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深夜明けだし、ちょっとのつもりでSATYに入る。あれよあれよと言う間に荷物が増えていってすでに2時間半・・・。捨てるものは少ないのに買うものが遥かに多い。とか言いながら冬物衣類が家じゅう探しても見つからない。またColumbiaに行くことになりそう。
Oct 31, 2002
今月はAO3があって頻繁に連絡を取り合うためかなりの通話代がかかると思っていた。ところが照会してみると¥700ほど無料通話の限度額に届かない。貧乏性な僕にとっては今日・明日の2日間で使い切らないと気が済まない。なので明日あたり何の用もなくみなさんのメールに僕からの着信があるかもね♪無意味に着メロでもダウンロードしようかな・・・。
Oct 30, 2002
朝、起きるとまず感じるのが寒いという事。まるでAO3の終わりが冬の到来を告げたようである。無理してTシャツの上はトレーナー1枚しか着てなかったけどやっぱり寒い。そのぶんルナ(ハス公)はいつにも増して元気だった。
Oct 29, 2002
昨日まではそんなに疲れを実感してなかったのが今日は起きることができず、気づけば昼過ぎ・・・。そこからナイス割烹でランチをとり、寒くなってきたので冬物の衣類を買いにアウトレットモールへ。ところが目ぼしいものも見つからず僕の足はおのずとBOSEの店へ。欲しいけど買えないものばかり。それにしてもナゼあんな小さなスピーカーからこんな良い音が出るのだろう?
Oct 28, 2002
午前7時の起床時間。意外にみんな早起きで今回はさすがの かつみ もすぐに起きるがやっぱり大量の布団に埋もれる運命に。神戸隊を中心に朝食のオープンサンドを40人ぶん作る。コテージと違ってちゃんとした炊事施設がないのがツライ。チェックアウト後は本日のメインイベントであるオーディオの試聴会がある。今までじっくりと聴き比べる機会も少なかったのと自分のHR-Vがデッドニングしたので他と比べてどうかというのも非常に興味があった。(正直言うと たまごFit で参加したかった・・)さすがにエントリー車は本番用のセッティングと選曲だけあってかかなり高いレベルで良い音を出している。ここで僕の気になるHR-Vを何台か紹介してみよう。・foo号&だいちゃん号 非常に僕の目指すべきセッティングでまとまり感があり 最も聴きやすい。 特にだいちゃん号は未完成ながらDIYの凄さに驚かされる。・がんてつ号 今回、最も注目されたうちの1台であるが さすがにかけた金額がケタ違いであるためか次元が違う。 僕には到底マネのできない世界である。・久B田号 聴き慣れているはずの久B田号もやっぱりいつ聴いてもクリアな音。 とっても自然に聴けます。・ブラックHiro号 とにかくすごい音圧。 持ってる紙はおろか自分自身もビリビリと震えます。 他の車に入ってオーディオ聴いてても この車から発する低音が情け容赦なく侵入してきます。 5分と車内に留まることができませんでした。昼食の後も引き続きオーディオ聴いたり雑談したり。気づけば解散時間を過ぎてて慌てて閉会式。ふとここで冷静になってみんなと出会い、集まることの幸せを実感する。そして思い出すmomoさんの姿・・・。みんなを見送った後、神戸隊もだいちゃん号、しょうご号を引き連れて南下する。そしてAO3を振り返りながらの夕食。神戸隊も解散して、東京からわざわざ来てくれたしょうごさんをJetFeel Factoryへとお招きする。家はもちろんの事、たまごFitを誉めてもらったのがかなり嬉しかった。こうやって振り返ると楽しかったけど呆気なく終わってしまったAO3。2日じゃ足りないと思う。でも、この気持ちが次への意欲となり力となる。またみんなとAO4で集結したい。
Oct 27, 2002
まだあと1ヶ月以上あるわ。とか思ってたのが気づけば当日。慌しく出発準備をして神戸隊が大蔵海岸に集合。もう、この時点でけっこう盛り上がってくる。ところがイザ出発してみると西神にさしかかったあたりで小雨が降ってきた。三木に入ると雨は強くなり、気合を入れて早朝からワックスがけしてた紅とそれに徹夜明けで付き合わされたYam君は本当に悔しい思いをしたようだ。予定時間を30分遅れて現地入りすると雨も軽くなっててすでに1台の青いHR-Vが。山口のがんてつ号だった。なんと下道のみで来たというツワモノ。それから昼食をとっている間に続々と懐かしい顔が集まりホンダベルノ神戸の機関誌であるV-Palの取材陣も到着した。事前の取材を受けていると、さらにいろんな方面から到着するHR-Vの列。それはあっという間に増えていき久々の光景を醸し出す。なんとなく懐かしい、それでいていつものメンバーが集まり開会式でAO3は始まった。まずは受け付けと名札の配布の後、HR-V1台1台を1軒の店にみたてたJetFeelマーケット。向き合ったリアゲートが一気に開いてゆく。なかなか壮観だ。出品されている商品も実に興味深い。本当にどこから仕入れたんだろう?というものまである。我がJetFeel Factoryからも渾身の力作であるトートバッグ3種類を出品したが思ったほど売れず苦戦を強いられる。やはり、今回参加の多かった女性に的を絞ったのが敗因の1つであろう・・・。で、気づけばあたりも薄暗くなって気温もだいぶん下がってきた。チェックインの手続きをするころにはすでに大部屋では夕食の準備がされており全員慌しくチェックイン。何度も乾杯をして大いに盛り上がったけどZオフの時みたいな壊れっぷりはさすがになかった。食後も宴は続きみんなそれぞれ酒を飲んだり今までのミーティングで撮影した写真を見たりゲームしたり。そして僕が入浴した時、風呂場に居合わせたのがみんなオーディオ好きのメンバーばかり。湯船に浸かりながら熱い談義が続く。これがけっこう楽しくてかなり盛り上がった。深夜には遅れて参加の2人も到着。消灯、就寝したのは深夜を過ぎてからのことだった。
Oct 26, 2002
サッサと仕事を終え、帰宅と同時に準備にとりかかる。やらなければならない事が前日になっても片付かない。そしてやるべき事も頭の中ではまとまらない。それでも嬉しくて楽しみで落ち着かない。寝ようと思っても新しい企画や考えが沸いてきて実行してしまう。まさに遠足の前日。
Oct 25, 2002
AO3へ向けて参加者全員の名札を作っている。アイディアはあるけど時間とかける手間がないので使ったことのない名刺ソフトとかは使わず使用したのはHPビルダーに付属しているWebアートデザイナー。イラストはある程度拡大してもなめらかさは確保されるけど文字はガタガタ。ま、それも味があっていいけどね。みんなは喜んでくれるだろうか?そして気づけば深夜1時を過ぎている。
Oct 24, 2002
ほとんど眠れない状態から朝イチで病院に電話してみる。我が病院ながらいろんな部署をたらいまわしにされ何度も相手が変わるたびに事情を説明する。すでに声を聞いただけでは誰が誰なんだか・・・。で、結局は怪しい畳屋の軽トラも業者では昨日出入りはなかったそうだ。それからワンオフのオーバーフェンダーを作ってもらった板金工場に持ち込んでみる。いきなりだったけど嫌な顔ひとつせずに修理に取り掛かってくれた。1年半ぶりに見るかっち号や掲載された雑誌を見ると工場長のおじさんはまるで自分の子供を見るような目で微笑む。修理はものの15分ほどで終わり、修理代も不要だと言ってくれた。・・・う~ん、次のワンオフは何を作ろう?それからはAO3まで休日は今日しかないのと復活したことが嬉しくてワックスをかけまくる。”走る白亜の宝石”とまで言われた(言われてないぞ)かっち号もこうやってみるとかなり汚れている。それが夕方にはまさしく純白の乙女のよう。(思い込み)あ・・名札も全然出来上がってないや。
Oct 23, 2002
平和ないつもの準夜だった。最後の事件以外は・・・。AO3まであと3日だっていうのに病院の駐車場で当て逃げされたようだ。右フロントフェンダーが車体内部に向かって陥没している。自走はできるけど運転席側のドアが開かない。塗装の剥がれやひどいくぼみはないけど治るんだろうか?
Oct 22, 2002
かっち邸の近所には1軒の割烹がある。割烹といってもそんなに入りにくそうなかんじではなく下町の風情に溢れている。そこでやってるお昼の定食が安くて美味いので日勤の日意外はけっこう利用している。今日のメニューは”魚のユッケ丼”。ちらし寿司の入れ物にゴハンを入れてその上にゴマ油をかけた鮭やハマチの刺身と卵黄がのってる。初めて食べたけどこれがウマイ!特に台湾の料理食べた後だったしね・・・。僕はこの店を”ナイス割烹!”と呼んでいる。
Oct 21, 2002
台湾での疲れもあまりなく迎えた翌日の日勤。午後からは特にすることもなく患者さんたちとトランプをした。・・・ひたすら7ならべ。出せるカードがあるのにパスのしすぎでドボンしたりルールもバラバラ。でも、なんかそれが楽しかったりもする。
Oct 20, 2002
意外にチェックアウトは早かった。9時半にホテルを出てまたもや土産屋や免税品店に強制連行。ぴったりとマークしてくる店員に嫌気がさしてきながらも市街地では欲しいものがなかった事を思い出し龍の彫刻が入った水晶のペンダントや翡翠のリングとかを買う。というよりは持って帰っても仕方の無い元を消費したかったのだ。もちろんみんな時間を持て余し隣にあったトイザらスがオープンしてるとの情報と同時にそっちへ流れ込む。そして昼すぎに空港へ到着。ちょうど昼食の時間でもあったのでさすがに空港のレストランならば外国人でも口に合うハズ・・と思ったのがまたマチガイ。頼んだ坦々面は薄っぺらい味でけっこうマズイ。帰りの機内では14時くらいに空港で昼食を摂ったにも関わらず17時(日本時間)にも機内食が・・・。みんながカツ丼を頼む中、ひねくれて焼肉を頼んだけど、これもマチガイ。関空に着くと外は雨。でもホテルまではシャトルバス。そこから家まで愛車。やっぱり楽チン。そして日本の街並みはやっぱりキレイで整然としていた。
Oct 19, 2002
あまり早くに出かけも開いている店がほとんどないという昨日の反省点を踏まえて今日はかなり遅くまで寝ているつもりだった。だった・・というのはネットなどの誘惑がないせいか昨夜も寝たのは0時くらいで朝はゆっくりしているつもりだったのが8時にはもう目が覚めていた。今日の目的地である天母(ティエンムー)へ向かうのも10時半からと決めていたので本当に何もすることがない。紛失したミールクーポンが見つかったのでみんなの評判どうり期待せずに下へ朝食を摂りに行ったが評判どうりだった。時間を持て余し、出たいのに出られないで迎えた10時半。天母へ向けて出発した。1日券を買い、初めてMRTに乗る。けっこう昨日の電車に比べて近代的。ちゃんと車内には路線図があり、アナウンスも北京語と英語でしてくれる。天母に着いてまず向かったのは台湾でも珍しい地方料理の専門店。なぜここかというと同行者である後輩が変わったものを食べたいというので案内したのだ。僕と先輩が頼んだのは普通のビーフンとチャーハン。そしてヤツが頼んだのはコオロギと筍に棲むイモムシとキジバト。さらに山ネズミも注文してたけど残念ながら品切れだったようだ。前菜にパパイヤのサラダが出てくる。けっこう爽やかな味でおいしい。お次はビーフン。ちょっと日本のとは違うけどこれもイケる。そして出てきたのがコオロギ。頭の部分を前(下)に90°折って首(?)から胴体に向かってポテトが刺さってる。それを一緒に揚げてあるのだ。これには絶句。でもヤツは美味そうに食べていた。で、今度はキジバト。まぁ、焼鳥屋にあるスズメのでっかい版。けっこう身が少なく固い。さらに間髪入れずにタケムシ(筍虫)。見るからにイモムシである。ところが先にコオロギを見ているので感覚がマヒしていたのかテーブルに置かれると同時に後輩よりも先に喰ってやった。食感は中空になってるようなかんじだけど断面を見たらちゃんと中身もある。食べてる最中はあんまり味はしないけど後味でちょい虫っぽい臭みが残る。一緒に揚げてある刺葱という葉が味ではメインのようである。チャーハンはチャーシューにやや特徴があるものの、全然美味しかった。サトウキビとキノコのスープってのもあったけど、サトウキビ自体はトウモロコシの風味がするアスパラガスってかんじ。これはイマイチ。最後は頼んでないのに出てきたココナッツの冷たい一口ケーキ。これがむちむちしてて最高に美味しかった。店を出て最初に向かったのは誠品書店のあるデパートみたいなところ。書店といっても雑貨なんかが置いてあり、他のフロアにもオシャレな店が並ぶ。ギャラリー風の店で母が好みそうなシルクのスカーフを値段交渉開始。1980元を1500くらいにまでしようと思ったけど値引きにはキツイ店らしく結局は1700までしか落とせなかった。誠品書店がメインストリートの1番端なのでそこから反対の端まで行って台北に帰ることにした。けれども町が台湾の中では洗練されててオシャレなのはわかるけどそれでもあまり気を引くほうな店はなく、結局ペンションのようなスゴイたたずまいのハーゲンダッツでとんでもない大きさのラズベリーアイスをシャーベットに浮かせたものを食べて再びMRTで台北に戻った。台北からは同行者2人と別れて1人歩き開始。手始めに三越から入ってみたけど普通のデパート。地下には屋台街のようなファーストフードモールがあって1人なら便利そう。その隣にあるNOVAというPCショップの複合体みたいな店にも入ってみたけどすごい活気。アチラはほとんどが自作PCのようで魚屋よりも賑やかだった。で、その外にはナゼかビラをまいてるニィちゃんと2匹のシベリアンハスキー。さらに宣伝のためかビニールのような服を被せられている。こんな暑い島でかわいそうに・・・。で、台北駅周辺もたいしたことナイと判断してホテル近くの若者の町である西門(シーメン)に戻る。夜と同じくらいの人出ですごい賑やか。雑踏の中、ホテルに向かう。・・と、その時一件の建物が目に入った。日本でいうと無印良品とFrancFrancを兼ねたような店である。吸い込まれるように入ってみると4階建てのフロアにはセンス溢れるユニークな生活雑貨で満ちていた。欲しいものはたくさんあったけど、台所用品と数点のお土産だけ買った。日本にもこんな店があればいいのに・・・。http://www.workinghouse.com.tw/ ホテルに着くとちょうど別れた2人もほぼ同時に帰ってきた。途中で降りた中山(ジョンシャン)駅から台北とは反対方向へ歩いてしまってたらしい。部屋に戻ると同室者である技師さんもいてすでにお休み中だった。昼間はとんでもないものを食べたので最後の夜くらいは普通のもにしようということで西門にある飲茶の店へ4人で行く。で、入り口に入る時に気づいたのがなんと回転飲茶の店なのである。これは便利!なんせ言葉の通じない店員さんにあれやこれやと注文しなくてもいいのである。・・・考えは甘かった。流れてくるせいろには蓋がしてあって中身が何かわからない。下のプレートにはメニューが書いてあるけど読めない。流れてきたせいろを片っ端からちょっと開けて食べられそうなものを捕獲。そして急いで蓋のベルトに戻す。最後のほうになると字を見ただけで何が入っているかわかるようになったけどやっぱり日本の飲茶では見かけないようなものが半分以上。はじめのほうに中身の確認もせず取って食べられないようなものもチラホラ・・・。でも、満腹になって1人450元。まぁまぁかな。食後にはみんなと別れて台湾最大と言われる夜市のある士林(シーリン)まで行こうと思ったけど天気は小雨に変わりやみそうにもない。ここで技師さんは離脱して一足先にホテルへ帰還。僕ら3人は足裏マッサージへ行った。50元だけ値切って40分450元。(約1700円)日本に比べるとかなり安い。ところがマッサージ中に首や肩・腰の全身もしないか?と迫られる。40分追加で計950元。(約3500円)けっこう痛いところもあったけど想像以上に気持ち良い。施工後は心地よい痛さが体じゅうに残ったけどなんだか軽い気がする。マッサージ中はすごい雷雨だったのがなんとか小雨になりホテル到着後はすぐにシャワーを浴びて寝る準備。同室者の凄まじいイビキも今夜限り。
Oct 18, 2002
ハードだった昨日にも関わらず目覚めは良かった。時間は6時半。歩いて30分ほどの大きい公園に行ってみた。目的は地元の人がしているナマの太極拳を見に行くこと。でも、実際はオバちゃん相手の台湾体操(?)やスローテンポなエアロビもどき。1人だけ太極拳らしきことをしていた初老の人がいたけどどうも怪しい。でも、こんな街中の公園なのに見たこともないリスがたくさんいた。帰り道は朝食のミールクーポンを3日ぶんとも紛失してしまったのでちりめんじゃこのお粥を買って帰った。お粥だけならちょっと頼りない味だけど麩を揚げて刻んだものと漬け物みたいなのがついててそれを入れるとけっこう美味しかった。9時にはロビーでオバちゃん看護師3人と集合。鶯歌(イングー)という陶器で有名な町に電車で行こうと思ったら同行したいというので一緒に行くことにした。台北駅はものすごく大きくて1階は真ん中が吹き抜けで広い。ちょうど案内書に日本語のできる人がいて4人ぶんの切符を買ってくれた。電車に揺られること30分。片田舎な趣の鶯歌に着いた。ところが駅を中心に1週しようとまわりを歩きはじめるけど廃墟のような町には開いてる店などほとんどなく車は走っているけど人もまばらだった。自分1人ならまだしもオバさん3人を連れてきているのでプレッシャーも感じているころちょうど半周したくらいでまた駅のほうへ下りていくと町の中心地なせいかかなり活気溢れている。そこで郵便局を発見。(地図で知ってたけど)台湾の切手は可愛いとのことで小鳥の記念切手のセットを買った。そこから最後の望みである老街(ラオジェ)へと足を運ぶ。窯元の直系店もある観光客相手の陶器ばかりあるモールである。とはいえけっこうオシャレなギャラリー調な店もある。これにはオバさんたちも大満足。特に前の病棟で一緒だった師長は店から出てくるたびに袋が増えていた。僕もお目当てのオカリナ2つと茶器を購入。台北に戻ってからはみんな疲れていたためいったんホテルに帰った。ちょっと昼寝のつもりが起きてみると3時間半後の20時にもなっていた。同室の技師さんはすでに夕食を済ませたとのことで夜の街に1人繰り出す。今回の旅で初めての1人歩きである。やっぱり異国の地では気ままに1人がいい。とりあずは1番近くの夜市を目指した。やっぱり台北の街は夜のほうが賑わっている。ポケットに財布と地図とデジカメだけ詰め込んで手ぶらで歩いていると現地の人になった気分。夕食はキレイでもなく汚くもない店で食べたけど牛肉の汁ビーフンはどうも口には合わなかったようだ。水餃子はけっこう美味しかった。22時にホテルに戻ると技師さんと看護師連中が酒盛りをしていた。ここまで来て日本の景気の話なんてすることないのに・・・。
Oct 17, 2002
ホテルの12階にある客室で僕はまだ眠れずにいた。NHKでは清水ミチコが台湾の夜市でいろんな食べ物を紹介している。シャワーを浴びてベッドに入ると今度は関西テレビで元阪神の選手が台湾を紹介している。・・・これは僕に「寝るな」と言う意味か?結局ベッドに入ったのは午前2時・・・。ところが原因不明の蕁麻疹に襲われてほとんど眠れずに朝を迎える。シャトルバスの関係で関空に着いたのは集合時刻の30分前。平日の朝っぱらとはいえけっこう人が多い。バリ島でのテロがあったばかりだしかなり出国審査に時間がかかるだろうと思っていたのにほとんどウォークスルー状態。おかげでかなりの時間を持て余すことになった。職場の連中とできるだけ離れていたかったこともあり逆方向の免税店方面に向かう。スタンド式の自由に使えるPCがネットに接続されていたので早速いくつかのHPに書き込みしたりメールしたり。その後はカフェみたいなとこで豚まんとペットボトルのお茶で腹ごしらえ。空港って免税品は安いのかもしれないけど一般の商品が高い・・・。それにしてもシンガポール航空のスッチーはやっぱりキレイだ。北海道行きに毛が生えたくらいのフライトで台北の空港に着いた。蛍光灯のような照明に漢字まみれの看板。どことなくアジアの外国であることを感じる。建物の外に出るとかなり湿っぽく、31℃という暑さ。せっかく日本が涼しくなって喜んでいたところなのに・・・。バスは空港から40分ほど走り台北市内に入る。ありきたりの観光スポットや土産物屋に強制連行されやっとホテルに着いたと思ったらすぐに夕食へ。そこもまた上のフロアは土産物屋さんで台湾式に烏竜茶をいれてもらいいろんな食べ物を夕食前から試食する。う~ん・・・確かに美味しいんだけど値段がねぇ。というわけで何も買わず。今回のツアーで唯一出される夕食は石鍋。日本ではみんなで鍋をつついて食べるがここでは店員さんが1人で仕切る。そこそこ美味しいけど薄味かな?食後は昨夜が不眠だったため眠いのと疲れで早くホテルに戻ろうとしたけどDFSなんかに寄ってみた。欲しいものはあるけど街中だともっと安いかも。なんて思い、ここでもほとんど買わず。結局今日買ったものといえばミネラルウォーター18元とボールペン15元のみ。(130円ほど)そして疲れ切った体を安定しない湯温のシャワーと排水が悪くてどんどん水位が上がってくるバスタブで汗を洗い落とし生ぬるい風のドライヤーで髪を乾かした後、同室者のイビキにうなされながら眠りにつくのだった。
Oct 16, 2002
TOTOの人が水栓の修理に午前中にやってきた。かっち邸は入居者のないまま築後3年を経て僕らが初めての入居者となっていたため経年変化で劣化してお湯が出なくなってしまったのだ。電話で修理を頼んだ時、費用は出張費が一律¥2000と技術料に部品代がかかると言われていたのが気の良いTOTOの修理担当の人のおかげで事情を話したら無料にしてくれた。出費のかさむ時期なだけにかなり嬉しかった。そして準夜が終わりそのまま関空近くのホテルへ直行。湾岸線ではけっこうなスピードで僕をワンボックスの車が追い抜いて行く。それに少し遅れるかたちで僕が走る。さらにけっこうなスピードで後ろから近づく角張ったヘッドライト。屋根の上には暗闇の中、赤い半透明のランプが・・・。ギクッとした時にはもう追い抜かれた後だったけど捕まったのは先行していたワンボックス。「なむなむなむ・・」と合掌した。
Oct 15, 2002
夜勤明けのキツイ状態でそのまま元町の大丸へ行く。看護師さんからもらったチケットでロバート・キャパ展に行くためだ。はじめはそんなに乗り気じゃなかったけどギャラリーに入ると僕はどんどん奥へと、そして写真の中へ、文章の中へと引き込まれる。世の中にはこんなすごい人がいたもんだと関心する。彼は戦争の報道写真家である。と同時に文豪でもあった。そして、そのどちらもかなり心惹かれるものである。写真はその場の空気をもリアルに引き出し写るものすべてに表情がある。止まった物を写すのではなく一瞬を写しているのにそれはまるでロックウェルの書いた絵のようだ。文章も読んでいて本当に面白い。臨場感豊かにその状況を語っているのに登場する人たちの気持ちまでもが伝わってくる。書き方も非常にユーモアに溢れていて最後の1行でオチをつける。写真にしろ文章にしても彼の生み出す作品はどこまでもがオシャレだ。それが戦争という凄惨な状況の中でも。そこには平和ボケしていない生きるために必死の人たちがいる。そしてみんなその一瞬を輝いているかのように生きている。また好きなアーティストが1人増えた。http://www.magnumphotos.co.jp/exhibition/sligtly.html
Oct 14, 2002
妄想を持たれている女性患者に何も悪いことしてないのに怒鳴られ続け1人で昼休みの当番してたら躁状態で多弁状態の患者がベッド上でウ○コの海で泳いでて放置するにも休憩中の同僚を呼ぶわけにもいかず1人で交換作業。午後からは例の問題患者に側頭部を殴られそのまま隔離室に強制連行。でも、そんなに気分的に落ち込む事もなく深夜に備えて眠るのであった。
Oct 13, 2002
久B田君に渡すものがあったので夕方に少し寄ってもらった。相変わらず多忙な様子で、これから京都に向かいヘタすると北陸の友人宅へピンポンダッシュをしに行くそうだ。それにしても彼との談話は終わる事を知らない。次から次へと話のネタが続く。ちょっぴり昨日の母の気持ちがわかる瞬間。
Oct 12, 2002
夕方に母親のところへ行った。九州から帰ってきたばかりでオニのようなマシンガン土産話が続き、さらに仕事場の話になる。もう、僕に喋るスキを与えないほどである。しかし、トシをとってきたせいかだんだんと喋りというよりは単なる”多弁状態”である。まだ元気にしゃべり続けていてくれてるだけマシだと思っておこう。
Oct 11, 2002
今日は休日。しかも連休なのだ。そんでちょっとSATYまで買い物に・・・のつもりだった。それがゴハン食べてると買いたいものを思い出し、さらにそれを買っている最中に次の物がほしくなる。気づけばすぐに帰るつもりが3時間近くもSATYん中。で、今日の収穫は・・・ゲームするときに疲れないように座椅子。しかもバイブレーターが入っててマッサージ機能付き!(効果のほうは「?」だが)それと、たまごFitと同色の折りたたみスツール2脚。あぅ~・・・これから台湾やらAO3とかが控えてるのにお財布もたないよぉ~。
Oct 10, 2002
何年かぶりに焼き鳥屋さんへ行った。脱サラで有名な某全国チェーンと思われるアノ店である。なんか料金も控えめで美味しかったけど2人で6000円近くもいくのはチトつらい。さらに珍しく飲めない酒(チューハイ1杯)を摂取してしまったせいか帰宅してからも体じゅうがダルくて痛い。最近、濃いものが食べられないので焼き鳥ってけっこう美味しかった。ウチでも七輪買ってガレージで焼こうかな?
Oct 9, 2002
誕生日を迎えてからはこの日記にはできるだけ楽しかった事を書こうと思っていた。でも今日はあの人の家に行ってきた。生前、僕らと楽しく遊んでたころの画像をプリントアウトして。残念ながら家族の方たちとは会えなかったけど遺骨の前で手を合わせてきた。体調が良くなればまた遊びに来てくれる。そう信じてずっと待っていただけに本当につらかった。遺影を見てぼろぼろと涙が出た。止められなかった。早く行きたいけど家族の方に迷惑になってはいけないというジレンマの中、ずっと自分に溜まっていた膿のようなものを涙で押し流す。玄関にはさっきまで使っていたかのように子供の名前が入ったグローブをあの人の名前が書かれたグローブが優しく包み込んでいる。悲しいけどこれも現実。あの人ならば僕らにどうして欲しかったか?それだけを考えていこう。
Oct 8, 2002
僕が洗脳してFitを買ってしまった職場の同僚の女の子ができちゃった結婚で先月入籍&結婚した。ところが本人はともかく生まれてくる子にもしもの事があったらマズイと新車のFitを取り上げられ名古屋の弟へと持って行かれたそうだ。(余談だが、この姉弟のおかげで新車なのにボコボコ)そこで僕が彼女に出産&結婚祝いとして贈ったのが先日僕も買ったFitのラジコン¥1999ナリ。しかもラッピングなしでトイザらスの袋に入れたまんま。出産&結婚祝いにこんなもの!?と言われそうだけど僕なりに色々と考えての品だった。ちょうど同じアイスブルーだし。いつか元気な子を生んで板金修理を終えたFitが彼女のもとへ戻ってくることをお節介で世話(洗脳?)した僕は思うのである。
Oct 7, 2002
今日はYam君を呼んでAO3へ向けてのJetFeelグッズ製作。午後からはずっとひたすら流れ作業を3人で続ける。外は真っ暗になり激しい雨。さすがに30枚をイッキに仕上げるのはツラかったけどこれもみんなの笑顔が見たいがため。どれくらい売れるかは不安が残るけど公式グッズとして胸を張っていこう。
Oct 6, 2002
昨日受け取った新品のメガネ。昨夜のPSOでコンタクトの状況が極悪だったので途中で外して新メガネをかけてみたけどキツすぎて頭がクラクラ。しかも左目のピントが合ってない・・!でも性懲りもなく今日もかけてみる。ほぅ・・だんだん慣れてきた。ピントが合わないのはこれ以上度を上げられないってことかな。だって初めてのときはあんだけクラクラしてたんだもん。でも、今日の準夜は車だし怖いからコンタクトで行こう。
Oct 5, 2002
昨夜、深夜へ行く途中で入手してGC用BbA。夜通し全く不眠で騒ぎ続けた患者のおかげで体調はボロボロだけどやっぱし帰宅したら早速設定してオンライン。思ったほどのトラブルもなく順調に繋げることができた。そして発売日の後日とだけあってTeamHR-Vのみんなとも無事合流することができた。そこからはもう・・信じられない時間までノンストップ。
Oct 4, 2002
今日はゲームキューブ用のBbAが発売される日。これさえあればPSOも時間を気にせず常時接続できる。今までイマイチ火のつかなかったラグオル熱もいやがうえにも燃え上がるであろう。・・・ところがこんな日に限って日勤・深夜。みんなすでに接続してオンラインしている様子。かなり悔しい・・・。
Oct 3, 2002
先月25日から病棟に配置されたPCは電源も入ることなくモニタには『使用禁止 患者管理システム調整のため』と書かれている。ところがもう1週間近く経つのに状態は変わってはいない。同僚の話によれば別の病棟ではおじさん看護師がインターネットでイケナイHPを仕事中に見てたのが師長にバレて使用差し止めを命じられたとか・・・。ウチのおじさん看護師もネットでいろいろいじくってくれたおかげで閉じないウインドウが残ってたりタスクバーが移動してたりと最近PC大好きな師長の逆鱗に触れている。ひょっとすると使用禁止の理由はこんなところにもあるんじゃないだろうか?
Oct 2, 2002
早いものでもう誕生日を迎えた。この1年は僕にとって大きな転機となる年となった。もちろん新居の購入である。JetFeelもオフまみれの2年目とは違い、落ち着いた印象を持つ。去年は”不平や不満を言わない三十路アドヴァンス”を目指すとか言っておきながら振り返ってみると全然達成できていないことを痛感する。何か気にくわないことがあれば別の誰かに助けを求めるがごとく愚痴をこぼしダークサイドへ行くこともしばしば・・・。これからの1年は達成できなかった同じ目標に再挑戦することも大事だけどゆっくりゆったりと日頃の生活を愉しんでみようと思う。
Oct 1, 2002
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