入った頃あたりまでかな?たまたまユキちゃんの専門学校の同級生に知り合いがいて、彼女の電話番号はその時に教えてもらっていた。だけど電話すら出来なかった。 もし、ちょっとの勇気あればユキちゃんと付き合う事は出来たのかな? 今でも心残りだったりもするかな?ところどころ空白はあるものの、やっぱり俺はユキちゃんが好きだった。 大学2年ぐらいまで。今は結婚してるだろうな、多分。街中で偶然会う事もないだろしな・・・。
2002年10月05日
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そんで12月。 ユキちゃんの友達の好きなBUCK-TICKのコンサートが仙台であって、その付き合いとかなんとかで・・・。会う約束したのは仙台駅。 俺的には3ケ月ぶりだしもうず~っと指折り数えて待ってた。そんで俺はテルと英治と3人で向かう。久々にあうユキちゃんは夏と変わってなかった。 一目でハックリわかった。 よく会わないとさ、イメージ膨らませて美化してしまいそうになるんだけどそんな事はなかった。コンサート終わるまでは俺らは適当に時間つぶして、その後でみんなでご飯食べましょう!って事でまた待ち合わせ。なんやら色々と話したいはずが絶対、その時の俺、ダッセェ奴してたと思う。好きな人の前でさ、着飾れば着飾る程、男ってかっこ悪い男になるはずだよな。そんでユキちゃんの親戚の家まで送っていってBye-Bye。次の約束なんかもちろん出来ない俺・・・。ただただバイバイって元気に手を振るだけだったわ。 次の日。 やっぱりもう一度会いたくなって学校を早退したものの、今度は一人でいくのに躊躇してしまった。テルが学校終わってすぐに俺の家にかけつけてくれて、行こうぜ。 つき合うよ!ってことで仙台駅へ向かう。駅で色々と時間調べてみるとユキちゃんところまで直通で行く電車は夕方の5時10分にあった。「きっとこれだ」、なんとなくそう思った。 テルの分の入場料もかって電車前でハル。 でもいない。そこへ友達が俺をはじめに見つけてくれて横にユキちゃん。ホームまで出て来てくれたものの、何か何も言えなくなってしまい。 「気をつけてね!」の一言。で、なんとか最後に握手だけは出来た。全ての力を使い果たした感じで家に帰る。夜、「ついたよぉ~」の電話貰う。今度はいつ会えるかな? な~んて話をした。 でもなんかこれ以上ないくらいトキメイてたのは確か。その頃の俺なりに精一杯のガンバリだったと思う。 まだ続く・・みたい。
2002年10月04日
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ユキちゃんとの恋#3の前に小説の第一部を全てアップしました。 どうでしょう?この後の里人とかおりの話も現在書いてる途中ではありますので出来上がり次第に載せようとは思ってます。それとこの小説は半分フィクションで半分はノンフィクションだったりなんですが、その種明かしはまだここでは内緒。じきにでてくると思いますんで、その時にその話はします。みなさん、楽しみに~~。そうそう、今日はナオちゃんの誕生日。おめでとう!!(BGM パソコン・ノイズ)
2002年10月03日
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それから1ケ月ぐらいしてからかな? ちょうど学校は文化祭なんかで盛り上がっていた日。 もち俺の高校は男子校だったもんだからさ、この時ばかりはいやがおうにも盛り上がる。 文化祭で俺は喫茶店&ライブハウスみたいなものを作ってアコースティックライブなんかやった。その夜はテルの家にみんなで泊って、その後、家に着替えに帰った時、親から「昨日、菅原さんって女の子から電話あったわよ!」。 一瞬、震えた(大袈裟?)でも親の前ではなにくわぬ顔して、「ふ~ん、」ってな感じに装って。そこからは「も、もしかして文化祭に来てんのか?」みたいに思うじゃん。次の日は日曜日なんで校門行ったりきたりして。そわそわしてたわ。ま、そんなこんなでもちろん会えるワケもなく文化祭も終わりすぐに家に帰り、電話番よ。ちょうど9時に電話がなった。 2回コールで取ると「鈴木さんのお宅ですか?。 菅原と申しますが・・」「ユ、ユキちゃん? (ちょっと声が遠い)」、「う、うん、覚えてますか?」もう舞い上がってる俺がそこにいた。そこからは俺も何しゃべったかあんま覚えてないけど、文化祭来てくれたのかもって思って、校門で何度も待機してた事とかしゃべったのかな・・、たしか。そんでまた電話くれる?って言ったら。 「気が向いたら」っとちょっと素っ気ない態度。番号教えてもらった人に順番にかけてみようかな?って思ってるとか・・。 って事は??でも俺を一番にかけてくれたことは・・・。なんか色々と考えてしまった訳だよな。その後、すぐに英治に電話した。 奴にちょっと自慢はいった報告を兼ね、その日はやっぱ興奮してたな。なかなか眠れなかったのは覚えてる。ホント、純情だったなぁ~俺。 その後、1ケ月に1、2度、電話くれるようになった。だけど電話番号は教えてくれなかったし、俺も何度か聞いてみるも親がうるさいらしく俺もあえて聞くのはヤメていた。他の連中にも結局電話はしなかったらしい。そんな電話だけのデートなんかどうなんかわからない状態が3ケ月ぐらい続いた時、たまたま俺のいる仙台にコンサートとかなんとかで来るっていう話が決まった。続く・・・。
2002年10月02日
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さあ、恋愛の歴史の話にもどりましょうか?今回の話は俺の中で一番の恋愛の話かもしんない。おそらく一番、思い入れのあった娘だったと思う。 名前は由紀ちゃん。 そう、また由紀ちゃんなんだよね。って初恋の由紀じゃんとはもちろん別の子なんだけどさ。でこっちの由紀ちゃんはカタカナでユキちゃんにしとこうかな? わかりやすいように・・・。 出会いは突然っていうか必然っていえば必然なんだろうけど運命?っていえば運命?ま、前置きはこんな感じにして。 高校2年の時、クラスでミニ修学旅行しようって事である島へ行った。 もちろん海な訳で悪ガキ連中の俺らなんかはいったらすぐにナンパしようぜぃ!っとかたいして声もかけられないのにさ。 意気込んでた訳ではあったんだけど。 そんでたまたま海の家ってあるじゃん。 そこでバイトしてたのがユキちゃんで、俺らなんか先生がちょっと離れた所なんかにいればビール買ったり日本酒まで買ってるテルなんかもいた。 ファーストインプレッションは黒目がちの娘って感じ。なかなか外見は俺好みかも?ってな具合よ。二日目の日もあえてそこの海の家へ行った。だけどなかなか話かけられず。 でも彼女もちょっとは意識してたんじゃないかな? 俺らの事。 で、最後の夜に、明日帰るんだし、駄目モトで声かけるか?って事になり剛が先頭きって名前なんか聞き出す。どうせ電話番号なんか教えてくれないんなら俺らの電話番号書いて渡そうって事で前の晩にみんなでメモに書いた。 話すうちに俺らのひとつ上って事がわかって。 俺も便乗して話たりして「気が向いたら、誰かに電話しますね!」って言われて・・・。 舞い上がった訳よ、それだけで・・。 そんで帰ったはいいが、もう一回、会いたいな!って事でこんどはちょうど一週間後に俺と英治でバイクで向かった。港近くへ行き、もちろん宿なんかも決めてなかったんだけど島へ付いてすぐに探してさ。付いたのが夕方近くだったからちらっとだけ様子みようって事で遠目でまだ海の家でバイトしてるか確認したりなんかして・・・。 で、次の日は朝から海の家へ行ったら、「やっぱり~~!、昨日ね、そうじゃないかな?って思って手を振ったんだよ!」。 もうそれだけで嬉しいワケじゃん、俺として。「電話こないから来てみた!」ってその頃から皮肉っぽかったかもな、俺。 でも結局、電話番号やら家なんかは聞く事もできず、ましてや夜に遊ぶなんでことも出来ずに俺らはまた仙台へ帰ってしまった・・・。続く
2002年10月01日
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そもそもこのスナフキンって名前の由来はさ。俺の大学の頃のアダナな訳なんだけど、別に放浪癖があったりする訳ではないんだけど、イメージっていうかそういうのが似てるって事で、俺も悪くないな?って逆に気にいった。って感じだった。 俺の昔のトレード・マークはおっさん帽子。 そんでバンドなんかやってて髪伸ばしてたもんだからそんなところからついた。逆にスナフキンが発展してのっぽさん(できるかな?の人)って言われてた時期もあったな。あの帽子も一つ間違えると似てるからな。 それで今でも昔の友達からはスナフキンってなイメージに見られる。 スーツ着てネクタイしめててもなんからしくないって言われるし・・・。ま、大人にはなりたくないけどさぁ。少しぐらいはスーツにネクタイが似合う歳になったんじゃないかな?って思ってるんだけどなぁ・・・。
2002年09月30日
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高校に入った頃から由佳子さんの想いも少しずつ薄れてきた感じ。 っていうよりもまた高校生になって新しい友達なんか増えてくるとさぁ、また視野が広がるんだよな。 高校1年の頃、柴田さんという先輩から紹介されたかおりちゃんと出会う。 ま、よくある紹介みたいな今で言うとコンパなんかな? ファーストフードみたいな所で俺と柴田さん、そして健之と3人よ。 こっちは。実はここでちょっとした事件があった。 格好つけからか、普段は学ラン姿じゃ決してタバコ吸わなかったんだけどここでたまたまタバコ吸っちゃったりしたもんだからさ、はい。指導員に捕まっちゃいました。(テレ笑)そんでさぁ、もう紹介も何もない訳よ。でもなんか気になってその後で彼女と会ったんだけども、やっぱりそんな感じではうまくはイキマセンことよ!ってな感じだったな。 でもそのかおりちゃんは今でもなんか俺の思い出のひとりだったりする訳よ。 そんでさ、実は大学で同じ学部だったりするんだけど、大学では顔すら見かけずに俺は4年間過ごした。 あとはエンチカって娘もいたな。 彼女はなんと文通で知りあった。 当時、文通なんてのは俺も誰にも言えない事だったんだけどたまたま好きなアーティストが一緒でそれで2、3通程文通した後で会いましょう!って事になって。でも好きっていう感じではなかったかな?ただ男子校故に気軽に話の出来る女の子の友達みたいな感じだったかもしんない。 デートって感じではなかったけど、よく喫茶店なんかでお茶したりしてそれなりに楽しかったな。(BGM 藤井フミヤ/エンジェル
2002年09月29日
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♪~恋も二度目なら~少しは上手に~ってな訳にはいかないよなぁ、やっぱり。初恋同様に色々と想いもあったけどこれがセカンドラブだな?って感じたのは由佳子さんかな?またしても年下。 今度は2つ下だったかな?俺が中学3年の頃、たまたま雨の日にバスで登校したら同じバスに乗ってきた。俺も私立の中学だったんだけど彼女も私立の女子校。当時、この女子校のセーラー服は人気だったな。もともと小学校は同じ学区だったからな~んとなく見た事があるって感じだったんだけどさ。 気になる存在となってきた訳よ。 たまたま俺の先輩の妹が同じ女子校に行ってて当時は写真やら趣味やら聞き出したりしてた。それも先輩やその先輩の妹には「俺の友達が!」って言う事にして、決して俺が好きだったとは言えなかったな。それが高校1年まで続いた。 ガラにもなくラブレターは書いた。 だけど渡せなかった。「好きです」。 気のきいたセリフとか言えないんで・・。とかいう逆にキザだろ?みたいな手紙。でも何回かチャンスはあったんだよな。 実は。彼女もな~んとなく気になってる人がいるとか言ってたみたいで・・・(妹情報ね!)それでも当時は声すらかけられず、登校時の想いでといつしかなってしまった訳だ。 (BGM Johnlennon/imagin)
2002年09月28日
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アップしてみました。「風の呼び声」(LOVE WORLD)っていう題名なんですが。フィクション半分、ノン・フィクション半分の話です。これはこの時期(1999~2000)年あたりに俺が経験した恋をアレンジして書いたものを知り合いの女性と供作で書いたものなんだけどワリカシ気にいってるんでここのHPにも載せてみました。いいも悪いも聞きたいんで感想あったら掲示板にでも書いてください。さて、続きは初恋書いたし、次はセカンド・ラブって感じでいきましょうか? だんだん淡い気持ちが蘇ってくるな。こういう淡い恋っていうか恋愛が好きだったんだけどさ。いつからこうなったんでしょうね? トホホ・・・
2002年09月27日
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今から何年前になるんだろうか?多分、これが俺の初恋かな?ってのは小学4年生の時だったと思う。 それまで「かわいいな」、とか「好き」って気持ちはありつつも、初めてホントに好きだって気持ちになった人はその娘だったと思う。名前は由紀ちゃん。彼女は俺よか4つも下だった。 小学1年生だったと思う。こんな歳でこんな下の娘?って思うとその当時からロリコンはいってたのかもしんないけど、なんか妹みたいな感じもあったんだと思う。 その思いは小学6年生の時まで続いてた。 他の友達にはちょっと恥ずかしくて言えなかったんで、カモフラージュとして同じ学年の娘の事を好きだっていう事にしてた。 で、その由紀ちゃん。 別に彼女とは好きだって気持ちを打ち明けた事もなければ二人で遊んだりなんかも当然出来なかった訳だけど、気付くと俺の事見てたり、俺が彼女を探したりしてる。 ホントに胸キュンってな感じの恋だった。 その後、中学に入ると俺は私立の中学に入ってしまい、いつしか途切れてしまった。 家は近かったんで学校の帰りなんかは遠回りして彼女の家通って帰ったりもしてたな。 そういえば・・・。それで大学の頃、一度だけ偶然、彼女を見かけた。バスの中。 彼女の瞳にはもう俺が入ってないかもしんないが俺はその時だけは、あの頃と同じように彼女を目で追っていた・・・。
2002年09月26日
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昔、夜。 眠れなくなった日がある。 一人で部屋にいて、別に考え事してたり悩んでたりしてた訳ではなかったんだけどね。 そんでお酒飲めば寝れるかな?って思ってバーボンを持ち出して本読みながらしばし飲む。 そのうちにだんだん酔っぱらってきちゃったんだよ。 そんでその当時、自分家でデモテープなんか録れる機械を買ったばかりでそれで自分の声を遅らせたりして朗読してみたらどうなるかな?ってなよくわからない発想になり試す。 Back BGMはエリック・サティ(ピアノね!)。 そんで読んでた本が小松左京の短編で早速スタート。「眠りたい!」・・・彼は言った。 とかさ! なんか声色なんかも変えて録音してみました。そんな変なテープをその当時のバンドのメンバーなんかに聞かせてた俺って変な奴?
2002年09月25日
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わからないままこの日記書いてます。 少しずつ色々と試してみようと思ってます。ナンデ?掲示板に書き込みがぁ?ってビックリしてたら俺がどこかの日記見にいくとそれが記憶されんのね。 俺もログインしてみて初めてわかった。 もう一つの日記を今日も更新してみた。 2日分。こっちは気ままなりにも書きたい事を書くって決めてるんでだぁ~っと完成していきたいな。何から書こう?って考えてると書けなくなってくるんで思いつきの敬語や話口調ブレンドで書くわ。読んでくれる人はとても感謝です。 感想なんかも素直に聞くかどうかは別として嬉しいんで何か足跡残しておいてくださいまし。さぁて、次は恋愛について、過去の話でも全て書いちゃうわさ。 (BGM PIZZICATO FIVE/JPN)
2002年09月24日
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ジョージ・ハリスン。享年58歳。 若いといえば若いがミュージシャンとしてはフツウかもしれない。 でも若いわな。ジョージ・ハリスンといえばビートルズ時代の”while my guitar gentry weeps”,”something“が有名でありどちらも好きな曲であり、コピーした。 何年か前東京ドームでハリスンのコンサート見たわ。 バックはクラプトンバンド。もう10年近くなるのかな。 ビートルズの初期の頃から、ソロになってからまでの曲はほとんど当時のアレンジでのコンサートだった。ナマで見れたのを味わうことに意義があるコンサートだったわ。こんなカンジってわかんねぇだろうな。全米じゃやってないだろう、このコンサート。 クラプトンの企画だろう絶対。 ハリスンとの友情というか交遊関係はビートルズ時代に遡ってまで有名じゃないさ。しかも女房取った取られたのもOKなくらいの間柄?そうOKなわけないよな。 ハリスンの女房パティに惚れたクラプトンは一緒になれないことをわかった上でヘロインに手を出す。紆余曲折があってパティと一緒になったクラプトンだが80年代に入って離婚してしまう。TBSで「素晴らしき仲間」って番組でハリスンとクラプトンがイギリスのスタジオで一緒にジャパン・ツアーのためのリハをやっていた。 リハのステージのフチに足をブラブラさせていた二人はインタヴューにも冗談ばっかりでゲラゲラ笑っていた。 まるで子供よ。「プカプカ」っていうディラン?の西岡恭三の名曲があるんだけど、「あんたが~あたいの~寝た男たちと、夜が明けるまで~お酒飲めるまで、あたいオトコやめないわ、オトコうふふふ」って歌詞を思い出すのよ。 大人だからこそ、オンナも大切だけどそれよか友情を大切にしちまうのよ。クラプトンとハリスンのパティは有名な話でこれは”layla”になる。パティ・ボイドはビートルズの映画”a hard day’s night”で会うことができた。ジョージの死はやっぱ早い。
2002年09月23日
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何杯目かの焼酎レモンロック割りをつくった。そりゃあ何事もうまくいかないから「人生ゲームなんて」のが出来たのかもしんない。今になると開発した人の気持ちがよくわかる。でもそれでその開発者の人生はゲームではなく本当に変わったのかもしれない。どうコマを進めるか、どうやって競争相手を下し勝つか。それが人生ゲームか。昨今はそうじゃない生きかたもマスコミやらなんやらで提唱されている。一見正論のようだが、どうかな。久々にキクちゃんから電話あり。 商売の話!ってTELきたんで儲け話?って思ったが、そういう意味じゃなかったのね!(BGM シェリル・クロウ)
2002年09月22日
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↑こういう人って多いんじゃないかな? そういう俺もそうなんだわ、やっぱ会社じゃ何かにつけてexcel関係やサーバーの共有関連はwinが主流だもんな。俺の場合はもうmacから初めた感じでもう5年も使ってます。途中、会社にPCが導入されてもかたくなにMacだった。無理矢理macでexcelfail作ってさ、それをwinに変換するんだけどその頃ってなかなかうまくいかなかった。社員一人に一台ずつwinのノートPCが渡された去年からwinを色々といじるようになったらmacにない、快適な機能なんかも多い事には驚かされたな。昔は何で2ボタンマウスよ。 あんなん必要ないじゃん。ってな感じだったもののexcelなんか使ってるとやっぱコピーペーストは楽かも・・・って思えてくる。でも、未だにMac流っていわれる。macは理由なしなんだよな。 元々、人と違う物が欲しかったてのはあって、その当時にMIDIやグラフィック関係は絶対的にmacって感じだったしな。で、結論を言うと、比べちゃ駄目なのよな。それぞれいいところあるしさ、俺はその時、その時に使い分ければいいと思ってるし。家でのメインはmac。 もちろん今、こうやって書いてるマシンもmac。 外出してればノートPCを持っていく。でも家では共有(LAN)は組んでない。それぞれが進む道もあるしさ。 俺は両方使えればいい。って贅沢かもな・・・。
2002年09月21日
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